4話:閉ざされた屋敷
私たちは一階にある円形のサロンに集合していた。
ここには必要な人数分の椅子がある。
隣接する食堂にも椅子はあったけれど、サロンのほうがもっと重要な物が置いてあった。
「さて、まずは共通認識を作ろう」
お兄さまが年長のため仕切りに立った。
オーエンは使用人よろしくお兄さまの後ろに立っている。
私の後ろにもエリオットとミックが立っていた。
マルコやミック、フィア以外はもうエリオットの生まれを知っているのだけれど。
ミックは王侯貴族の子弟が集まる中で座るほうが苦痛だと言って立っている。
地上の身分に関係のないフィアはともかく、マルコは海賊らしい図太さで座っていた。
「このルールブックなるものには目を通したね?」
お兄さまが取り上げるのはこのサロンに置いてあった一つの冊子。
ちょっとしたパンフレットのような形式で表紙には大きくルールブックと書かれていた。
「ロバートさま、一つ確認。これ、事故であって誰かが仕掛けたゲームじゃないよね?」
悪戯を疑うシリルにお兄さまは頷く。
「ゲームというよりここに書かれたような縛りの存在する魔術儀式だろう」
「おいおい、ルール侯爵家は何してんだよ」
サロンの端に椅子を移動させ、部屋全体を見られる位置にいるマルコが茶々を入れた。
フィアもそちらにいるけど咎めるようにマルコを見ている。
お兄さまも私を誘拐したことのある海賊の野次は無視するようだ。
「魔術儀式としては大掛かりすぎる。故に、術者も完全に掌握できていないし、魔術儀式として成功させるために縛りを設けなければならなかったのだろう。つまり、このルールブックに従って条件を満たせば、僕たちは魔術儀式から脱出することができる」
お兄さまの説明を引き受けるようにオーエンが片手を挙げた。
「以前これに巻き込まれた僕ら四人は、図らずも要件を満たしたんだろう。ただ、今回はどうも勝手が違う」
「えぇ、ルールブックに載っていた配役が、私たちの時とは違っているわ。それになんだか屋敷の大きさも前とは違っているの」
マリアが困惑した様子で同意する。
前回巻き込まれた四人から大幅に増員して、サロンに集まったのは十六人。
一人一部屋が割り振られるためか、屋敷は広くなっているそうだ。
けれど空間を改変なんてとてもじゃないけど手に負えない術。その上魔術儀式の場として用意しているのなら、この妙な屋敷を作ることが目的ではない。
マリアから話を聞いていたらしいウィリアムが確認を口にした。
「マリアから聞いた配役は吸血鬼、司祭、泥棒、術師、生贄だったはずだ」
「けどルールブックに載っている配役は、吸血鬼、司祭、術師、生贄、悪魔祓い、巫女、魔法使い、双子だね」
確認するアンリに続いて、マオが大人しく座ったまま意見を出す。
「泥棒がいなくなって、悪魔祓いや巫女、魔法使い、双子という配役が増えてるね。これは術に巻き込まれた人間の多さによって変わったのかな」
「そんなことありえるものか。それではこの魔術儀式が判断する能力を持っていることになる」
アレクセイが魔法使いとしてもっともな指摘をすると、ジョーが屋敷に手を向けた。
「けど実際変わってるんだろ。あと人数も書いてあったのが違いだな。吸血鬼が二人、生贄が十二人で配役を割り当てられてるのが、司祭、悪魔祓い、巫女で、双子は二人一組」
「しかし魔術儀式と考えるには構成が妙ではありませんか? 生贄と括られる者と、術師を含む吸血鬼側、そして単独の魔法使いとはいったいどういう意図でしょう」
エリオットが三者に別れる現状を怪しむ。
「たぶん、吸血鬼二人をそこにある銀色の縄で縛れば脱出はできると思うっす」
経験者のミックが、ルールブックと一緒に置いてあった八本の縄を指した。
私から見ると金属っぽい縄はワイヤーケーブルに似ている。
「きっと僕が前は吸血鬼だった。兄は司祭。司祭、吸血鬼わかる。ルールブックのとおり」
顔を隠したままのフィアの正体は濁している。
ただマリアたちの反応から、アンリとアレクセイがかつて出会った人魚について話したことはあったのだろうと思えた。
「確かにルールブックには配役と配役された者に与えられる能力が書かれていた。司祭は一人だけ洗礼して吸血鬼かどうかを調べられる。これのことだろう」
お兄さまがルールブックを手に短い説明を読む。
「問題は、吸血鬼が仲間以外の誰かを襲って生贄として攫うことができるという点だ」
「だったら話は簡単だよね。吸血鬼を振られた二人が名乗り出てくれればいいだけだ」
楽観的なマシュにマルコが大きく手を振った。
「ねぇな。こいつは実の兄貴と対立することになった。そっちのミックは、書いてあるとおりを信じるなら術者で、吸血鬼を庇おうとした。本人の元の性格も人間関係も無視して、な」
「まぁ、前の時こういう配役の名称なんて知らなかったけど、たぶん僕は生贄で一人だけ配役なしだったんだろうね。いやぁ、目の前で不思議なこと言い出すし僕だけ置いてきぼりでびっくりしたよ」
楽観的を装って、私たちの反応に目を光らせるオーエン。
お兄さまは流れでもう一人の経験者に話しを振った。
