22話:隠し階段
行動するにあたって銀色の縄で縛る割り振りは、吸血鬼の私と双子のオーエン。
魔法使いのシリルと精霊憑きのミナミ。
術師のアンリとアンリが魔法使いだと疑うお兄さま。
吸血鬼のマオと現状最も疑われていないミックという組み合わせになった。
「はーい、文句がある人ー?」
オーエンが全員が手を縄で繋いだ状態になってから聞く。
その上、それぞれの主張を鑑みても生贄側と敵側という組み合わせなので、文句を言った時点で齟齬が出る状態でだ。
「それじゃ、シャノンくんのいうとおり台所へ向かうよ」
オーエンの意地が悪いところは強さの面でも考えられている点だ。
荒事に慣れているミックを、芸術家のマオに当てている。
年上で体格も勝るお兄さまがアンリに、攻撃適性のミナミを援護適性のシリルに、そして自ら私の押さえに回っていた。
何かしら?
私の言葉を信じて備えてくれたのに嬉しくないわ。
悔しい感じのほうが勝るのは何故?
「さて、台所に着いたけど? いったい何処に君の言う地下があるのかな?」
「竈よ、オーエン。竈の下に薪が積んであるでしょう? その薪の下に地下の入り口を開ける仕掛けがあるの」
片手を縛り合っているので不便だけれど、それでも全員で薪を取り出す。
すると開閉できるようになっている敷石が現われた。
「中にはさらにひねりがあって…………、動かすと床に取っ手が出て来る? ずいぶん手が込んでるね」
床にできた取っ手を引っ張り上げながら、オーエンは苦笑する。
「その取っ手を竈の上にある金具にひっかけられるようになってるわ」
「普通に探しても見つからない上に、ここを探索した時はこの辺りをシャノンが調べていたね」
一緒に台所を探索したお兄さまが私の妨害に気づいてそう言った。
吸血鬼の配役だという意識はなかったけれど、無意識に邪魔する行動や言動をしていたことを私も自覚する。
「早くはやく!」
「待ってください!」
先に降りようとするシリルを、武道の心得かしっかり腰を落としたミナミが止める。
「お嬢、誰から行きやしょう?」
ミックは見るからにテンションを上げるシリルを後回しにする前提で聞いて来た。
そんな異常が目に見える状態になると、アンリとマオは無言を貫く。
「私とオーエン、アンリとお兄さま、シリルとミナミさま、ミックはマオと最後にお願い」
オーエンに目を向けると頷いて承諾される。
私が階段に足をかけると地下に明かりが灯った。
「この廊下の先にある部屋にみんな捕まっているはずよ。術師が逃げ込むのもここだったわ」
ゲームでのジョールートだ。
術師だとばれたジョーが逃げ込むと、そこで吸血鬼としての『不死蝶』と最終戦闘になる。
『不死蝶』を倒すと、術師は諦めて全員を解放でめでたしとなるのだけれど。
階段の下は暗い石造りの廊下。
広さは人二人がようやくすれ違える程度。
少し歩くと突き当りには扉のない部屋。
中から赤い不気味な光が溢れ、不安を掻き立てた。
「ここよ」
赤い光は天井に広がる魔法陣から降り注いでいる。
魔法陣はそれ一つではなく、床にも柱にも幾つも見られた。
全員が入ってもまだ広い部屋の中、一番に目につくのは部屋の奥にある他人の魔力を吸収して魔法陣に供給するための魔力炉だ。
捕まった仲間たちは天井の壁に張りつけられたように浮いていた。
銀色の縄はそのままに、見える範囲では誰も外傷はない。
けれど目を覚ます気配もなかった。
「はは、こんなの見たことがない。本当に君といると飽きないな」
「飽きてちょうだい。こんなことそうないわ」
故国を失って放浪していたオーエンは私が想像するより多くのことを経験していることだろう。
けれどこんな大掛かりで非人道的な魔術儀式なんてあってはいけないものだ。
「ま、なんにしても君の判断は間違ってなかったようだね」
オーエンが後ろに親指を向ける。
見るとすでに無言の攻防が始まっていた。
魔力炉へ突進しようとするシリルをミナミが引き留める。
そのシリルをさらにアンリが掴んで自分が前に出ようと争い、そんなアンリをお兄さまが止めていた。
