表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/287

41話:チョコと海賊

「ほら、今よ。アリス」

「え、えい…………!」


 私はアリスと一緒に毛糸玉を投げていた。

 的は椅子に立てかけたクッション。

 子供の腕では届かない部屋の端を狙ったけれど、アリスの魔法のかかった毛糸玉は一度跳ねてからクッションに当たる。


「当たった! これが命中力を上げる魔法?」

「そう。占属性で援護適性のアリスなら、こういう風に力が使えるの」


 私は基本的にゲームで使っていた魔法を覚えている。

 わかるものから魔法文字を覚えていった結果だ。

 だからアリスに教えられるのは占いとか予知じゃなくて、ゲームにもあった命中率アップや、クリティカル率アップの魔法だった。


「少しは魔法を使う時と使わない時の違いはわかって来た?」

「少し、だけなら…………。やっぱりこれがあるほうが安心なの」


 そう言って、アリスは私があげた指輪をはめ直す。

 自信なさげに俯く姿は可愛いけれど、予知夢での苦しみは指輪に頼ったままでは改善できない。


 そうして魔法の練習を連日行っていた私たちの下に、お兄さまが訪れた。


「根を詰めすぎてもいけない。休憩に僕も入れてくれないかい。お土産もあるよ」

「あら、お兄さま。今日はお父さまと視察をなさらないの?」


 私はいないと思っていたお兄さまの来訪に驚く。

 アリスはお兄さまが差し出すお土産の袋に首を傾げた。


「港のほうへ行ってらっしゃたのですか?」

「どうしてわかるのかな?」

「その袋、港から直接荷を運び入れる商会のものでしょう?」

「当たりだ。港のほうには君も良くいくのかな、アリス?」


 お兄さまは聞きながら缶を取り出す。


「チョコレートの飲みものだと聞いたけれど、飲み方はわかるかい?」

「ココアですね。侍女へお申し付けくだされば大丈夫です」

「ココア!? 嬉しい!」


 私は思わずテンションが上がる。

 するとお兄さまはエリオットに説明を求めて視線を向けた。


「侍女がお嬢さまに、そのような甘い飲み物があると話しておりました」

「なるほど。こんなにシャノンが喜んでくれるなら、もっと早く買ってくれば良かった」


 ココアにテンションが上がったのは前世の記憶のせいだけど、侍女に言われた時にもココアがあると知ってテンションが上がった。


 胸を高鳴らせながら、お兄さまとアリスとココアをいただく。

 エリオットと侍女の分は後から貰うことを約束して、先に味見をさせてもらった。


「どうだい、シャノン?」

「思ったより香辛料が多いのですね。それに、もっと甘くていいです」

「シャノンはミルクにもいっぱい蜂蜜を入れるものね。これよりもっとチョコレートが濃い物や甘みの強い物もあるわ」


 アリスに指摘されて、今さらながら私は自分が甘党かもしれないと気づく。


「ココアって、チョコレートの飲み物なのね」


 ココアはココアって飲み物のイメージが強かったけど、確かに言われてみればチョコだ。


「シャノンはお菓子のイメージが強いのかしら? チョコレートは原産国では飲み物なのよ。逆にお菓子にするという文化が原産国に持ち込まれて、今、お菓子産業が活況だと聞いているわ」


 この世界でチョコはとある国の名産品。

 ゲームにもチョコの国の王子というキャラがバレンタインで登場していた。


「確か昔は薬扱いだったらしいね」

「はい、良くご存じで。原産国で薬として輸出したところ、わが国で甘い飲み物になりました」


 甘いココアを生み出したクラージュ王国万歳!

