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31話:お兄さまとの再会

 行き交う人の波を見下ろすデッキから、私は王都の第三港湾を見下ろしていた。


「すごい人ね、エリオット」

「はい、お嬢さま。聖誕祭の休暇をクラージュ王国で迎えようという人々が国内から一斉に集まっておりますので」


 私に答えるエリオットは、亜麻色の髪を揺らして微笑んだ。


 私は今、母方の実家がある海の向こうの隣国、クラージュ王国へ行くため、港にいる。

 下を行きかう人々は、平民から富裕層まで色々。

 高位の貴族である我がルール侯爵一行は、港に用意された待合室で優雅に乗船時間を待っていた。


 前世の日本でもあった、空港のハイグレードなラウンジ的場所だ。

 もちろん、生前一般家庭の女子高生だった私は一歩も入ったことがない。


「シャノン、窓際は寒いでしょう。暖炉の側にいなさい」

「けれどお母さま、ここなら色んな人が見えるのです」

「はは、シャノン。ロバートはどんなに急いでも、乗船時間の後にしか着かないよ」


 お父さまに笑われ、私ははしゃいでいた自分を自覚する。

 ちょっと女子高生の記憶があると恥ずかしい。


 私はお母さまの隣に腰を下ろして、侍女として同行する赤毛のエミリーが入れてくれたお茶に口をつける。

 そのまま恥ずかしさを飲み込んで話題を変えた。


「お母さま、おじいさま方にご挨拶した後に訪ねるという、ディオギュラ家についてお聞きしても?」

「シャノンは覚えていないわよね。生まれてすぐにあなたを見に来てくれたこともあるのよ。私の幼馴染みが嫁いだ家で、先代がご存命の折にはルール島へも定期的にいらしていたの」


 どうやら私が思う以上に親しい付き合いのある家だったみたいだ。

 先代という人が亡くなって、お母さまの幼馴染みが当主夫人となり、簡単に国を離れられなくなったとかそういうことだろう。


「あなたと同い年の子供もいて…………」


 言いかけて、お母さまは口を閉じる。

 考えるように目を閉じると、少しの悲しみを浮かべて微笑んだ。


「きっとあなたならお友達になれると思うの。この一年体調が優れないようだけれど、もし会えたら優しくしてあげてね」

「はい、わかりました」


 家族旅行を計画した時から、なんだかお母さまの表情が優れない。

 もしかしてその幼馴染みの子供さん、そうとう悪い病気だったりする?


 お母さま曰く、ルカールという港湾都市を納める伯爵家で、クラージュ王国の商業都市でもあるそうだ。


「お嬢さま、ルカールと言えば! スイーツですよ、スイーツ!」


 突然金髪のケリーが目をキラキラさせて主張して来た。


「港に集まる珍しい食材で作る一口菓子、プチフールなども有名ですね」


 普段真面目なブレンダまで青い瞳を潤ませて浮き足立ってる?

 これは…………、そうとう期待できると見た!


 私は乗船時間までの間を、侍女たちとスイーツ談義であっという間に潰してしまった。


「どうぞ、足元にお気を付けください」


 いつもどおりエリオットに手を取られて、私は船にかけられた階段を上る。

 エリオットに捕まっていないほうの手は、ラベンダー色の帽子を押さえていた。

 この帽子、固定のための紫色のリボンがついてるんだけど、ちょっとの距離だと思って結んでなかったんだよね。


「麗しきラベンダーのお嬢さま、ようこそいらっしゃいました。良い船旅を」


 船員にそう声をかけられた私の恰好は、帽子と揃いのラベンダー色のコート。ドレスもお出かけ用に裾を短くしてあり、足元のブーツには帽子止めのリボンと同じ紫のリボンを使っていた。


