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27話:恩義と運命

 婚約話は終わったと思ったら、悲壮な顔のエリオットが私の寝室にいます。

 なんで?


「…………エリオット、来てからずっと黙りっぱなしね」

「すみません…………」

「謝らなくていいわ。それで、どうしたの?」


 答えたから話を促したんだけど、また黙られてしまった。

 私の声はちゃんと聞こえてるみたいだし、こっちで話を切り出したほうがいいのかな?


「お父さまの言っていた婚約のこと?」

「…………はい」

「そんな顔するほど気にしなくていいのに」


 笑いかけると、エリオットはまた黙る。

 そんなに思いつめた顔しないでほしいなぁ。


「侯爵のお父さまに逆らえないエリオットの立場もわかるわ。だから、こう考えてはどう? 公示されるまで秘密なら、所詮口約束よ」


 言った途端、エリオットは目を瞠る。


「お父さまは乗り気だけれど、教会で誓約書を書いたわけではないもの。いつでも破棄できるわ」

「そんな…………」

「不安がらないで大丈夫よ。あ、それともエリオットは気にしているのかしら? だったら恩返しは別の方法でいいわ。いえ、いっそ別の方法にしてちょうだい。こんな恩返しの仕方はきっと間違ってるのよ」

「僕は、僕は…………」


 また黙るエリオットは、変わらず思いつめた顔をしている。


「あ、恩を必ず返せと言うものでもないわよ」

「いえ、恩は、返します」

「そう?」

「返したいです」


 本当に? 重荷になってない?

 エリオットは義理堅いところあるもの。小さい頃のことを命を救われたなんて熱く語るくらいに。


「あまり気負いすぎなくていいのよ。王族の後ろ盾という地位だけでも、外様の我が家には十分な恩恵よ」

「そんなことは、ありません。テルリンガー家は立派なお家で、王族の介入も許さない名家ですから」


 喋ったと思ったらまた黙ってしまう。

 恩とかの話から一回離れたほうがいいのかしら?


「そう言えば、エリオット、就職はどうするの?」

「はい?」

「あ、えっと、魔法学校を卒業後は領地を経営するの? それとも代官を置いて王都暮らし?」

「いえ、まだ、何も…………」

「だったら、まずは自分の将来を考えなきゃ。王族なら外交職もありよね、よくあるのは軍務だけれど、魔法使いなら研究職なんかも行けるはずよ。進む将来によって、結婚相手に求めるものも違ってくるでしょうし」

「僕は、僕が望むのは、ただひとつです」


 エリオットは真っ直ぐに私を見る。

 見つめ合ってみるけど、その後に言葉がない。


「エリオット、大丈夫?」


 心配になって聞くと、エリオットは肩を落とした。


「僕は、お嬢さまには敵わない」

「魔法の話かしら?」

「全てです。それに、こんなに言葉が出てこないなんて、自分でも思いませんでした」

「そう? エリオットが勝っていることのほうが多いと思うけれど。詩の暗唱も裁縫も私より褒められるし、実は料理も私より上手じゃない」


 日常は使用人にやらせるけれど、伝統料理は貴族女性の嗜みだ。私が習う時にはエリオットも一緒にやるから、腕前はこの舌で確かめ済み。


「僕にとってあなた以上の人はいないんです、お嬢さま」

「そんなことないわ」

「あります」

「魔法はちょっとしたものだと思うけれど、私より綺麗な人も、優しい人も、頭のいい人もいるわよ」

「お嬢さまはわかってない。いや僕の言い方が悪いんですか?」


 エリオットは考えるように呟くと、深呼吸をして私を見つめ直した。


「僕はお嬢さまがいなければ死んでいました」

「出会った時の話? それは大げさよ。誰も殺そうとはしていなかったでしょう」

「大人は僕が死に態だと思っていたんです。だから、あのままなら死んでいました。お嬢さまがいなければこうして学ぶこともなかった」

「きっとエリオットは何処へ行っても上手くやれるわ。修道院でもきっと頭角は表していたはずよ」

「やる気がないんですから、それはありえません」

「それでも、あなたの才能はあなたの物よ。私に恩を感じる必要はないわ」


 もしかしてこれは、エリオットの自己卑下なのかしら? 実は自分に自信がない?

