234話:気の違った方法
エリオットとお兄さま、マリアの三人が私を覗き込む。
「本当に動いたのですか? 確かに指が先ほどより開いていますが」
「は、はい。この指が意思を持つようにゆっくり開いて!」
エリオットの細かい気づきにマリアも勢い込む。
(ちょっと気になってたんだけど、エリオットってずっとシャノンの側にいるの?)
(そう、なのではないかしら? あまり声は発しないけれど。今は私の体が動いたってことよ)
(そうだね。動けー、指と言わずに手ー、腕ー。声よ出ろー)
(…………駄目ね、瞬き一つできないわ)
確かに止めようとして反応したとは思うのに、意識してやろうとしてもできそうになかった。
そんな変化のない私に、三人も諦めて身を起こす。
そこにアーチェがいつもと変わらない呑気な声をかけた。
「うん、今のでわかった。どうやら今回心は丸々残ってるみたいだ」
「「「え!?」」」
「確かに君たちの喧嘩に反応したよ。でも糸一本繋がってるくらいの細い繋がりだ。指が動かせたのもそれだけ心の動きが激しかった一瞬の反射みたいなものだね」
「シャノンを回復させる手立てはあるのか!?」
お兄さまの声の後に、鳥籠を揺らすような音が続く。
「手立て、手立てねぇ…………あると言えばあるけどないと言えばないかなぁ」
アーチェの煮え切らない答えに、マリアも声をかける。
「あの、どうしてシャノンさんは心が無事なのに動けないの?」
「体に心が入ってないからさ。今度は完全に心全てが吹き飛ばされたと思ってたんだけど、体を留守にしてただけみたいだ」
ループの時は残っていたから私の心に異世界の人間を当てはめて体を動かした。
けれど今は心全てがないからアーチェは回復の見込みなしとしていたようだ。
「では、お嬢さまの心は何処に?」
「異世界」
こともなげにアーチェは私の居場所を言い当てる。
異世界の乃愛を引き込む術を使ったのはアーチェなのだから、何かしら糸一本程度の繋がりでも感じるところがあったのかもしれない。
「今回アルティスの放出した力は僕が使う前に消えたんだ。あれは異世界を渡る力としてシャノンの心が持って行ってしまってたんだろうね」
そうだったの?
あの時私は乃愛に手を引かれたけれど、その引いてくれた力がアルティスの魔力?
(ねぇ、思ったんだけどさ)
(どうしたの?)
(もしかして私、アーチェやモスにも認識されてなくない?)
(あ…………)
たぶんアルティスの力を利用したのは乃愛という私の体に宿った異世界の少女だ。
けれどモスは私が戻ったと言っていたし、アーチェは体があればと言っていたのだから最初から中身は気にしてないのだろう。
(私たちお互いでも境目がわからなくなっていたから、他でも見分けるのは難しいのではない?)
(いいんだけどね。ただ、それであの時シャノン引っ張って自分の体に戻っちゃったんだと思うとさ)
(何を言っているの。あの時私はあなたに手を引かれなかったらアーチェの言うとおり心が吹き飛んでいたかもしれないのよ)
(うーん、そうか。魔力全部なくなったって言ってたし。もし私が使わなかったら近くにいたみんなも怪我してたかな?)
(えぇ、きっとそうよ。乃愛は私だけじゃなく、私の友人たちも助けてくれたのよ。ありがとう)
(えへへ。うん、だったらやっぱりシャノンを体に帰してハッピーエンドにしなきゃね)
糸一本でも繋がっている。
だったら戻れる可能性はゼロではない。
エリオットとお兄さまは、新発見にものんびりしているアーチェの入った籠をまた揺らした。
「それで、お嬢さまを異世界から呼び戻す方法は?」
「まずそれが人間でも可能かどうかを教えてくれ」
「可能だね」
「本当に!?」
マリアが思わず歓喜の声を上げた。
「けど気の違った方法だ」
不穏な言葉にあたりは静まる。
「聞かせてください」
エリオットが決意を持ってアーチェに聞いた。
「力はたぶん行って帰るだけシャノンが保持してる。なのに戻ってこないのはそのすべがないからだ。異世界の者を連れてくるにはまず異世界へ渡る適性が必要だった。そして次にシャノンとの相性。それを僕が術で引っ張った。でも術もなく向こうに逃れたシャノンを僕ではこっちに引っ張れない」
アーチェの言うとおりなら、どうやら私は帰りを確保せずに来てしまったらしい。
「だから、僕が施す術で向こうに行って引っ張ってくる者が必要だ。ただし、その者はシャノンと強い繋がりがあって、自らの心を保つ力が必要になる。異世界を渡ること自体が命がけだ。その上で広い世界の中でたった一人を捜しだすんだ。普通に考えて気が狂うよ」
なんでもないことのように言うアーチェは、できるわけがないと言わんばかりだ。
「つまり、あなたが送り込む。そしてお嬢さまを異世界から捜しだして引き戻す?」
「そうだね。僕も力は溜め込んでるから送り出すだけならできる。後はシャノンの保持する魔力で戻って。引っ張る道だけは作れるから、僕がするのは送り込むだけだ」
エリオットの確認にアーチェは気軽に答えた。
「わかりました。私が行きます」
「エリオット! 勝手なことを言うな!」
「あ、あの! 魔力なら私が一番多いです! それに同じ力も持ってるし、私のほうが危険少なかったりしませんか!?」
マリアも即座に立候補すると、お兄さまが止める。
「そんなことはさせられない。繋がり、それは血縁が強いんじゃないのか?」
お兄さままで!
