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35話:恥ずかしい子

「西風が弱まるなどおかしいと思いました」

「ロバートが報せに来てくれて良かった。まだ足一本で対処できる」


 クラーケンは海を凪にする魔物。

 どうやらお兄さまは私の風が弱まったという言葉から、お父さまにその可能性を報せに行っていたようだ。


 周りではルール侯爵家の人間が応援に来たと盛り上がっている。

 それだけ魔法の大家の名は伊達ではないらしい。


「水属性のクラーケンなら、地の派生属性である木属性のお兄さまとお母さまがお強いはずよね」

「奥さまは回復適性ですから、奥に控えておられるのでは?」

「では、お母さまのほうへ行きましょうか?」

「いえ、こうなったら今から動くのはより危険です」


 周りには大勢の見物客で出てきてしまっていて、体の小さな私たちは正直動けなくなっていた。

 でもその代わり、一番前でお父さまとお兄さまの戦いを見られることになる。


「少々揺らすぞ! 風精の抱擁カードル・オブ・シルフ!」


 お父さまが魔導書を広げて呪文を唱えると、魔導書から魔法陣が浮き上がる。

 遅れてクラーケンの上にも同じ魔法陣が浮き上がり、波を蹴立てるほどの風が渦巻いた。


 突然の竜巻に客船は横揺れする。

 けれどクラーケンの足は貼りついたまま。


「威嚇程度では逃げないか。船体への影響を抑えるため、足を千切るぞ」

「わかりました。巨人の杭打ちジャイアント・ピリング!」


 お兄さまが杖で幾つもの魔法文字を描き出す。

 すると空中で円を作った魔法文字の中央から、巨木のような木の杭が現われた。

 杭はお兄さまが杖を向けたクラーケンの足へと突き刺さる。


「ふふん、さすがはロバートさま! 大魔法をあんなに容易く扱われるなんて!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、思いの外近くに例の王姪令嬢がやじ馬に来ていた。

 目が合いそうになって慌てて顔を逸らす。

 後頭部に視線を感じるけど、知らない知らない。


「く…………、思ったよりも杭が刺さらない」

「一定のダメージを受ければ自切して逃げるんだが。よし、私もやろう。属性は有利と言えないが、適性は攻撃だ。魔力適性のロバートと合わせれば幾分ましなはず」


 お父さまの指示でお兄さまは押し込もうとしていた巨大な杭を抜いた。

 そこにお父さまは風の刃を送り込んでクラーケンの傷を広げる。


 攻撃を受けて、クラーケンも他の足を振り回して抵抗をみせた。

 そこは船員の魔法使いが主力であるお父さまとお兄さまを守るために奮闘する。


「この足さえ離れれば!」

「本当にしぶといですね、このクラーケン!」


 お父さまとお兄さまは船に被害が出ない内に対処しようとするけれど、上手くいかないようだ。


「ねぇ、エリオット。あの足を引き離せばいいのよね?」

「お嬢さま、何をなさるつもりですか? 国外では無許可での魔法使用は禁じられていますよ」


 確かに出国前に魔法を封じるアクセサリーをつけているかの確認はされた。

 けど、いつもどおり自分で外せる指輪一つしか私はつけていない。


「ばれないようにするわ。たぶん、吸盤でくっついているから…………」


 私は日本でガラスやタイルにつける、フックのついた日用品を思い浮かべる。

 あれ、確かお母さんがつかないなら水を塗りなさいって言ったんだよね。

 つまり、乾くと吸着力ってなくなるんじゃない?


