6話:屋敷探索
私たち十六人は魔術儀式に閉じ込められた。
ルールブックはもちろん重要だろうけれど、本当にそれだけが脱出方法なのか。
私たちはそれを調べるために人手を別けて屋敷内の探索に乗り出すことになった。
別け方は目覚めた部屋の近い者同士。
私と一緒に二階の廊下にやって来たのはマシュとマルコだ。
「やっぱり開かねぇな。ノブ自体が回らねぇから鍵穴なんて必要ねぇってか?」
乱暴に自分が目覚めた部屋のノブを回そうとするマルコがぼやく。
廊下の窓もマシュが手をかけているけれど、蝶番はついているのに全く開かない。
「こっちも駄目ね。やっぱり魔法を使おうとしても霧散してしまうわ」
私は自分が目覚めた部屋の扉に手をつけて報告した。
魔力を意識した途端にまるで空気中に溶け出すようだ。
この屋敷全てが魔術儀式であるなら、その中で使おうとする魔力は全て吸い取られるのだろう。
「やっぱり現実の風景じゃないね、ここ」
マシュが廊下の窓から外を見て呟いた。
「草花はそれっぽいけど作り物だよ。生きてないのはよく見ればわかる。たぶんおいらが草花の気持ち読み取れるのってのも異能だったんだろうね。今は何も聞こえないや」
マシュにはそんな異能があったらしい。
草花の声は聞こえなくても目に見えるだけの植物には違和感があるそうだけれど、私にはわからない。
すると突然、背後で大きな音がした。
見るとマルコがまだ乱暴に扉に取りついている。
「何をしているの?」
「うーん? 蝶番から外して扉ごと取り外せねぇかと思ってよ」
また乱暴な。
そんなことを考えつくあたりやはり海賊という荒事のプロなのね。
「扉の下に棒でも突っ込めれば早いんだが…………」
道具もなく自分の手だけで挑戦するマルコ。
扉一つに何人も手はいらない。
私とマシュはマルコの奮闘を見守ることにした。
「ねぇ、お嬢さま。配役ってどうやったらわかるんだろうね? マリアの話聞いた感じだと、後からそう言えばって感じらしいし」
「え?」
「あれ? そっちにいた平民っぽい人は違うの?」
「いえ、確かに本人も何かに突き動かされるようだったみたいだけれど」
「あ、そうか。マリアは行動しちゃってるもんね。全員同じ状態だって思ってなかったのか。あ、けど司祭だけは自分で何かできるんだよね、たぶん」
「そう、ね」
私は何故かマシュに違和感を覚えた。
何故? いえ、これは探りなのかしら?
兄弟同士でも敵対するのがこの魔術儀式のようだ。
だったら異変がないかを探るのは当たり前。
でも探られたかもしれない私のほうが覚えた違和感は何?
「こんな時だけど、ちょっと話していい? 教室でも、突っ込んだ話できなかったし」
私の考えを断ち切るように、マシュが私に伺いを立てた。
声の雰囲気から教室では話しにくいことだと言うのはわかる。
そうなると話題は一つ。
マシュはシリルの画策でマリア側に入ってもらったけれど、本人の意思で今もマリアたちと親交を続けている。
そして私たちは敵対し、それは学内でも噂になるほどだった。
「そうね。私もあなたに謝りたかったわ」
「え、なんで?」
「だって、あなたの名前、間違って覚えていたんですもの」
「あ、あー…………うん、それは、忘れてほしいかな」
マシュが真っ赤になって目を逸らす。
私がマシュと出会ったのは入学前。
その時はマシュ自身も貴族子弟でもなかったのだ。
貧困にあえぐマシュは真冬で凍えていたんだろう。
私は名前をマチュと聞き間違えて覚えていたことを改めて謝った。
「それにわざわざ会いに来てくれたのに気づけなかったわ」
「それはまぁ、こんな髪色になったし。貧民がいきなり子爵家継嗣ですなんてお笑いだし」
聞けばシリルに紹介してもらう際に決めていたのだとか。
私が気づかないなら言わないと。
「おいらあの時、お嬢さまをはめた側だし。シリルさまに聞いたけど、命も危ない状況だったんでしょ。謝らなきゃいけないのはおいらのほうだ」
「それほどではないわよ。…………ちょっと手ごわい相手がいただけで」
マシュの手引きで私は誘拐された。
やった相手、実はミックなのだけれど、そこに命の危険はほぼなかった。
問題はその後で出て来たオーエンだ。
あれはちょっと危なかったし、私を庇ってエリオットとシリルが怪我をしてしまったのは今でも申し訳ない。
