227話:荒療治
エリオットは私を庇うように立ち、アルティスに乗っ取られたウィリアムへと挑発を仕かけた。
「お前が…………、お前も…………あぁ!」
ウィリアムはアルティスに乗っ取られた状態で言葉が上手く出ないようだ。
そんなもどかしげなウィリアムをさらに鼻で笑うエリオット。
「なんですか? 私がずっと正気を失っていればとでも? 一度は捨てておいて使おうなどと卑しい欲を出したのはそちらでしょう」
ロザレッド伯について悪しざまに言うけれど、王籍になかった者から生まれた子が王籍に移るのは相当の厚遇でもある。
そうした権威をまるで無視した過激な言いように私も言葉を失くしてしまった。
「何が王子として務めるよう強いられたですか。やったことはそちらの聖女の陰に隠れてお嬢さまに濡れ衣を着せるだけ。その上他国にまでお嬢さまの悪評をせっせと流して、それでもやれたことと言えば学内の評価を一部悪くする程度とはずいぶんなお務めですね」
国外での悪評について、実際にやったのはテルリンガーを名乗ったことから大伯父家だろう。
けれど大伯父家に外交官の伝手を融通したのはウィリアムの指示を受けた者であり、密輸組織を経由して大伯父家の動向を操っていたことは窺える。
「思えばお嬢さまに窃盗の罪を着せようとした時も同じ構図でしたね。恐れながら申し上げますが、ウィリアム殿下におかれましては発想力のなさが顕著。よほど陛下からお借りした手の者が優秀だったのでしょう」
普段の従者然とした寡黙さを忘れたように、エリオットは煽り続ける。
お蔭でウィリアムの攻撃はエリオットに一点集中していた。
つまり作戦としては私が魔力を保持し、エリオットは防御魔法を堅持して耐える。
その間に仲間の攻撃は確かに通ってはいた。
「手の者と言えば、司書のミレーレ女史。彼女を襲ってオーエンに罪を着せるのもまた、同じ構造ではありませんか。本当に一本調子でわかりやすい方だ」
「うるさい! 安穏と城の外で育った貴様に何がわかる!?」
オーエンをはめるためにミレーレを襲った犯人はウィリアムだった。
王族の特権が使える学内で事件を起こしたことで、オーエン犯人説を押し通せたまでは良かったものの。
学生服のまま私やジャンヌに目撃されたのは失態以外の何ものでもない。
「育ちよりも血筋が大事だと言うのでしたら、私が玉座に座ってあげてもよろしいのですよ?」
「え?」
「ふざけるな!」
私も驚くけれど、ウィリアムの怒りのほうが激しかった。
背を向けて顔の見えないエリオットだけれど、声は作ったようなわざとらしさがある。
「ふざけていますか? 先々代国王の血を確実に引く私は、祖母の血筋は大公家に当たりますし、あなたが王統であっても結局は私のほうが血筋正しい者となりますが?」
結局エリオットのほうが血筋は上という揺るがない事実を叩きつける。
ウィリアムは言い返せない分、攻撃を苛烈にし、魔力による守りが甘くなった。
「つられるな。狙うなら従者の主人だ」
感情に流されるウィリアムの口から、アルティスが指示を出す。
けれどすでに昂ぶっているウィリアムは、エリオットを標的から外せないようだ。
その間に他の仲間による攻撃で纏う魔力を減らされ、アルティスは無理矢理体の主導権を奪う。
けれどアルティスが防御に集中して気を抜くと、ウィリアムの意思で攻撃重視に戻ってしまうようだった。
「別に私はいいですよ。あなたが重荷に耐えきれないと言うのなら、いりませんがこの国の王になっても」
エリオットもウィリアムとアルティスの齟齬を見定めて、あえて不遜な物言いに徹した。
一国の王子に言う言葉ではないけれど、言える立場がエリオットにはある。
ただ挑発が効くほどウィリアムの攻撃は激しくなり、エリオットも無傷じゃいられなくなっていた。
「エリオット! もうやめて!」
アルティスの守りを破るため、私は回復に手が回らない。
それでも振り返らないエリオットは挑発やめなかった。
「といっても私はこの国の王室に怨みこそあれ長く続けようなどという考えはありません。そしておあつらえ向きにもう一つ嫌いな王室が大陸にある。となれば、国同士すり潰し合って消滅するような戦争でも起こせば溜飲が下がるかもしれませんね」
あまりにも不穏な言葉に、味方をしてくれているアンリがエリオットを振り返る。
エリオットが国王になればニグリオン連邦とフューロイス帝国で戦争を起こすと明言したのだ。
それは勝算を立てられないどちらの国も望まず、今では回避している道。
けれど勝つためでなく弱らせるためならエリオットはやるという。
「何を、何を言ってるんだ!? 正気だとは思えない!」
ウィリアムも理解不能らしく怒りの中に戸惑いが混じった。
「王であってもそんなこと許されるものか! 何も知らないくせに!」
「誰が許さないと言うのです? 血筋が高ければ座れる椅子なら、私以外にいないでしょう?」
「させない! そんなこと、この国を亡ぼすような者に渡すわけにはいかない!」
エリオットは言葉と共に鋭くなったウィリアムの攻撃に溜め息を吐いて見せる。