「シャノンの心がどんな状態で異世界にいるかもわからないから、正直自殺に等しいよ」
アーチェもう! 自分で言っておいてなんてこと言うの!
「ですがお嬢さまは私たちの喧嘩を聞いて反応するくらいには確かに存在されているのでしょう? でしたら反応を引き出した私が」
「待て、エリオット!」
そうよ、お兄さま止めて!
自殺に等しいことなんてさせないで!
「いっそシャノンが誰に反応するのかを見定めたほうがいい。公爵家の二人でも反応する可能性はある。それにシリルなら占属性でよりシャノンを見つけやすいかも」
犠牲者候補を増やさないでちょうだい!
「いいえ。あなたが言ったのでしょう。今の私は使用人の立場です。何処の家を継ぐ予定もなければ、死んで悲しむ身内もいません」
エリオット、何を言っているの? 馬鹿なこと言わないで!
「本気で言ってるのか? シャノンはお前を自らの死に巻き込むかもしれないと、どれだけ心を痛めていたと思うんだ?」
お兄さまの声には怒りが宿り、逆にエリオットからは笑う気配がした。
「巻き込んでいただけるなら喜んで。私はお嬢さまのお側にいることが出会ってからの変わらぬ望みです。そのお嬢さまがいなくなるのを指をくわえて見ているだけだなんて、自殺に等しいではないですか」
「それだけの執着があれば、時を重ねて縁を繋いだグリエルモスといい勝負かもね」
アーチェ、あなたこの期に及んでモスを巻き込むつもりだったの?
一番私のことで大変な目に遭っていたのに?
「まぁ、僕は誰でもいいよ。でも送れるのは一人だ」
「あの…………さっきから、シャノンさんの指が震えてるんですが?」
「ふーん、こっちで異変が起きてるのは感じ取れる状況にあるみたいだね。今なら異世界のシャノンの近くに送り込めるかもしれない」
待って! そういうことじゃないの! 私はその自殺紛いの気の違った方法を止めたいのよ!
夢の中、どんなに叫んでも聞こえない。
そしてエリオットたちの声が遠くなる。
焦ってもがくように目を開くと、そこは電気の通った白い天井だった。
「…………夢、じゃないよねぇ」
乃愛がベッドの中で頭を抱える。
何が起こるか見ていない。
けれどエリオットが何をするかは嫌でもわかる。
(どうしよう、エリオットが、エリオットが!)
(お、落ち着いて。まだ死ぬって決まったわけじゃないよ)
(でもアーチェは嘘を言わないわ! それに精霊が気の違った方法とまで言ったのよ!? よほど生存率が低いんだわ!)
(待って待って、心配なのはわかるけどこれはシャノンも戻るチャンスなんだし)
(エリオットが死ぬ目に遭ってまで戻りたいとは思わないわよ!)
つい乃愛に当たってしまう。
乃愛はベッドの中で唸り始めてしまった。
「うーん、困った。魔力、あるらしいけど…………。うーん?」
変わらずベッドで頭を抱えたまま、乃愛は魔力を感じようと唸り続ける。
けれどノアの体の中にいる私にも、アルティスが放出したような強力な魔力は感じられない。
私も乃愛も、できることがわからずただ病院のベッドで嫌に早い鼓動を聞いていた。
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