233話:魔女マリア
「っしゃー! 復旧!」
喜びに乃愛は病院で大声を上げてしまい、通りかかった看護師さんに怒られた。
けれどそんなことくらいで今の喜びを萎ませることはできない。
ゲーム運営に掛け合うこと四回目にして、ゲームのデータを新しいスマホに引き継げたのだ。
「えーと、それで何から手を付ければ…………うわー! アイテムボックスがパンクしてるぅ」
無料で貰えたアイテムが消えていたことに乃愛は落ち込んでしまう。
(あ! でもストーリー新リリースでミック一人貰えてる)
(マルコは? マルコのピックアップは?)
(…………終了してたぁ。でもロバートのピックアップにもすり抜けで出てるらしいからそっち回す?)
(そうね。まさか最新のストーリーでお兄さまが実装されるなんて思わなかったわ)
私たちが調べた大まかなストーリーの進行状況としては、ゲーム主人公が隠し港を襲撃してミックとマルコに出会うまでだった。
そして再登場した『不死蝶』と戦い、マルコが裏切ってゲーム主人公の仲間になる。
ミックは隠し港を探る合間に出会い、交流したことで隠し港襲撃前に仲間になっていた。
(攻略キャラになるとは思ってたけど。ストーリーはともかく進めるとして、ロバートがゲーム主人公に手を貸す理由ってなんだろう?)
(わからないわ。もしかしたらお兄さまも私との関わりでバタフライエフェクトが起きていたのかしら?)
お兄さまは国外留学でルール島の現状を知らず、戻って実情を知りゲーム主人公に加勢すると言う流れだ。
ストーリーでは『不死蝶』が二度目の退場をしてから現れている。
実際のお兄さまのことを思えば何か考えがありそうだけれど。
(他の攻略キャラの個別ストーリーの復習どうする?)
(念のためにしておきたいけれど、私が体に帰ることにはあまり関係なさそうよね)
(それで言ったらゲーム進めることも関係ないかもしれないじゃん。気になるなら時間のある時見直そう)
(えぇ、そうね。まずはミックのレベルを上げて個別ストーリーを読めるようにしないと)
(ストーリー進めるにもゲーム主人公の体力っていう制限があるからね。効率的に時間を使おう!)
時間経過での回復を待つ必要があるとは言え、乃愛はライトユーザー。
イベントごとに無料で配布される体力回復キャンディは余っているくらいなので待ち時間はそうないだろう。
(一番の問題はやっぱりガチャね)
(こればっかりは運だからなぁ)
(命中率の上がる援護魔法でどうにかならないかしら?)
(そもそもこっちじゃ魔法使えないし。使えてたらシャノンが自分で体に戻る魔法開発したほうが早いんじゃない?)
(簡単に言ってくれるわね、乃愛。触媒も魔導書も杖も何もない中、できることなんて初級の魔法だけよ)
乃愛は私と心の中で喋りながら、表面上は黙々とガチャを回す。
「…………ぬおぉぉおお? すり抜けマルコかぁ」
お兄さまが出るはずのガチャで十連を十回した結果に乃愛ががっくりと肩を落とした。
百回ガチャを回して、ミック四人にマルコが一人というお兄さまが迷子状態になっている。
「低率すぎる…………」
一度気持ちを切り替えるため、乃愛はストーリー攻略に取り掛かった。
こちらは攻略サイトというチートで宣言どおり効率を重視。
強い敵が出て来ても推奨パーティと戦略でクリアしていく。
ただ育てていないキャラクターが推奨されるとそれはそれで大変だけれど。
(一番大変なのって寝てても休めないことなんだと思うけどね)
(…………ごめんなさい)
(シャノンが謝らないでよ! 見舞いに来て不機嫌なアレクセイと見舞客と喧嘩するアンドリューが悪いんだから!)
(あの二人だけじゃないわ。ウィリアム殿下の処遇でジョーとルーカスもぎくしゃくしてしまっているし。それで乃愛の体が不調になるなら…………)
(あーあー! 今のなし! 今さらそんなの言いっこなし! 私だってシャノン助けたいし、みんなには笑ってほしいの! だから大変でも平気! ちょっとした愚痴! さ、もう寝よ!)
