18話:夢の再会
ぼんやりしていた意識がはっきりしてくる。
目の前には知った部屋。けれど一度も足を踏み入れたことのない部屋があった。
ベッドに勉強机、作りつけのクローゼットに収まり切れない物を納めた棚。
吊るされた制服と投げ出された学生カバンがどこか懐かしい。
「あ、しくった」
そう呟く少女はスマホを両手に掴んでベッドを背もたれに座っていた。
近づけば差した影に気づいて顔を上げる。
「乃愛?」
「シャノン?」
少女は私の体に呼び込まれた異世界日本の女の子。
私が体に戻ったことで二度と会えない別れをしたはずの乃愛だった。
「「これって夢?」」
お互いの声が重なる。
そんな他愛もないことがおかしくて、顔を見合わせ笑った。
「やだ、私夢でもゲームしてるよ!」
「でも嬉しいわ。夢でももう一度会えるなんて!」
見つめ合うと不思議な気持ちになる。
かつてはもう一人の自分と思った相手、そして同じ体を共有した存在。
「こうして顔を合わせることなんてなかったのよね」
「確かに。あ、でもひたすらゲームしてるのは、こっちにいた時と変わらないよ」
「ふふ、必死さが違うでしょうけれど。今は何をしていたの? 誰かの育成?」
「ハロウィンイベントの復刻。コンプとか目指してなかったからゆるーくやっただけだったんだけどさ、これ今見ると知った顔ばっかり参加しててさぁ」
「知った顔ということは、私の友人たちかしら?」
「そうそう、ジョーとかシリルもいるよ」
言って、乃愛はだらしなくベッドに乗り上がって突っ伏す。
私は乃愛がいた床に座り込んでベッドを見上げた。
「どうしたの?」
「聞いてぇ。同担拒否には辛いんだよぅ」
「あぁ…………、ジョーたちがゲームヒロインと親しくしているのが?」
「いや、そこはゲームが先だったから平気」
腕を立てて起き上がると、きっぱり否定する乃愛。
元気な姿が嬉しく、この何げないやり取りが懐かしい。
まだ離れてそんなに経っていないのに不思議だった。
「それにシャノンと関わってゲームとは別人ってわかってるし。けど、別人って思えないくらい変わってないシリルとかミナミがさぁ」
「確かにジョーやアンディに比べれば。あの二人は人間関係もそんなに変わってないわね」
「グリエルモスも変わってないけど、なんか裏知っちゃったから違うって感じなんだよ。でもシリルはゲームヒロインに対するノリがシャノン相手とほぼ同じでぇ」
「ミナミさまも冷静沈着そうに見えて、実は熱い方というのは変わらないわね」
「けどさ、だからってマリアと仲良くしてほしいとかじゃなくてぇ」
「ゲームヒロインじゃなくてマリアなの?」
「そこもどう処していいのかわからないんだよぉ~」
ベッドの上なので、乃愛はいかんなくのたうち回る。
かと思えばいきなり起き上がって、ベッドの上に正座すると私を見た。
「しかも聞いて! ロバート酷いの!」
「お兄さま? …………もしかしてストーリーの新章?」
私が乃愛と別れる前にリリース予告が入っていた。
今の私とはきっと違う未来、けれど気にならないとは言えないそのストーリー。
「お兄さま、やっぱりマリアの側についた?」
「ついたついた! しかも侯爵が悪人だって言って一緒に追い落としにかかってんの! シャノンが何言っても聞かないし!」
悔しがる乃愛はまた寝転んで足をばたつかせる。
「乃愛、落ち着いて。それは私ではなくゲームの『不死蝶』よ。私、そんなに何度も復活できないわ」
「…………ふぅ、そうだね。うん、なんかゲームとして見てる部分と、シャノン通して見た部分がごっちゃになって、うわぁってなるんだ」
私の事情に巻き込んだ後遺症だとしたら申し訳ないわ。
「落ち着けばさ、色々誤魔化すばっかりではっきり言わない『不死蝶』に、悪意を見抜く異能が反応して信じられないんだろうなって、いうのはわかるんだよ。何も知らないゲームヒロインのほうが嘘はないって」
「エリオットと二人だけで動いていたなら、『不死蝶』はお父さまにも相談しないでしょうしね。確執のある自国の王家の継嗣が関わるとなれば、お父さまを巻き込んでもと思うかもしれないわ」
