235話:夢の中で
長く感じる一日を終えて夢の中へ落ちた私は、変わらず自分とベッドだけが見える視界にいた。
「エリオットの奴! どうしてあいつ手回しとか得意なくせにこういうとこ雑なんだ!」
「なんで勝手にそんなこと!? 一言相談あってしかるべきだろう!」
怒るジョーとアンディの言葉で、やはりエリオットが気の違った方法を強行したことがわかる。
「私の予知、肝心なところで役に立たないな。シャノンみたいに上手く行かないや」
落ち込むシリルが悲しげに呟いた途端、何かを振り回す音が部屋に響いた。
「な、何をなさっているんだモスどの!?」
ミナミもいたらしい。
そして音の元はモスらしい。
「こ、い、つ、は、本当に碌なことをしない!」
「やーめーてーよー」
アーチェの抗議の声がした。
どうやらアーチェの入った鳥籠を振り回しているようだ。
「なんで僕を待たなかった!」
「君がいたら何か変わったのか?」
お兄さまが努めて平静な声でモスに聞く。
どうやらお兄さまがみんなに説明したようだ。
「少なくとも、こちらと異世界を繋ぐゲームについて推測を伝えた」
「ゲームって、お前らがやってたあの劇団か?」
確認するジョーに、モスは大きく溜め息を吐いて自分を落ち着かせる。
「何度も繰り返す中で、関わったシャノンの中の異世界の人間が漏らした共通の言葉。それがゲームだったんだ」
「普通に聞けば遊びのことだけど、あの劇団ゲームが何か重大な秘密でも?」
アンディが半信半疑に聞くと、モスは乾いた笑いを返す。
「僕にもわからなかったし、話を総合すると今のシャノンのように予知のようなことを語るんだ。けれど、必ずゲームで知った、ゲーム知識だと言う」
たぶん乃愛以前の人たちで、この場合私の体を使う憑依者と言うべきかしら?
「どんなに繰り返しても異世界に関わるような遊びのゲームはなかった。けれど、あの劇団ゲームがやった我儘令嬢。あれだけは確かにシャノンの没落を描いた内容だった」
繰り返したモスだからこそわかることであり、モスもそのことが気にかかっていたようだ。
「繰り返す度に劇団ゲームを見られる公演の日には島を離れていた。もう何度も見た。けれど何もわからなかった。なのに、あの劇団にシャノンが関わった途端、ゲームとはあの劇団で間違いはなかったことがわかったんだ」
「啓発劇をさせていたのが、実は予知を回避するための方法だったとは聞きましたが? 劇団の者は知らなかったのでしょう?」
誰がそれをミナミに教えたのかは知らないけれど、驚く者もいないことから全員の共通認識になっているようだ。
「そう、知らない。知らないのに、シャノンが簡単に話しただけの過去あった事件の話が、そのまま過去のシャノンが陥った状況と見間違うような台本になったんだ」
「そのまま過去の? え? でもシャノンは本当にネタだけで、台本に口を出すこともなかったのに?」
台本作りを横で見ていたからこそ、シリルはありえない偶然に困惑する。
「僕も見ていた。けれど出来上がりは不思議なくらいにそのままだった。シャノンと同じ予知をしていたマリアが狼狽えるほどにね」
マオと観劇していたマリアの狼狽をモスも何処かで見ていたのだろうか。
「この精霊にも異世界の人間を連れて来る方法について聞いたことがある。要領を得ない説明だったけど、要は何かこちらとあちらで入り口となる媒体があるらしいんだ。こちらの媒体は劇団ゲームという組織。異世界の媒体はゲームと呼ばれる遊びということではないかと思う」
「さぁ? どういう形で世界に顕現するかは僕もわからないよ」
アーチェのこの適当さが、長年モスを苦しめたと思うと申し訳ない。
けれどこれでわかった。
あちらの媒体が劇団ゲームなら、こちらでは乙女ゲームが媒体だ。
こちらの世界の人たちは知らずアーチェの術が仕込まれたゲームをしていたのだ。
まるでちょっとしたウィルス。
でも、そうとわかっても私が伝えられない以上ゲームが媒体だとは誰もわからない。
エリオットがこのモスの話を知っても同じだろう。
(でもでも! ゲームやる意味はあった訳じゃん? 向こうとの繋がりだって言うなら、ともかくストーリー進めて個別のストーリーも見てしまおう?)
