17話:生き残り
月が沈んで部屋に強制収容された後、私たちはサロンに集合した。
「これはどういうことだろうね?」
そう言う割に、いつもどおりの飄々とした態度を崩さないオーエン。
目を向けられたのは縛られたはずのミナミだった。
「確かに私は目が覚めるまで縛られていました」
「室内に入る者さえいないとは、吸血鬼なる者は存外腑抜けよ」
クダギツネが目を細くして嘲笑う。
ミナミを縛って全員が強制収容されたことは確かに覚えている。
三階で目覚める四人は、すぐにミナミの部屋を確かめたそうだ。
すると外からは開けられず、縛られたままのミナミがなんとかドアを開けたことで生存確認に至ったという。
「もう一つ不思議なことがあるよね。どうしてニグリオンの殿下が狙われたんだろう?」
シリルが言うとおり吸血鬼に攫われたのはウィリアムだ。
「僕たちのどちらか狙うと思った」
フィアはフードで顔を隠したまま淡々と言う。
吸血鬼もリスクと今後のやりやすさを考えれば、配役を狙いたいだろう。
襲ってはいけない魔法使いとして怪しいのは、アレクセイとシリルだ。
けれどどちらも真面目に吸血鬼捜しをしているように見える。
選びきれない危険な司祭より、確実に数を減らすことを考えれば配役が確定している双子は狙い目だと思ったのだけれど。
「吸血鬼としても話を進める役割の双子は魔法使いを捜すためには必要だとの判断なのではないか?」
お兄さまの意見に、アンリが首を横に振った。
「では何故ウィルをという疑問の答えにはならない。狙うなら悪魔祓いか巫女。けれどそんな素振り、ウィルにはなかった」
「ひとつわかったのは、吸血鬼側に拒否権があることでしょう。銀色の縄はあくまで身動きを封じるだけということで、必ずしも攫われるわけではない」
「ミナミさま、拒否権とは?」
「配役された者は吸血鬼に操られるという話でしたが、シャノンどの、何処まで本人の意思があるか考えたことは? 前回の被害者は、後から自らがおかしかったと自覚を持った。では現状、これだけ時間をかけた状態で本人にその自覚は芽生えるでしょうか。それはわからない。現状自首もない中で、ではどれほど本人に決定権があるのか」
「え、うわ…………。自分を囮にするだけじゃなくてそんなことまで考えて?」
ミックが縛られたのが試し行為だったことに驚く。
ミナミとクダギツネは吸血鬼について知ろうとしていた。
あからさまな毒餌であるミナミに、意思があるなら食いつかないけれど、配役に強制力があるなら問答無用で襲うだろう。
どちらに転んでもミナミとクダギツネは一定の情報を得ることになる。
「結果、吸血鬼には攫わないという選択肢があることがわかったのだ。これで我が盟友は狙われないという優位を得たのう」
「うわぁ…………」
得意げに笑うクダギツネに、ミックは何とも言えない声を漏らす。
ミナミは眉を顰めてクダギツネを手で制した。
オーエンは気にしない様子で軽く応じる。
「ま、最終的に僕たち生贄側が全滅して一人残っても詰むんだ。ここは仲良くやろう」
「この国の王子狙われた理由わからない。今は司祭の洗礼聞く?」
進行するフィアにシリルが勢い込んで言った。
「ロバートさまは白だったよ! …………って、あれ?」
一人宣言するだけとなったシリルは、静かなアレクセイを見る。
いつもならシリルより先に発言するのに、そう言えばずっと何も言っていない。
「…………マオが吸血鬼だ」
「ようやく当たりかい?」
軽いオーエンにアレクセイは睨む。
「ちょっと待ってほしい。どうして自分なんだい? それにアリスから白を貰ってるのに。君、おかしくなってしまっているのかい?」
困惑するマオの様子を見たミックは、気づいた様子で指を折る。
「あれ? 考えてみればこの異国の方以外は全員、周り洗礼してるっすね」
異国の方というのは、アレクセイがイレギュラー的に洗礼したミナミのことだろう。
その他で言えば、アレクセイが洗礼したのはアンリ、ウィリアム、マオ。
マシュとマリアが消えてる今、ここへ共に来た者たち全員だ。
「まるでそこに吸血鬼がいると疑ってかかってたみたい」
フィアの指摘にアレクセイは短く応じた。
「マリアが攫われた時点で疑ってた」
