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225話:折れた心

 全てが徒労だったと知ったウィリアムの悄然とした姿に、マリアは困惑のまま声を上げる。


「どうして、あなたがアルティスのことを知っているの?」

「本当にただの隠れ蓑で何も教えていないのね」


 私の言葉に後ろのアルティスが渋い顔をする。

 他の精霊の見えない者はわからない顔だ。


「ではご紹介しましょう。私の特異性に最初に気づいた者と、そして次に気づいた者を」


 大袈裟に腕を開いて私は指を鳴らす。

 全員の目が集中する中、何も起きない。


 かに見せかけて、マリアの足元から黒い猫が飛び出した。

 そして肩口のアルティスに猫パンチを決める。


「何をする!」

「面倒臭いなぁ。本当に僕たちのこと言う必要ってあるの~?」


 アルティスが怒るのを無視して、アーチェが私の元へと戻って来た。


「こちらが私に憑く精霊アーチェ。そして今全員に見えるようにしましたが、マリアについて回っていたその精霊がアルティスと言います。我が家にはそうした精霊の宿る魔石が伝わっており、その内のアルティスが宿る魔石だけが行方知れずとなっていました」


 ウィリアム以外がアルティスを見る。

 忽然と現われた白いアルティスは、姿のみならずその声も全員に聞こえていた。


「喋る、魔物? し、しかも今、いったい何処から?」

「そんな、ありえない…………魔物に知性があるだと?」


 アンリとアレクセイはアーチェとアルティスの存在に理解が追いついていないようだ。


「魔石と言えばマリアが集めていたあれかい? 確かにただの魔石とは違うようだったけれどねぇ」

「えー、ずっといたの? おいら全然気づかなかった。マリアは知ってたんだ?」


 マオとマシューはただただ驚いて感心するだけ。

 その中でルーカスだけが警戒の目を向けた。


「魔石を持っていると不幸になる? 危険があるのか?」

「あります。ですから、マリアには魔石の返還を要求しましたが本物の持ち主はウィリアム殿下であり、彼女に言っても意味のないことでした」

「マリア! あんな嘘吐きの言うことを信じないで!」


 今さらアルティスが涙目を装って訴える姿に、アーチェが空気を読まずドン引きした。


「うわぁ、それやってて恥ずかしくないの? そこまでする?」

「黙れ! 使役されるだけのろくでなし!」

「このように、知性あるはずの精霊が己を保っていられないほどぶれているのは危険な状態です」


 エリオットたちにも精霊のことは話したけれど、見るのは初めてだ。

 みんな極端な対応をしたアルティスを見ている。


「精霊は力を制御する魔法使いがいなければ善性が薄れ悪性に偏ってしまいます。魔力を放出させることで悪性を減じることもできたのですが、どうもマリアと戦ってもその様子は見られませんでした」

「え、え? 私に意地悪をしていたのは、そのため?」

「あなたに行った忠告に嘘はありません。あなたは自らが正しいと思いこまされ、間違った行動を取っていました。…………きっと未来を知り、疑わなければ、私も同じように間違った行動を正しいと思い込んだことでしょう」


 私の忠告にマリアは迷う。

 今まで敵とみなしていた私の言葉に揺れはするけれど、仲間だと思っていたアルティスを疑えないというところだろう。


「違うよ、マリア。君が正しくて、あの性悪が間違ってるんだよぉ」

「いい加減にしなさい、アルティス。これ以上この島を乱すことは許しません」

「なんの権限があって精霊である我を許さぬと言うつもりだ!」


 私相手には本当に塩対応ね。


「次期魔女として、すでに他の巫女たちからの決は取られています。もはやあなたにこの島で自由を許す者はいません」


 私の言葉でアルティスは途端に激怒した。

 白く小さかった体が膨れ上がる。

 マスコット風だった顔が獣のように猛々しく変形した。


「魔女だと!? 我が誘いを断っておいて魔女を名乗るなど許せるものか!」

「いきなり子供に妙な契約を持ちかけるあなたのやり方が間違っていたのよ! アーチェは面倒臭がりながら仮契約を結ぶまでは説明につき合ったのに! 助けてほしかったのなら最初からそう言いなさい!」


 入学してから隠れてアルティスに煽られるたび思っていたことをつい言い返す。

 すると余計に怒ったアルティスは私に向かって来た。


 けどそれは想定済み。

 同時に教会の結界は精霊には効かない。

 だから自衛の魔法もすでに用意してあった。


水晶の花盾クリスタル・リリー


 透明な盾を作り出して防いだものの、盾が予想外に揺れて驚いた。


「全く、純粋な魔力の塊だけのはずなのに。これだけ衝撃があるなんて」

「それだけまずい量の魔力を溜めこんでるんだよ。あれが爆発したら島が吹き飛ぶよ~」


 さすがにアーチェも嫌そうに忠告して来る。


「諦めなさい、アルティス! すでに契約者のウィリアム殿下に戦意はありません。契約者も魔石もこの場にある限り、遠くへは逃れられない。我が家に戻って浄化を受け入れなければあなた自身が危険です」

