11話:生贄選び
七本になった銀色の縄を前に、私たちは吸血鬼を捜すため縛る人間を選ぶ。
縛る優先順位として一番は吸血鬼だ。
けれど魔法使いが騙る可能性も考えて、そこは司祭のお墨付きを待ちたいところ。
現状司祭が吸血鬼を見つけられていないことで、フィアが改めて確認をする。
「司祭、吸血鬼見つける。でも術師、魔法使いは、わからない?」
「え、うーん、どうなんだろう? 吸血鬼かどうかしか考えてなかったけど」
シリルが首を傾げると、アレクセイも悩む。
「吸血鬼は洗礼すると違う結果になる、と思う。今のところ二人とも同じ結果だから、そんな気がするだけだ」
つまり司祭の洗礼結果として、吸血鬼だけがそれとわかる。
術師も魔法使いも生贄と同じ判定になるだろうということらしい。
だったら潜む二者を見つけるすべは与えられていないことになる。
ジョーがルールブックを手に一つの配役を指した。
「なぁ、この巫女ってのは誰なんだ? 連れていかれた奴の配役知れるんだろ? だったらこいつが術師を見つける配役なんじゃないか?」
生贄側の配役に、巫女と書かれている。
吸血鬼に連れていかれた者の心からの訴えを聞くという能力の説明がされていた。
その能力によって連れていかれた者がどんな配役かを知ることができるのだとか。
「それ、今聞くことかな?」
オーエンが笑顔ながら抜け目のない様子で聞く。
「司祭が二人いて、どちらも吸血鬼が見つからないと証明のしようがない。そんな中で巫女だと証明するには、そうだな、司祭のどちらかが連れ去られた時じゃないかな?」
確かにそのとおりだ。
連れていかれた司祭が本物かどうか、巫女だけがわかり生贄側に大きく寄与する情報を齎せる。
ウィリアムも警戒するようにジョーへ目を向けた。
「それで言えば、悪魔祓いが名乗り出ないのも頷ける。この配役は吸血鬼に対するカウンターだ。司祭とは別に吸血鬼を見つけ出せると。吸血鬼を特定する前に正体が露見すれば、悪魔祓いは自ら吸血鬼の的になるようなものだ」
「それもそうだな。けど、うーん、配役あっても名乗らないほうがいいのはわかるんだけどな。こっちとしても判断材料欲しいんだよなぁ」
悪魔祓いも生贄側の配役であり、唯一吸血鬼以外で月が沈んでから仕事の時間と書かれてもいる。
「これは聞いていいのかな? 誰かこの悪魔祓いが動いている音を聞いた者はいるかい? 自分はこれでも耳はいいほうなんだけど、眠っていると何も聞こえないんだ」
マオの耳の良さはほとんどの者が知っている。
けれど今聞こえが悪そうなのは、音に関する異能が使えなくなっているからだろう。
私も普段と見え方が異なり違和感がある。
マオもそうなのかもしれない。
「これは魔術儀式であり配役という決まりを押しつけられた状態です。部屋に収容された後はこうして目が覚めるまでままならないと諦めるしかないでしょう」
ミナミに続いてクダギツネが耳を揺らして聞いた。
「仕事とは書いてあるが、この悪魔祓いとやらは何をするのだ? 一人を選んで結界とはどのような作用であろう?」
自然とみんなの視線は悪魔祓いを擁する宗教関係者であるアレクセイに向かう。
「悪いものから守るために、結界を張った部屋に対象者を入れるというものがある。たぶんそれのことじゃないかな。吸血鬼もドアから出入りするなら、ドアを結界で覆えば吸血鬼はその部屋の人間を襲えない」
「ルールブックには確か、それで吸血鬼を退治できるとあるね。吸血鬼に対して罠を張ると考えれば、ここは司祭のどちらかを守ってもらったほうがいいんだろう」
お兄さまの考えに、マルコが声を上げた。
「おーい、縛る奴決めるって話だったろ。こっちの手を探るみたいなことになるぞ」
マルコのこれは注意に見せかけた援護だ。
あえてここで話を打ち切ることで、悪魔祓いには司祭を守るという指示を出しつつ、吸血鬼には司祭を狙えないという圧力をかけた状態で話題を変える。
そのことで生贄側からこれ以上の情報を出さないようにした。
マシュが身を引いた甲斐あってか、アウトローのやり方は少々手荒だけれど確実だ。
…………私ほとんど発言してないわね。
考え込んでばかりではいけないわ。お兄さまにも注意されたのだし話に加わらなきゃ。
「そうは言っても怪しい言動をしている人なんていたかしら? 特に普段と違う様子の人は…………」
マルコに無言で指を差される。
自分でも喋っていない自覚あったから言い返せない。
思わず俯くなんて、私からしてもらしくない。
そんな自分でもわかる異変が、エリオットがいないことを強調するみたいで余計に苦しくなる。
「魔女シャノン虐めるなら、僕が許さない」