 私は火の派生属性、乾属性の魔法文字を描く準備をする。

 乾燥に特化した属性で、小火に繋がる火属性より私としては使い勝手のいい魔法だった。


「魔力適性と防御適性、どちらがいいと思う?」

「はぁ…………。見たところ足に幾つも吸盤があるようです。目立たないようになさるなら、数を打つ魔力適性よりも、範囲を覆う防御適性が有効かと」

「わかったわ」


 エリオットの助言を元に、私は乾燥の結界をクラーケンの足に張る。

 目立たないようにするため、最低限の魔法文字で素早く指先だけを動かして書く。

 書くと言うか、パズルを解いてるんだけどね。


 私には魔法が発動した様子が目に映るんだけど、お父さまとお兄さまは気づかないみたいで足を千切ろうと攻撃を続けてる。

 そしてほどなく、クラーケンの吸盤が剥がれ始めた。


「今だ! 畳みかけろ!」


 お父さまの号令で、船員の魔法使いも一緒になってクラーケンの足に攻撃を加える。

 その間もクラーケンの足は乾燥し続け、ついには吸盤が全て剥がれてしまった。


「クラーケンが逃げていくぞ!」


 周囲は大歓声に包まれ、お父さまとお兄さまたちを讃える。


「やったわね、エリオット」

「お見事です、お嬢さま」


 私とエリオットがそう笑い合うと、失笑が降って来た。

 見なくてもわかる。王姪の令嬢の声だ。


「この状況で魔法使いごっこだなんて。しかもさも自身の手柄のように。なんて恥ずかしい子なのかしら」


 そう嘲笑うように言うと、私たちが反応する間もなく押しのけられた。

 令嬢は側つきを引き連れ、戦闘を終えたお兄さまへ賛辞を贈る人々の中に飛び込んでいく。


「…………ばれなかったと思っておきましょう」

「恥ずかしいのはどちらか、今一度考え直してほしいものです」

「というか、この距離で魔法を使っていたと気づかれないものなのね」

「ニグリオン連邦の外では、貴族にも魔法使いは少数ですから。王家からして魔法使いの血筋であるニグリオン連邦とは感性の涵養が全く違うのでしょう」


 つまり国外の人は魔法を感じ取る能力自体が育ってないってこと?


「国外に出るのも勉強になるものね」

「お嬢さま、今の内に談話室に戻りましょう」

「そうね。気づかれて怒られる前に戻りましょう」


 エリオットの忠告に大きく頷いて、私は談話室に引き返した。

 んだけど、悪意感知の異能を持つお兄さまにばれてしまったのは、言うまでもない。


 そしてその後の船旅はさらに面倒なことになった。


「あ、あなた、あなたは…………! どうして言わないの!」


 こそこそ移動しようとしていたら、一番面倒な人に見つかった。


 クラーケンの一件から、お父さまとお兄さまは英雄扱いで引っ張りだこ。

 お母さまと私も身内ということで色んなところからお声がかかる。

 ただ私は子供ということで多くの面倒なお付き合いを免除されたんだけど、船の中を移動していると目ざとく見つけてお父さまたちへ近づく足掛かりに引き留めてくる人がいる。


 今回は、お兄さま目当ての王姪令嬢に捕まってしまった。


「ロバートさまの妹だと、どうして言わないのよ!」


 振り返ったら涙目だった。


「…………私のこの目を見て、なぜ今まで気づかなかったのですか?」

「いつも俯いていたじゃない!」

「では、今まで顔もまともに見たこともない年下の誰とも知れない私にそれだけ横柄な振る舞いをなさっていたのですね」

「私の何処が横柄だというの!?」


 え、まさかの無自覚?

 私が狼狽えると、何故か王姪令嬢は勝ち誇ったように胸を張った。


「いいわ、私があなたの全く駄目な目上への態度を改める手助けをしてあげる。ありがたく思いなさい」

「いえ、お断りさせていただきます」

「どうしてよ!?」

「あなたに教わることなど何一つございませんので」


 はっきり断ったらまたハンカチ噛み始めた。

 側つきの人たちももう疲れた顔してるよ。

 うん、気持ちはわかるけど止めて。そのご令嬢。


 じゃないと、ちょっと私もやり返すよ?


「あぁ、あなたには想像力が足りないのですね」

「なんですって!?」


 さすがにもうやり返していいよね?

 倍返しだ! なんてことは言わないから、言われた分くらいは返そう。

 じゃないと、エリオットがずばっと言葉の刃を刺しちゃいそうな雰囲気がある。


「いったいあなたの何処に、お兄さまが惹かれる要因がございまして?」

「え!?」


 そこで頬を染める当たり、この令嬢は何かずれているんだと思う。


「大声で周りを困らせ、誰の忠告も聞かず、自分の思い込みだけで行動して、その行動の結果さえ他人のせいにしてまた大声で非難する」

「わ、私がいつ他人のせいになんてしたのよ!」

「最初におっしゃったでしょう? 私が妹だと、どうして言わないのと。そして私は初めてお会いした時に言ったはずです。名乗りもしない、名乗らせもしない不調法な方、知りませんと」

「だからあなたが名乗らなかったせいじゃない!」

「本当にそう思っていらっしゃるなら、どうぞそう思い込んだまま恥ずかしい子を演じてください」

「な!? なんですって!」

「それでは、益のない話に時間を使うのはこれが最後だと良いのですけれど」


 私は騒ぐ令嬢を放って歩き出す。

 エリオットがまだ言い足りない顔をしているので、ちょっと心配になった。


「エリオット、無駄なことはしなくていいわ。どうせあの方、もうお兄さまを振り返らせることなんて無理なのだから。せいぜい無駄な恋に足掻く姿を眺めていましょう」

「…………そう、ですね」


 か細い声で答えたエリオットは、可哀想なものを見るように令嬢を振り返っていた。


隔日更新

次回:遠くの海賊船

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