2話:続々出会う
翌日の放課後、私は学友と共にヒポグリフ馬車を使って別荘地へと向かった。
馬車を降りる時には、元従者であるエリオットが手を差し出して私を支える。
元…………なのだけれど、後々一家を持つ予定のことを思えば、あまりこういうことばかりさせるのも駄目とはわかっていても…………でも、こうして支えられるとなんだか頼もしいし、触れ合いの機会が決して嫌なわけでもないし…………なんだか悩ましいわ。
「なぁ、それたまには俺にもやらせろよ」
同行したジョーが、私の後ろから馬車を降りてそんなことを言った。
やって来た目的はミックが巻き込まれたという不思議な屋敷を調べること。
けれど私たちにはあまり緊張感はない。
学外で私服のはずが、いつもどおり従僕にしか見えない服装のエリオットも危機感などなく笑顔で返す。
「お断りします」
「だったら私にもしてくれる?」
シリルの予想外のお願いにエリオットは一瞬止まる。
けれど私を降ろした後は、慣れた手つきでシリルにも手を貸した。
最後に馬車を降りたのは、冬に向けて新調したという洋装のミナミだ。
「なるほど、ご婦人が手を借りるのは裾のためでしょうか」
「これ、野暮を言うな。たった一人への奉仕を余人にも分散させることで特別感を薄める策略よ」
女装のシリルも手を借りたことで納得するミナミに、精霊のクダギツネがわざわざ聞こえるように言った。
姿の見えないクダギツネの指摘に驚いて、エリオットはシリルを見る。
シリルは頬に指を添えて悪戯が成功いたみたいに笑っていた。
「く、相変わらず恐ろしい方だ。そうと悟られずに策略を巡らせるとは」
「うふふ、エリオット。今日はアンディがいないから私もぐいぐい行くよ」
「そこは俺に譲れよ。シリルはシャノンと二人きりで買い物にも行くだろ」
仲良く話す中で出た友人のアンディは、今日この場にはいない。
放課後特別授業を履修していて来れなかったのだけれど、終わり次第来る気でいたのは学内で別れた時に見ていた。
「お嬢、それに他の方も」
「ミック、お待たせ」
先に別荘地で待っていたミックが、私たちの声を聞きつけて寄って来る。
「…………お嬢、ここ高台で風もあるんで襟巻はちゃんと巻いたほうがいいっすよ」
「おしゃれよ! けど、心配ありがと!」
「え、あ、はぁ…………」
つい声を高くしてしまった私に、ミックは赤くなって小さくなってしまう。
今日着ているのは濃い紫のジャケットに黒に金縁のベスト。
首から胸元まで大きく開いたデザインで、ジャケットには深紅のストールをかけている。
スカートは紫地に赤い蝶の刺繍が舞っていて、ちょっと大人な雰囲気を目指したのに…………。
「ねぇ、だったら私はどう?」
シリルが面白がってミックの前で一回転してみせる。
フリルを飾り付けた白いガウンに、紫とピンクと金糸でストライプを描いた特徴的なスカート。
腰には青みのピンクのリボンでウエストマークにしており、可愛らしいデザインの中に小悪魔的な辛みがある。
「首元も詰めてるし寒くはないんじゃないっすか?」
「あははは! 確かにこの中じゃ胸元開いてるシャノンが一番寒そうだよな」
ジョーがずれたミックの感想にいっそ納得する。
そんなジョーは幼馴染のアンディに言われて黒いケープとクラバットでちゃんと防寒をしていた。
燕尾のコートにブーツをしっかり履いている姿は、普段ラフな分新鮮に見える。
「ミナミは今日はともかく普段あんまりデザイン変わらないけど、布地が変わったよね。そういう文化なの? 季節で変えるのは布地だけ?」
シリルはミナミの着物が通気性のいい麻から保温性の高い絹布に代わっていることに気づいていたようだ。
「はい、あとは使う色や模様によっても季節感を出します。こちらの装いにも慣れるべきなのでしょうが、やはり動きやすさでは慣れた物を普段は重用してしまいます。今回、別荘地に赴くと聞きましたので、こちらの装いをお借りしました」
ミックが巻き込まれた事件を話すと、ミナミは解決に協力を申し出てくれた。
クダギツネも巻き込まれた者たちの顔ぶれを聞き、魔法であるなら見てみたいと興味を持ったようだ。
そんな話をしながら、私たちは廃墟まで徒歩で向かうことになった。
別荘地からも離れるように、手入れの行き届いていない林道を歩く。
「確かこの辺りは区画整理で不便になって別荘もなくなったって聞いてたっす。なんで、俺らみたいな地元の奴らは貴族の目がないからって通り道にしてて」
「けど雨に降られて奥にある廃墟に雨宿りに行ったのよね?」
「そうっす。人通らなくてちょっとした林に隠れるようになってるんすけど、まだ屋根残ってる建物があって」
ミックが案内したのは確かに言われた通りの場所だった。
ただ変だ。
「なんだか壁があるように見えるわ。実物ではないけれど」
「あんまりいい予感はしねぇな。まるで目の前に落とし穴があるみたいな気分だ」