学生同士ならまだ誤魔化しが効く。
『不死蝶』はそう考えて単独でことに当たることを決めたのかも知れない。
それは保身もあれば、知らずに関わった者たちへの逃げ道でもある。
「っていうか、もう新章やったんだけどさ」
「怒ってた割りに興味はあるのね」
「そりゃ、シャノンがこうなってたかもと思えば、気になりすぎて放置とか無理」
「ありがとう。けれど『不死蝶』がもう私ではないように、お兄さまもそのゲームのロバートとは別人よ」
「うん、そうだね。父親蟄居させて侯爵になってるし違うよね」
そ、そんなことになるのね…………。
「あ、私ばっかり喋っちゃった。シャノンのほうはどう? また事件に巻き込まれてない?」
「侯爵令嬢がそう簡単に巻き込まれるなんて…………とは言えないのが困ったところなのよね」
答えた私に乃愛はちょっと驚くと、ベッドから前のめりに顔を近づけた。
「何なに? 今度はどうしたの? みんな大丈夫?」
「大丈夫とは言えない状況よ。実は百年ほど前の魔術儀式に取り込まれてしまって」
私は魔術儀式に取り込まれた概要を説明した。
「十六人…………。逆にハブにされたアンディとルーカス可哀想だね。モスは自分で嫌がったみたいだけど。もうほぼアルティスどうにかした時のメンバーじゃん」
「そう言われるとそうね。まぁ、お兄さまとミックはいなかったのだけれど」
あの時、お兄さまはまだ留学先から戻らず、帰途私の悪評の元を調べていた。
ミックは王家の秘密を暴露する関係で除外。
後から私が動けなくなったことをずいぶん心配してくれた。
「吸血鬼…………屋敷に閉じ込め…………明けない夜…………最初の被害者がエリオット…………?」
乃愛が呟いて首を傾げる。
「そう言えば、私突然意識を失ったのよね。何故かしら? 魔術儀式に囚われてから夢なんて…………いえ、何か見ていたような?」
私も思い出せず首を傾げる。
「確か、アーチェが用意したルールブックがひとりでに開いて」
「あ、そうだ! アーチェ!」
突然乃愛が手を打った。
「何か思い出したの?」
「関係ないことなんだけどさ、私夢見る前にアーチェの声聞いた気がする」
「え? 日本で?」
「うーん、空耳だったのかな? なんか『また手伝って』って言われたような?」
また?
ということは前も手伝ってもらったということね。
以前乃愛が手伝ったことと言えば、心を欠いた私の復活のために私の世界に招かれたこと。
…………もしかして?
「「これって夢?」」
また声が重なったけれど、お互いに見つめ合って確信する。
「夢だけど夢じゃないわ!」
「嘘!? 本当にシャノン!?」
私たちは手を掴み合う。
感触はないし、体温も感じない。
夢は夢。
けれどきっと本物だ。
「だって私新章のストーリー知らないもの」
「私もまたシャノンがイベントに巻き込まれてるなんて知らないよ。っていうか、シャノンまた命の危機なの!?」
「ま、まだ生きてるはずよ。けど、確かに魔術儀式が成功すると取り込まれて動力にされるはずだから」
「ばっちりピンチだよ!?」
そうよね。
「夢見てないで逃げなきゃ!」
「でもエリオットたちが捕まってるの!」
「だったらさっさと助け出して! 台所!」
「え? 台所?」
「え? もしかして気づいてないの? シャノンは…………」
乃愛の声が遠ざかる。
いつの間にか握り合っていた手が離れていた。
夢によくある突然の場面転換だ。
私は乃愛のほうへ手を伸ばすけれど届かない。
周りは乃愛の部屋からいつの間にか、いつか見た無音の闇へと変わっている。
「「もう、アーチェ!」」
私たちが最後に叫んだのはそんな言葉だった。
そして私はまた魔術儀式の屋敷で目を覚ます。
なんの感触も残っていない掌。
けれど確かに夢での会話を覚えている。
「乃愛? 今の夢はアーチェが何をしたの? 私は…………え!?」
考えに没頭しそうになって、私はとんでもないことに気づいてしまった。
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