「全く、身分とは本当に面倒ですね。あるじゃないですか。私よりも自覚が。好き好んで王子であろうとしているのでしたら、お嬢さまに当たるような真似などしなければいいんです。他の目など気にせず己の行く道を、王道を行けばいい」
エリオットの指摘にウィリアムは目を見開く。
確かに今の発言はウィリアム自身が王子であることを望んでいるように聞こえた。
「逃げて屈辱を受け入れるのも一つの勇気ですが、己が求めて手に入れたものを失いたくないのなら、戦いなさい。奪われることが許せないのなら抗いなさい。誰かに命じられるのではなく、自分の意思で! あなたは王子という名の操り人形ですか!?」
エリオットは防御に力を入れなければいけない状況に陥ってなおウィリアムを煽る。
ウィリアムが言い返そうとした瞬間、思いがけずすぐ側で人影が動いた。
「そうよ、ウィル! あなたが王子であろうとした努力は決して無駄じゃない! 今日までのあなたが全て嘘だったわけではないでしょう!?」
マリアが誰よりも近く、ウィリアムに接近を果たしていた。
そのままマリアは最大限の魔力を放出して、アルティスの守りの中に腕を入れる。
歯を食いしばって涙さえ浮かべながら、マリアはウィリアムを確かに掴んだ。
「私は望んであなたといたのよ、ウィル! たとえ利用されていたのだとしても、私はあなたが本物だったと知っているわ!」
「邪魔をするな! お前はただの張りぼてだ!」
ウィリアムの声でアルティスが腕を振り払おうと動くけれど、その動作は寸前で止まる。
「…………違う」
ウィリアムが呟いて、振り払おうと動かした手を握り締めた。
「幼い頃に無理やり契約した私のほうこそ張りぼてだった! お前はそう言ったはずだ!」
ウィリアムが内にあるアルティスに抵抗をみせた。
「精霊と契約が可能なものは複数属性。本来は支配適性ですが、契約だけなら複数適性で可能です。アルティスは存在に歪みが生じるほど危機的状況を鑑み、妥協で殿下と契約を交わしたのでしょう」
「そうだ、ルール侯爵令嬢の言うとおりだ。そして、本当に契約すべき魔女が見つかったとアルティスは言った。けれど断られたと暴れて、ルール侯爵令嬢を排除するよう言ったんだ」
ウィリアムは私の言葉を確かに聞いて、抵抗するように頭を振る。
「邪魔だろう! 邪魔者だ! 国を揺るがす可能性のある危険人物だ! 排除しろ! 我を拒否するような者を魔女とは認めない!」
アルティスがウィリアムの口を使って吠えるように叫ぶと、その体が傾いだ。
マリアが魔力の守りから引き出したウィリアムの手を、ルーカスが握り込んでいた。
「俺は殿下だからこそお仕えし続けたんです! 城への行儀見習いなんて入学前に別の者に代われたんですよ? それをしなかったのは、俺があなたという人こそ仕えるべき方と思い決めたからです!」
ルーカスの言葉にウィリアムが反応し顔を向ける。
変化に気づいたマシューとマオも声を上げた。
「難しいことはわかんないけど、血筋とかでウィルが責められることじゃないと思うんだよね! 下からしてもさ、ちゃんと守る気のある人のほうが王さまはいいよ!」
「そうだね。血筋を軽んじるわけじゃないけれど、結局は本人の適性だろう? あの従者くんは全くやる気がない! それだけは断言できるよ」
ウィリアムの表情に迷いが浮かぶことでアンリとアレクセイも続く。
「血筋に関して責められるべきは君じゃない。間違いを犯した皇太后とその子爵のはずだ。君が今こうして苦しんでいるのは間違っているんじゃないか?」
「いっそ罪を知ったのならば告発し、自ら贖罪を行うべきだ! その上で誰が王位に相応しいかは別の問題じゃないか!」
白黒つけたがるアレクセイの言葉は極端だけれど一理あった。
罪を犯した本人である皇太后は、だからこそウィリアムを不必要に厳しく育てている。
そうして劣等感を植え付けられていたウィリアムは問題を混同したのだろう。
「私は、自らが王位に相応しいとも思わなければ、相応しくなろうなどとも思いませんよ。血筋も地位も何も私を助けてくれたことなどなかった…………お嬢さまに出会うまでは」
エリオットは私にも聞かせる気のない呟きを漏らし、呼吸を整える。
どんなに血筋が正しくても、エリオットでは各王室との顔繋ぎができていない。式典儀礼も何もわからない。
王位継承者には一朝一夕ではなれないとエリオットもわかっていて散々挑発したようだ。
「精霊とも呼べない何者かに操られているあなたと、お嬢さまに心から仕える私では勝負にもならないかもしれませんね。少なくとも、言いなりになっているだけの軟弱者に遅れを取るなど主人に顔向けができませんから」
王子を使用人以下というエリオットの挑発にウィリアムの目に意思が宿る。
王子としてのプライド、男としての沽券、信じてくれた友人への見栄、そんなもろもろの思いの詰まった目をしていた。
そしてその瞬間、ウィリアムの体から押し出されるようにしてアルティスが剥がれたのだった。
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