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38話:ディオギュラ家の令嬢

「やぁ、噂の海上の聖女と出会えて光栄だ」


 歓迎の雰囲気を感じながらも、私の頬は引き攣る。

 お父さまたちもそんな出迎えに苦笑いで応えるしかなかった。


 ここはお母さまの友人が嫁いだディオギュラ家。

 クラージュ王国の港町の領地にある館で、聖誕祭を祝う飾りが煌めいていた。


「海上で王姪のご令嬢をお助けしたと聞いたのだが。違ったかい?」

「えぇ、そのとおりですが。ただ、噂はえてして大仰に吹聴されるものですからな」


 戸惑うディオギュラ家の当主、ルカール伯にお父さまが疲れを滲ませて答えた。

 そう、セイレーンから助けたあれが海上の聖女の由来。つまりその聖女というのは、私のことだ。


 あの一幕は思ったより多くの人に見られていた。どうも客室の窓から見えていたらしい。

 炎の花を纏ってゆっくり降りて海に浮く姿は、確かに他から見れば幻想的だとは思う。


「しかもセイレーンが恐れをなしたように近づかなかったと聞きましたよ」

「そうそう、王姪もルール侯爵令嬢の慈愛に満ちた行動に心酔したとか」


 ディオギュラ家の人たちに悪気はないんだろうけど。

 もうこの話やだ!


 あの後、助けた令嬢には打って変わって謝り倒された。

 もちろんそれはいい。けど罪滅ぼしに私に助けられた話を吹聴しないでほしかった!

 散々持ち上げた末に、船を降りる時にはすでに海上の聖女扱い。

 お父さまとお兄さまがクラーケン退治の英雄扱いだったのも悪かった。


 お蔭で王都では、海上の聖女という噂が尾鰭も胸鰭もつけて仰々しく人々の間を泳ぎまわることになってしまったのだ。


「来てくれてありがとう。もっと来るのは遅くなると思ったわ」

「えぇ、向こうでも色んな人がやって来てね。里帰りなのにゆっくりできなかったのよ」

「まぁ、そういうこと。良いことをしたのに大変ね」

「実は王城からの招待の噂を聞いて逃げて来たの」


 お母さまは冗談めかすけれど、冗談じゃないんだよね。


 クラージュ王国にある祖父母の家には、予定外の客が押し寄せた。

 みんな海上の聖女目当てで、どうやら王姪令嬢は帰ってすぐ私の話を広めてくれたらしい。行動力がありすぎる。

 しかも王姪という立場上、高位貴族がほとんどで、国王と親交の深い貴族もいたため、城からの招待という話も本気で検討されていると教えられた。


「さぁ、移動で疲れたでしょう。暖炉の側で寛いでね」


 ディオギュラ家の人たちそうして気遣ってくれる。

 それでもやっぱり船での話が聞きたいようで、船旅の様子を聞いてきた。


 まぁ、基本的に海上の聖女についての話役は両親だ。相手が貴族だったし。

 けど祖父母の家では母方の従兄弟たちが騒がしかったんだよね。

 お兄さまも疲れぎみで、今はディオギュラ家の人たちの対応をお父さまたちに任せてる。


「…………あら?」

「シャノン、どうかしたかい?」

「お兄さま、こちらには私と同じ年頃の方がいると聞いていたのだけれど」

「そう言えばいらっしゃらないね」


 お兄さまも辺りを見回す。

 暖炉が赤々と燃える談話室にいるのは、ディオギュラ家の当主夫妻とその母と兄弟。

 若くても年の離れた弟という方だけで、私のような子供はいなかった。


 と言うか、私たちの声でディオギュラ家の人たちが止まる。誰もさっきまでの笑顔が曇ってしまっていた。


 え、何この空気? 私のせい?


「…………手紙で心配していたのよ?」

「えぇ」


 事情を知るらしいお母さまにも、言葉少なく雰囲気は改善しない。


「…………まだ回復してないのかしら?」

「えぇ、そうなの…………」


 伯爵夫人の答えに、私と顔を見合わせたお兄さまが聞いてくれる。


「ご病気ですか?」

「え、えぇ、そうなのよ。だからいないの、ごめんなさい」

「いえ、お早い快復を願っています」

「ありがとう」


 答えに迷いがあるし、これは相当悪いのかしら?

 そんなつもりじゃなかったのに、雰囲気が一気に暗くなっちゃった。


「話の続きを聞かせてくれないか」

「そうですな」


 ルカール伯の話題を変える意図を察して、お父さまがもうこちらからすれば飽きた話の続きを請け負う。

 空気変えるにはそれしかないか。


「後で聞かせてね」

「えぇ、聞いてほしいわ」


 お母さまたちは後で個別に聞くようだ。

 もしかしてお母さまへの手紙は、子供の病気について相談相手が欲しかったのかな?


