28話:育まれていた友情
今日は我が家にジョーとアンディを招く。
クリーム色に金糸の刺繍が映えるドレスの袖には、気まぐれにとまったような蝶柄の刺繍が施されていた。
「あ、エリオットじゃん」
「ご無沙汰しております、ご子息方」
「実家の問題は片づいたのかい?」
やってきたジョーとアンディは、私の後ろに控えるエリオットに笑いかけた。
「それについて、二人に説明していいと許可が出たの。場所は図書室でいいかしら?」
「許可? シャノンの様子がおかしかったのはその許可とかが理由なのか?」
「説明が必要なほどの…………、ただのお家騒動じゃなかったわけか」
あまり驚いた様子のないジョーとアンディには、特殊な事情でエリオットが不在だと気づかれていたようだ。
エリオットは満面の笑顔で私を見る。
誤魔化しが下手だからって笑わないでよ。
子供だけになれるお決まりの図書室へ入って、私は軽く悩む。
「何処から話しましょうか?」
「お嬢さま、僕にお任せ願えますか?」
エリオットのことだし、確かにエリオットから話したほうがいいかもしれない。
私が頷くと、エリオットは端的に事実を告げた。
「初めて盗み聞きした時に旦那さまたちの話題に上ったかの方、あれは僕のことです」
「あの、詐欺師との結託を疑われてた?」
「そう言われればシャノンの反応も納得だけど」
「話題に上っていた僕の血筋は、ロザレッド伯ヴィクターとフィリップ北進帝の孫にしてラファイエ公爵の娘です」
それだけで二人にも、エリオットの正体はすぐにわかったようだ。
「冗談、じゃないよな。本当なんだな?」
「嘘は申しません」
「だったらどうして使用人なんて嘘を?」
ジョーとアンディの当たり前の質問に、エリオットはうちに来るまでの説明をした。ついでに、今回のことで王籍が復活することも教える。
「ですから、不在の理由はロザレッド伯の領地継承についてなのです」
「ってことは、エリオットは俺の従兄弟か」
ジョーの母親は国王の妹で、すでに故人だ。
金髪に緑系統の瞳という点は似ていると言えなくもないけれど、顔つきはあまり似ていない。なんだろう、顔のタイプが違うって感じ。
「貴族の端にひっかかるだけの血筋にしてはおかしいと思ったよ」
才能が豊かすぎるとアンディは笑う。
実際、貴族に多い魔法使いの才能が、公爵家の二人とあまり変わらないんだから完全な平民出と言うには難がある。エリオットの場合は貴族の端だからまぁ、あまり不思議がられはしなかった。
「もちろん公爵方はエリオットの身の上についてはご存知よ。だから二人にも話す許可を貰っているわ」
「どうりでいつもよりかしこまった格好させられたわけだ」
「僕も、今さら慎むように言われたからおかしいと思った」
確かに今さらな公爵方の対応に、私は苦笑しながら胸を撫で下ろした。
大変な告白をしたはずなのに、ジョーもアンディも普段と変わらない対応だ。
「それで、殿下とでも呼べばいいのか、エリオット?」
「今もそうしてるってことは使用人のふりを続けるんだね?」
「はい。ですので、お二人には今までどおりの対応でお願いいたします」
「あ、俺は今までと変えてほしいことがあるぜ」
ジョーが悪戯っぽく笑って、エリオットに指をさす。
「ジョーって呼べよ。いつまでもウィートボード公爵家子息なんてやめろ」
「確かに。使用人ならその辺りの線引きは必要かと思っていたけど」
「そうね、エリオット、二人は名前で呼んでちょうだい」
エリオットに見られたから指示を出すと、途端にジョーとアンディが私を見て笑った。
「最初から身分知ってたのにそれかよ」
「シャノンが主人らしくて全然気づかなかった」
え、私のせい?
エリオットにまで笑われていることに私が気づくと、咳払いをして話を変えた。
「それでは、ジョージさま、アンドリューさま、今後、僕の身分が公示される時期についてですが」
エリオットは今までの話から、さらに先を話す。
使用人のふりを続けて無用な争いを避け、魔法学校卒業してから公示を行うと。
「僕は卒業と同時にロザレッド伯として公示され、ルール侯爵令嬢との婚約も公示されます」
「はぁ!? なんだそれ!」
「ちょっと待った!」
途端にジョーとアンディが勢い良く立ち上がった。
「エリオット、それも言うの?」
否定しない私に、ジョーとアンディは目を剥く。
「僕たちには早いとか言っておいて、エリオットなら受け入れるのかい、シャノン?」
「俺たちに他を捜せって言ったのは、エリオットと婚約するからだったのかよ!?」
「違うわ。エリオットとの婚約はその話の後に聞いたのよ。だから、エリオットにも」
「お嬢さま、僕との婚約はルール侯爵である旦那さまの決定です。余人の前で軽々しく語るべきではないかと」
否定しようとしたらエリオットに止められる。けれどジョーは目を鋭くした。
「おい、その反応ってことは、お前も振られたんだろ、エリオット?」
「それもそうか。全く相手にされてないのを見ていたしね」
アンディも皮肉げに笑うと、エリオットは失笑を返す。
「早めに諦められたらよろしいかと。旦那さまいわく、お嬢さまのこれは奥さまのお血筋のようですから。招かれなければお会いできないお二人には、長い道のりですよ」
エリオットがお父さまとお母さまのことを語ると、何故か一斉に私が見られる。私のこれって、なんのこと? 話が見えなくなったんだけど?
