23話:地下の攻防
私の目にはオーエンの構えた魔法が見えていた。
ここに来て魔法が使えるようになったように、異能も戻ったのだ。
そしてそのことで支障をきたす者が現われる。
「あぁ!? なんて歪んだ音だ! 雑音ばかりで頭がどうにかなりそうだ!」
「ちょ!? どうしたんすか!?」
耳を覆って苦しむのは、音に関する異能のあるマオ。
銀色の縄で繋がれたミックが、苦しむマオに振り回されている。
「まるで悲鳴と唸り声の不協和音! まだ子供が適当に鍋を鳴らすほうが耳に優しい!」
「あの! この人何言ってんっすか!?」
ミックが困り切って助けを求めた。
たぶんマオは他人の感情が音として聞こえる異能だ。
その異能のせいで苦しんでいるのは、意思に反している私たちの感情も影響しているだろう。
「あぁ! うるさい! 自分の中からさえ騒音が湧いてくる!」
どうやら吸血鬼の配役として強制される状態さえ苦痛を伴う音に変換されているらしい。
どんな音が出ているかは知らないけれど、決していい音ではないはずだ。
私はマオの苦しみに推測が立つのに体の自由がない。
そんな私の相手をするオーエンにも答える余裕はなかった。
「攻撃する様子がないならこちらを手伝ってくれ!」
アンリを押さえるお兄さまがミックに指示を出す。
けれどアンリは精一杯片腕を伸ばし、すでに魔力炉へ触れていた。
ほどなく、魔力炉が激しい音を立てる。
明らかに誤作動を起こしているような不穏な音だ。
「わ、わかりやした!」
ミックは銀色の縄を自分の腕からほどく。
マオは耳を塞いで音に対して文句ばかり言うので、ミックの動きを気にしていない。
「ここでいいか」
ミックは壁に取り付けられている燭台に、素早く腕を動かして縄を括りつけた。
その動きはかつてマルコの海賊船に乗っていた時に船員がしていたのと同じ。
たぶん船乗りが常用する引っ張ると閉まる結び方だ。
「あの、坊ちゃん! 俺、火の属性なんすけど!」
魔力炉へ走って行きながら、ミックはお兄さまへ現状魔法を使うべきではないことを端的に告げる。
火の属性は防御適性のエリオットでさえ、魔法を使えば相手を傷つける。
攻撃適性のミックでは、魔法による拘束は不向きだった。
「肉体的な痛みに反射はある。熱風を吹きつけることは!?」
「やってみるっす!」
ミックが全然違うところへ火球を着弾させる。
すると実戦経験の賜物か、爆発と共に熱波が魔力炉周辺を襲った。
アンリもシリルも反射的に目を閉じて身を引く。
その隙に動いたのはクダギツネだった。
実体がないから熱波など関係ないのだ。
「ミックどの! こちらと変わってもらえますか!」
「ど、どの!? …………うっす!」
戸惑いながらミナミに答えたミックは、シリルを押さえに向かう。
ミックが押さえる間にミナミは銀色の縄を解く。
ミナミから縄の端を受け取ったミックは、また素早く自分の手に縄を巻き付けて握った。
「私がクダギツネの援護をいたします!」
「それでどうなる!?」
ミナミにお兄さまが結果を求めた。
「術師は術の維持、魔法使いは乗っ取り。どちらもさせるわけにはいきません! でしたら」
「まさかその狐に乗っ取らせるんすか!? できるんすか!?」
「黙れ小僧! 御霊より零れ出でた一滴なれど、我は超自然の申し子! 人間にこの世の理を操るすべで負けるものか!」
クダギツネに怒られ、ミックはシリルを盾にするように背後から押さえる。
ミナミはクダギツネに自分の力を注いで援護を行った。
その瞬間、術師に乗っ取られたアンリが目を見開く。
「なんだこの力!? 僕の術式だぞ!?」
魔力炉からは相変わらず異音が轟いている。
けれど流れる魔力に明確な色が出た。
それはクダギツネの体に似たきつね色。
魔力炉を這うように広がるその色は、魔術儀式を侵食するクダギツネの力。
そのせいでアンリとシリルが自分の制御下に置いた部分の魔力炉も色分けで見えるようになった。
これ、なんとか教えられないかしら?
