3話:バタフライエフェクト
思い出した、あの飾ってある風景画! あれは乙女ゲームの舞台!
「…………ルール島だ」
十五になるとルール島にある魔法学校に通うことになる。
魔法学校は他国からも王侯貴族の子弟が集まる小さな社交場。
そこで好き勝手にイベントという名の事件を起こすシャノンは、ルール島の領主の娘。
そしてルール島を領有してるのがこの侯爵家だ!
「どうなさったのですか、お嬢さま?」
「私、シャノンよね? エリオットから見ても、そうよね?」
「はい、もちろんです」
様子のおかしい私を気遣うように、エリオットは強く頷いてくれた。
そうだ。そう思って疑わないからエリオットはこうしてお世話してくれている。
なら、他から見ても私はシャノンだ。
けど、イベントの度に死ぬ目に遭っては復活するなんて、そんなのできる気がしない!
私、『不死蝶』なんてなれる気がしないんだけど!?
「ど、どうしたらいいんだろう…………?」
「お嬢さま? 大丈夫ですか? 僕にできることはありませんか?」
気遣ってくれるエリオットに、混乱するばかりで申し訳なくなる。
駄目だ、ここで私が不安がるばかりじゃ。
対策を、そう、覚えてる限りのことを思い出してみよう!
私がやっていたのは乙女ゲームの中でも学園もののアプリ。
そしてアドヴェンチャーゲームの側面も持つソシャゲだった。
メインストーリーは、小国の姫としてルール島の魔法学校に入学するところから始まる。
見たことのない生き物を見つけ、学外へ出てしまった主人公は、ナビとなるマスコットキャラの精霊と出会う。
精霊の宿った魔石を拾った主人公は魔物に襲われ、そこで助けに入ったこの国の王子ウィリアムと冒険をすることになるのだ。
「同年の殿下のお名前ですか? ウィリアム・アーサー・レオポルド殿下ですね」
唐突な質問にも答えてくれる従順なエリオット。
けれどその答えに私は膝を抱える。
ゲームの大きな目標は卒業試験を勝ち抜く仲間を集めて腕を磨くこと。
ストーリーだと腕磨きの先々で『不死蝶』が完全敵役で現れて、主人公は王子と共にルール島にはびこる闇を暴いていくことになる。
「次は、魔法の属性について教えてくれる?」
「魔法の属性は基本的に四つ。地、水、火、風で、この順で一巡すると弱点となる属性でもあります」
そこもゲームと同じ、か。
ちなみに四属性にはそれぞれ派生属性っていうのがあるんだけど、あくまでキャラ付のためのもので、属性相性は変わらず。
四属性に割り振られた色さえ覚えておけば派生属性なんて覚えてなくても大丈夫だった。
そこは恋愛シミュレーションが基本だから、戦闘機能は簡単だ。
「…………お嬢さま、夢とはどのような夢だったのですか?」
「うーん、全く知らない国で、侯爵令嬢でもなんでもない女の子として生きた夢よ」
「それで、ご自分が誰なのかわからなくなるのですか?」
私のこと、だったのだと思う。
でも認めれば、『不死蝶』もあり得ると肯定するようで抵抗があった。
「夢の中のお嬢さまは、今とは全く違っていたということでしょうか?」
「そうね。あ、でも蝶に目を奪われて額を打ったのは同じだったわ」
「それはまた…………なんと言いますか…………」
何か言おうとしてエリオットは横を向く。
たぶん主人に向けてはいけない言葉を言おうとしたんだと思う。
「こほん、夢は願望の表れと言います。何かご不満がございましたか?」
「そういうことではない、と思うの。それに不満なんてないもの」
「そうですか。僕はてっきり魔法が使えないことがご不満なのかと」
「え?」
使えないの、私? って聞こうとして、記憶が出てくる。
私、それなりに才能のある魔法使いらしく、無闇に使っちゃいけないって家庭教師から止められていた。
まだ少し、女子高生の私とシャノンとしての私の意識に段差のような違いがある。
これは生まれ育ちが違いすぎて、染みついた常識が異なるせいだ。女子高生の感覚で魔法の話なんてできない。
「属性が定まってない子供の魔法は何が起こるかわからないから危険だもの。そこまで不満はないわ」
「つまり、少しは不満に思ってらっしゃるんですね」
「わざわざ確かめるなんて、エリオットは意地悪ね」
「ご命令とあらば改善いたしましょう」
「それが意地悪なのよ。私だから気を許している証なのに、改善なんて必要ないわ」
意地悪に不満を言うと、エリオットはますます安心したように笑った。
普段従僕として控えてるエリオットはあまり表情を出さないよう教育されてる。
けれど物心ついた頃から一緒に育って、今も特別に私の従僕ということで寝室への出入りを許可している。
つまり、シャノンのお気に入り。
そのことを確かめるように笑うエリオットは、シャノンである私の様子がおかしいことが不安なのかもしれない。
「お嬢さまの趣味を責めるつもりはございませんが、あまり蝶の羽ばたきにばかり目を奪われないでくださいね」
エリオットの忠告に、私の頭の中にバタフライエフェクトという言葉が浮かんだ。
もし、私の女子高生としての記憶が現実だったとすれば。
あの理論ももしかしたら本当のこと?
