40話:アリスの見る夢
それから私はアリスと遊びながら、魔法の話も時々した。
うん、遊びが主軸です。
だってまだ子供だし! いいよね?
「これがニグリオン連邦の糖蜜のお菓子よ。手につくから気をつけて」
「シャノンはメレンゲのお菓子を気に入っていたみたいだから、別のメレンゲの焼き菓子を持ってきたわ」
自国のお菓子交換や、お互いの侍女たちも交えて衣装交換をしたりもした。
アリスの服はリボンで飾られたピンク系統の可愛い物が多い。
正直、黒髪の私にはあまり似合わなかった。
せめて髪が真っ黒じゃなくて茶色系統なら!
「アリスの髪はどんな服も華やかにするわね。私の黒髪は、合わせる色を選ぶのよ」
「私、シャノンの黒髪好きよ。あなたの芯の強さを表しているようなんだもの」
今日はお互いの髪飾りを交換して、結い合いながらお話をしてる。
ちなみにアリスの髪は私がツインテールにしました。
これがまた似合うんだよねぇ。
「それに、蝶のモチーフが良く似合うし。今日の首元のスカーフに施された刺繍も髪の色とよく合ってるわ」
「ありがとう。紫色のカラスアゲハを見たと言ったら作ってもらえたの」
日中和やかに過ごす私たちを、ディオギュラ家の人たちは何くれとなく気にかけてくれた。
お父さまとお兄さまは視察と言ってよくお出かけしていたけれど、その分お土産もくれて、楽しい家族旅行が続いている。
そう、思っていた。
深更。
私は遠く聞こえる悲鳴で目を覚ました。
「今のは…………?」
気のせいじゃない。
証明するように、悲鳴の聞こえた方向に人の足音が集まっている。
「あっちは確か…………」
私は宛がわれた部屋のカーテンを開いて窓から足音の向かう先を確かめた。
ほどなく、一つの部屋に灯りが点く。
踊るように幾つもの人影が部屋の中を右往左往していた。
「…………アリスの部屋?」
暗くて窓の数をきちんと数えられないけれど、たぶんそうだ。
私はすぐさま部屋を出た。
「まただ…………!」
「いったい今度は何を!?」
「あぁ、恐ろしい!」
潜めた声だけど、使用人たちが慌てて移動しながらそんな言葉を交わしてる。
廊下の陰に隠れて耳を澄ますと、慌ただしい足音と共に別の話し声も聞こえた。
「あの侯爵さまは? この時のためだろう?」
「すでにお知らせをしております」
お父さまを呼ぶ案件。つまり、魔法絡みだ。
私は隠れていた廊下から、アリスの部屋を目指して走った。
私がアリスの部屋の前の人だかりを見つけると、ちょうどお父さまとお母さまが入室する。
「もう、私たちはどうしていいか…………!」
「落ち着いて。大丈夫よ。子供の魔法は制御が効かないなんてよくあることよ」
入ってすぐ、お母さまは泣く伯爵夫人を抱えて出て来た。
「あれは本当に魔法なの? 悪魔に取り憑かれているのではないの?」
「いいえ、違うわ。私たちには確かに魔法の力が感じられる」
「ではどうしてあんなにあの子は苦しんでいるの? もう、二度と恐ろしい予言が当たって欲しくはないのに」
「それは…………本人も、不幸を予言したくて魔法を使っているわけではないのよ」
お母さまの慰めに、伯爵夫人は涙にくれた。
魔法、予言、制御と聞いて、私もさすがに状況を把握する。
きっとアリスは占属性の魔法を寝ている間に発動してしまって、何か嫌な未来を見てしまったんだ。
そして悲鳴を上げてこの騒ぎ。
聞く感じ、きっと初めてのことじゃない。
「いや…………! もういや! こんなこと知りたくない! こんな夢見たくない!」
部屋から上がった新たな悲鳴に、私は人だかりの中に入り込んだ。
「アリス! 大丈夫!?」
「シャノン! あなた部屋を抜け出して」
「お母さま、でも! アリスが…………」
ふと気づくと、部屋の中から聞こえていた嫌々と言う声が途切れていた。
「…………アリス?」
「シャノン?」
暗い部屋を覗き込むと返答があった。
そしてベッド脇にいたお父さまに手招きされる。
これ幸いと近寄ると、ベッドの中では毛布を頭から被って抵抗していたらしいアリスが顔だけを出していた。
その顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
「アリス、大丈夫? 怖いものを見たの?」