「シャノン、後で迎えに行かせるから、デッキで港を見ているといい」


 やっぱりはしゃいでいたみたいで、微笑ましそうなお父さまにそう言われてしまった。

 けれどここはお言葉に甘えて、エリオットを従え私はデッキへと向かう。


 高い位置から港を見下ろした途端、吹き抜けた海風に私は帽子を攫われた。

 すぐさまエリオットが手を伸ばしたけれど、指先を掠めて後方に飛んで行く。


「あ…………」

「すぐに拾ってまいります!」


 私の惜しむ声に、エリオットは即座に踵を返した。

 人々の頭の上を飛んだ帽子は、誰かによって捕まえられる。


「悪戯な風は、可愛らしい君の気を引きたかったんだろうね」


 そう言って優しげに笑うのは、銀髪の美青年。

 私に帽子をかぶせると、そのままリボンを顎の下で結んでくれる。


「会いたかったよ、シャノン」

「私もです、お兄さま。聞いていたよりもお早いお着きで驚いてしまいました」


 そう、帽子をキャッチしてくれたのは、私の兄、ロバート。

 もっと遅くなると思ったのに、私たちが乗船して間をおかずに来るなんて。本当に驚いた。


 私の六つ上の兄は、紫の涼しげな目でエリオットを見ると、失笑するように細くする。

 エリオットを見れば、歯を食い縛って無表情を保とうとしてた。

 もう、耐えてるって顔に出ちゃってるけど。


「お父さまやお母さまとはお会いになりました?」

「まだだよ。シャノンなら客室よりこっちにいると思ってね」


 ウィンク一つとっても美形は違うと、一般人に圧倒的な格差を見せつけるようなお兄さま。

 私の周り顔立ちの整っている人は多いけど、大人と子供の両極端だから、お兄さまくらいの年齢の人ってちょっとどう反応していいか困る。


「頬が赤くなっているよ、シャノン。寒いかい?」

「久しぶりにお兄さまに会えて、その、緊張してしまって」


 うん、そこで満足げに笑ってエリオットにどや顔しないで。

 エリオットはもう眉間にしわ寄ってる。


 うーん。

 やっぱりそうか。そうだよね。

 うん、これは黒判定。

 女子高生の記憶を思い出して、両親が親ばかだとわかったように、今私はこのお兄さまがシスコンであることを自覚した。


「お兄さま、お父さまたちの所にお行きにならないの?」

「シャノンを一人にしてはおけないよ。出航までデッキにいるつもりなんだろう?」

「そうですけど、エリオットがいますし」

「おや、本当だ。気づかなかった」

「…………お久しぶりです、ロバートさま」


 あれだけどや顔しておいて。

 そしてエリオットもそんな苦々しい声出しちゃうの?


「お兄さま、エリオットをいじめないでください」

「ふ、いじめね。そうだね、弱い者いじめはいけない。僕のシャノンは心美しい淑女に育ってくれて嬉しいよ」


 うん、さらっとエリオット煽らないで。

 シスコン的に私と常にいるエリオットを目の敵にするのはわからなくもないけど、六つも年下だから。

 日本で考えると、高校生が小学生を煽ってるから。


 私は非難を籠めてお兄さまを見つめた。

 すると思いが通じたのか、お兄さまはエリオットを煽るのをやめて、私の腰を抱いたまま港の見えるデッキの端へとエスコートし始める。

 そうして私にぴったりくっついたまま、出航を祝う人たちに見送られクラージュ王国へ向けて発ったのだった。


(第十回? 自分会議ー)

(覚悟はしてたけど、やっぱりシスコンかぁ)


 私は部屋に戻って室内着に着替えながら考える。

 ちなみに今いるのはエイミーとケリーだけ。ブレンダはお兄さまの着替えの手伝いに行ってる。

 お兄さまの専属をしていた侍女は、すでに結婚して屋敷を出てしまっているから。私の侍女三人はお兄さまのお世話込みで、揃ってこの旅行への同行を許可された。


(ゲームでのお兄さまの情報を話してちょうだい)

(はーい、未実装キャラのため、ありません!)

(諦めるのが早いわ! もっとちゃんと思い出してちょうだい)

(今の私だって自分会議の数え方あやふやのくせにー)


 なんて自分で自分を責めつつ、数少ないゲームのロバートについて思い出す。


 ロバートはイベントで初出のキャラクター。

 暴走する妹を止めるために現れるという役どころで、そのイベント限定で仲間になっていた。

 イベントをした限りでは、家族を大事に思ってはいても、悪いことは悪いと常識的な判断のできる人だったように思う。


(それがシスコン?)

(シスコンなんだよね)

(『不死蝶』といい、お兄さまといい、入学までの間にいったい何があったのかしら?)

(確かロバートは卒業後に見聞を広げるため、他国に行ってたって設定だったよね)

(シスコンが緩和されるできごとがあったのかしら?)

(やらかしすぎた妹に愛想尽きたとか?)

(推測でしかないわね。それにやっぱり情報が少なすぎるわ)

(ゲームに限定しなければ、考察サイトではストーリー二部で実装されるんじゃないかって話題に上がってたよ)


 これも結局推測でしかない。

 お兄さまは敵にならないけど、将来『不死蝶』を回避するなら甘やかされてるわけにはいかないし。


(ロバートのイベントって、クリスマスだったよね。こっちでいう聖誕祭の)

(確か最後は処刑じゃなく、捕まえて家に連れて帰るというものだったわね)

(そうそう。簀巻きにされてたけど死なないから物足りないとかいう人たちいてね)

(なんて身勝手なのかしら。死亡フラグの乱立するこちらの身にもなってほしいものね)


 思わず一人頷いてしまって、エミリーとケリーに変な顔をされてしまったのだった。


隔日更新

次回:喧嘩を売られる

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