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30話:エリオットの苦手なもの

 私が『不死蝶』の未来を知ってから半年が経った。

 バタフライエフェクトを起こして『不死蝶』の未来を変える試みは、あまり順調とは言えない。

 イベントに繋がる魔導書とか魔法道具とか見つけはしたけど、片手で足りる数だし。


 まず、今はイベントが起こる要因がほぼない。

 ストーリーの黒幕はいるけど、だからこそそんな相手子供の内に会いたくないし、先回りして倒したってストーリーが潰れるだけ。

 黒幕がいてお父さまは困るだろうけど、娘が死ぬかどうかの瀬戸際だと思って許してほしい。

 ちゃんとストーリーになったら、黒幕は退場させるから。ゲーム主人公が。


「お嬢さま、朝食の準備が整いました」

「ありがとう、エリオット」


 私を呼びに来たエリオットは、すっかりまた私専属の従僕に戻っている。

 ただ、半年の間に半日ほど別々になることがあるようになった。

 というのも、エリオットがロザレッド伯を卒業と同時に恙なく継げるようにというお父さまの計らいだ。


 ルール島から老練な政務官を呼び、仕事を教えると称してエリオットに領地経営のノウハウを教えている。

 聞いてみたところ、ルール島でもエリオットの出生を知っているのは代官として勤める親戚くらいらしい。


「エリオット、今日のローテセイ公爵との外出にも同行するつもりかしら?」

「お嬢さまがお出向きになるのなら」

「あの方は誘拐の一件でエリオットを気にいってらっしゃるからいいとして。ジョーが怒るわね………」

「そこはお父上であるウィートボード公爵をジョージさまが説得なさらなければ如何ともしがたいかと」


 相変わらず、公爵二人は仲が悪い。

 真面目なアンディの父親とは思えない軽さのローテセイ公爵は、私たちを市井視察に誘ってくれた。

 もちろん息子であるアンディと仲のいいジョーのことも誘ったけれど、ジョーの父親のほうから待ったがかかってしまったのだ。


「仲間外れは嫌だと言っていたのに」

「ローテセイ公爵家のご息女も同行なさるそうですし、人員は多すぎても面倒でしょう」

「エリオット、それってジョーのことを面倒だと思っているのかしら?」


 答えないエリオットは微笑み返してくる。

 仲間外れだと騒ぐジョーの機嫌を取るのも、因縁で意固地になってるウィートボード公爵を説得するのも、面倒だと思っているようだ。


 半年も顔を合わせていると、エリオットもジョーとアンディへの親しみが見える。

 まぁ、その親しみの表し方が口の悪さに現れるんだから、ちょっと人を選ぶ気はする。

 それでも私とアンディがウィートボード公爵を説得に向かえばついてくるのだから、これはツンデレの一種なのかもしれない。


「お嬢さま、何をお考えですか?」

「たまにエリオットが人の心を読む魔法を使っているのではないかと思うの」

「そのような魔法があるのならば、心底ほしいと思いますよ」

「あら、そう?」


 大人の非情を知ってるエリオットなら、知りたくもないと言うと思ったけれど。


「お嬢さまのお心が何処にあるのか、知れるのならいつでも知りたいものです」


 私限定か。

 やめて。一人二役劇場やってる愉快な心の内を覗かないで。


「お嬢さまは、どなたかの心の内を知りたいとお考えになったことは?」

「あるわね」

「どなたのですか?」

「ちょっと、エリオット。そんなに真剣に聞いてくるような話じゃなかったでしょ? それに知りたいと思ったのは、あなたたちよ。男の子三人で集まって、私にわからない話をすることが増えたじゃない」

「…………わかっていただけたら、いいんですがね」


 何故そこでエリオットがしょんぼりするの?

 三人で何か新しいことをしようと楽しそうに話し合ってるんじゃないの?


