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25話:従者の不在

 王宮の一件から、エリオットは不在になることが多くなった。

 我が家にいないことも多く、私の従僕としてつき従うこともなくなってる。

 理由はもちろん、降って湧いたようなロザレッド伯の領地と爵位について。親の領地を継がせるにしても、色々準備と手続きが必要なんだそう。

 そしてエリオットの保護者を兼ねるお父さまも一緒に忙しくしている。


 表向きはまだエリオットは使用人のままだから、理由もなく勝手に動かせないし、不在にもできない。

 お父さまの仕事への付き添いと偽って、エリオットは今ロザレッド伯領へ出向いていた。


「はぁ、エリオットもついにお嬢さま離れなんですね」


 今日は赤毛のエミリーが私の髪を結いながら感慨深げに言う。


「以前お嬢さまがエリオットと距離を取ると言っていたのは、このためだったのですね」


 ブレンダは青い瞳を手元に向けて片づけをしながら苦笑した。


「お嬢さまも婚約の話が出て、大人の階段上る時期なんですねー」


 金髪のケリーはブーツの曇りを拭いながら、楽しげだ。

 使用人たちは年齢的にエリオットが独り立ちするために、お父さまについて行っていると思っているようだ。

 エリオット自身は婚家までついて行くと言っていたけれど、やっぱりいつまでも私専属ではいられない。


「さ、できましたよ、お嬢さま」

「今日は緑と白を主体に紫を差し色として使っています」

「じゃーん、魔法使い風です!」


 全身を映せる鏡を持って来られてまず目に入るのは、ローブっぽい肩掛け。

 白を基調にした緩いガウンに濃緑のスカート、と紫のコルセット。

 相変わらず蝶モチーフのデザインだけど、今までのドレスとは一風変わったファンタジー感満載の装いだ。

 正直、嫌いじゃない。


「魔法の練習にご熱心なお嬢さまには、これくらい動きやすい物でもいいかと」

「お嬢さまの才能をさら伸ばすには、やはり共に学ぶ方に遅れないようなさらなければ」

「あちらもすごく熱心だと聞いてますよ。男の子としては負けてられないですよね」


 侍女たちが言うのは、今日の外出目的である、ジョーとアンディとの魔法練習。

 ローテセイ公爵家に招かれてのことで、カモフラージュのお茶会がなくても交流を続けていた。


「なんだ、今日もエリオットはいないのか。弓で的当て競争したかったのにな」

「彼は優秀だから、仕事を仕込んでいるんだろうね」

「えぇ、まぁ…………」


 エリオットの身の上やロザレッド伯については、まだ公にできない。

 どうも、今回のエリオットの王籍復活には例のご老人が関わったらしい。

 お父さまが公爵方に聞いたところ、エリオットの存在は王宮でもごく少数しか知らず、王妃にも実は知らされていなかったんだとか。


 王妃がエリオットの高すぎる血筋を気にすると思われての措置だったけれど、実際存在を知ると不憫がったらしい。

 そこにご老人が付け入った。王妃に冤罪を着せたことを誤魔化すため、ロザレッド伯の領地ロンダリングをしろとアドバイスしたそうだ。

 悪い案でなかったため採用されたけれど、そこに面倒な政治の争いの火種が撒かれた。

 つまり、エリオットの継承権の問題だ。


「はあ…………」

「シャノン、さっきから溜め息ばっかりだな」

「疲れたなら休憩しようか?」

「あ、ごめんなさい。そうじゃないの」


 ご老人がエリオットを擁立しようとしてるんじゃないかと邪推されて、ちょっとご老人の立場が揺らいでいるそうだ。

 国王側の狙いはそれだったらしいんだけど、正直巻き込まないでほしい。


 私はジョーとアンディの不審の目を誤魔化すため、魔法文字の組み合わせでどんな魔法が出来上がるかを適当に試す。

 これは家庭教師がいない時にしかできない。一般的な魔法使いなら自信を喪失するから。そしてうちの家庭教師なら研究熱に火が付いてしまうから。


「…………はあ」


 また溜め息を吐いてしまい、私は口を覆う。

 ジョーとアンディは顔を見合わせると、私の手を引いて強制的に休憩に入った。


「シャノン、エリオットがいないのがそんなに気になるのか?」

「何かエリオットに問題があって引き離されたのかい?」

「そ、そうじゃないの。えーと、エリオットの実家のほうで、ちょっとあって、戻ってて」


 使用人にもしている言い訳はこうだ。

 エリオットは分家の養子。そこでエリオットの母方からの相続問題が発生した。分家に養子入りしたエリオットにはもう相続権はないと母方親戚は主張している。

 困った分家はお父さまに助けを求め、エリオット同伴で分家のほうに出向いている、と。親戚の困りごと解決は、当主として立派な仕事の一つだ。

 実は分家と同じ方面に、ロザレッド伯の領地があるため、そっちに行く言い訳にもなってる。


「ルール侯爵家の親戚の男爵だっけ? あいつ、貴族の地位を継げるのか?」

「男爵家の分家の生まれで、両親が亡くなって男爵家に入ったの。あちらにはすでに跡継ぎがいらっしゃるから、エリオットが男爵家を継ぐことはないのよ、ジョー」


 エリオットは設定上、貴族ですらない。

 貴族のように公式記録に残らないので、出生を遡れないというメリットがある。


「…………シャノン、もしかしてエリオットは戻ってこないのかい?」

「え…………?」


 アンディの問いに、私は答えに詰まった。

 考えてみれば、その可能性はある。いや、伯爵になれば使用人ではいられないんだから、その可能性しかない。

 つまり、エリオットは侯爵家から出て行くんだ。王都からも離れた、ロザレッド伯の領地へ。


(もしかして…………継承権の発生するエリオットを、遠い領地へ追いやる目的とか?)

