29話:友達の作り方
(第五回自分会議ー)
(今回はちょっと真面目にやろうかな)
(そうね、予想外ばかりだもの。状況の整理と今後の目標設定をしたいわ)
(やだー、ここ最近大人の思惑に触れてばっかりで、十歳の私が可愛げなくなってるよぉ)
私は寝室で祈祷書を読むふりをして、一人自問自答に努めた。
(夢と希望の詰まった乙女ゲームのファンタジーキラキラ世界が良かったよー)
(服装と暮らしだけならキラキラなんだから。だいたい『不死蝶』の時点で夢と希望じゃなくて、ネタと死亡フラグが詰まってるのよ)
(全然上手いこと言ってない上に、やる気削がないでよ)
(じゃあ、なんの手も打たずに乙女ゲームの舞台である四年後を待つの?)
そんなの自殺志願に等しい。
甘えた女子高生の私も、そんな未来は嫌だからこそ頭を打ってから今日までバタフライエフェクトを起こそうと頑張ったはずだ。
(まず現状の把握をします。バタフライエフェクトを起こそうとしてやったことは、ジョーとアンディの仲違いを防ぐこと。結果、この目論見は成功したとは言えません)
(いっそ、ゲームで主人公がはまるはずの場所に、私が横入りした形なんだよね)
(そうなのよ。けれどこの状況ならイベントで二人が争っても、私を見殺しにするような未来にはならないと思うの)
(それはそうなんだけどね。…………けどさ、将来ゲームのとおりなったとして、それってストーリー基準? それともイベント基準?)
何げなく浮かんだ疑問に、大変な問題が含まれていることに気づいてしまった。
(アンディはストーリーの初期メンバーだけれど、ジョーは確か、イベントでしか出てこないわよね?)
(ソシャゲだからストーリーに今後絡まないとは言えないんだけどね。二人が近くにいたから二人と関わるイベントを起こさないようにしようと思っただけだし)
現状、その行動が私にバタフライエフェクトの可能性を示した。
二人の仲違いは止められなかったけれど、別のイベントで盗むはずのイベントアイテムが、今現在私の手元にあるという状況だ。
つまり、当初の狙いとは別のイベントが発生しなくなっている。
(因果律か、ゲームの強制力か…………。どっちにしてもやることは決まった感じだね)
(先ほどのストーリー基準か、イベント基準かという話を考えても、そうね)
(私が目指すべきは、ストーリーでの学校生活!)
(イベントはなくていい!)
胸元で拳を握って、私は一人頷いた。
実はゲームのストーリーでは『不死蝶』に死亡フラグは立たない。
行く先々で主人公の邪魔をして、魔物や騙した攻略キャラを嗾けるけど、それで『不死蝶』が死にそうになることはないのだ。
(しかもストーリーの第一部では、黒幕に裏切られてフェードアウトするもの)
(っていうか、あのストーリーでフェードアウトしてからだよね。イベント常連ネタキャラになったの)
ストーリーで邪魔ばかりする『不死蝶』に、ヘイトが溜まった結果なのかもしれないけど。
ギャグ乗りとは言え公開処刑するのはどうなの?
(考察サイトで、公開処刑の後も『私を誰だと思っているの?』って定型文がそのままなの見て、「脱出マジックか!?」って突っ込みあったなぁ)
(主人公が「修道院にいるはずでは?」って前回のイベントをネタにした時も、『私を誰だと思っているの?』が答えだったしね)
そこまで考えて、私は一人の少女を思い描く。
ピンクベージュの髪に善人らしい笑顔の似合う可愛らしさ。
『不死蝶』に邪魔をされても、困った人たちの声を聞いて戦いに挑むゲームの主人公。
(主人公、いるよね?)
(国は存在していたわ。ただ、子供の私が閲覧できるのは国内の貴族名鑑くらい。なんという名前の姫かさえ、わからないのが現状よ)
(デフォルト名はマリアだったけど、よくある名前だし、この世界親子で同じ名前普通だし)
(誰か主人公を知る人と会えたらいいんだけど。そしたら、ジョーやアンディのように入学前に親しくなれるかもしれないのに)
(あ、確かに。しかも今の私、同性の友達いないしね!)
(そうなの! 深窓の令嬢なんて聞こえはいいけど、ほぼ引きこもりよ!)
会えるのは親戚だけど、当主一家以外はルール島にいるため、親戚付き合いも頻繁じゃない。
(ストーリーに従うにしても、主人公と友達になるのは悪い考えじゃないと思うの)
(確かに。どうせ主人公と同じ場所に行くんだから、お邪魔キャラするよりきっと安全だよね)
(ただ一度会ったことのあるアルティスが、また怒らないといいけれど)
(なんか口調変わるほど怒ってたしって、そう言えばそのことアーチェに聞いてないよね?)
私は存在を忘れがちな自分の精霊を捜して影を見た。
「アーチェ、そこにいる?」
「なに~? 夜は寝ようよ~」
「あなた日中もほぼ寝てるでしょう?」
陰から顔だけを出した生首猫、もとい、精霊のアーチェは気だるげに返事をする。
「あなたが私に声をかける前に、アルティスっていう精霊が来たんだけれど、知っている?」
「え!?」
珍しいアーチェの大声に、私は肩を跳ね上げた。
「生きてたの!?」
「生きて………? えーと、体は別に、なんとも」
「この見た目はあくまで張りぼてだよ。僕らの本体は魔石! 魔石も見た!?」
私は珍しく積極的なアーチェに、アルティスと出会った時のやり取りを話して聞かせる。
「あ~、駄目だ~」
「なんなの? 説明してちょうだい」
「居丈高でプライド高くてへそ曲がりで自信家すぎる奴なんだけど~」
「あなたがアルティスとあまり仲が良くないのはわかったわ」
「そこまでぶれてるとなると、相当魔石が限界来てるんだと思うよ~」
アーチェが言うには、アルティスは魔石に力を溜め込みすぎて、存在することが難しくなっているから、口調や感情が大きくぶれるんだとか。
え、主人公についていくマスコットキャラクターが情緒不安定ってどうなの?
