4話:従者の重い背景
エリオットは固まる私を覗き込んでまた心配そうな顔をした。
「どうとは? 入学に当たって何か不安がおありに?」
「ちょ、ちょっと待って…………!」
え? つまり、『不死蝶』の従者がエリオット!?
そんなのあり!? いや、なしじゃないけど!
キャラデザもなければキャラ名もない、CVなんて存在しないモブだし!
(思い出して、思い出すのよ、私! そうよ、私! 落ち着いて思い出して。あの従者は…………。そうか、一人で考えるより、こうやって二人いると仮定したほうが考えやすいかもしれない)
私は女子高生の自分を思い浮かべた。
(求む! 『不死蝶』従者の情報!)
(『不死蝶』に命じられれば二つ返事で走り回り、『不死蝶』が癇癪を起しても決して否とは言わないイエスマン! 従者なのに王侯貴族の子弟が集まる魔法学校にいて、運営都合でイベントという問題を起こすお嬢さまに文句も言わずつき従う存在!)
(ただの使用人だと王侯貴族の子弟が集まる学校の授業についていけなくても、私と同じ教育を受けてるエリオットなら問題ないわ)
(つまり、ゲームにおけるエリオットの役柄があの従者でも問題ないわけだ。今度はこっちが質問。エリオットのこと教えて)
私シャノンの従僕は、エリオット・リヴィエットという名前で…………。
出会ったのは四歳くらい? 遠縁からの奉公人で使用人をしてるとしか知らない。
(一緒にいるのが当たり前すぎて生まれも詳しく聞いた覚えがないわ。というわけで、私。このままじゃエリオットの未来が危ないの! 何かいい案があったら教えてちょうだい)
(成績中くらいの私が、お嬢さま教育されてる今の私に教えられることなんてないよ)
(なんでもいいの。教育を受けてないからこそ、自由な発想ができるでしょう?)
(馬鹿にされてる気がするー。けどまぁ、従僕とか従者とか身近にいなかった私からすると、エリオットと入学してまで一緒にいる必要ないよねってのは思うよ)
(そうよね! 確かにゲームと違うようにするなら、エリオットを遠ざけるのも一つの手ね! 距離を取ることでバタフライエフェクトになるかもしれないし)
(命令すれば従僕のエリオットは逆らえないだろうけど、ちゃんと本人の意思は尊重してあげなよ? 学校行けるの、この世界じゃ珍しいことなんでしょ?)
(えぇ、もちろんよ。ありがとう)
私は自問自答を終えて、いつの間にか硬く閉じていた瞼を開く。
そこには、心配そうな顔をしたエリオットが私を覗き込んでいた。
「エリオット、魔法学校に入学すれば寮生活で別々になるのだし、今から練習しましょう。そうね、今度のお茶会への同行を許してもらえたなら、私一人でご一緒させてもらうわ」
「いけません!」
大きな声を出すエリオットに、私は心底驚いた。
当のエリオットも、なんだか驚いた猫のような顔をしてそろりと、腕を突いていたベッドから引く。
神妙な顔をしたエリオットは、仕切り直すように咳払いをした。
「自立なさろうとするお心は立派ですが、包帯を巻いたお姿では説得力がございません」
「だからこそよ。今後のためにも、エリオットに頼らないようになろうと思うの」
「僕は頼ってくださって構いません。お嬢さまの従僕なのですから」
「でも十五になれば魔法学校に通うのでしょう? あそこは各国の子弟がいらっしゃるから、国許での地位や身分を表立って主張してはいけない決まりよ。エリオットだって、入学したなら私の従僕ではなくなるわ」
「それは表向きの建前に他なりません。節度を持った交友を心掛け、地位ではなくより長く多くを学んだ上級生の指導に耳を傾けるようにという」
エリオットはそれらしいことを言って反論してくる。十歳なのにすごい。
というかそんなに心配? お茶会なら他の目もあるし、いきなり蝶を追いかけて転んだりなんてしないのに。
「ともかく、入学後もお嬢さまの従僕であることに変わりはありません。ですので、いつでもお嬢さまをお助けできるよう、お側に控えさせていただきます」
「せっかく入学できるのだから、私につき合う必要はないわ。好きなことをすればいいの」
「お嬢さまにお仕えできることが、僕の喜びです」
使用人としては正しい解答なんだろうけど。
「どうしてそこまで私の従僕であることに拘るの?」
「拘るに決まっているでしょう。命を救われたに等しい大恩に報いなければ、僕はこの国にさえいられないんですから」
「大恩? 何をそんなに大袈裟な…………」
お父さまに教育を受けさせてもらってることが、命を救われたに等しい?
なんて思ってる私の思考を表情から読んだらしいエリオットが、悲しげに眉を寄せた。
「初めて出会った、大聖堂でのことを、覚えてはいませんか?」
「大聖堂? 初めて会ったのは、お父さまに従僕として紹介された時ではなくて?」
大聖堂と言えば、王族の慶事を行う場所だ。戴冠式が行われるくらい格式が高い。
私がそこへ足を運べたのは、お姫さまの洗礼式くらいのもの。
侯爵家でもそうなのに、エリオットが大聖堂に行けることってあるの?
あ、今すっごい深い溜め息吐かれた。
「では、もう僕の本名も覚えてはいないんですね」
「本名…………って?」
また溜め息吐かれた!