「おい、やめろ!」
マルコの声に見ると、フィアが尖った爪でマルコの首元を狙っていた。
そんな姿にオーエンが場違いな呑気さで笑う。
「確かにいつにもましてしおらしいけど、そこはまぁ。けど疑わしい言動した子ならいたよね」
反応したのはアンリだった。
「ウィートボード公爵子息」
「俺? …………あぁ、巫女聞いたことか」
ジョーは名前を挙げられて考える。
「言ったとおり疑問を言っただけだ。それに結局新しい情報はこっちに不利なことがわかった。だったら少しでも情報手に入れられる可能性探るのはそんなに変か?」
「ごめん、そういうことじゃないんだけど、ほら、他に疑えるところもないし」
反論されてすぐさま退くアンリに、ミナミが意見を出す。
「ジョーどのの言われることもわかります。ここで議論もできずにいるのは無駄。まして疑いのある者を縛らなければ縄の無駄」
「私も巫女や悪魔祓い出ていいと思うな。逆にそこから縛って行けば誰か当たるでしょ」
シリルの大雑把すぎる提案だけれど、疑うことさえできない状況では有効に思える。
それぞれが保身に走れば膠着状態にしかならない。
現状の打開にはジョーのような攻めの姿勢も必要だろう。
「あの、それで言うと俺も、そうとう怪しいこと言ってる気がするんっすけど?」
ミックが自己申告すると、マルコが手を大きく横に振った。
「ねーよ。お前、嘘下手じゃねぇか」
「前の時もわかりやすく焦って庇いに行ったしね」
オーエンも肯定すると、ミックは顔を赤くしてしまう。
この中で腹芸ができそうにないのがミックとフィアだ。
その二人はどう見ても怪しい様子はない。
どころかひたすら素直に喋っている印象が強かった。
「ジョー、あえて聞くけれど配役はあるかしら?」
「ないな。ただの生贄だから縛られるの回避で下手に騙るのも悪手だろ。それこそ、吸血鬼でも魔法使いでもないんだ」
「つまり、君は自ら縛られることを了承するんだね?」
お兄さまの確認にジョーは頷いて背もたれに寄りかかる。
「俺から誰か怪しい奴指摘できれば良かったんだろうけど。疑わしいと言えば、全員警戒心だらけで疑えばきりがないからな。あえて言うなら、うーん、マリアが消えた割にお前ら冷静だなってとこか」
ジョーがウィリアムたちを指して言う。
「冷静にしなければいけないと抑えているんだ、ジョー」
「捜しても見つからないなら、吸血鬼を見つけて魔術儀式を破るしかないんだろ!」
「そう言われると、逆にすぐさま死ぬわけでもないのにノアは動揺しすぎじゃないかい?」
マオの指摘に今度は私が恥ずかしくなる。
全くそのとおりだ。
けれど乱れる気持ちを整えることができない。
そんな私に、ジョーが慰めるように肩を叩く。
「あとは…………最初から進行役っていうなんとなく疑われない位置に収まってるロバートさんかな」
「その自覚はあるよ。だからできる限り全員の話が聞けるよう気を使っているつもりだ。では一つ話を深化させよう。ジョージが疑わしいとして、配役は何か」
お兄さまが議論の方向性を示す。
私たちは顔見知りばかりで根本的に疑うことが難しい。
だからあえて疑ってかかるよう言っているのだ。
「疑ってみるとすれば、邪魔な配役を探ろうとする吸血鬼かしら?」
「同じ見方で、吸血鬼に有利な情報を得ようとする術師とか?」
私に続いてシリルが意見を上げる。
「自滅狙いの魔法使いだと、術中になる」
「う、それはヤバいっすね。なんか、あっさり受け入れたのが疑わしくなってきたっす」
フィアの仮説にミックが素直に迷う。
それにお兄さまも自分の考えを口にした。
「そこを疑えばきりがないし、あの発言は流される可能性もある。ウィートボード公爵子息ならもっと手を考えるだろう」
「司祭の配役だから、洗礼してない相手にはノーコメント。アンリが言い出したんだからアンリに聞くといい」
「僕? いや、あれも疑える人物って、購買の彼が言ったから」
アレクセイに振られたアンリは、困ったようにオーエンを見る。
「これは深化というより水掛け論にしかならないね。疑いで言えば、大人しく縛られることを選んだのは、生贄側だと信じさせることを狙ったとも見える」
オーエンの煙に巻くような言葉に、マルコが突然声を上げて遮った。
「あーやめだやめだ。面倒くせぇ。お貴族さまの腹の探り合いになんてつき合ってられるか。…………おい、俺が配役持ちだ」
突然のカミングアウトに誰も言葉を失くす。
そんな全員の視線を受けて、マルコは悪い笑みを浮かべてみせた。
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