乃愛はベッドの勢いよく倒れ込むと布団を被った。
(シャノンだってそう思うでしょ。戻らなきゃ)
(えぇ、そうね。私には、帰らなきゃいけない場所が…………)
乃愛の体は睡眠導入剤のお蔭で波が引くように眠りに落ちて行く。
「おっと」
私の体が何かの拍子で傾いたのを、お兄さまが支えて正した。
どうやら今夜も夢の中でこちらに戻って来れたようだ。
「…………こんなに痩せて」
相変わらず見えるのは体の一部だけで私には実感がない。
けれどお兄さまは私の体に触って変化に気づいたらしい。
「すみません、私の力が足りないばかりに…………」
マリアはまた私に回復魔法を試しに来ているようだ。
斜めになった時に見えたけれどアーチェもいる。
ただし鳥籠の中だけれど。
「…………申し訳なく思うのであれば、シャノンの仕事を引き継いでくれる気持ちはあるかな?」
「仕事、ですか? シャノンさんがしていた…………。私に、できることでしょうか?」
「シャノンは精霊と契約を交わした巫女たちのまとめ役となる予定だった。それは全属性支配適性という才能を持っていたからだ。だが、このままではその役目を全うできない」
突然話を持ちかけるお兄さまに、マリアは困惑した様子だ。
(あれ? そう言えばこの世界って点滴とかないよね? シャノン、ご飯どうしてるの?)
(食べてないんだと思うけれど、そう言えばモスが長くて一年と。魔法があるにしても意識不明で延命できるのはそれが精一杯なのかもしれないわね)
ということは私、余命一年?
気づいてしまった事実に私が戦く間に、お兄さまの動く気配がした。
続いてマリアの声が上がる。
「君にはシャノンと同じく巫女を統率し精霊と契約できる適性がある。少しでも今回の件に責任を感じるのならば、我がテルリンガー家に入りシャノンの役目を引き継いでほしい」
「え、え? あの、どうして、跪いて?」
ん? 何をなさっているの、お兄さま?
「シャノンの現状はアーチェと契約している状態で維持されている。君にはアルティスと契約を行い、正式な巫女となり我が家に嫁いでテルリンガーを名乗り魔女としてアーチェに命令を下してほしい」
「え、魔女? と、嫁いで!?」
あれ? お兄さま求婚している?
しかも全然甘さのない声で?
けれど…………そうか、魔女になれば他の精霊の契約に干渉できる。
つまりやる気のないアーチェに命令も可能となるのだ。
「君の回復魔法の腕を磨く環境も我が家には揃っている。受け入れてくれるのなら何不自由ない暮らしを約束しよう」
「何を言っているんですか?」
お兄さまの求婚に割って入る冷たい声はエリオットのものだった。
「ロバートさまは、すでにお嬢さまが死んだ後のことをお考えに?」
確かに魔女としてマリアを確保しようとすればそう勘ぐられる。
何より私の今の状況はマリアの負い目となって頷きやすくさせる好機だ。
「エリオット、君はまだ使用人の立場だ。口を挟むな」
「お嬢さまにお仕えしている身であるからこそ言わせていただきます。兄であるあなたが真っ先にお嬢さまの回復を諦めるのですか?」
私には見えないけれど、激しい物音の後にマリアの短い悲鳴が起こった。
「なんのためにシャノンの側に置いていたと思うんだ? 守れもしなかったくせに」
押し殺した声でお兄さまがエリオットに詰め寄る。
囁くような声だったけれど、宿る感情の激しさが聞くだけでわかった。
お兄さまも苦渋の決断なのだ。
一家を守る者として精霊の暴走は二度とあってはいけない。
そのためにちゃんとした魔女が必要で、だからこそマリアを引き込む一番の手として私を利用する。
こんな状態の私には、その決断をしたお兄さまを責められない。
「えぇ、そうですよ! 守れなかった、守らせてももらえませんでした! ならば、お嬢さまの回復を最後まで信じます! それ以外にできることがあるなら命だってかけますよ!」
「軽々しく言うな! そんなことだからいつまでもシャノンが心配をして側に置いていたのがわからなかったんだ! 頼りない自身を恥じろ!」
感情を制御できずに喧嘩を始めてしまうエリオットとお兄さまに、悲鳴染みた声でマリアが割って入った。
「待って! や、やめてください! お願いですから…………待って、ください」
涙声になるマリアに、エリオットとお兄さまも黙る。
「私には、無理です…………。死ぬかもしれないとわかっていて、それでも恐れず立ち向かったシャノンさんのような、強さは…………私には、ない。シャノンさんの代わりなんて、私、務まりません…………ごめんなさい、ごめんなさい…………」
マリアはそう言って私の寝るベッドに涙を落とした。
マリアが黙ってしまったことで、小さな言い合いでまたエリオットとお兄さまが喧嘩を再開してしまう。
どうやらこの部屋には三人以外いないようだ。
(エリオット! 不甲斐ないロバートにもっと言ってやれー! シャノンだしにしてプロポーズなんて誰も幸せにならないよ!)
(乃愛!? 駄目よ! もう、どうしてこういう時に限って王子たちがいないの! それにエリオットとお兄さまが喧嘩だなんて私…………!)
もどかしい。私がその場にいれば何をしてでも止めるのに。
「…………あ! あぁ!? 今、今! シャノンさんの指が動きました!」
「「え!?」」
マリアの声にエリオットとお兄さまの喧嘩が今度こそ止まったのだった。
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