落ち込むくらいなら聞かないでよ! そういうところが意地悪なんだから!
「そうですよね、三つか四つの子供ですし…………。ただの使用人に親しく接していただいた寛大さを喜ぶべきですよね…………。今までおっしゃらないのは僕の身の上を慮っていたからではなく、単に忘れていただけで…………はぁー…………」
堪らず私は胸の内で叫ぶ。
(これって私が悪いのかしら!?)
(悪いんじゃない? さっき「身分も育ちも名前さえ違う自分になるなんて」とか言ってたのも関係してると思うよ?)
内なる自分に新たな問題を突きつけられて、私は心の中でも黙るしかない。
「覚えておいででないなら、もう一度お話ししますので、今度は忘れないでください」
「は、はい」
言い聞かせるように言われて、私はベッドの上で背筋を伸ばした。
「僕の父はロザレッド伯ヴィクター。母はフィリップ北進帝の孫娘です」
「それってあの愛のために王位を捨てた先代皇太子の!?」
「はい。紛争を抱えた二国間の王子と姫でありながら、継承権と財産の全てを放棄して駆け落ちした、あの元皇太子です」
『王冠と天秤にかけた恋』と巷でも有名な話だ。
皇太子として指名されていたロザレッド伯は、敵国の姫君と恋に落ち、二人は周囲に反対されながらも愛を育んだ。
けれど結局王家から結婚の承諾は得られず、二人は互いの手だけを取り合って第三国へと逃避行。
私の知る物語はそこまでだ。そして本当にエリオットが元皇太子の息子であるなら、大聖堂へも入れるし、うちで使用人をしているような身分でもない。
「エリオ…………えっと、なんて呼べばいい?」
「今までどおりでかまいませんよ。すでに両親は王家から籍を抜かれていますし、僕はどちらの王家からもいらないものとして扱われましたから」
「エリオット、ご両親はどうしたの?」
「…………ある日、家に強盗が押し入って」
抵抗した父親は殺され、乱暴されそうになった母親も抵抗して殺されたと、エリオットは人から聞いたそうだ。
「正直、三歳の頃ですから良くは覚えていないんです。ただ、僕の処遇を巡って色んな人がその話を何度も繰り返したので頭に残っていて。両親の死で生きる気力を失っていた僕は、まず母方の親族から役立たずとして見捨てられました」
それからこの国に来て、父方の親族であるこの国の王家も持て余した。
すでにロザレッド伯の父である国王は死に、弟である現国王が即位した後。
元皇太子の息子なんて、後継者争いの火種でしかない。
「行き場がなく、ただの孤児として修道院に入れられて、出家したら縁もゆかりもない第三国で修道士として二度と還俗しないまま生きるだけのはずでした」
「それ、両親を亡くしたエリオットに言った人がいるの?」
「いましたね」
私が不満を募らせる姿に、エリオットは可笑しそうに笑った。
「本当に覚えていないんですか、お嬢さま? あの時も同じ話をしたんですよ。あの時もそうして怒っていらっしゃった」
「え、そ、そうなの? けど、そんな話聞かされたら、誰だって怒るでしょ?」
「大人は、一番いい手だと笑っていましたよ。…………当時の僕は話しかけても答えない、聞いて反応しなかったので、油断していたんでしょうね」
確かに。こうして分別がつく年になっても覚えてるなんて思ってなかったんだろうな。
「お嬢さまは僕のことを旦那さまに訴えてくださった。こんなに悲しんでいる僕を、一人にするのは可哀想だと言って」
「そんなこと言ったの? え、それでお父さま、エリオットを使用人にしたの?」
「お気づきでしょうが使用人はあくまで身を隠す建前です。僕の存在は王家にとっては邪魔ものですから、引き取ってくれるならとずいぶんあっさり手放しくれましたよ」
たぶん、反応がなかったから再起不能だと思われていたんだと思う。
けど、だからと言って、王家の対応を許せるものじゃない。
「今までなんとも思ってなかったけど、急に王家が嫌いになったわ」
「ふふ、それは良かった。お嬢さまが王家に輿入れされるとなったら、僕は従僕としてついていけなくなりますし」
「…………私が結婚しても従僕でいるつもりなの?」
「蝶に目を奪われて記憶を飛ばすようなお嬢さまです。婚家でこそ目を光らせるべきでしょう?」
「そこはせっかく魔法学校にも行くんだし、王家を見返すような魔法使いになろうとか?」
「この侯爵家が存在する国の王家ですから、滅べとまでは言いませんが、僕に関わらないところで困って嘆いて大騒ぎしてほしいとは思っています」
うーん、エリオット。その年で歪むのは早い気がするよ?
そしてやっぱり、『不死蝶』からは遠ざけるべきだ。エリオットは自分の幸せ見つけるべきだよ。
「離れませんからね」
「え?」
「幼い頃とは言え、これだけのことを聞いておいて忘れてしまうようなお嬢さまを、今さら目の届かないところになんてやれませんよ」
「う、いや、それは…………」
「忘れてましたよね?」
「…………はい」
笑顔に潜む見えない圧に負けて、私は頷いた。
「では、旦那さまへのお茶会の同行については僕からお伺いをしておきますので、お嬢さまはごゆっくりお休みになってください」
微笑んだエリオットは、言い聞かせるような言葉を残して部屋を出ていった。
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