 他にも輸入品が多い領地だからか、お兄さまとアリスは貿易の話を続けた。


「日によって商っているものもずいぶん違うね。まだまだ見てみたいものが多いよ」

「ルール島の港とどう違いますか? あちらは客船が主に寄港すると聞いています」


 アリスは意外とお兄さまと話しが合うようだ。

 港の専門的な話なんて私にはわからない。

 ルール島の港が重要なのはわかるけど、そこは継嗣のお兄さまの領分だった。


「こちらへ来る時に商船風の海賊船に襲われたせいか、並ぶ商船を見るとつい同じ船ではないかと見てしまってね。時間を食ってばかりだ」

「海賊の報告はこちらでも受けています。港でもできる限り船の特徴は調べるんですけど、そう簡単に海賊船と断定もできず」


 海賊マルコは今も逃亡中らしい。


「そう言えば私が攫われた時も、海賊は商人風の服で王都を歩いていたわ」

「え!? シャノン攫われたことがあるの?」


 アリスは驚いて私を心配してくれる。

 そんなアリスとは対照的に、お兄さまは顔が渋い。


「あの海賊だと知っていれば、逃がさなかったのに…………」

「お兄さままでお父さまのようなことを言わないでください」

「僕の妹に手を出した不埒な賊めを罰するのは正当な権利だ!」

「手は出されてません。縛られただけで、ジョーとアンディと引き離された時も」

「お嬢さま!」


 それまで黙っていたエリオットが私を止める。

 けれど同時に、私はお兄さまに逃がさないと言わんばかりに手を掴まれていた。


「引き離された? つまり、海賊とだけになった時間があったと?」

「え、えぇ…………。ほんの、短い時間でしたけれど」


 答えながらエリオットを見ると、まずい話題を振ってしまったらしい。

 そして何故かアリスも蒼白になっている。


「大丈夫だったの、シャノン!?」

「それはもちろん。こうして生きているもの」

「そ、そうじゃなくて、その、無体な真似を…………」

「されてないわ。すぐにエリオットが」

「来る前に海賊とシャノンは一人だけだったんだね?」


 何故か私が海賊と一人で相対したことをお兄さまはしつこく確認して来た。

 そして頷くと、またアリスが悲壮な顔をする。

 と思ったら、お兄さまも頭を抱えてしまった。


「ど、どうしたの、アリス? お兄さまも、体調でも悪くなさった?」

「だってシャノン、海賊と余人もいない状態って、つまり、純潔じゃないと言われても否定できないでしょう?」

「すぐにエリオットが来たし、実際何もなかったわ」

「それは、そうでも…………世間的には…………」


 なるほど。どうやら世俗的に純潔を奪われるような状況に陥ったら、問答無用で不純扱いされるらしい。


「…………もしかして、ジョーとアンディが責任取って婚約って言い出したのはそのせい?」


 エリオットを見ると頷かれる。

 なんで罪滅ぼしで婚約なんて話が飛ぶんだろうと思ったら。


「ちょっと待ってくれシャノン、聞き間違いかな? 婚約だって!?」

「お兄さま落ち着いて。ちゃんと断りましたから」


 なんだか二人が婚約を申し入れた時のお父さまと同じ顔してる。


「シャノン、良かったの? 断ったらその後はどうするつもり?」


 アリスに聞かれてエリオットを見ると、いい笑顔だった。

 別に貰い手がないからって、エリオットの幸せ邪魔しないよ。


「最悪なくても、ルール島なら一代限りの女領主という地位があるから大丈夫よ」


 ルール島には慣習的に女性を頭にいただく地域があるんだけど、知ってるはずのエリオットがびっくりしてる。


「それに公爵家以外にもお見合いの話はあったから、いい家は無理でも全く貰い手がないわけじゃないと思うし」

「お嬢さまの魔法の才能は喉から手が出るほど欲されるほどです…………」


 つまり傷ものでもいい人たちは一定数いるらしい。

 それはいいんだけど、エリオット? 顔すごいよ?


「ところでお兄さま、そろそろ手が痛いのですが」

「シャノンが…………、僕のシャノンが…………」

「本当に何もなかったのですよ?」

「それでも悪く言われるのは、許せない! 海賊なんかのせいで!」

「悪く言われるなら何を言っても悪く言う人ですから相手にしないでください。噂で判断されることに腹を立てるお気持ちはわかりますが、真実を知ろうともせず噂で判断するような相手はこちらからお断りです」


 そうお兄さまに言い聞かせて、私はアリスにも笑いかける。


「私は怪我もなく済んだのよ。縛られてはいたけれど、動けたの。隙を突いて毒、を撒いてあちらから逃げてくれるよう仕向けたの」


 私が言葉を詰まらせると、お兄さまが反応する。嘘だけど毒魔法とは言えないからしょうがない。

 私は全属性とは言えないので、属性を風と偽っていた。

 船で風は使ったし、属性は遺伝することが多いみたいで、お父さまと同じ属性だから特に不審がられることもない。


「シャノン、怖くなかった?」

「怖かったわよ。だから余計に逃げなきゃと必死だったの。それに友達も捕まっていたし…………」


 アリスの答えながら、私はエリオットを見る。


「エリオットが助けに来てくれるとわかっていたから、少しでも状況を良くしておこうと考えられたの」

「…………僕もそこにいたなら、シャノンを助けた」

「わかってます、お兄さま」


 だからもう終わったことを張り合わないで。

 そんな風だからお父さまに教えてもらえなかったんですよ。


「シャノンはすごい…………」

「そんなことないわ、アリス。ただ備えが良かったのよ、エリオットのね」

「備え…………」


 アリスは自分の手を見る。

 魔法を発動する気配がして、アリスの前にパズル画面が現れた。


「…………私、魔法頑張る」

「えぇ、一緒に頑張りましょ」


 アリスと笑い合う私を、お兄さまは心配の滲む目で見つめていた。


隔日更新

次回:敵モブ発見

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