239話:オーエンとの約束
私が起きてからはまた大変だった。
ウィリアムを筆頭にマリア一行に謝られ倒したのだ。
「君は本当に甘いねぇ。何度殺されかけたと思ってるんだい? 退学まで引き留めるなんて。まさか決死の退学引き留め口論になるなんてねぇ」
「殺されかけた? ウィリアム殿下に直接殺意を向けられたと言うなら、血筋をばらした一度だけよ」
謝罪騒動をはたで見ていたモスが呆れたように肩を竦めた。
「ウィリアム殿下はまだ本調子ではなかったようだし、アレクセイもなんだか暴走ぎみだったじゃない。あれで止めないほうが問題よ」
「謝罪の体現のために退学して身を慎むんだ。別に変なことはないだろう?」
「ウィリアム殿下はわかるわ。けれどアレクセイは絶対に変でしょう? 退学して国に帰った暁には宗教改革をするだなんて!」
アレクセイがそんな決意を語ったせいで、アンリまで退学すべきか迷い出してしまった。
さらにはルーカスも主人のウィリアムに続こうとするし、マシューはその辺りよくわかっていなかったけれど、マオは情熱がどうのとアレクセイを煽る始末。
マリアだけが止めようとしても止まらず、私も退学引き留めに参戦することになった。
「なんのために生徒同士のいざこざで済ましたと思っているのかしら?」
「きっとシャノンの懐の広さを甘く見ていたのよ」
一緒に歩くシリルが私に笑顔を向ける。
「どうしてそこで誇らしげなの、シリル? 別にそういうことではないのよ。私は彼らの行動を知っていて止めなかったし言わなかったわ。騙していたと言えるほどに」
マリアたちとの関わりは、死亡フラグという最悪にはならないと気楽だったくらいだ。
実際は命を狙われていたらしいけれど、私をはめての社会的抹殺計画がほとんど。
さらには知らない内に回避し続け、それがウィリアムのストレスを助長していたと言う。
最終的にはアルティスにそそのかされるまま殺害も視野に入れ始めたところ、イベントスキップによって玉座の石破壊を優先したそうだ。
後は人を使っていたくらいのことで、その全ても失敗に終わっている。
マルコに誘拐させようとしたり、ミックの冤罪事件でもたぶん暗躍していた。
オーエンは独自判断が多いから何処までが指示かはわからない。
「学生の喧嘩は終わったのだから、後は大人の話し合いよ。私にはループの記憶はないの」
不服そうなモスにそう念を押すと、ミナミが疑問を投げかけて来た。
「過去視としてシャノンどのはそれらを把握しておいでなのでしょう? いっそ、恐れるならば関わる全ての人間なのでは?」
「ミナミさまが申し訳なさそうな顔をなさらないで。その時の私は私ではないし、みんなもそう。あったかもしれない可能性でしかないのですから」
ただしモスだけは当事者と言える。
「異世界から帰るために色々調べたわ。乃愛のように事故に遭って意識不明の女性を調べたの。何人か見つけたけれど、全員がほどなく意識を回復していた。きっと、大丈夫よ」
私の言葉にモスは目を瞠り、その後なんだか顔を顰めて笑った。
「やれやれ、もう二度とはごめんだけど、貴重な経験ではあったよ」
そして何を思いついたのか、その顔に悪戯な笑みが浮かぶ。
「もし僕の労を慮ってくれるのなら、この先一生面倒を見てくれてもいいんだよ? うるさい親族もいないし、面倒な継承もない。君にとってはお手軽な伴侶だと思うけど?」
「あ、モス! みんなで一度誰も邪魔せずにデートするって決めたじゃない!」
「は、なるほど。デートは順番でも、求婚をする順番などは決めていませんでしたね」
ミナミは何を言っているの?
シリルが言うのは乃愛が帰った後のことだ。
私の恋心を蘇らせるという名目で、その場の男性全員とそんな約束を押し切られた。
その中にお兄さままで含まれたのは、兄としてデートを監視すると言ったことから、他の男性陣と同じ立場にして牽制するためだろう。
「君はいつでも楽しそうだね、シャノンくん」
向かう先からそう声をかけて来たのはオーエンだった。
ここは本家敷地内の教会で、私はオーエンと待ち合わせをしていたのだ。
「それで、思ったより観客がいるけど?」
オーエンに目を向けられ、シリルとモスが答える。
「実は今日のこと予知してたの。でもそれ以外の可能性も私はオーエンに見た。だからこの日のためにモスと協力して精霊対策とかも考えていたのよ」
「シリルは僕が知る中で本物の予言者だ。君が敵に回らない未来ならシャノンは無事だと思ったんだけど、外したねぇ。どの未来でも君を明確に仲間にできたことがなかったから賭けたんだけど」
モスが知るループの中で、オーエンが味方になることはなかったらしい。
確かに味方にするには本人の目的に合致する以外ない。
となると確かに私ではない異世界の人間では、オーエンの目的を満たす方法を知るのは難しかっただろう。
「シャノンどのに害がない限りは邪魔をしないこと、他言しないことを約束いたしますので、この目で古の秘術を見る機会をいただきたい」
ミナミは生真面目にオーエンに許可を求めた。
「ここに呼び出された時点でそうかと思ったけど、僕の望みを叶えてくれるわけかい、シャノンくん?」
「えぇ…………玉座の石を使ってあなたの血筋を教えるわ」