「百年も見つけられずに放り出しておいて! 何が浄化だ! 我を甘く見るな! 百年諾々と屈辱にうずくまっていたわけではないわ!」


 アルティスは牙を剥いてまた私に攻撃を仕掛けた。

 かと思ったら、直前で方向を変えて一直線に跳ぶ。


「ウィル殿下!?」


 気づいたルーカスが警告の声を上げる。

 けれどアルティスのほうが先にウィリアムを捕まえた。


 獣の足がウィリアムを掴んだと思った途端、その体に消える。

 アルティスはウィリアムの中に吸い込まれるように姿を消してしまった。


「あ、乗っ取った」

「どういうこと、アーチェ!?」

「そのままだよ~。本人が体動かす気がないから、精霊が代わりに体動かすのを許容したんだよ」

「ふふ、何年もかけてすり減らしていた甲斐があったと言うものだ。まぁ、まさか最後にこんな方法で心を折られるとは思わなかったが」


 喋ったのはウィリアムのはずだけれど、その言葉はアルティスのもの。


「ウィリアム殿下! お気を確かに!」

「無駄だ。これの心をすり減らしたのは誰でもないお前だからな。何度排除しようとしても戻って来る。追放しようとしても切り抜ける。そのくせ悪評を煽れば簡単に広まるというのに、全く意に介さないと来る。それでどれだけこれが精神的に負荷を溜め込んだことか」


 予想はしていたけれど、やはり消えない私の悪評はウィリアムが広げていたようだ。

 それで当人がストレスフルとかなんの冗談だろう。


「いっそ殺せと囁き続けて何度か実行に移させようとしたが、結局予知の力か不発でまたそれも心を削る一助となった。腹立たしくはあったがこうなればこちらのもの。それで? 契約者も魔石も誰の手の内だ?」


 ウィリアムの体でアルティスが魔法を放つ。

 するとマリアから魔石が五つ飛び出した。


「あ! ウィル、いえ、アルティス!」


 マリアに見向きもしないで、ウィリアムを乗っ取ったアルティスは魔石を手にする。

 そのままウィリアムでは使えない属性の魔法で浮かび上がると、魔石を持って逃げようとした。


 屋根を破って外へと飛び出す姿に、私は手を伸ばす。


「ただで魔石を取らせるわけないでしょう!」


 ここで使う予定じゃなかった。

 それでもここで使う以外にない。

 私は魔石に仕込んでおいた魔法を発動する。


 アルティスの魔石以外の魔石が光ってウィリアムの体を弾く。

 空中に残った魔石が、円を描いて光のドームで結界を作った。


「シャノン! ウィル殿下が落ちた!」

「ごめんなさい、ルーカス! 外にはシリルとモスが待機してるはずだから!」


 ルーカスはすぐさま教会の外へ飛び出す。

 私も後を追うとエリオット、ジョー、アンディも続いた。


「モス! ウィリアム殿下をお止めして!」

「これは聞いてないねぇ。全く」


 教会の前には広場があり、そこでモスがウィリアムを乗っ取ったアルティスに毒魔法を放つ。

 アルティスが雷撃を雨のように降らせて毒を散らす中、幾つもの刀がウィリアムの体を峰打ちしようと襲った。


「ミナミさま!? どうしてここに!」

「モスが連れて来た! ねぇ、シャノン! 力を削ぐ魔法が何も効かないよ!」


 私の疑問に答えつつ、デバフをかけようとしたシリルが窮状を訴える。

 見れば魔力に物を言わせて、アルティスは結界とも呼べない魔力の壁を作っていた。

 あれを突破するには同じだけの魔力をぶつけた上で魔法を放つ必要がある。


 困難であると同時にアルティスを狂わせる過剰な魔力を減らすチャンスでもあった。


「私が守りを破るわ! その間にみんなで攻撃をして! 隙を見てモスは…………」

「やめて!」


 魔力をぶつけようとした私の腕にマリアが抱きついた。


「ウィルを傷つけないで! アルティスだって言い分があるはずよ!」

「もうそんなことを言っている場合じゃないの! 今ここで止めておかないと!」


 マリアに意識を向けた瞬間、アルティスが私もろともマリアを狙った。


毎日更新

次回:嘘と誤解

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