 幼少の心ない大人のせいでそうなったのなら、それは悲しい。


「お嬢さま、今回のこともです」

「今回って、王籍復活?」


 頷くエリオットに、否定しようとした途端、指を目の前に立てられた。


「両親の首飾りは、お嬢さまのお力添えがなければ僕の手には渡らなかった物です」

「た、たまたまよ」


 たまたまだけど、確かにゲームの流れだと手には入らなかっただろうなぁ。


「僕の今回の処遇について、公爵方の口添えがあったのも、お嬢さまがご子息方と親しもうと心を砕かれたからです」

「それに私は関与してないじゃない。公爵方がエリオットの働きを認めてくださったのよ」

「その認めた発端は、お嬢さまによる詐欺師の捕縛ではないですか」

「それも怪我の功名でしょう。捕まえたのは誘拐犯のつもりだったのだから」

「それらの功績を、茶会のお客さまに僕の力があってこそだと推してくださったのはお嬢さまです」

「エリオット、それは面倒な話をあなたに押しつけたとわかっているでしょう?」

「けれど、お嬢さまがそうした行動を取ったからこそ、僕は王籍を復活することになりました」

「大人の事情込みで、やっぱり私の関わりは少ないわ」


 エリオットはずいぶん真面目に一連の騒動を捉えているようだ。

 実際は行き当たりばったりで、こうなるとは思ってやってないのに。


「お嬢さまがいなければ、僕は…………どうやって伝えたら…………」

「あなたの感謝は伝わってるわ。だからこそ、いままで真面目に仕えたあなたの功よ、エリオット」

「いいえ、全てはお嬢さまのお蔭なんです。僕ではこれほどのことを成し遂げられはしなかった。運命を感じるほどに、あなたは僕に幸運を運んでくださった」

「運命…………?」


 そんな風に言われても現実感はない。

 それに私にとっての運命と言うなら、『不死蝶』だ。そしてそれは私にとっては打倒すべき存在。


「出会ったこと、仕えたこと、あなたに関わる全てが、僕にとっては運命的なできごとだった」


 そう言われると、私との出会いが、全てエリオットに利する結果になってる気はしなくもない。

 だからって私が運命と言われても…………。


「僕の幸運はあなたに出会えたことだ。ですから、この先も一緒にいたいんです」

「別に結婚したら友達をやめるなんて言わないわよ」


 安心させようと笑って言ったら、エリオットは全力で落ち込んだ。

 ちょっと急すぎじゃ…………まさか!


「恩を盾にまたお父さまに何か言われたの? もしかして、私を口説き落として婚約にうんと言わせろとか!?」

「違います!」


 力いっぱい否定されてしまった。けれどその必死さが逆に怪しい。

 私を結婚させたくないとお父さまは言っていた。ならいつでも手元に戻せる相手として、エリオットに恩を盾にこの結婚を迫った可能性がある。

 もしかして、エリオットは知らず逆らわないよう教え込まれてることも…………!


「…………お嬢さま、何を考えているのかわかりませんが、たぶん違いますから」

「わからないのに違うとわかるの?」

「わかりませんが、僕の話が通じてないのはわかります」

「話はわかってるわ。運命と言うくらい私との出会いが衝撃だったんでしょう?」

「そう、ですね」

「だからちょっと大げさに私との関わりを美化しているのよ」

「違います!」


 またエリオットに全力で否定されてしまった。

 十歳でアップダウンの忙しい子ね。

 …………そう、まだ十歳なんだよ。


「まだ十歳で結婚相手を決めるのは…………」

「貴族なら早くはないですよ、お嬢さま」

「私は早いと思うわ」

「…………旦那さま方が、卒業後に結婚なさったからですか?」


 と言うより前世の感覚で、十代での結婚は早いイメージなんだよね。

 けど、貴族だと二十代は遅いとも言われる。そしてお父さまたちは二十代での国際結婚。

 ここはそういうことにして頷いておこう。


 ただ今日、私はお父さまが恋愛結婚だと初めて知った。政略結婚だとばかり思ってたのよね。貴族だとそっちのほうが当たり前だし。

 それに叔母や従姉妹が国内の有力者に嫁いでいる。当主が力をつけるために目を向けたのが、海外の有力者を実家に持つ母となるのは自然な流れのように感じていた。

 実際、お母さまは他国の王家に端を発する伯爵家の出身。身分としては低くない。


「あ、もしかしてご両親から受け継ぐ身分の問題?」

「違います」


 これだと思ったのに。

 エリオットが釣り合う身分の女性が見つかりにくいのは本当のことだ。


「国内では誰でも僕より下になりますよ。いっそ身分なんて問題にはなりません」

「そうね、王家も外国の王室との結婚はここ三代ほどしてないものね」


 私がそう言うと、エリオットは突然やる気になって笑った。


「なるほど、わかりました。僕がまずは変わらないといけないんですね」

「エリオット?」

「いくらでも出てくる問題があるのがいけないんです。だからお嬢さまは…………」

「どうしたの? なんだか目が据わってるわよ?」

「僕はあなたに一人前と認めてもらいます」

「そう? 頑張って、ね?」


 もう十分一人前だと思うわ。十歳の割にしっかりしてるもの。

 けれど、やる気があるなら挫く必要もないかしら?

 今は、落ち込んで俯いているより、やる気になってくれてるほうがいいから、余計なことは言わないでおこう。


「お嬢さま、これだけはわかっていてください。僕は、あなたが好きです」

「ありがとう。私もエリオットが好きよ。七年という区切りができてしまったけれど、これからもよろしくね」


 笑顔で応じたら、なんでかまた項垂れてしまった。

 うーん、エリオットのことは一番よく知ってると思ってたのに、よくわからなくなってきてしまった。

 これも一種、成長なのかもしれない。うん、そういうことにしておこう。


隔日更新

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