「うーん、どっちにも賛成かな。気合い入れ直したほうが良さそう」
ここには魔力が溜まっているのが私には見える。
空気と層を形成する魔力が壁っぽく区切られて見通せない感覚があった。
看破の異能を持つジョー、未来視の能力を持つシリルも何か感じ取っているようだ。
「気の流れに乱れが生じていますね。壁、というよりも結界に近い場が生じています」
「何か良からぬ魔法が行使された痕、と言ったところか」
ミナミとクダギツネも感じるものがあるらしい。
「どうされますか、お嬢さま? お時間をいただければもう一度この場の来歴を調べ直すこともできますが」
相変わらず有能なエリオットは、昨日の今日でここがかつて国外の貴族が所有していた別荘であると調べ上げていた。
その上でその貴族が何かしらの処罰を受けて別荘を手放したことも。
考えられる可能性は、違法な魔法実験の影響で異変があり今も払拭されていないこと。
そうと確認できただけでも成果ではある。けれどここまで来て帰るのもね。
「異変があることはわかったのだからできるだけ対処をしたいわ」
「俺でも平気だったんだから、この顔ぶれなら大丈夫だとは思うっす」
ミックの肯定を受け、全員で廃墟に入ることにした。
壁のようだと感じた魔力の溜まりも、外から見たよりも邪魔にならず通り抜けられる。
ポーチらしい残骸には屋根がついていて、外れた玄関扉を覗き込むと奥には崩れたドーム天井の跡が見える。
残った礎石で左右対称な建物だった名残りだけは感じ取れた。
「そんなに広くなさそうだが、何処にミック巻き込んだ魔法の痕跡あるかわからないからな。あまり離れないほうがいい」
「うん、手分けするよりみんな一緒がいいよね。崩れても怖いし、まずはミックが雨宿りした場所探ってみようか」
ジョーとシリルの意見に頷くと、エリオットがまた手を差し伸べて来た。
「お嬢さま、足元が不安定になっております。支えますので私の側から離れないでください」
「抜け目ねぇ…………」
何故かミックが呆れるようにそんなことを呟いた。
瞬間、ミナミが鋭く振り返る。
その動きに誰かが驚いたように音を立てたのが聞こえた。
「あ…………どうして?」
「マリア? それに殿下方も」
林に浸食された廃墟の影にいたのは、マリアとその仲間である王子たち。
我が国の第一王子ウィリアム、二つの帝国の王子であるアンリとアレクセイも一緒だ。
王族ではないのはシリルと同じ国の貴族であるマシュと、元老院子息であり劇団員でもあるマオ。
「お嬢さまたちもここで起こった変なこと調べに来たのかい?」
私とエリオットと同じクラスのマシュが気軽に聞いてくる。
「あれ、ルークどうしたんだ、ウィル?」
「そっちこそ。ルークは課外授業でいないんだが、ローテセイ公爵の友人は?」
「アンディも同じだ。たぶん受けてる授業は違うだろうけどな」
従兄弟同士でもあるジョーとウィリアムがお互いいつも一緒の相手がいないことに気づいて聞き合っていた。
「あぁ、そうか君か。以前港街で会ったのに、気づかなかったな」
アンリが私たちと一緒にいるミックを見ながら苦笑する。
「港? そう言えばその顔何処かで? あ! たまに困ったと言ってきていた!?」
入学前に帝国の王子たちと出会っているミックは、アレクセイの言葉で縮こまってしまった。
アンリは覚えていても、当時体調の悪かったアレクセイは入学後の出会いしか覚えていないらしい。
ミックには私のお願いでマリアたちを誘導してもらったことがある。
アレクセイ以外はたぶん、今の会話でミックも私の手回しだったと気づいたわね。
「やれやれ、別に示し合わせたわけでもないだろうに」
そこに新手の声がする。
そして知った顔が現われた。
「お兄さま!?」
王都に住む兄と、その後ろには学校の購買員でもあるオーエンがいた。
集まった面々を見れば、それぞれ一人はこの廃墟で起きた不可思議な事件に巻き込まれた人間が一緒にいる状況だ。
「で、そこの君たちも出ておいでよ」
オーエンがあらぬ方向に声をかける。
そこからフードを被って顔を隠した怪しい人物が進み出た。
一人は応じて出て、もう一人は迷う風にしている。
「…………もしかして、あら? おかしいわ」
「お嬢さま?」
すぐ側のエリオットだけが私の声を捉えて聞き返す。
顔を隠した相手に思い当たる人物はいる。けれどおかしい。
何故私が気づけなかったの?
「まずいわ。ここは思ったより危ないかもしれない。みんな廃墟の範囲から一度出ましょう」
そう言った瞬間、体が浮くような違和感を全員が感じ取ってふらついた。
咄嗟にエリオットが私を抱えるけれど、すぐに視界は暗く遠のく。
強く抱かれたはずが体の感覚も遠く、そのまま意識を失ってしまったのだった。
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