「もう諦めてはいかが?」
術師のアンリにそう声をかける。
ゲームでは『不死蝶』という手駒を失って素直に全員を解放していた。
これだけ悪い状況なら戦いの無益さを悟って解放してくれるかもしれない。
けれど私の浅はかさを笑うように、アンリは敵意に満ちた目を返した。
「なんてことだ! これだけ良質の魔法使いを得られたというのに! まさか吸血鬼が取り憑いたのがルール領主の者だとは!」
苦々しげな声はアンリだけれど、言い回しなどが別人だ。
その横でシリルは口調そのままに笑い出す。
「もう私に明け渡しなさいよ! 全部うまく使ってあげるから!」
「させるか!」
シリルとアンリが片腕で揉み合う。
その瞬間、私は異変に気づいた。
「これ、魔法!?」
シリルが補助適性の魔法をを使って、一時的に自分の肉体的な力を高める。
突然の強化に対応できず、ミナミは引き摺られてしまった。
「待て! ここは魔法が使えるのか!?」
お兄さまも気づいて警戒をする。
けれどアンリは防御適性なのでシリルほどの抵抗はできない。
「こうなれば! 我が下僕よ! 我が家を荒らす不届き者を排除せよ!」
アンリの命令に私の体が硬直する。
「うーん、これは言ったとおりじゃなくても良かったんだけど」
「そんなことを言っている場合か! オーエン、シャノンに傷をつけたら許さないぞ!?」
「え、ちょっ!? 若さま!?」
お兄さまの本気の滲む無茶ぶりにオーエンが怯む。
手にはちょうど攻撃性のある電撃を用意していたからだろう。
その隙に私も援護適性で肉体を強化。
縄で繋がった腕を力任せに動かして、オーエンを物理的に振り回した。
「オーエ…………うわ!?」
気を取られたお兄さまをアンリが引き摺る。
普段のアンリからは考えられない荒々しさで魔力炉へと前進を始めた。
「僕の研究の達成を邪魔するな!」
アンリはシリルへと憎々しげに叫ぶ。
「はははは! これさえあれば!」
シリルは先に魔力炉へ着くと高らかに笑った。
魔力炉と魔法陣を繋ぐ魔法への干渉を開始する。
引き摺られていたミナミがようやく体勢を立て直し、すぐさま反攻にでた。
「これは致し方ないですね。クダギツネ!」
「やれやれ、こんな碌でもない魔法に干渉などしたくはないが」
ミナミが後ろからシリルに組みつく。
その隙にクダギツネがシリルが干渉しようとした魔力炉に前足をついた。
敵に乗っ取られるくらいなら、クダギツネが乗っ取る。
理由はわかるけれど無茶な試みだ。
その上後ろからは体勢の整わないお兄さまを引き摺ってアンリが迫っている。
「あ、魔法がそっち行くよ」
オーエンの危機感のない忠告。
けれど魔力炉に集まっていた四人はすぐさま回避を行った。
魔法を放ったのは私だ。
悔しいけれど術師の排除しろという命令に抗えない。
「手加減してるのは主人である術師がいるからかな?」
オーエンは私と手が繋がったまま初級の魔法だけを乱打する姿を観察してくる。
シリルたちが魔力炉から離れたことで、私の攻撃対象はまたオーエンに戻った。
慌てずオーエンは網状に広げた電撃で、全ての攻撃を自分に到達する前に暴発させる。
「僕にまで手加減してくれるなら、意識はあるみたいだね」
そんな確認のためにこんな至近距離で暴発させる必要ある!?
私はもちろん、オーエンも至近距離での爆発に巻き込まれているのに!
文句も言えないのが腹立たしい。
そして体は勝手に私を捕まえようとするオーエンの手に毒を撃ち込もうとしていた。
「やれやれ、手加減はできても邪魔者を排除すると言う命令自体をやめることはできないんだね。だったら、君を釘づけにするしかないか」
そんなことを言いつつ、いつでも私の自由を奪おうと麻痺の魔法を用意しているのは嫌でも見えてるわよ!
頼もしいような、悔しいような、なんとも言えない気持ちで私はオーエンと相対することになってしまった。
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