表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/287

37話:セイレーンの歌声

 お兄さまに誘拐事件が知られた夜。

 私は一人目を覚ました。


「月が綺麗…………。でも、何かしらこの落ち着かない感じ?」


 何か目の覚めた理由がある。

 そう思った時、自分の右斜め上にアイコンが浮かんでいることに気づいた。


「え、これって状態異常のアイコン?」


 ハートの描かれたアイコンは、魅了にかかっている証拠だ。

 けど気づいた途端にアイコンは消えた。

 状態異常が解けたってこと?


 気になってベッドを抜け出した私は、上着を羽織って部屋の外へと出る。

 私と同時にお兄さまとエリオットも廊下に姿を現した。


「やっぱり、目が覚めたのは偶然じゃないですよね?」

「お嬢さまもですか? 何か、魔法の気配を感じたんですが」


 エリオットもはっきりとはしないながら様子を窺いに出て来たらしい。

 お兄さまは侍女たちが起き出してこないことを確かめて頷く。


「これはたぶん、セイレーンの声だろう。海に住む人型の魔物だ。歌で魔法を使うんだが、どうやら効いているのは魔法使いばかりらしい」


 セイレーンはゲームにも出て来た敵キャラで、見た目は人魚。

 つまりルール島にもいる魔物で、お兄さまは対処を知っているんだろう。


「お父さまとお母さまは起きていらっしゃらないのかしら?」

「お二人は食堂で他の方と共にお酒を嗜んでいるはずだ」


 つまり部屋にはいないそうだ。


「はっきりと歌声が聞こえていないから大丈夫だが、一人でいるより複数でいたほうがセイレーンの魔法にはかかりにくい。僕の部屋においで」

「あ、それでしたらお兄さま」


 私は状態異常を回復する魔法を二人にかける。

 うん、頭の上に浮かんでいた魅了のアイコンが消えた。


「改めて驚かされるな。自分の妹が伝説に謳われるような大魔法使いだなんて」

「言いすぎですよ、お兄さま」

「いいえ。お嬢さまは希有な才能をお持ちの素晴らしい方です」

「エリオットもお世辞はいいから…………あら?」


 廊下の向こうで誰かに見られていた気がしたけれど。

 見ても、誰もいない。

 私の視線に気づいてお兄さまとエリオットが廊下の向こうを見ると、ネグリジェ姿の女性がふらりと通りすぎた。


「今のは…………例のご令嬢だったような?」


 あれ? 頭の上に魅了アイコン出てた?


「明らかに様子がおかしかったですね。セイレーンの魔法にかかっているのでは?」

「その可能性は高い。僕が止めてこよう」

「お兄さま、私ならすぐに魔法を解けますから。ご一緒させてください」


 お兄さまはちょっと迷ったけれど頷いてくれた。

 私たちは急いで王姪令嬢の後を追う。

 結っていない金の髪が靡いて、月光に照らされたデッキへと消えた。


 デッキへ出ると、そこにはお父さまとお母さま、そして灯りを持った船員たちの姿があった。


「お前たち、どうして出て来たんだ!?」

「お戻りなさい。セイレーンが出ています」


 言いながら、お母さまはぼんやりした船員に回復魔法をかけていた。

 どうやら船員の中にセイレーンの魅了にかかった者が出たようだ。

 デッキに出ると、海風と共に微かな歌声が聞こえる。


「お父さま、お母さま、こちらに誰か来ませんでしたか?」


 私たちは王姪の令嬢を追って来た経緯を話した。

 途端に海面を覗き込むセイレーンの捜索から、王姪令嬢捜索へと慌ただしく変更される。


「セイレーンの歌声に誘われる者は、心が弱っている。急がないと取り返しのつかないことになるぞ!」


 最悪入水に至るとお父さまは船員たちを急き立てた。

 お兄さまも月光でわかるくらい険しい顔になっている。

 たぶん、あの令嬢がセイレーンに魅了されたのが、自分のせいだと思ってるんだろう。


 これはどうあっても助けなければ!


 そう思って改めて周りを見回すと、灯りを掲げて捜す船員の中に以前デジャヴを感じた人物の後ろ姿があった。

 アッシュグレイだと思う髪は、夜に沈んで黒っぽくなってる。

 何処で見たんだろう? いっそ顔を見たら思い出す?