 船旅の話が終わると、話題は魔法に関するものへと移った。

 どうやらディオギュラ家は魔法使いの家系じゃないようで、基礎的な魔法の知識がない。


「魔法とはそんなに簡単に扱えるものなのかね?」

「まさか。シャノンの才能がなせる業でしょうな」

「僕も無理です。見ただけなんて」


 今になって知ったけど、魔法文字って見ただけで使えるものではないらしい。

 私は内心の動揺を隠すため、ひたすらメレンゲの焼き菓子をさくさくしていた。


「お嬢さま、お部屋で食べていいといただきました。エイミーたちに持って行きましょう」


 エリオットは別に用意されたメレンゲ菓子を持って声をかけてくる。

 つまり退出許可が出たというお知らせだ。


 温かかったけれど居づらかった談話室から退出して、私は大きく息を吐き出した。


「まさかこうなるとは思わなかったわ。あのご令嬢、船を下りる頃にはお兄さまより私について回っていたもの」

「なんと言うか、良きにつけ悪しきにつけ、周囲を見る余裕のない方でしたね」

「今度会うことがあったなら、もう少し落ち着いていてほしいわ」

「魔法使いを輩出するのはそれなりの名誉ですから。周囲が持ち上げて育てた結果でしょう」


 う、エリオット、それ私もそうなる可能性あるんだよ?

 そうか、あの王姪令嬢は『不死蝶』に通じるものがあったのか。


 思わぬ発見に遠い目をした私は、与えられた部屋に向かう廊下の向こうに少女を見つけた。


「あら?」

「え?」


 私の声で向こうも気づく。

 ストロベリーブロンドという赤みのある金髪に、ふんわりドレスの美少女だ。

 リボンだらけのドレスがいっそ似合う姿は、生きたお人形みたいだった。


「「かわいい…………」」


 思わず漏れた声は二つ。


 目の前の美少女も私を見つめて同じ感想を持ったようだ。

 なんだか気恥ずかしくなって、二人して頬を染める。


「…………あ、あの!」

「私…………!」

「あ、どうぞ」

「いえ、そちらこそ」


 今度は発言のタイミングが被ってお互いに譲り合う。

 私は一度咳払いをして仕切り直した。


「…………私、シャノンというの。あなたは? もしかしてディオギュラ家のご令嬢かしら?」


 聞くと、美少女からじっと見つめられる。来客の予定くらい、聞いてるよね?

 私が不安に思っていると、ようやく一つ頷いてくれた。


「病気だと聞いたけれど」

「そう、私…………私、アリス」

「アリス。素敵な名前ね。お加減はよろしいの?」

「その、お出迎えするつもりだったんだけど、ちょっと、体調悪くなって」

「そうなの…………。寝ていなくて大丈夫?」

「え、えぇ。寝ているだけも疲れるの」

「そうね。私も半年ほど前に怪我をしてベッドから出してもらえなかった」

「まぁ」


 転んで額を打ったと笑い話として聞かせた。応じて笑うアリスは元気そうだ。

 お母さまたちの様子からもっと深刻そうだと思ったんだけど。

 けれど顔色の悪さははっきりわかるくらいだ。

 本人の性格や一時的な体調に関係なく、体が弱いのかもしれない。


「よろしければ何処かで落ち着いてお喋りをしない?」

「いいの? お父さまたちの所に戻らなきゃいけないんじゃない?」

「退出したところだったの。アリスの体調が許すならぜひお話し相手になってほしいのよ」

「…………嬉しい!」


 喜びにアリスの頬が染まる。

 可愛らしいと思う反面、色の白さが際立つようだ。

 確かにこの白さは何処か不健康で、伯爵夫人が不安そうなのも無理ないと思えた。


「私の部屋へいらして。ここがそうなの」

「わ、可愛い。壁紙も、絨毯もピンクなのね。女の子らしくていいわ」

「シャノンの部屋は違うの?」

「私が生まれる以前から内装は変わっていないはずよ。だから子供の部屋と見てわかる雰囲気ではないの」


 そんな他愛もない話から、やっぱり話題は船旅のことに。アリスも王姪令嬢が広めた話を知っていた。


「シャノンが海上の聖女? まぁ! セイレーンに立ち向かったの?」

「そんな大層なものじゃないわ。王姪の方が感謝のために聖女と言っただけで、聖女というより…………魔女よね」

「…………やっぱり、魔法が使えるの? 空を飛んだと言うのも魔法?」

「えぇ。国外だから本当は使ってはいけなかったけれど。人助けだからと許してもらえたわ」


 微笑みかけるとなんだかアリスがもじもじし始めた。


「あの、私、私も、ね…………」


 何が言いたいかがそれだけでわかる。


「あぁ、アリスも魔法使いよね?」

「わ、わかるの?」

「やっぱり国外の方はわからないの? 私の知る魔法使いはだいたい魔法の気配を感じることができるわ」

「わかるんだ…………」


 呟いたアリスは、何故か泣きそうな顔で微笑んでいた。


隔日更新

次回:占いの魔法

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