「やっぱり危険だったんだ。本当にごめんなさい」
「いいわよ。もう済んだことよ」
ここでマシュを責めると目の前のマルコを含めて許すことのできない実行犯たちがいることになる。
危険にさらされた分、ミックにもマルコにもオーエンにも私の生存のために協力はしてもらった。
だから手打ちだと私の中では決着がついている。
マシュは困ったように笑った。
「お嬢さまならそういうと思ったから、余計困るな。けど、うん。それでこそおいらが憧れたお嬢さまだ」
「憧れた? 私何かしたかしら?」
予想外の言葉に聞き直すと、マシュは照れたように鼻の下を擦った。
「へへ、おいらさ、貴族なんて他人を食い物にする偉ぶった奴らだと思ってたんだよ」
「他人だけじゃなくて身内も食うぞ、貴族って蛇は」
マルコが聞いてたらしくそんなことを言い出す。
このマルコ、実は我が家の分家の人間だったりする。
と言っても妾にもなれないお手付きから生まれた子で、私に敵対したのも協力したのもその父親のいる分家が嫌いなため。
マルコを注意したいけれど身内の恥なので私からは言えない。
「わかってるよ、お嬢さま。貴族全員がそんなんじゃないって。シリルさまも、おいらが礼儀知らずに声かけたってのに話聞いてくれたし」
「なんでまたそんな特殊例ばっか」
「マルコ、他人の話に口を挟まないで」
「へいへい」
マルコがおざなりに返事をする様子に、マシュは笑って頷く。
「うん、わかってるけどさ。けど、おいらはお嬢さまみたいな貴族がいるなら、そうなりたいと思ったんだ。困ってる人間いるなら気にせず助けて、危険が待っててもまっすぐ歩くようなさ」
マシュはもう貴族への忌避感はないようだ。
その笑顔に嘘はない。
「正直、おいらに魔法教えてそのまま賊に向かって歩いてくお嬢さまの背中に惚れたんだ。へへ」
「それ、貴族っていうか女に言うことじゃないだろ。なんかわかるけど」
「マルコうるさい」
結局口を出すマルコは、どうやらドアの取り外しも失敗したようだ。
「そんなお嬢さま困らせるマリアってどんな子だろうと思ったけど、いい子なんだよ」
「知ってるわ」
「うん、世の中難しい。おいらの考えが狭いってのは実感した」
マシュはそう言って私を見る。
「けど、おいらが感じた恩は絶対だ。これはおいらの胸の内だからさ。だから、おいらはお嬢さまを守るよ」
桜色の髪を揺らしてマシュがいつにない真剣な表情で告げた。
出会う前に想定していたのは貴族に対して反発を持つひねくれた少年像。
けれど今は屈託なく笑いかけてくれ、恩返しなんてことも言ってくれる。
その変化を無碍にはしたくない。
「あら、頼もしい。でも無茶は駄目よ」
「それはお嬢さまもだろう。魔法が使えないんだし、ここはおいらを頼ってよ」
「何処かの従者が切れそうだな」
またマルコが口を挟むけれど、それは否定できない。
マシュの言葉をエリオットが聞いていたら絶対に張り合うわ。
「へへ、こんな状況じゃさすがにエリオットでも万全じゃないだろうし。おいらだって活躍の目はあると思うんだ」
「あらあら」
「それに、何かあった時はおいらを頼ってエリオット助けてやってよ」
「え?」
マシュは笑顔のまま当たり前に言った。
私とエリオットが将来を約束した関係は友人のみに報せている。
ウィリアムとアンリには血縁関係上伝えたけれど、マリアたちにはそうと知らせていない。
他に知っている者と言えば、アンリから聞いたアレクセイくらいのもの。
けれどマシュはほぼ毎日顔を合わせている。
どうやら何かしら察されたようだ。
「はは、お嬢さま顔真っ赤」
「み、見ないでちょうだい」
「いつもきりっとしてるお嬢さまでもそんな風になるんだね。…………羨ましいな」
小さく呟くマシュはどうやら溜め息までつくらしい。
その意味が気になるけれど、ちょっと恥ずかしくて見れない。
視線を泳がせるとマルコと目が合ってしまった。
「どんだけ誑し込んでるんだよ」
「た…………!? 何を!」
否定しようとすると私たちのいる廊下に迫る足音がある。
「お嬢さま! ずいぶんな物音がしましたが、いったい何が!?」
噂のエリオットが駆けつけて来て、私は少し前の会話のせいでまた視線を彷徨わせることになったのだった。
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