(ありうるわ。あれだけエリオットを警戒してた国王が、なんの対策もしてないなんて考えられないもの)

(そうなると、私はもうエリオットとは、簡単に会えないよね…………)

(会えないわね…………)


 黙ってしまった私に、ジョーとアンディは慌て始めた。


「え? 男爵継がないんだろ? まさかその母方の相続関係じゃないよな?」

「けどシャノンのこの反応は、戻ってこない可能性があるってことだろう?」

「あいつに何があったんだ? あ、何処か屋敷を相続することになって住まなきゃいけないとかか?」

「あり得るね。母方の親戚から回って来た相続だというし、遠い土地を受け継ぐことになるのかもしれない」


 私が答えないせいで、二人は勝手に推理を始めてしまう。

 そしてあながち間違ってないことに、私はちょっと笑ってしまった。

 まぁ、本当に母方の相続が発生したら、もっと大変な問題になるんだけどね。

 他国での相続だから、海を渡った先での問題になる。


「お、笑った」

「笑ったね」


 笑えはする。けど、エリオットがもう側にいてくれないと思うと、寂しい。

 当たり前にいたエリオットの存在に、どうやら私は自分が思う以上に依存していたようだ。


「…………そうね、エリオットは相続関係でうちを出るかもしれないの」

「そうか。なぁ、それってもううちにも来ないのか?」

「来れないんだよ。侯爵家の使用人だからうちに出入りできていたんだ。シャノンの家を出るなら、もう…………」


 エリオットとは、身分が違うとわかってる。

 けれど下になるからじゃない。王籍が復活すれば、エリオットは継承権三位の王子さまになる。

 継承権者には国王の息子である王子と、国王の弟である王子がいる。けれどエリオットはその二人よりも血筋が上だった。


(私とは会えないけど、成長すればジョーとアンディは王宮っていう場所でワンチャン会える可能性はあるよね)

(それよりもっと早く会うだけならできるのよ。私たち、魔法学校に入るんだから)

(ってことは、早ければ四年後?)

(早ければ、ね…………なんだか遠いわ)


 『不死蝶』の従者なんてさせられないと、離れようと思ったのは私が先のはずなのに。

 実際いないと寂しいと思ってしまうんだから、私は我儘な悪役令嬢の片鱗がすでにあるのかもしれない。


 また溜め息を漏らしてしまうと、ジョーとアンディが私の両脇に座った。


「元気出せよ、シャノン。いきなり別れるってなって寂しいんだろ?」

「でもシャノンは一人じゃない。僕たちがいる。エリオットがいない分、頼ってほしいな」

「二人とも…………」


 慰めてくれる二人の優しさにはにかむと、何やら不穏な呟きが聞こえた。


「いっそあいついないほうが、俺たちにとっては嬉しいしな」

「ジョー…………正直すぎるよ」

「え、二人はエリオットが嫌いなの?」

「別に嫌いじゃないけど…………、壁だな。あいつは」

「僕たちの前に立ち塞がる障害とも言えるね」

「はい?」


 邪魔って言ってないそれ? 嫌いってことじゃないの?


「嫌いじゃないなら、それはどういう意味なのかしら?」

「はっきり言えば、シャノンとの婚約には邪魔な存在ってことだよ」

「やっぱり邪魔者扱いなのね…………。と言うか、まだ諦めてなかったの?」

「そこなのかい、シャノン? もう少し前向きに考えてくれてもいいと思うんだけど」


 今度はジョーとアンディが溜め息を吐いた。


「俺はシャノンのこれも、これで面白いとは思うんだけどな」

「いや、これはいっそ短所だろう。ジョーは趣味が悪いな」

「なんの話?」

「シャノンが婚約に後ろ向きな話」

「べ、別に後ろ向きじゃないけど」

「そうかい? だったら僕を選んでよ」

「おい、アンディ」


 あのー、私を挟んで喧嘩しないでほしいなぁ。


「短所だと思うなら諦めろよ、アンディ」

「まさか、この程度で諦める理由にはならないよ。それとも君は諦めるのかい、ジョー?」

「それこそまさかだな。シャノンにはいいところのほうが多いだろ」


 君たちなんの話をしているのかな?

 私、貶されてるの? 褒められてるの?


「可愛いし、性格いいし、乗りもいいし。嫌な顔せずつき合ってくれるのがいい」

「頭もいいし、笑顔が可愛い、魔法も得意だ。才能をひけらかさないのも好感が持てる」


 お、おう…………さては褒め殺しだな?

 羞恥で沸騰して死にそうだよ、私? ここは二人の目を覚まさせなければ。


「ふ、二人とも、そういう人は捜せば他にいるわ。近場で済ませるには早いわよ」

「違うって。俺は俺にできないことができるシャノンが好きだ」

「僕だって、結婚するなら尊敬できるところのある人がいい」

「私に拘らなくてもいいじゃない。これからそういう人を捜せばいいのよ」


 主人公に出会う前に決めつけないでー。君たちにはもっといい出会いがあるんだよ。

 こんな死亡フラグしかない『不死蝶』に転ばないでよ。…………は!? これって主人公を挟んで喧嘩するっていうゲームそのままじゃない!?

 ま、まずい。これは、非常にまずい流れな気がする! 私は主人公の立場を奪う悪役令嬢にはなりたくないよ! これはどうにか切り抜ける手を考えなくちゃ!


三日毎更新

次回:秘密の婚約者

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