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3話:見知らぬ屋敷

 目が覚める。

 慌てて起き上がると私はベッドに一人寝ていた。


「知らない、部屋…………。ミックが言ってたとおりね」


 ベッドと椅子と机と棚しかない部屋には、壁紙は張ってあっても絨毯はない。

 カーテンもない窓に目を向けると外は暗かった。


「嘘…………! どれだけ気を失っていたの?」


 窓の外は夜。

 私のいる部屋は角部屋らしく窓が二か所あった。


「開かない。庭園はあるわね。貴族屋敷のようだけれど、あまりにも部屋が質素だし、広さも微妙ね」


 いえ、侯爵家である我が家の規模から考えると小さい部屋だけれど、日本の一般家庭なら寝室として十分な広さだわ。


 問題は夜空に月の気配があること。

 私のいる場所からは見えないもののやはり確実に夜だ。

 ミックの藩士では時間の経過に触れていなかった。

 雨が止むまでに戻れたということを、にわか雨が上がるまでのごく短時間だと思ってしまった。

 それだけ時間がかかったとも言えるのに。


「それでもマリアは翌日普通に学校へ登校していたはず。放課後から朝方に帰ったなら寮で問題になるはずだし。私たちは人数が多かったから時間がかかった? いえ、ともかく廃墟で出会って、知らない屋敷。そして合流。なら私以外のみんなもいるはず」


 私はミックの話を考えながら、部屋唯一の扉に近づく。

 ノブを回せば簡単に開いた。


 部屋から出ると正面に窓のある廊下が右手に続く。

 外を見ると前庭と高い塀が見えた。

 私はたぶん二階ほどの高さにいるけれど、塀のほうが高い。


「まるで牢獄ね」


 廊下に向き直ると、やはり私がいたのは端の部屋だった。

 廊下の先はホールになっている様子で円形の壁が見える。

 ホールに行くまで、他に扉が等間隔に三つあり、一つは私が寝ていた部屋だ。


「誰かいるのでしょう? 出ていらっしゃらない?」


 私は手近なドアを叩く。

 すると内側から開いて、現われたのは予想どおりの知った顔だった。


 けれど予想外の人物でもある。


「マルコ?」

「うげ、隣お前か。化け物姫」


 失礼なあだ名で呼ぶのは本物らしい。

 けれどどうして海賊があんな高台の林の中にいたのかしら。


「つまり、一緒にいたのは身長からしてフィアなのね」


 ミックと一緒に巻き込まれた人魚の弟。

 顔を隠している時点でそうだとは思ったけれど、一緒にいたのが兄のムールシュアではなく海賊のマルコなのは何故?