(そうね…………えぇ、できることをやりましょう)
乃愛の励ましに私はなんとか肯定を返す。
けれどエリオットはこちらの世界に現れないまま、時間ばかりが過ぎて行った。
別の日の夢の中。
その日、部屋にいたのはお父さまだった。
「シャノンを生かすために魔法学校から逃がしたところで、世界を繰り返すだけ、か」
「どんなに生きても繰り返しを解消するための条件を満たさなければ、最初にシャノンが死んだ日が巡り最初からだよ。そうでなきゃ、こんな大がかかりなことをする意味がない」
アーチェの返答にお父さまは黙る。
けれど何かを耐えるような空気はわかった。
「…………精霊として、最善の対応をしたのだと信じているよ。まだ、そうまだシャノンは死んでいない」
「僕が知る限りは最小の被害だ。アルティスもその魔石も僕自身も何も欠けることがなかった。シャノンがいなくなっても次の契約者が現われるまではこの魔導書で耐えられるしね」
アルティスの次に危ないのはアーチェだけれど、先に魔導書だけ作ったことで魔石から魔力を発散できるようだ。
「なるほど。どれほど共にいても、根本的な違いは埋められない。信用はしても信頼はするべきじゃないと言った妹の言葉は正しかったわけだ」
「そうだね。人間は僕たちからしても理解不能なところがある。逆もしかりだろう。僕としては現状もシャノンが望む形だと思っているけど、人間たちはそうじゃないようだし」
確かに被害が私だけで済んだのは不幸中の幸いだ。
けれど望むのとは違うし、私の望みが他全員の望みなわけでもない。
メアリ叔母さまも精霊とわかり合えないことがあったのかしら?
従兄弟の子守をするような精霊なのに。
「なんだ!?」
突然の破裂音にお父さまが警戒の声をあげる。
「侵入者だね。シャノンが警戒していた相手だよ」
「あぶ、危な!? な、なんですか、今の魔法?」
この声、オーエン!?
ベッドの位置からして声が聞こえるのは窓のほうだ。
お父さまがいるのにそこから入ろうとしたの?
「僕が張っておいた結界。なるほど、シャノンが警戒するわけだ。死ななかったなんて」
アーチェ! 死ぬような攻性結界張ってたの!?
「シャノンの部屋が血で汚れる。用件があるならそこで言え」
どうやら怪我をしたらしいオーエンに、お父さまもなかなか辛辣だ。
けれど侵入者であることは変わらないし、オーエンが追われた時の騒動を思えばお父さま側の心象は良くないだろう。
「いやぁ、そろそろ僕復職したほうがいいかと思ってですね。どういう処分が下ったかは知りませんが、学内の人事大きく変わるんでしょう? その上シャノンくんを襲った生徒たちも在籍のまま」
そう言えば魔法学校はどうなったのだろう?
みんなちゃんと行っているかしら?
行ってたとして私とのことはどう言っているのだろう?
「あの夜のことは、生徒間での喧嘩で治める。確かにミレーレの件に関しても手を打たねばならん。となると、当事者が学内で正しく話を広めるほうがいいだろう」
「はいはい。どんな筋書きですか? ついでにシャノンくんの献身的な殿下方へのフォローも話します?」
献身的?
ウィリアムには知られたくない話を暴露したし、アンリとアレクセイには嘘吐いていたのばれたし、何かフォローをした覚えもない。
「お血筋のことについては陛下と皇太后さまに事実をお伝えした。シャノンの現状にも大変心痛められたようだ」
「へぇ、全面的にあちらが非を認めたんですか? ついにルール王国再誕します?」
「馬鹿を言うな。今さらそんなことをしても旨味は少ない。魔法学校の理事の席と魔法学校周辺の魔物討伐に際して城内での休憩の許可をいただいた。また、シャノンに関して流布した悪評もシャノン卒業の年までに払拭するよう申し入れている。島民の魔法使いの雇用枠も魔法学校に設けていただける手はずだ。侯爵としての仕事はいくらでもある」
「わー、つまり魔法学校の運営と人事の権利を得て、兵を入れる権限まで? しかも王家の不祥事の始末にも手を回したとなれば、今後侯爵さまにこの国の王家は腰を低くしなければいけませんね。いやぁ、シャノンくん一人ですごい成果だ」
「シャノンが、なんだと言うんだ?」
明るいオーエンに対して、お父さまの声には怒りがあった。
けれど確かに私一人の犠牲で得られるにしては破格の待遇と言える。
「愛されてるねぇ、シャノンくん」
「オーエン。娘から玉座の石を目的としていたことは聞いている」
お父さまがぶっきらぼうに話を振った。
「爆発の直前、叩き込まれた電撃がなければシャノンの四肢は繋がっていなかったとアーチェは言った。その働きに褒賞を与える。望みを言え」
良かった。私がいなくてもお父さまがオーエンのことしてくれるみたいだ。
するとオーエンの笑う気配があった。
「では、今日以前の命令違反やシャノンくんへの非礼の全てをお許しください」
「…………いいのか?」
あら、玉座の石は?
「従者くんも救われた命だから投げ出してるらしいじゃないですか。だったら僕も救われた命ですから? 終わるまではシャノンくんを待ちますよ」
そんな言葉を残して、オーエンの声は遠ざかって行った。
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