「私も同性のお友達が欲しくなるのよ」

「同性の? アンドリューさまの妹君と仲がよろしいと思っていましたが?」

「うーん、友達というよりもアンディの妹という意識が強くて違うのよ。それに三つ下だし、せめて一つ二つの年齢の違いの内がいいわ」


 理想は一緒に魔法学校に通える女友達。

 そういう相手がいれば、きっとバタフライエフェクトになる。

 それに学校生活と言えば、友達とのきゃっきゃっうふふな楽しい会話。

 高校生活を途中退場した私としては、楽しい学校生活は死亡フラグ打破の次に望む未来だ。


「魔法学校に一緒に通えるようなお友達がほしいの」

「あら、シャノン。なんのお話し?」


 食堂へ向かうと、先にお母さまが来ていた。

 その手には手紙。横には従僕が手紙を載せてきただろう盆とペーパーナイフを持って待機している。


「新しいお友達を作るにはどうしたらいいかと思ったのです」

「新しいお友達…………」


 お母さまは手元の手紙に目を戻す。


「そうね。思えばシャノンは、私の幼少よりも他人と関わる機会が少ないわ」


 それは、私もそう思う。

 正直、ジョーとアンディに聞くまで、私は現状の半引きこもりを普通の貴族令嬢だと思っていた。

 けれど実際は近くに住む親戚や親戚の姻戚、さらには親しい友人なんかと親が交友を繰り返し、自然とその子供同士も友人関係を築くもの、らしい。


「親戚はルール島に行かないと会えませんからね」

「それに、私が国外の出だから、あっちの親類や友人も海を渡らなければ会えないものね」


 そしてお父さまは仕事で王都に暮らしているから、仕事関係の知り合いは多くても、子供同士を親しく遊ばせる交友は限定的だ。

 王妃と詐欺師の件も、親戚関係の問題解決という仕事の一環のつもりだったから、お茶会に私を同伴するという考えはなかったらしい。


「おはよう、二人とも」


 お父さまが遅れて食堂へ現れた。

 その手にもまた、手紙が握られている。


「二人に朗報だ。次の長期休暇には、ロバートが帰省する」

「お兄さまが!」

「まぁ、こちらから行かなければ会えないと思っていましたよ」

「…………もう一年くらい独り占めしておきたかったなぁ」


 お父さまが残念そうに呟いて椅子に座る。

 お母さまはお兄さまからの手紙を受け取って目を通し始めた。


「エリオット」

「…………なんでしょう、お嬢さま」

「顔が引きつってるわ」

「失礼いたしました」


 私のために椅子を引くエリオットは、表情が改まってない。

 無表情をとりつくろえず、嫌そうな顔になってる。

 実はこのエリオット、私のお兄さまが苦手だ。


「お兄さまも魔法学校で過ごされて、経験を積まれて変わられているかもしれないわ」

「良いほうに変わっていてくださればいいのですが」


 私の慰めに、エリオットは潜めた声で答えた。

 お兄さまは私との遊び相手をお父さまと取り合うほどに、妹を可愛がってくれる。なので私からすればいい兄だけれど…………。


「さすがに妙な仕事を命じられたら、お父さまがお止めになるわよ」

「旦那さまの目を盗む狡猾さが、厄介なのです」


 潜めても、エリオットの声には苦々しさが含まれる。

 確かに、割れた花瓶を元のとおりに組み直せ、ただしフェイクの破片含む。銀食器を磨くのに最も適した布を探せ、ただし下手にこすると傷がつく物含む。などの仕事をさせられれば、苦手にもなるか。


 たぶん婚約の話など聞けば、どんな無理難題を出されるかわかったものじゃない。エリオットはそう思っているんだろう。

 けれど私を取り合ったお父さまもエリオットとの婚約は認めているのだから、お兄さまもいつまでも子供っぽい独占欲で意地悪はしない気がする。

 お兄さまが私に独占欲を持ったのも、もしかしたら周囲との付き合いの少ない王都暮らしのせいかもしれないのだし。


「お母さま、お兄さまは魔法学校でどのような生活をなさっているのですか?」


 お兄さまは私の六つ上。

 すでに魔法学校に入学して一年が経っており、去年は王都へは帰ってこなかった。

 まぁ、魔法学校のあるルール島が領地だし。行事ごとにお父さまはルール島に行っている。

 私も親戚の集まりがあるとルール島に行くので、全く会わないわけでもない。

 だからお兄さまが手紙を寄こしたというのは、珍しいことだった。


「そうねぇ…………」


 言葉を選ぶらしいお母さまの様子に、私は首を傾げる。

 そう言えば、日本には便りがないのが良い便りという言葉があった。

 もしかしたら、お兄さまが何か困ったことになっているのかもしれない。


「お母さま、お兄さまはお元気?」

「えぇ、ごめんなさい。ロバートは元気にしているわ。ただ、少し思いついたことがあって」


 お母さまは私を安心させるように笑うと、お父さまに話を振った。


「ちょうど、ディオギュラ家から手紙が来たのよ。シャノンが生まれて以来、クラージュ王国に行っていないでしょう? この機に家族旅行をしてはどうかしら?」

「クラージュに、家族旅行、か?」

「えぇ、シャノンも魔法学校へ行く際に国外にも仲良しのお友達がいていいと思うの。だから、ディオギュラ家のほうにも回って旅行にしてしまってはどうかと思って」


 お父さまは吟味するようにお母さまの声に耳を傾けている。

 別に言っていることに不思議はないけれど、何故そんな真剣に聞いているの?

 ディオギュラ家って、確かお母さまのお友達で、クリスマスカードの交換とかも毎年行っている方だったと思うけれど。


 クラージュ王国はお母さまの出身国。

 里帰りついでにお友達の家も回ってクラージュ王国を旅行しようという案なんだろう。


「…………なるほど。いい考えだ。ディオギュラ家の領地には港がある。あちらの船を見物するのもいいな」

「えぇ、ロバートの勉強にもなると思うわ。シャノンも、あちらでお友達を作ってみたらいいわ」

「はい、お母さま」


 クラージュ王国はゲームでもあった国だ。

 もちろん舞台はルール島だから、外国に行くことはない。けれど、クラージュ王国からの入学者はいる。つまり、攻略対象を確認する機会があるかもしれない。

 ジョーとアンディのように入学前に親しくなって、イベントが起こっても見捨てられないよう親しくなっておくのも一つの手だ。


 確か、クラージュ王国出身のキャラクターは五人くらいいた気がする。

 ゲームの記憶を探りながら、私はお母さまに笑い返した。


「家族旅行、今から楽しみです」


 私が『不死蝶』だと気づいてから半年。

 次の長期休暇は、この世界にもあるクリスマス休暇だった。


隔日更新

次回:お兄さまとの再会

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