「うん、何? どうしたの、シャノンくん?」
私の攻撃を潰しながら、まだ麻痺の隙を狙うオーエンが、攻撃の方向が変わったのを見て意図を読もうとしてくれる。
「何か、したい、ことは、ありそう、だけど」
私の攻撃を次々に往なしながらオーエンは銀色の縄を引いて一瞬私の体勢を崩す。
「わからないなぁ」
そう思うならちょっと私の魔法全部防ぐのやめてよ!
今の隙狙って麻痺攻撃しようとしてたでしょ!?
これでは魔力炉のクダギツネ以外の浸食箇所に着弾させてアンリとシリルの邪魔しようにもできない。
それくらいなら今のままでもできそうなのに。
基本的に私は今、攻撃行動しかとれない。
威力を低くしても命令は排除だから、何かしら標的を沈黙させる方法を織り込まないといけなかった。
「え、ちょっとそれは!」
オーエンが焦った声を出す。
それもそのはず。
初級の属性別の魔法の球を、私は発生させたのだ。
その数は六十。
オーエン一人にさばききれる数じゃない。
こうなったら術師のアンリに危機感を持たせて命令を変更させるわ!
「若さまたち、死なないだろうけど防御したほうがいいよ!」
オーエンは警告しながら自分に援護魔法をかける。
初級だけれど身体能力の向上だったようで、縄に繋がれた不自由な状態のまま、私が放った魔法球を全て避けた。
その上で魔法球が爆発した時に備えて私の後ろに回り込む。
攻撃しかできない私は防御もできない。
だから爆発の衝撃を別の魔法を爆発させて打ち消すという荒業を行った。
「なんてことを!」
アンリは防御適性で壁を作る。
お兄さまはそんなアンリの作った壁に素早く退避した。
「邪魔しないでほしいんだけどな!」
シリルは一瞬表情が全て抜ける。
それは未来視を行う時に見られる特徴だった。
シリルは素早く移動して、魔法球の余波が一番少ないところへ向かう。
ミックはシリルに引っ張られたお蔭で比較的影響の少ない場所へ移動できた。
「これは好機か?」
「守りは私がする。やってくれ」
問うクダギツネにミナミが後押しを告げた。
同時にミナミは剣を大量に生成。
それに指を組んで後から別の魔法を重ねがけすると、大量の剣が上下互い違いに並んでクダギツネを守る壁に変わった。
「無茶するなぁ」
私の後ろでオーエンが笑う。
「けど、狙いどおり術師と魔法使いは引き離せたようだね」
答えられない私は、オーエンを見たらそのまま攻撃に移るしかない。
毒に、麻痺に、魅了に、硬化にと考えつく限りの足止めになる状態異常の魔法を放つ。
半分命令に操られて、もう半分は乙女を盾にした腹いせよ!
「く、排除とは言ったが誰がこんな危険なことをしろと言った!?」
アンリが本人なら言わないだろう口調で私に怒鳴る。
そして新たな命令の気配があった。
そう思ったけれどクダギツネのほうが早い。
「我が手に落ちたり!」
「何!?」
「嘘!?」
アンリとシリルが予想外に早すぎるクダギツネの乗っ取りに声を上げた。
見れば魔力炉は異音がしなくなっている。
クダギツネが主導権を得て、二人の干渉を跳ねのけたからだ。
「なんてことだ! ふざけている!」
「ここまで来て!? 酷いひどい!」
アンリとシリルが改めて魔力炉に取りつくけれど、クダギツネの魔力が覆っているため触ると弾かれる。
「ふむ、まずは囚われた者たちを解放しなければ助け出すことはできぬようだな」
「これだけ良質な生贄がみすみす奪われるのを見ていろというのか!?」
「一度崩された牙城なら私だって! こんなことで諦めないから!」
阻止しようとするアンリと、乗っ取りを諦めないシリル。
クダギツネ自体を攻撃対象にして襲いかかる。
「私が防ぐ! クダギツネは、ともかく解放を!」
「応とも。一気には無理か。まずは二人!」
ミナミの声にクダギツネが応じて、魔力炉が唸りをあげた。
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