「僕は魔石に籠って五十年だけど、向こうは百五十年だからね~。支配適性の魔法使いが魔力を消費してくれないと、魔石に溜まった魔力で潰れちゃうんだ」
「そう言えば、私あなたの魔石を見たことないわ」
「あるはずだよ~。君の父親が書斎に飾ってる首飾りの一番大きな宝石ぃ」
「あれなの!?」
確かに見たことがある。書斎に入れば一番目に付く紫色の丸い宝石だ。
「あれはテルリンガー家略式の家紋を象った由緒ある首飾りのはずじゃ?」
「そうだよ~」
「そうだよ~って、あなた。どうして五十年も放っておかれたの?」
「えっとね~、寝坊した」
思わず私はアーチェを影の中に押し込んだ。
「どう寝坊したら、五十年契約せずに存在することさえ危ぶむ状況になるのよ?」
「し、支配適性って、無自覚って、言ったでしょ~。だから僕に会うかどうかは、あの首飾りのある場所に近づいてくれるかどうかでね~」
テルリンガー家の人間が住む島の中にあっても、無自覚な支配適性の魔法使いが近づくかは賭け。
それが王都に持ってこられた今、当主一家に支配適性の魔法使いが生まれるかどうかの賭けになっていたそうだ。
「それで、持ち出されてから私まで、当主の一家に支配適性はいなかったのね?」
「そういうこと~」
「はぁ、持ち出される前に支配適性の誰かと契約しなきゃいけなかったのに、寝坊して気づいたら持ち出されていたのね?」
「そういうこと~」
全然反省してない様子のアーチェを、私はもう一度影の中に押し込んだ。
「もう、だったらそのアルティスを捜さないと。放っておいたら死んじゃうんでしょ?」
「そうだね~。魔石ごと爆発して、この王都の三分の一くらい吹き飛ばして死ぬね~」
ちょっと待って!
今さらっととんでもないこと言ったわよ、この寝坊助精霊!
私は両手でアーチェを掴み上げると盛大に揺さぶった。
「なんでそんなこと危機感なく言ってるのよ? すぐにアルティスがいる場所を捜しなさい!」
「うーん、無理だと思うよ~。だって、島から盗まれてから、誰も見つけられてないんだもん。王都にいるってことがわかっただけすごいって~」
「盗まれた? ………ねぇ、もしかして助けられない理由でもあるの?」
「あるよ~。契約してないと魔力の放出できないし、支配適性以外の魔法使いと無理に契約しても、魔力の放出量は少ないし、魔導書作られて移っても一時的に爆発緩和するだけかな~」
何より、精霊と契約できるのは一度に一人だけ。
私が見つけてもアーチェと契約している時点でどうにもできないそうだ。
「私がアルティスと契約し直すのは?」
「やだ」
はっきり言ったわね。
「…………アルティスは、あと四年、いえ五年くらいもつかしら?」
「うーん、十年は大丈夫じゃない?」
案外平気なの!?
いえ、アーチェの適当さはあんまり信用できないし。
けどゲームどおり主人公に出会えば、アルティスは助かる?
「盗まれて百年以上見つからないってことは、アーチェでも見つけられないのね?」
「うん、盗んだ魔法使いが結界で囲ってるみたいで、この屋敷の中は今僕の陣地なんだけど、全然気づかなかったよぉ」
信用できないわぁ。
だいたい私に気づいたの、絶対屋敷の中で家庭教師たちが騒いだせいでしょ?
それで言えば、アルティスのほうが反応早かったってどういうこと?
「まぁ、アルティスに会うのはやめたほうがいいよ~。あいつ恨み深くて嫉妬深くてねちっこくてしつこいから、会ったら呪詛送られるかもね~」
「精霊って変なのしかいないのぉ………?」
「そんなことないよ~。僕とアルティスが負荷で歪んでるだけ~」
自分で言わないでよ。
これってつまり、ルール島で出会っても、私、主人公に近づけないんじゃない?
アルティスより先に出会えばお友達になれる可能性は微レ存?
でもそうなるとアルティスが契約しない可能性もあるし、そうなったら王都の三分の一を吹き飛ばす爆発がルール島で起こることになって………。
私は一人、ベッドの上で膝を抱えた。
するとアーチェが猫のような仕草で下から私を見上げてくる。
「もう寝る?」
「あなたがー!」
暢気なアーチェを揺さぶって、私はやり場のない苛立ちを訴える。
本人が言ったとおり形だけの体らしく、アーチェは全く無抵抗でぬいぐるみのようにぶらぶらするだけ。
「はぁ………。まずはお父さまに相談しなくちゃ。お友達ほしいなと思っただけなのに、なんでこんなに疲れるのかしら?」
「だったら、言わないほうがいいよ~。精霊との契約者って、基本ルール島から出さない決まりだから」
「え!?」
さらなる問題を提起したアーチェは、喋り疲れたとでも言いたげに、私に向かって大きく欠伸をしてみせたのだった。
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