29話:王子の苦手意識
日を改めて、私は次に温泉街にあるモスの宿へと向かった。
もちろん話を聞きに行ったのだけど、予想外の来客がいらっしゃっている。
「…………すまない」
「ウィリアム殿下が謝罪なさる必要はありません」
モスを訪ねて行ったら後からウィリアムとアンリが現われた。
私もアンリも先触れを出したのだけれど、その上でモスは何も考えずに許諾したそうだ。
冷たいほどの無表情で給仕するエリオットに、ウィリアムのほうが居心地悪そうである。
「ひひ、君やらかしすぎて王子に苦手意識持たれてるじゃないか」
「このことは後日、メアリさまへご報告いたします」
「それは困るなぁ」
エリオットの釘刺しにも、モスはあまり困っていなさそうに笑っている。
エリオットもそれがわかったのかさらに追撃を見舞った。
「もちろんお嬢さまが事件に巻き込まれると知っていて何もご忠告なさらなかったことも含めてです」
「それは待ってほしいな! あれは僕も気づいてないなんて思わなかったんだよぉ」
今度は本気で嫌がったわね。
ウィリアムが来る前に話していたのはハロウィンイベントについてだ。
聞けば、モスはやはり知っていた。
どうやら私が劇団ゲームに出したネタにもあったのでわかっているものと思ったらしい。
「気づいておらずとも、一言お止めしていいはずです。何故それさえしなかったのか、言い訳があるようでしたらメアリさまへどうぞ」
「シャノンのやり方があるなら僕が口出ししても駄目だし、シャノンがいない状況で巻き込まれたマリアは、預言とずいぶん違う状況だったんだろう? 僕がどうにかできることなんてあると思うだけ、買い被りさぁ!」
「エリオット、落ち着いて。モスも被害に遭った人の前でふざけるのは駄目よ」
私たちのやり取りを見ていたウィリアムが困惑している。
放置されるなんて真っ当な王子さまとして暮らしてきたウィリアムにとっては初めての…………そう言えば劇団のこと言ってないわね。
あら、モスのこともそう言えば…………。
劇団でイベントを啓蒙劇にしたことは、アレクセイの話で考えた死亡フラグ回避の方法だ。
けれどそれをアレクセイにもきちんと説明はしていないのだからウィリアムが知る由もない。
私が声をかけるよりも早くモスが雑に水を向けた。
「それで、そこのアンリはいったいどうしたって言うんだい? いつにも増して陰気な顔だねぇ? もしかして新たしい毒にでも中ったのかい?」
どうしてちょっと期待するように聞くのよ。
どう見ても落ち込んでるじゃない。
モスの軽口に乗る元気もないらしいアンリに代わって、ウィリアムが答えた。
「その先日の事件で、どうも自分を信用できないという考えが離れないらしく。悪い影響が残っていないかを調べられる伝手が君しかいないからとやってきたんだ」
「ごめん、グリエルモス。他に、思いつかなくて…………」
ウィリアムは付き添いらしい。
「マオはマオなりに不調らしくて、マリアから離れないと聞いているわ」
「あぁ、マシューにそれとなくフォローしたほうがいいと言ってくれたそうだね」
アンリが酷く申し訳なさそうな顔で私を見る。
私が吸血鬼として地下で攻撃行動に出たのを、術師の配役だった自分のせいだと思っているのだろう。
「実はこちらもシリルが似たような状態なの。ただ逆に私と顔を合わせづらいと、ジョーとアンディと魔法の訓練をしているわ。次に同じことがあっても跳ね返せるようにと」
ウィリアムが何かしらの意図をもって私を見た。
「今日、ミナミ・ヤマトが授業を休んだと聞いたが?」
「はい、ミナミさまの精霊が魔力炉を通して魔術儀式を御したので、我が家の調査隊に協力していただいています」
魔術儀式の完全停止を調べるため。
なるほど、アンリに残る影響がないと言うためにも、クダギツネの太鼓判はあったほうがいい。
けれど魔術儀式の調査に対して、アンリは何も言わない。
言う言葉が見つからないみたいに、俯いてしまう。
自然、私とウィリアムは困って顔を見合わせた。
「毒で精神を侵すことはできるよ」
「「「え!?」」」
突然のモスの発言に、私たちは驚く。
「わかりやすく言えば中毒性のある毒にはめれば、操れはする。毒であるなら成分を特定して毒抜きをすればいい。もちろん中毒性があるなら応じた苦しみも生じる」
一度言葉を切ったモスはアンリと目を合わせた。
「けど、君が言ってるのはそういうことじゃないんだろう? いっそ自白剤でも呷ってみるかい?」
「モス!」
「おや、シャノン。アンリは自分が信じられないんだろう? だったらまず嘘偽りのない自分の本音を引き摺り出して目の前に叩きつけるくらいしないと」
「ちょっと待って。叔母さまに知らされたくないからって、あまりにも過激よ」