「アーフの殿下、あなたは泥棒であったと思って間違いないですね? どのような能力が与えられていたのかの説明を願えませんか?」
「はい。私は、気づいたら知らない部屋で。何故だか誰かの部屋から物を盗もうと思ってしまったんです。今思うとおかしい。でも、あの時はそうすることが普通で、そうしなければいけないと思いました。だから、目立たないようにマントを羽織って部屋の外へ」
そしてマリアが盗みに行ったのはムールシュアが寝ている部屋だったそうだ。
一流の戦士であるムールシュアがマリアの侵入に起きないのはおかしい。
けれどおかしさはこの空間全てで言えることなので、そこを指摘しても意味はないだろう。
「それで、棚の上に飾ってあった祭具を盗んだんです。聖水を容れる物で使われた形跡がありました。その後、合流した時にあの人魚の方が洗礼したら弟さんが吸血鬼だったと言い出して。私、あの祭具だって思い当たって、それで」
マリアはムールシュアを支持し、ミックはフィアを支持した。
そして一人ついていけなかったからこそ冷静だったオーエンがミックとフィアの異常を察して脱出条件を整えたらしい。
「とは言え、今の状況で異変がありそうな者はいない」
お兄さまに全員が近くの者と見交わす。
「よろしいか。気になるのは月が沈めば吸血鬼の時間。月が昇るまでは仕事の時間とある点です。これは、寝ていたと言う話から何かしら時間制限があるものと見るべきでは?」
ミナミが経験者の話から出てこないルールについて言及する。
それに対してクダギツネが姿を現して喋った。
「まず共通認識というからには、我も確かめたいのだが」
何故かクダギツネが私を見る。
「あの冊子、精霊が作った物と思うが。その精霊は何処か?」
「…………え?」
私は影を見下ろす。
アーチェはいつも姿が見えない。
けれど今、確かに気配がないことはわかる。
「アーチェ!? 嘘、どうして?」
「ふむ、気づいておらなんだか。あの不思議な形をした冊子、見覚えはないか?」
「い、言われてみれば、異世界に似た形式の冊子があります」
正直パンフレット形式なんてこちらにはない。
劇団のパンフレットよりもずっと日本にありそうな形と質の物だ。
つまり、あのルールブック、私の記憶を元にアーチェが作ったの?
そう言えば装丁に見覚えがあるような…………何処で見たのか思い出せないけれど。
「以前なかったのなら、アーチェが手助けとして作ったの? でも、アーチェ本人がいないなんて、どうして?」
困惑する私に、ミナミが推測を上げる。
「この空間は外界とは隔絶しています。シャノンどのの精霊は大地に強く結びつく精霊。元より本体と隔絶されること自体ないはずの存在です。シャノンどのが本体である魔石を持っているならいざ知らず、こちらへは元から入ることができないのではないかと」
「我は天に起因する精霊よ。天とは変化、流動、盛衰の理。法則さえ存在する世界であれば存在が可能ではあるな」
アーチェが駄目でクダギツネが良かったのは性質の違いだという。
「隔絶か。どおりでどれだけ調査をしても見つからないわけだ」
お兄さまが何か知っていそうなことを呟いた。
「時間はないだろう。だが、調べた限り窓もドアも開かない、そして僕たちは今魔法も封じられた隔離空間に閉じ込められている。身の安全をそれぞれが確保するためにも、この魔術儀式の始まりと思われるあの廃墟の来歴を話そうと思う」
お兄さまの申し出に異論はない。
魔法を使っての脱出は試みたけれど、誰一人魔法を使えなかったのだ。
魔力を練ろうとした途端霧散するだけで、何もできなかった。
「まず別荘を建てたのは国外の魔法使いである貴族。その貴族は百年ほど前にここに別荘を建てて魔法実験を行った。実験の主題は、吸血鬼」
ルールブックにもあった魔物の名前だ。
「吸血鬼は元々ルール島には存在しない。大陸の東の地方に生息する実態を持たない魔物だと聞いている」
確認するお兄さまに、大陸の帝国王子であるアンリとアレクセイが頷いた。
「死体や弱ってる人間に取り憑いて、人間ではありえない力を振るい、そして人間を襲う魔物になると言われています」
「実体がないから単純に倒すと取り憑かれた人間が死ぬ。だから神の威光でもって浄化、または狙われた人間を結界の中に匿うことをして撃退するんだ」
二つの帝国では知られた魔物らしい。国が近いマリアも頷いている。
もしかしたらアレクセイの北の帝国で宗教が強いのは、宗教的な技術でしか対処できない魔物がいるからかもしれない。
「そう。そして例の貴族はどうやったのか生け捕りにした吸血鬼をこのルール島に持ち込んだのだそうだ」
「「え!?」」
アンリとアレクセイも驚いている様子から、どうやら普通のことではないらしい。
「そう言われているだけで、被害者はいても吸血鬼を見た者はいないんだ」
お兄さまも困った顔で続けた。
「確かなのは吸血鬼と呼ばれる不可視の魔物が廃墟となった貴族の別荘に住みついていること、これには留意していてほしい」
私たちはどうやらとても危険な場所に踏み込んでいたようだ。
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