 ルール島の水面下で活動していた密輸組織を私が乗っ取り、マルコは密輸組織の隠し港の管理を任せた。

 その隠し港はかつての人魚の住処だったため、ムールシュアたちは故地に残さなければいけなかった物品の運び出しを今も続けている。

 一緒にいるのは不思議ではない。

 けれど陸地で一緒に行動している理由が思いつかない。


「ムールシュアはどうしたの? …………そこで目を逸らすと言うことは、あなた、ムールシュアに秘密でフィアを連れ出したのね?」

「あいつは、今ちょっと、海中で仕事があってだな。俺はあの弟のほうの面倒を見てやろうと」

「きっとあの場にいた全員がここにいるわよ。その言い訳、全員の前で言う気?」


 私の指摘にマルコは嫌そうな顔をする。


 本当のところを聞き出そうとした時、マルコがいた部屋のさらに隣のドアが開いた。


「誰かいる? あ、お嬢さま。で、そっちは、誰さん?」


 出てきたのは桜色の髪をしたクラスメイトのマシュだった。

 貴族らしさを身に着けていないので、明らかにアウトローなマルコにも臆さない。


 けれど目には警戒がよぎったのを私は見た。


「あの廃墟で起きた不思議な事件はマリアから聞いてるのよね? 前回の被害者の一人と一緒にいた者よ。信用しろとは言えないけれど、すぐさまの危険はないわ」

「そっか。お嬢さまがそう言うなら、ここ脱出するまではよろしくな」


 マルコはよろしくする気がないことを黙って明示する。

 けれどマシュは気にせず私に笑いかけた。


「じゃ、マリアたちも何処かいるだろうし、捜そう」


 マシュは明るく手に持ったシルクハットを回しながら提案する。


「珍しいわね。マシュが紳士らしい帽子やマントを着ているの」

「へへ、冬服わからなくてシリルさまに選んでもらったんだ」


 恥ずかしそうにシルクハットを両手に持つマシュに、私は納得した。

 派手なネクタイや裾を思い切りよくカットした大胆なマントは、大抵の貴族子弟にとっては冒険的なデザイン。

 貴族的な服飾に疎いマシュとは言え、選ばなさそうだとは思った。


「おい、こっち階段があるぞ」


 話す私たちを無視してマルコがマシュのいた部屋の隣の開口部を覗く。


 半円を描く階段は上と下に繋がっているので、どうやら上階もあるようだ。


「あ、声が反響する。もうここから声かけたらみんな気づくんじゃないかな?」

「それもそうね。誰か!」


 マシュに言われて私は声を上げた。

 瞬間、同じ階のホールの向こうで力いっぱい扉が開く音がする。


「お嬢さま!? ご無事ですか!」

「エリオット…………」


 同じ階にいたようだ。

 ホールの向こうにも私たちがいた廊下と同じような造りの廊下が、もう一つ続いていたらしい。


 廊下はホールを中心に角度をつけて伸びているので廊下にいては見通せない位置だった。


「あ、隣エリオットだったんだ。シャノンにマシュに…………わー」

「うわー、どうやって連れて来られたか全くわからねぇな」


 エリオットの奥から扉を出て来たシリルは、マルコを見て言葉を濁す。

 さらに奥からは困ったようなジョーの声がした。


 どうやら全員無傷なようだ。

 けどそうなるとミックが言っていたような異変がいつどうやって起こるのかしら?

 それとももう、この場に連れて来られて時点で意識に変化が起きているの?


「魔女シャノン?」

「あら、フィア? あなた何処から出て来たの?」


 エリオットの前から顔を出すフィアは、フードを少し上げて辺りを見てる。

 どうやら私たちの廊下では階段の開口部があった場所に、フィアが目覚めた部屋への入口に通じる開口部があるらしい。


 人魚で人間とはあまり交流がないフィアが、この場で知ってる相手と言えば私とマルコだけなのに、誰かを捜すような仕草だ。

 あぁ、けれどアンリとアレクセイとは面識があるのよね。


「おや、勢ぞろいだね」


 ホールに面したドアが開くと、何食わぬ顔のオーエンが現われた。

 フィアを見て笑うオーエンも、そう言えば人魚たちを知っている人物だ。


「顔を隠してたのは君たちか。うーん、困ったな」

「オーエンそれは…………」


 私が問いかけようとした瞬間、オーエンがホールに出てくるのを待っていたかのように、

ドアがひとりでに閉まった。


 オーエンはすぐさま後ろの扉に手をかける。


「開かないね。鍵穴もないし、一度出たら戻れない仕様かな?」

「あなた一度ここに来ているのでしょう? フィアもそうよね?」


 私の確認にオーエンとフィアが顔を見合わせる。


「僕は特に確かめずに屋敷の出口を探してたんだよ。部屋に戻れるかどうかは知らないな」

「部屋から出てくるのバラバラで、その後戻らなかったから、知らない」


 どうやら出たら戻れないことを検証していなかったようだ。


「こうなると経験者の話をうのみにはできませんね」


 ホールにやって来たエリオットが出て来ていた部屋も、扉が閉まっている。


「ロバートさまたちはここにはいないの?」


 シリルが安否確認をする後ろで、一緒にホールに来たジョーは何かを考え込んでいる。


 そこに声が聞こえた。


「みんな! 何処?」


 階段ホールからマリアの声が聞こえる。

 たぶん下からだ。


「下にいるのか?」


 今度はお兄さまの声が聞こえた。

 こちらは上からのようだ。


 声からして無事ではあるみたいね。


「まずは全員の安否確認が先よ。合流しましょう」


 私の声に仲間は頷く。

 頷かないけれどオーエンに異論はなさそうだ。

 マルコも特になし。

 ただ誰の顔にもこの不可思議な状況に対する疑念が受かんでいる。


 私も今の状況に異変を覚えているし、正直どうやってこの屋敷に連れて来られたのか全くわからない。

 この世界に転移なんていう便利な魔法はないし、魔法で眠らせるにしても魔法の抵抗力毎に効きが違うから、一斉に意識を失った現状と一致しない。

 魔法の大家と呼ばれる家系の娘としてこれは気になる。

 さて、いったいなんの魔法なのかしら?


毎日更新

次回:閉ざされた屋敷

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