「シャノン…………夢が…………」
私はお父さまに目を向けた。
「占属性の魔法、予知夢ですか?」
「だと思うが、さっきまで怖がるばかりでどんな予知夢かも知れなくてね」
どうやらお父さまは私に聞き出してほしいらしい。
けど、こんな泣いて怯えてる子から今無理に聞くのはやめたほうがいいと思う。
「大丈夫よ、アリス。みんないるわ。怖いことはない。あっても今すぐじゃないから、今日は眠ったほうがいいと思うの」
「いや…………。夢が、怖い…………眠りたくない」
なるほど。
体調不良の理由は不眠か。
「朝なんて来なければいいのに…………」
「あら、そんなこと言わないで。私、早く朝になってまたアリスとお喋りがしたいわ」
ふと思いついて、自分の指にはめた指輪を外した。
「どうしても怖いならこれをあげる。私の魔法を抑えるための指輪よ」
差し出すと手を布団から出してくれたから、そのまま指に通す。
「それで、明日起きたら何をするか考えましょう? そうね、ずっと室内ばかりだし、お庭を見せてくれないかしら?」
「…………冬で、花も咲いてないよ?」
「霜を踏んで歩いたり、冬毛の鳥を眺めて見たりすればいいわ。それで、寒くなったら暖炉の前を占拠するの」
「占拠?」
「そう。それで温かいミルクに蜂蜜を入れて飲むのよ。きっと美味しいわ」
あと外に出て動けば、眠りも深くなるんじゃないかな?
「それと、刺繍をしましょうか? 今日アリスが褒めてくれた刺繍、実はエリオットが刺してくれたの。二人で教わって、そうね、ハンカチに名前を刺繍して交換しましょう。聖誕祭には間に合わないけれど、帰るまでに仕上げてプレゼント交換、ね?」
ちょっと長期間の計画も立ててみると、アリスは頷いてくれた。
その落ち着いた様子に、お母さまが伯爵夫人を連れてくる。私は枕元の位置をお父さまと一緒に譲った。
私はお父さまとアリスの父親であるルカール伯に連れられて別室に移動した。
「ありがとう…………! 普段ならあのまま朝まで泣き騒いでいたんだ…………」
「いえ、私は何も」
「顔を上げてください。まず、シャノンの与えた指輪は子供用であることをわかっていただきたい」
そう、あれは確かに魔法を使えなくするけれど、あくまで子供の暴発を防ぐもの。
成長したら効果はないし、指輪で抑えている内に制御をマスターしなければいけない。
「シャノン、あの子…………アリスについて知っていて欲しいんだが」
アリスの名を口にする前に、お父さまはルカール伯に目で確認を取った。
そうして聞かされたのは、ディオギュラ家に降りかかった不幸なできごと。
実はアリスは双子で、一年前に双子の姉を亡くしてしまっていた。
しかも、その死をアリスは予知してしまった故に、アリスは姉の死に自責の念を抱いている。
「姉のほうは過去視の魔法を使うのでしたな?」
「えぇ。魔法についてはよくわからなかったが、それでも二人で色々と話し合って魔法を制御していたように見えた」
けれど支え合っていた姉が、よりによって予知夢どおり死んでしまった、か。
「勝手な願いだとはわかっているが、どうか、あの子を助けてやってほしい!」
ディオギュラ家当主が頭を下げるのは、私。
「君と出会ってから、あんなに笑っているのは、本当に、本当に…………久しぶりで…………」
「実はな、シャノンの才能なら共に制御を学べるかと思っていたんだ」
全属性のことは伏せて、お父さまは最初からアリスと私を引き合わせるつもりだったという。
そう言えば、私も占属性は家庭教師の知り合いにも教えることができる人がいなくて、基本の座学だけだった。
アリスとその姉のように、同じ占属性でもできることは違うということがままあるそうだ。
以前試しにカード占いしてみたけど、当たったか外れたかよくわからない結果だったし。
「…………わかりました。アリスが苦しんでいるなら私も微力ながらお手伝いさせてください」
つまりあれだ。
ジョーとアンディの誘拐事件みたいに、自分で対処できる方法教えればいいんでしょ?
私は頭の中で、我が家で目を通した占属性の攻撃魔法について反芻を始めた。
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