目を向けると呆れていたエリオットが一つ頷く。
功を焦って他国の王子に毒を飲ませるなんてこと止めないと。
エリオットは私がいいと言うまでメアリ叔母さまには言わないことに応じた。
そう気を回したのにモスがとんでもないことを言い出す。
「過激…………そう言えば、君はアンリの親戚でもあるんだったね。どうだい、ここはあの夜のようにアンリをこうがつんと」
「劇薬にもほどがあるわ! エリオット、絶対にダメだからね! あの時だって私はあんなこと言うように指示してないんだから!」
「そうだったのか? あ、いや、嘘というか私を揺さぶるためで、本心から王位に興味がないことはわかっている。ただ、あれは、なんというか…………良く効いたから、そういうことも加味していたのかと」
ウィリアムの劣等感を刺激する存在であるエリオット。
そのエリオットからの挑発に、ウィリアムはアルティスの束縛を抜けた。
けれどそれはエリオットを危険にさらす諸刃の剣。
それを意図してやったと思われるのは不愉快だ。
「お嬢さまは、私はもちろん、ジョーさまもアンディさまも、その他誰一人として巻き込まず、あなた方と相対するお心づもりでいました。…………あなたと違って」
余計な一言をつけるエリオットにウィリアムは恥じ入って視線を下げる。
なんでアンリをって話からウィリアムを責めているのエリオット。
ただの付き添いなのよ。
「同時に、誰一人として信頼できない未来があると知っていたからです。またそのような未来を呼び込む己の不徳を最も信じられなかったのはお嬢さま自身です。一度の失敗で誰かに寄りかからなければいけないほどか弱い神経をお持ちなら、国を宰領する夢など持っているだけ周囲が不幸でしょうね」
「エリオット…………」
いつの間にかアンリを責めてるわ。
私の非難を込めた声にエリオットは使用人らしく口答えもせず一歩下がる。
モスの言うとおり血縁で、王家と関係ないのはこの場で私だけ。
本当なら口を挟まないほうがいいのだけれど、俯いてしまったアンリにこれ以上は刺激が強すぎる。
そう思った時、アンリは真っ直ぐに顔を上げた。
「…………そうか。リュシーの時、君もいたんだ」
アンリを裏切った信頼していた侍女のリュシエンヌ。
裏切りを暴いた時アンリは言った。
皇帝の継嗣としての矜持があると。
そしてリュシエンヌには生きてその先を見せるのだと。
アンリの色違いの瞳はやって来た時よりも澄んでいた。
まるで遠く目的地を見つけたとでも言うように。
「…………毒を以て毒を制す」
「モス、ちょっと黙って」
私たちのやり取りにアンリが小さく笑う。
「あぁ、メアリだ」
「えぇ、シャノン・メイヴィス・メアリよ」
アンリの声にはひどく懐かし気な響きがある。
そんなやり取り見て、ウィリアムは小さく息を吐いた。
そうね。疑問を残していてもしこりになるかもしれない。
この際だから私も聞いてみましょう。
「ウィリアム殿下、台所で、いったい私の何を信じられたのですか?」
巫女の配役を告白した時、ウィリアムは信じると言った。
結局私を吸血鬼と疑っていたのだけれど、あの言葉に嘘があったようには思えない。
吸血鬼として罠にはめる以外の真意があると思ってしまうのは、私の甘い考えかしら?
「…………数々マリアの預言を覆した君なら、今回も、たとえ吸血鬼に憑かれていたとしても打開すると、信じていた」
「なんと自主性のない」
「エリオット」
見るとエリオットは不満そうに口を閉じている。
エリオットが攫われてからの経緯を説明した時も、私をはめるようなウィリアムとアレクセイのやり方に怒ってはいた。
「あの時、私に告白なさったことは結果的にアレクセイの延命に寄与しました。そこも企図したことでしょうか?」
「あぁ、こちらが仲間内を疑っているのはわかっているだろうから、マウリーリオを洗礼する時間が稼げればと」
「つまり、時間さえ稼いでもう一人を見つければどうにかなるって? 実際、シャノンが自首したからすごいね」
「モス、他人ごとなのはわかるけれど、もう少し言い方を考えてちょうだい」
ウィリアムに策があってこその告白だったようだけれど、賭けの要素も強い。
「メアリは、やっぱり怒ったりはしないんだね」
「怒らないわよ。信じて全てを投げ渡すなんて依存と変わらないでしょう。手を打って、それでもどちらに転ぶかわからないところで、この人ならって思ってくれるのだから怒ることではないと思うけれど」
アンリに答えると、ウィリアムは静かに目を閉じる。
「やはり、私は負けるべくして負けたんだな」
呟いた声は何処か安堵しているようだった。
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