「いつも聞こえる音がなくて普段と勝手が違ったけど。そんなことで自分が怪しまれるなんてことないはずだ」
「確かに、いつもより動かないし喋らなかった。ただそれで言えばアレクも疑える行動をしてるし、今のところ司祭を騙った別の配役の可能性が捨てきれない」
無実訴えるマオに、アンリも同意を示す。
そこにシリルが不満を上げた。
「私が白って言ったのに洗礼するってミナミの時と一緒じゃない。これ、流していいんじゃないの? まだシャノンとミック残ってるし」
「確かに違和感のある行動だと思うわ。でも」
アレクセイは覚悟を決めたような顔をしているのだ。
お兄さまは客観的にアレクセイを評する。
「帝国の殿下の今までの行動が周囲を疑うものであったなら、その行動は一貫していると僕は思う」
「そうですね。ようやく出た吸血鬼ですし、当たらなくても司祭を一人に限定できる。巫女もようやく仕事ができるのですから、ここは縛るべきかと」
ミナミが同意すると、ミックが根本的な疑問を投げかけた。
「あのお姫さん攫われたらどうして周りを怪しむなんてことになるんすか?」
「それは…………」
ここでアレクセイが言いよどむ。
するとフィアが鋭く疑義を呈した。
「そこで答えられないなら身内囲い。逆に吸血鬼違うと言った者、怪しい」
「違う…………。ただ、ルール侯爵令嬢が吸血鬼だから、残り一人を捜してた」
「え!?」
私!?
驚く私に何かを吹っ切ったのか、アレクセイはいっそ決然と自分の考えを口にする。
「そこのクラージュの子爵継嗣は偽物だ、マオとルール侯爵令嬢が吸血鬼。ここで僕の言ってることに反対するアンリも、たぶん、何か生贄側じゃない配役がある」
「待ってくれ、アレク、君どうしたんだい?」
「どうしてそんな決めつけをするのかさっぱりわからないよ!」
アンリとマオが困惑ぎみに否定する。
周囲の目も信じていないと悟ったアレクセイは、迷った末にとんでもないことを言い出した。
「ウィルが攫われたのは、ルール侯爵令嬢に自分が巫女の配役を持ってるってばらしたからだ」
アレクセイも知って…………いいえ、つまりあれは…………。
「私が吸血鬼なら襲うと思っての罠? 確かに聞いたけれど、あんな扉もない台所での話を理由に言われても困るわ。それに、どうして巫女を狙うの? 双子でもミックでも良かったはずよ」
とんだ言いがかりだ。
偶然吸血鬼がウィリアムを襲ったからって、そんなずさんな罠が成功したと思わないでほしい。
そうは思ってもアレクセイがあげたアンリ、マオ、シリルについては確かに違和感がある。
アンリは情が深いのに消えた仲間を思う言葉を発していない。
マオは考え事をする時の癖なのに、ここに来て一度も指揮棒を振っていない。
シリルはいつもなら一番に私に話しかけてくるのにそれがない。
「知らないよ、吸血鬼の考えなんて…………。ただウィルが、吸血鬼なら狙いたいと思うことを言うっていってただけだ」
「もう配役がわかってるっていうあれ!? 確かに吸血鬼なら噛みつきに行くでしょうけど、私は…………!」
最初から騙す気だったと知ったせいか、妙に感情が高ぶる。
そのまま反論しようとした瞬間、ルールブックがひとりでに開いたのが見えた。
「え、今…………」
私の後ろに立っていたミックも同じもの見たらしく、ルールブックを指差した。
そう認識したはずなのに、突然、目が回る。
「シャノン!?」
お兄さまの切迫した声が聞こえた。
けれど私は状況がわからない。
体の感覚がない?
束の間結んだ焦点は、サロンのカーペットに広がる私の黒い髪。
それで自分が倒れていることはわかった。
けれどどうして倒れたかなんてわからない。
体の感覚がないせいか、椅子から落ちたはずなのに痛みや衝撃もなかった。
「何がどうなってるんだ!?」
アレクセイが近づきながら声を上げている。
「魔女シャノン、目が回ってた。眩暈の病気?」
どうやら倒れる瞬間を見ていたらしいフィアの声もした。
「どうして突然こんなことに。ともかく怪我はありませんか?」
「はぁ、なんという荒業を…………」
ミナミに続くクダギツネの呆れるような苦り切った声を最後に、私は意識を手放した。
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