229話:最後の力
アルティスが無防備になったアレクセイに攻撃を放った。
一度アルティスの防御を弱めることを放棄してでも回復を。
そう思った時、突然アルティスの周りに霧が立ち昇った。
霧の防御魔法は一撃で吹き散らされるけれどアレクセイは無傷。
「霧の…………防御魔法…………? あ、これは!」
アレクセイが声を上げると同時に、魔法が飛んで来た。
水でできた大きな槍がアルティスの光りの玉に突き刺さると、目に見えて揺れ、魔力は削れる。
その一撃で残り一メートルを切ったようだ。
「魔女シャノン! 加勢する!」
フィアの声と援護魔法の攻撃で、アルティスの攻撃には命中率低下のデバフがかかる。
そのためアレクセイをもう一度狙ったアルティスの魔法は外れた。
「駄目よ、あなたたち! 隠れていると言ったじゃない!?」
「部外者だ、気にすんな! にしても、あー! 使っちまった、もったいねー!」
「すでに砕いた後だ繰り言をするな。今は狂った精霊を止めるべきだ、魔女シャノン!」
マルコとムールシュアも姿を隠したまま攻撃を手伝うつもりらしい。
勿体ないと言っているのはたぶんモスが作った補助効果のあるラメインクのことだろう。
お蔭でアレクセイは助かったしアルティスの守りも大幅に削れた。
けれど、お父さまも我慢して出てこないのに!
部外者だなんて言い訳本当にギリギリよ!?
「おら、我儘王子! 凍らせろ!」
「不敬だぞ、海賊!」
マルコの霧が光りの玉を包むと、アレクセイは正体と意図に気づいて魔法を使った。
霧を凍りつかせて光りの玉に降り注がせるアレクセイは悔しそうにしながらも攻撃の勢いを取り戻していた。
硝子が割れるような音と共に打ち付ける攻撃に、アルティスは苛立ちを叫ぶ。
「わずらわしい! わずらわしい! わずらわしい!」
魔石に仕込んだ結界で逃げられないアルティスは、この場から逃げられない。
そして魔力を魔石から捻出する契約者は引きはがした今、魔石本体を守る魔力は削れていく一方。
その怒りの矛先は私に向いた。
「お前さえいなければ!」
アルティスが目で追えないほどの雷撃を繰り出すけれど、すでに張っていたエリオットが防御魔法で防ぐ。
「お嬢さまがいないなど、なんの冗談ですか」
エリオットの本気混じりの軽口に苦笑しつつも、行けると、そう思った。
「ふざけるな! もういい! もうこれ以上つき合っていられるか! 全てをなかったことにしてやる! もう何もいらない! 我を認めぬのならすべて消えてしまえ!」
血を吐くようなアルティスの叫びに、嫌な予感がした。
「何を…………お嬢さま!?」
私はエリオットの後ろから飛び出して光りの玉に突進する。
魔法を纏ってマリアのように腕を光りの玉に突き入れた。
瞬間、体中に激痛が走り動きが止まる。
マリアはこれを耐えてウィリアムを助け出したの?
「あぁ、もうだめだ。自爆する」
アーチェが私の足元でそんな情けないことを呟いた。
「諦めるんじゃないわよ! こんなところで終わらせないわ!」
私は無理矢理アルティスの魔石に手を伸ばす。
すると隣に人影が寄って来た。
「エリオット!? 駄目!」
私と同じように手に魔法を纏って光りの玉に突き入れたけれど、途端にエリオットの防御が弾ける。
腕に血が滲む怪我をしたけれど、同時に手首の腕輪が光りを発した。
「ぐぅ!? うぅ、お嬢さま…………」
結局弾き飛ばされたエリオットだけれど、寸前で使ったのは魔力を強制放出させる腕輪の魔具。
許容量を超えるアルティスの魔力に腕輪は壊れたけれど、強制放出で光りの玉の形が歪んだ。
「シャノン!? 危ないから離れろ!」
ジョーは看破の能力か、今までにない焦りを持って叫んだ。
同時に私があげた魔具を使って魔力を引き出すと、アンディと一緒に光りの玉を削る魔法を放つ。
「どう見てもその魔石も危ない魔力を纏ってる! 触っちゃいけない!」
アンディの言うとおり、光りの玉の中でもっと強力な魔力が魔石に圧縮して膨張しようとしていた。
体勢を立て直したミナミは、魔法で剣を飛ばすけれど半端な攻撃は全て弾き飛ばされる。
「おい! 手を止めるな!」
「うるさい! 僕に指図するな! 言われなくてもわかってるよ!」
霧を出し続けるマルコにアレクセイが噛み付きながらも必死で攻撃を続けた。
「やるぞ!」
「うん!」
ムールシュアとフィアが短くやり取りをすると、魔法放って合体技を放つ。
強烈な一撃に光りの玉さらに歪むけれど、不穏に膨張する魔石の力までは削れない。
「もう少し…………!」
歪むと同時に光りの玉は減っている。
それでも指先が触れるかどうかの距離があった。
爆発まで時間がないのに、これ以上削れるだけの魔力を保持した人がいない。
そう思った途端紫電が光った。
目を焼く電光が光りの玉を削り、その中に手を入れていた私にも電流が届く。
「う…………!?」
私にも余波が来るくらい容赦のない攻撃だ。
でもそのお蔭で光りの玉がまた歪んだのを見て、私は痛みに引きそうになる足に力を入れた。
後で覚えてないさいよ、オーエン!
「…………掴んだ!」
暴走しようとするアルティスの魔石を握った瞬間、体に激しい衝撃が走る。
荒れ狂う魔力が一気に私に流れ込んだ。
「「「「「う!?」」」」」
魔力を供給していた仲間にも影響が及んで、みんな苦痛を耐えるように呻く。
謝っている暇はない。痛みに力を緩める時でもない。
この魔石を離すわけにはいかないし、このまま魔力を放出し続けないと爆発が起こってしまう。
「もう遅い…………ん!?」
一瞬強く光ったアルティスの魔力に、アルティスも異変を感じて声を漏らす。
途端に爆発しようとした魔力が別の所へ移動したように消えた。
そして私の体が内側から強烈な光を発する。
「お嬢さま!?」
エリオットの声がする。
一度は吹き飛ばされたのに、近くに戻ってきていたようだ。
「これは…………」
アーチェが驚いたように光る私を見上げる。
でも答える力がない。
体が言うことを聞かずに後ろへ倒れる。
「シャノン! シャノン!」
シリル? それともモスかしら?
ジョーとアンディの声も聞こえる気がする。
おかしい。何も見えない。
私はいつの間に目を閉じたの?
「きゃー、なんで!? 誰か! 誰か助けて!」
マリアの悲鳴が夜の空気を裂く。
何人もの手が支えてくれた気がする。
でも、私はなおも深い所に落ちて行くように倒れる。
あぁ、そうか。これは、死だ。
私はこの感覚を知っている。
もう私は生きて体には戻れないんだ。
ずっと、深く深く、生を終えた者が行く暗い底へと…………。
(駄目だめ! こんなの許さないから! こんな終わり嫌だよ!)
もう一人の私の声が確かに聞こえた。
魔石を握っていたはずの伸ばした手が、確かに握り返される。
引き上げられるように強く引っ張られるまま、暗く沈むはずの場所から明るい場所へ。
そして閉じていた瞼を開く。
…………開いた。
瞬きをすれば霞む視界が少しずつ鮮明になって行く。
「…………え?」
異様に掠れた声はほぼ息を吐いただけ。
気づけば私は、空調の埋め込まれた見知らぬ白い天井を見上げていた。
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