 一歩踏み出す私の隣を、お兄さまが猛然と駆け出した。


「見つけた! 待て!」


 お兄さんが走る先には、今まさに船のへりに身を引き上げた王姪令嬢がいた。

 船から飛び降りた瞬間、お兄さまが追いついて手を掴む。

 けれど飛び降りる勢いに引き摺られて、お兄さまの足も浮いた。


「お兄さま!?」


 私が駆け寄ると同時に、すでに走っていたエリオットがお兄さまを背後から抱え込む。

 一瞬安堵の空気が漂ったところで、大きく揺れた衝撃に正気を取り戻した令嬢が金切り声を上げた。


「すぐ引き上げるから暴れるな! 暴れると手が、あ!」


 お兄さまの声も悲鳴で掻き消した令嬢は、掴む手を振り解いてしまった。

 私は風の魔法を使って縁に乗り上がる。

 真っ暗な海面に落ちていく令嬢を追って、飛び出した。


「お嬢さま!? 生炎の花女神フローラ・コーズ・フレイム!」


 私の周りを炎の花びらが照らす。

 お蔭ではっきりと見えた令嬢の手を、私はしっかり掴み取ることができた。


「怖いなら抱きついてください」


 私はさらに風の魔法を加えて落下を緩める。

 そして近づく海面に風で足場を作った。


 いっそ放心してしまって大人しい令嬢は、私に抱えられた状態で指一つ動かせなくなっている。

 それもそうか。

 客船は見上げればうちの屋敷の屋根より高い。そこから突然、紐なしバンジーを行ったんだ。

 私も魔法がなければこんな無謀なことしていない。


「お父さまの風魔法を見ていて良かった…………」


 マルコの海賊船に乗り込もうとしていたお父さまが使っていた飛翔の魔法。

 見様見真似だから飛ぶことはできなかったけれど、こうして落下を軽減することはできた。


「寒いですか? ごめんなさい。私あなたを抱えて飛ぶことはできそうにないので、もう少し我慢してくださいね」


 腕の中で震える令嬢にそう声をかけると、エリオットの魔法で照らされた令嬢が蒼白な顔で私を見た。


「ち、違、あ…………あれ…………!」


 令嬢が震える手で指すのは、暗い海面。

 私たちの周りには散っては燃えるエリオットの炎の花びらがあるから明るい。

 その明るさが、逆に暗い海面を見通せなくしていた。


 けれど凝視していると、波紋が立つのが見える。

 そして月光を受けて微かに光る目が、こちらを見ていた。


「セ…………セイレーンです。歌っていないなら、大丈夫、なはず」

「セイ、セイレーン? 私は、セイレーンの誘惑で海に?」


 あ、そうか。魅了されてたから状況わかってないよね。


「大丈夫です。船にはお父さまたち凄腕の魔法使いがいますから。すぐに助けがきます」

「そんな…………私、私…………」

「頼りないでしょうけど、それまでは私が守りますから。慌てないでくださいね。さすがに海に落ちられるとどうしようもないです」

「…………なんで? 私、あなたに、酷いことを言ったのよ?」

「なんでって、私は死にそうな人を目の前に見捨てるほど、薄情ではないんですが」


 それに今死なれると、確実にお兄さまが良心の呵責で大変なことになる。

 つきまとわれるのは嫌でも、死んでほしいなんて思うほどお兄さまも非情じゃない。


 私たちがそんな話をしていると、ちゃぷんと水が跳ねた。

 見れば、セイレーンが首まで出してる。

 その顔は人とあまり変わらない。


「ひぃ…………!?」


 令嬢は怯えて私に抱きつき、顔を伏せる。

 うん、暗い海面から生首生えてたら怖いよね。

 でも、こういうのアーチェで見慣れちゃってるな、私。


 というかセイレーンって、ゲームでは片言だけど喋ってたはず。

 『海、汚スナ』とか『ウルサイ』とか。


「それ以上近づくのなら、容赦はしません」


 魔法を放てるよう指を構えて警告すると、セイレーンは生首状態の一人の近くに集まる。


「婦女子を親の許可もなく連れ出すのは誘拐行為です。あなた方はすでに私たちに敵対しています。これ以上この場に留まるようでしたら、こちらも排除しなければなりません」


 じっと生首状態で見てくるセイレーンは、ちょっと困った顔をしている気がした。


「お父さまたちが降りてくる前に、離れてください。今なら誰も無駄な怪我を負うこともありませんから」

「…………スマナイ」

「え?」


 発音が独特で、しかも潜りながら言われたけど、今謝った?


 月光に照らされた海面は暗く底なしに感じるほど真っ黒で。

 本当にさっきまでセイレーンがいたのか怪しくなるほど、静かに揺れるだけだった。


隔日更新

次回:ディオギュラ家の令嬢

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