私にこの先、ゲームと同じ未来が待っているとしたら…………。
「私にも、蝶の羽ばたきで、未来を変えられる可能性があるんじゃない?」
「お嬢さま?」
エリオットに訝しがられるけど、今はちょっと集中させて。
私はゲームのシャノンにはならない。死亡フラグを立てないようにするのが大事だ。
だって、ゲームの中の死亡フラグなんて折れる気がしない!
処刑に、修道院送りに、島流し果ては暗殺なんてどうすればいいのよ!?
私は生きていたい。死にたくない。この思いはシャノンでもあり女子高生でもある私の確かな意思だ。
私が私であるため、そのためにバタフライエフェクトを起こそう。
私はそのために前世? を思い出したのかもしれない。
だったらまずすべきことは…………。
「私いい子になる!」
「今までも問題ありませんよ、お嬢さま。…………蝶以外は」
「う、確かに今回の失敗は蝶のせいだけど。蝶を嫌いになれないわ」
女子高生の時だってシャノンのデザイン好きだったし。
あれ? そう言えばシャノンとしての記憶を探ってみても、これと言った問題起こしたことないなぁ。
侯爵令嬢として礼儀作法やお勉強も頑張ってる。
未成年の十歳だから親戚意外と関わりない、深窓の令嬢だ。
…………逆に、どうして私は『不死蝶』になったの?
「しかし突然いい子とはどうして…………もしやお嬢さまは、何か目新しいことをなさりたいのですか?」
「うーん、そんな感じ」
「それは、夢に感化されたからですか?」
「うん、そんな感じ」
じっと私を見つめたエリオットは、子供の顔で大人のような複雑な感情の混じる微笑みを浮かべた。
「身分も育ちも名前さえ違う自分になるなんて、いいものではないと思いますが」
「エリオット?」
「いえ、そうですね…………。いいこともあった。変わらなければ得られなかったものもあると思えば、変化を求めることも悪いことではないでしょう」
えーと、エリオットさん?
なんかすごい含みのある言い方してるけど、どうしたの?
「お嬢さまの向上心は大変結構ですが、今日はまだ安静ですよ」
「う、うん。わかってるわ」
「明日また医師に診察してもらい、何ごともなければ、そうですね…………旦那さまにお茶会への同行をお願いしてみるのは如何でしょう」
「うん、そうね…………。このところ、お父さまとお母さま、よくお茶会にお出かけになるもの、ね」
なんか今さら気づいたけど、このエリオットって誰だろう?
そんな名前のキャラ、ゲームにはいなかったんだよね。
いや、『不死蝶』は敵キャラだから基本一人だし、実家で誰と親しいなんてなかったけど。
恋愛シミュレーション故に『不死蝶』はお邪魔キャラではあったけど、横恋慕はしてこなかったし仲のいい異性ってゲームにいないし。
「エリオット、魔力あるわよね? あなたも魔法学校に入学するのかしら?」
「旦那さまはそうおっしゃってくださってますが。こうして十分な教育を受けさせていただいているだけでもおこがましい身ですから」
そう言えば、エリオットって私といつも一緒に家庭教師の授業も受けてる。
礼儀作法なんて男女別にやってるのを二人で受けてて、表向きは私の授業にくっついてる風を装ってた。
うん、あの授業の仕方って、明らかにエリオットにも教育受けさせるためだよね。
しかも周りにばれないように。
え、本当にエリオットって、誰?
「えーと、入学したらエリオットはどう、する、の…………?」
聞いた瞬間、私の脳裏にスマホ画面が浮かぶ。
画面に映るのは『不死蝶』シャノン。
けれど、テキストに書かれた台詞は「おっしゃるとおりです、お嬢さま」であり、キャラクター名は、『従者』だった。
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