236話:待ち人と探し人
診察室で怒られた。
リハビリ室でも怒られた。
食堂でも怒られ、病室でも怒られた。
「いい!? 今度また消灯時間すぎてまでゲームやってたらスマホ取り上げるからね!」
「はい」
乃愛の母親はお怒りだ。
一緒に怒られて大変恥をかいた母親の立場を思うと申し訳ない。
でもこれには人命がかかってるの!
(なんて言えないのがねぇ。言ってみてもいいけど別のお薬処方されてスマホ取り上げられる未来しか見えないわぁ)
(うぅ…………ストーリーを進めてもエリオットが出て来る気配がないわ)
モスの証言でゲームが鍵だということはわかった。
他に手がかりもなく、モスの言葉を信じて進めているけれど。
(名前もないモブだからねぇ。ロバート出て来たけど従者いないし、『不死蝶』がまた出て来るまでは無理かもしれないなぁ)
(乃愛が事故に遭った時にはこのゲームをしていたのは確かだけれど、もう一度事故に遭わせるわけにもいかないし)
(上手く死なない程度に意識を失うよう事故に遭うってちょっと難易度高いよね)
(できたとしてもさせないわよ。それに、今はまだイベント系キャラの個別ストーリーも攻略していないし、やれることはあるわ)
(復刻地道にガチャ回してるけど、まさかの二部最終章リリースとか)
(うぅ…………このままだと普通にお父さまが敵で現れそうな流れだけれど)
正直身内の不幸話でしかないためストーリーを進めるのは気が重い。
ゲームのロバートは完全に主人公側でルール侯爵の悪事を暴くと言っている。
『不死蝶』の再登場でエリオットがゲームに現れることを願ったけれど、それもなく。
ゲームのロバートの思惑が知れずやきもきするばかりだ。
それでも今はゲームの中にヒントを探すしかない。
(モスの言うとおりなら、劇団のほうのゲームは直接手を入れたら変わったんだよね)
(けれどこのゲームは配信されるストーリーをなぞるしかできないわ)
(まさかゲーム会社に就職必要?)
(できそう?)
(いちおうどうやってなるもんか調べてはみるよ。なんたってここでは好きな職に就く自由があるからね)
乃愛は明るく請け負ってくれる。
私が焦っているのがわかっているからこその返答に申し訳なくも、縋るような気持ちが湧いた。
夢でも声が聞こえないまま、この日本にもエリオットは現れない。
どんなに待っても兆しさえないことに、不安ばかりが募る。
「うーん、スマホと別にタブレット欲しいな。ゲームと同時進行したい」
ゲーム会社への就職の仕方を検索しつつ、乃愛はゲームを中断しなければいけない現状をぼやく。
(あなたにも生活があるのに、ごめんなさい)
(いいよ。リハビリ終わっても復学前に大量の宿題こなさなきゃいけないらしいし)
入院中の今だからこそできることだと乃愛は笑う。
それはアーチェの術に巻き込まれた結果の被害でもあるのに。
(ちょっとー、変なこと考えないでよ。私は私でシャノンに出会えたこと良かったって思ってるんだから)
(でも…………)
(事故で学校通えなかった学生なんて捜せばいる程度だって。それが私は精神だけとは言え異世界転生? あれ、転移かな? ともかくしてたんだよ。すごくない?)
(すご、いのかしら? すごいかすごくないかで言えば、えぇ、すごいと思うわ)
(でしょ? 転移ものラノベとか漫画とか、敵役も転移者で負けて没落とか死亡とかあるのに私は少なくともシャノンの力になれて、こうして生きてるんだから。異世界転移の成功例だと思うんだよね)
(異世界転移の、成功例…………ふふ、乃愛はたまにおかしな言葉を作るわよね)
(そう? ま、なんにしてもさ、私も元気、シャノンもまだ生きてる。そして可能性はゼロじゃないこともわかった。だったらその可能性どうにか上げようよ)
(そう、そうね。私が諦めたらエリオットが命を懸けてくれたことの意味がなくなってしまうわね)
乃愛に励まされ、私たちは一つの体でまたゲームを進める。
消灯時間に怒られ、一時間後の巡回で気づかれてまた怒られた。
さらに一時間後に怒られて謝り倒した末に、乃愛は疲れたように息を吐き出す。
(さすがに、今日は、もう…………)
(そうね。本当にスマホを取り上げられてしまうわ。今日はもう寝ましょう。…………あら? 乃愛、もう寝たの?)