密輸組織に入ってお父さまの間諜にまでなったオーエンの目的はそれだ。
そして見届けの友人たちはウィリアムに使った日、外で待機していて見ていない。
お父さまの許可も得て今日、この教会に集まっていた。
「やり方は見ていたでしょう。オーエン、こちらへ」
私は玉座の石を挟んでオーエンと向かい合う。
見守る三人は祭壇下の椅子に腰かけた。
まず私が血を落として、広がる光の木に三人が感嘆の声を上げる。
「これは早々真似ができぬな。この島の精霊たちの特性と結びつきが強すぎる」
そんな感想をクダギツネが零した。
そしてオーエンも玉座の石に血を垂らす。
現われたのは伸びやかな光の樹木だった。
「王族…………」
「一目でわかるのかい、シャノンくん?」
「玉座の石でわかるのは名のある家の血縁者。平民が血を落としても若芽のようなものしか現れないそうよ。樹木が現われた時点で、あなたは歴史に名が残った一族の末裔だわ」
私の説明に、オーエンが驚きと何処か喜びを滲ませて息を吐く。
そしてオーエンは私を見つめて告げた。
「僕の本当の名は、カーロイ・アンジュ」
反応したのはモスだった。
「アンジュ? 大公国のアンジュ家かい? そうか、君は死体のない公子か」
「モス、知ってるの?」
聞いたのはシリルだけれど、私もすぐには思い至らない家名だ。
「北の国々は知らないか。クレーテ王国から北に一か国隔てた国だよ。そこは今、もう大公国ではなくなっている。大公アンジュ家が断絶して、隣国に接収されたんだ」
モスの説明にオーエンが頷く。
「僕の母は最後のアンジュ大公。父はその隣国の王子。そして大公国を簒奪したのは父の兄である伯父だと聞いている」
「アンジュ大公が妊娠中に、隣国の王子である王配が不審死をしたらしいよ。暗殺が噂される中、アンジュ大公は男児を産んだ。けれどその男児もすぐに死亡したものの死体はない。その後五年ほどでアンジュ大公も。そして姻戚だった隣国の兄王子が摂政となった」
「姻戚であるだけの摂政が国を接収? そのようなことが可能なのですか?」
周辺の知識に乏しいミナミに、オーエンはモスの言葉を肯定した。
「僕もそう聞いてる。姻戚なのにずいぶん居座って政治にも口出しする野心家だったって。さらに上の兄が隣国を継いだ途端病死して、継承権が回って来た。これ幸いと大公不在をいいことに、隣国の国王となった際接収してしまったそうだ」
「オーエン、あなたはその時…………?」
「逃げた、いや、逃がされたらしい。僕の背中には母につけられたという傷がある。いずれ成人してから国に戻って大公の座に就けるよう目印にってね。けど、僕より先に母だと言うアンジュ大公が死んだ」
継嗣であるオーエンが戻る前に、大公国は乗っ取られ国ごと亡くなった。
「摂政は生きていると噂される僕を捜すという名目で時間稼ぎをし、国の実権を握って行った。同時に死体がない僕の生存を疑って暗殺者を送りつけていたんだ」
それが本当だとすれば、大変な幼少期をオーエンは過ごしたことになる。
オーエンが他人を信用しない理由は、そんな生い立ちからだったのだろう。
「と言っても全ては聞いた話。僕自身が大公に会ったこともなければ、傷以外に身の証を立てる方法もない。そして、八歳の時には僕を守っていた者は全員死んだ」
そこから密輸組織に入るまでは想像しかできない。
けれど決して大公を名乗れるような暮らしではなかったはずだ。
「まさか、本当に大公の血筋だったなんてね」
光る樹木を見つめるオーエンは、本当に半信半疑だったような顔だ。
けれど確かに幹にはアンジュ大公家の文字が光っている。
「…………自分が何者かを、ずっと知りたかった」
呟いたオーエンは何処か晴れやかな顔をし、私の視線に気づいて苦笑した。
「正直、僕は周りの大人たちの妄言じゃないかって疑ってたんだよ。だってそうだろ? その日の食べ物にさえ困るし、寝る場所は良くて馬小屋だし。そんな僕が国を継ぐべき者だって? 夢物語にしても荒唐無稽だ」
きっとオーエンは夢物語にしか聞こえない生い立ちを言い聞かせられていたのだろう。
そして国を追われた大人たちの唯一の希望でもあったのだ。
けれどオーエンはそれを信じられず、同時に証明するすべも大公の死で希望が潰えたことも理解したのだろう。
「もし本当に昔話みたいなすごい魔法があるならって思ったんだよね。いやー、本当にあるなんてルール島すごいね」
「オーエン、国には、戻らないの?」
冗談めかすオーエンに、シリルが控えめに声をかける。
「僕は何処が大公国だったか、知りもしないのに?」
生まれた途端、死を偽装されて国を出た公子は、その後は命を狙われ近づくこともなかったのだろう。
それでも生き延びて流れついたのは、大陸からも離れた北の島国。
「ありがとう、シャノンくん。これでようやく僕は僕を生きられる」
お礼言われるなんて思っていなかった。
けれどオーエンにとっては命を懸けるほどの問題、最後の望みだったのだ。
自分を生かした者たちが無駄死にかどうかを知るための、唯一の。
お礼を口にして私を見るオーエンの顔は今まで見たどんな顔より生気に満ちているような気がした。
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