「いや、逆に落とした実例いるなら諦める必要ないだろ」
「ジョーの底抜けの前向きさは、たまに羨ましくなるな」
「それ褒めてるか、アンディ?」
「半分馬鹿にしてる」
ジョーとアンディはやっぱり喧嘩を始めてしまう。
「お嬢さまの前で醜態をさらさないでください」
「偉そうにしてるけど、立場変わらないからな、お前も」
ジョーがエリオットに矛先を向けると、アンディも乗って挑発的に言った。
「君は使用人のふりという制限付きなんだ。慢心はよろしくないね」
珍しくエリオットが詰まる姿に、私は笑い声を漏らしてしまう。
「三人とも仲良しね。羨ましいわ」
「良くなどないです、お嬢さま」
「これは対立してるんだよ、シャノン」
「仲良しでもいいけど譲れないもんがある」
「それが婚約の話だとしたら、その情熱は別に向けてくださる? あ、もしかしてお互いに負けたくない意地の張り合いなのかしら?」
となると私はトロフィー扱いで、婚約に拘られてるの?
うーん、紅一点っていいことないなぁ。現実に逆ハーとか求めてない。
「きっと魔法学校という人の多い所に行けば、ジョーと気の合う女性も、アンディが尊敬できる女性も、エリオットに幸運を運んでくれる女性もいるわ」
「そうじゃないんだよ、シャノン」
「お嬢さまはやはりわかってらっしゃらない」
「…………なぁ、シャノンの好みはなんだよ?」
ジョーが思わぬ質問をしてきた。改めて聞かれると困る。
ゲームならクーデレのアンディだし、実際目の前にいると楽しいジョーが好ましい。長い付き合いならエリオットが安心とも言える。
ただ、三人から選ぶ必要はない。そう考えると私の好みとは…………。
「…………笑わない?」
「なんだよ?」
「そんな特殊な趣味なのかい?」
「お嬢さま、お聞かせください」
いや、改めて言うと恥ずかしいなと思って。女子高生だった私からすればごく普通のことだ。まだ恋もせずに死んでしまった私は、青春がしてみたい。だから…………。
「恋した人と、結婚したいな…………って」
あ、やっぱり恥ずかしいなぁ。こんな改まって言うことじゃないよね。
誤魔化すように笑ってはにかんでしまったけれど、三人は何も言わない。
「あ、やっぱり今の忘れて! 侯爵令嬢が何言ってるんだって話だもの」
「例の大恋愛の当事者が近くにいた弊害かな?」
「僕を見ないでください、アンドリューさま」
「別に弊害じゃないだろ。だって、恋してもらえたら結婚もできて、今の笑顔で見てもらえるんだろ?」
ジョーを二人が指差して頷く。
うん? 私どんな顔してたの? えっと、笑わないのかな? 貴族が恋愛結婚だよ? たぶん親世代に言ったら蛇蝎の如く嫌われるのに。
「シャノン、恋って、君が誰かを好きなるってことかい?」
アンディの真面目な質問に、私もつい真面目に考えてしまう。
「うーん、好き合って、時間をかけて愛を育むっていうか」
言ってて恥ずかしいなぁ。フィーリングって言っても通じないだろうし。
「それって結婚してからじゃ駄目なのか?」
ジョーが当たり前に聞いてくる。
結婚してから愛を育む? そっか、こっちは政略結婚だから過程が逆なのか。
「離れることが苦しいくらい慕う相手となら、生涯を伴にしてもいいと言うか、うん」
何言ってるんだろう、私? けど私にとっては結婚より愛が先なんだよね。
「離れてお二人に気づかれるくらい変調があったのなら、僕はどうでしょう?」
「寂しかったのは本当だけれど、エリオットは家族みたいだから、違うわ」
答えた途端、エリオットが膝から崩れ落ちる。
私が驚いて固まっている間に、ジョーとアンディが慰めに向かった。
あ、仲良しだなぁ。どうやら三人の間には、友情が育まれていたようだ。
偽り続けなければいけないエリオットには、たぶんいいことだと思う。
「エリオット、攻めるにしても今のは無謀すぎるだろ」
「けれど、親しすぎても除外されることがわかったのはいいことだね」
「お嬢さまに不埒な目を向けるなら阻止しますよ」
「今さら言うことかよ」
「最初からじゃないか、君」
あれ? そう言えば私、女友達がいないな?
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