乃愛からの応答がない。
どうやらスマホを掴んだまま寝落ちしたようだ。
乃愛の体が寝ると私の意識も遠のき始めた。
「エリオット…………、私はここよ」
乃愛の口が動く。
どうやら乃愛の意識が先に眠ったせいのようだ。
けれど眠り始めた体では上手く声も出ない。
私の囁きは誰にも聞かれることはなかった。
「…………んぁ? あ、寝てた」
深夜、突然乃愛が起きる。
体勢が悪かったのか眠りが浅かったようで元の世界の夢を見なかった。
「…………あれ、何か言った?」
乃愛が私に聞くけれど、私は何も言っていない。
(いえ、声かしら? 何処か遠くから聞こえるような。急患があってもここまで声が聞こえることはないでしょうし)
(そう? 私はすごく近くな気がするけど。っていうか、私いつ寝落ちした? 今何時?)
乃愛は身を起こすと、ベッドの上に放り出していたスマホを探り当てる。
ゲーム途中だったはずの画面は真っ暗になっていた。
側面の起動ボタンを押そうとした乃愛は、何かに気づいて手を止める。
動く何かを見た気がしたけれど、画面に反射した乃愛の影、ではない。
(…………動いてる? 小さい、何か、なんだろ?)
(な、何かのアプリが起動しているのではないの?)
思わず見つめるとそれはどうやら人影のようだ。
それは音もなく…………近づいている。
『…………何処にいらっしゃいますか…………?』
固唾を飲んで見つめていると、人影が細い声でそう呼びかけた。
酷く遠いせいもあるけれど、その声の細さの理由は弱っているせいだとわかるほど掠れて覇気もない。
そんな状態に思わず口が動いた。
「エリオット!」
思わず叫んだ私に、乃愛が口を押える。
耳を澄ませても巡回はいなかったようだ。
そして聞こえたのか人影の動きが変わった。
一目散に駆け寄ってくる。
そして画面の内側から手を突いた。
『これは、窓? あなたは…………お嬢さまですか?』
「見えてるの、エリオット?」
信じられる聞き返すと、エリオットは微笑みを浮かべた。
『あぁ、お姿も声も違いますが私の名の呼び方が全く同じです』
そんなことでわかるの?
え、顔は乃愛なのに?
「これ、どうなってるの? テレビ電話が起動してるとかはないよね?」
乃愛が操作できないかと画面に手を伸ばす。
指先がスマホに触れた。
瞬間、視界が大きく歪む。
倒れそうな不安定感に目を瞑った次の瞬間、肩を誰かに支えられた。
「お嬢さま!」
「エリオット!?」
目を開けると、いつの間にか目の前にエリオットがいる。
そのまま私はエリオットに強く抱き締められた。
「え、あったかい? え、触れる? わ、私どうしたの?」
「うわ、シャノンがいる!?」
混乱してエリオットに問いかけると、素っ頓狂な声が上がる。
目を向けるとそこには乃愛が立ち尽くしていた。
「乃愛!? それ、制服? パジャマじゃなかったの、え?」
「あれ、言われてみれば本当だ。うーん、じゃあこれはあれだ。夢だ!」
乃愛はあっけらかんと現状を片づけてしまう。
そんな乃愛の声にエリオットが私から体を離すと戸惑った様子で乃愛を見た。
反射なのか、エリオットは私を背に庇うように動く。
「ノア? それは、お嬢さまの劇団員としての偽名では?」
初めて名前を呼ばれた乃愛は、照れたように笑ってエリオットへ手を振った。
「初めましてって言うのも変な気分だけど、シャノンの中にいた異世界の者でーす」
「お嬢さまの、中に? グリエルモスさまの言っていたことは、本当だったのですね」
「エリオット、乃愛が死にかけた私をここまで運んで助けてくれたの。五年前に意識を失ってからずっと、私は乃愛に助けられてきたのよ」
警戒が窺えるエリオットに、私はそう捕捉した。
肩越しに私を見たエリオットは、一つ頷く。
そして慣れた動作で乃愛の前に膝をついた。
「感謝、いたします」
「う、うわー。実際やられるとすごい恥ずかし! エリオット立って立って! ここまで来た目的はシャノンを迎えに来たんでしょ。感謝するのはまだ早いって!」
恥ずかしさを紛らわすためピョンピョン跳ぶ乃愛の言葉に、エリオットは立ち上がる。
「そうね、乃愛の言うとおりよ。こんな危険なことをしたエリオットへのお説教は、無事に体に戻ってからだわ」
「お嬢さま…………」
笑う私を見て、エリオットは安心したように目を細めた。
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