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24話:不本意な大人の見栄

 はい、えー、私は今、王宮にいます。誘拐事件について内々に呼び出されました。

 内々なんだけど、それでも王宮です。広いです。豪華です。


 私は普段よりも着飾って、今は控室でお呼びを待ってる。


(いつもより華やかだよね。紫のドレスに黒と臙脂色が差し色で入ってちょっと大人っぽいし。薔薇と蝶を模した飾りもなんかこう、ね!?)

(いや、うん。別にいいのだけれどね。正直緊張しすぎて私はファッションを楽しむ余裕がないわ)

(えー)

(もう、他人事だと思って)


 ちなみに、着飾ったエリオットも一緒だ。というか、たぶん王宮に呼び出された主目的はエリオットなんだと思う。


「お父さま、今日のお呼びはいったい?」

「急なことで私も聞いていないんだが、情報を集めた限り本当に内密な呼び出しだ。きっと、話題になったエリオットの顔が見たいんだろう」

「今さら…………」


 不満を吐こうとしたエリオットは、一度口を引き結んで耐える。

 お父さまも心中を思ってか、苦笑いを浮かべて咎めなかった。


 エリオットからすればこのニグリオン連邦の王家は自分を一度は捨てた相手だ。

 だからこそエリオットから会いたいなどと言える権利はなく、王家も存在を無視するように合わずにいた。

 けれど今回の件でルール侯爵家の使用人、エリオットは貴族たちから注目されている。

 本当にただの使用人だったら気にも留めなかったんだろうけど、曲がりなりにも王家の血を継いだ人物の功績だ。だから顔を見てやろうと呼び出した。

 なんて勝手な処遇だろう。


「口もきかないのに、私たちがいる必要が感じられません」

「シャノン、あちらにもお立場がある。これまで接触がなかったからこそ、エリオットはうちにいられるんだ」

「だったらわざわざ呼びつけなくてもいいのに…………」

「シャノン、口が過ぎるぞ」

「ねぇ、エリオット」


 お父さまに窘められて、私は使用人のふりで立つエリオットに同意を求めた。


「王家などより、僕はテルリンガー家に感謝の念が尽きません」

「エリオット、さすがにここで言うのはちょっと…………」

「僕の本心です。ねぇ、お嬢さま」

「う、うん、感謝は貰うけど、エリオットは好きに生きていいのよ。嫌なことは嫌って言っていいんだから」

「お嬢さま…………」


 エリオットが否定しようとする気配を感じて、私はお父さまに向き直る。


「そうでしょ、お父さま。エリオットにしてほしいことがあります?」

「いや、特にはないよ、シャノン」

「引き取ったのは私が言ったからでしょ。あの時に、お父さまには何か思惑ありました?」

「ないな。シャノンの初めてのおねだりだったからね」


 お父さまは私の言いたいことを察して茶化すような返答をする。

 肯定してくれるならそれでいいけれど。


「ほら、エリオット。なんでもやりたいことをすればいいわ。ただ今回だけ、義理を立てると思って我慢しましょ」

「シャノン、もう少し言葉を選ぼうか…………」

「ふふ」


 全体の雰囲気からして硬かったエリオットが、素直に笑う。それだけ余裕ができたみたいでほっとした。

 きっとエリオットにとって、ここはトラウマの場所だ。盥回しにされた記憶の終着点。聞くところだと、ここではまるで存在しないように無視されていたらしい。

 誰も、エリオットに話しかけなかったそうだ。それこそ、両親へのお悔やみもなしに。


「さっさと終わらせて帰るわよ、エリオット」

「…………はい、帰りたいです」


 私とエリオットが微笑み合う姿に、お父さまは困って溜め息を吐いた。


「まだ、来たばかりなんだけど」


 待たされた末に案内されたのは、公式の場ではない応接室。

 呼ばれて来たのに、こちらからの発言禁止という決まりに正直納得がいかない。


 声をかけられたとしても、まだ地位もない子供だからやり取りは全てお父さまが請け負う。本当に顔を見るためだけに呼び出したも同然だった。


「こちらが我が家の娘、シャノン・メイヴィス・メアリでございます。そして我が娘を助け今回の不埒な事件を解決した、我が家の従僕、エリオット・リヴィエットでございます」


 私とエリオットは、お父さまの紹介に合わせて礼を取るだけ。

 私は身を起こす時にそっとエリオットを呼び出した二人を見る。

 微笑む王妃は美しく優しげな印象。公爵家の人だけど、うちが母方の本家になってるくらいだからあまり身分は高くない。だからこそ、なんだか親しみの持てる好印象を受けた。

 反して、厳めしい顔の国王は、髭も相まって近寄りがたい。エリオットの叔父にあたるはずだけど、金髪くらいしか共通点が見いだせなかった。


(なんか、国王睨んでない?)

(まさか睨んで…………るわね。エリオットを)


 国王の厳しい視線にエリオットが気づいてないわけがない。

 使用人としての教育が身に染みてるのか、空気読むスキル高いし。


(え、なんで? エリオット何もしてないのに)

(考えられる国王側の理由は、エリオットの血筋かしら)

(兄貴の不始末って? でもエリオット睨むのはお門違いでしょ)

(だったら、あとは息子の対抗馬として警戒しているのかもしれないわ)

(それでもいきなりエリオットを睨むのは違うでしょ。自分から呼び出しておいて)

(そうよね。本当に顔を見るだけに呼んだのかしら?)


 正直、この国王への印象は悪い。首飾りを褒賞にしてくれたことには感謝するけど、なんだかビシバシ敵意を感じた。


 お父さまとのやり取りはほぼ王妃で、親戚としての和やかな会話も挟まる。

 ただそれ以上に、王妃は今回の件で大きく感謝の念を抱いているのが雰囲気でわかった。

 実際、大変だった本人だ。身に覚えのないことでいきなり詐欺だ愛人だと騒がれているんだし。


(悪魔の証明ってやつだね)

(ないものを証明はできないって話よね?)

(詐欺も不倫もしてないんだから証拠なんて出せないのにね)

(『ある』証拠もないけど『ない』証拠もないなら、『ある』可能性はあるなんて)


 とんだ三段論法だ。

 それを王妃相手にやったご老人がいる。

 ほぼいちゃもんをつけられた王妃は大変だったろう。自分では何もできることはなかったのだから。


「今回の件は、王都での騒乱の種を摘んだ功が大きい」

「何より、将来の有望さを示したことになるのですよ」


 王妃の言葉に、ようやく褒めるらしい言葉を口にした国王は渋い顔になる。

 

(これ、やっぱりエリオットを警戒してるよね。改めて考えると、エリオットって難儀な生まれだし。勝手に対抗意識なんて燃やさなくていいのにさ)

(王家の本流はエリオットだもの。しかも国内の貴族である王妃より、帝国の姫のほうが地位は上。血筋的に考えると、今いる王子よりエリオットのほうが格上になるわ)

(血筋とか格とかどうでも良くない? 結局は自分のほうが偉いんだって言いたいわけでしょ?)

(そういう見栄を張れることがあるかどうかを気にするのが貴族ですもの。国王はそんな貴族の頂点なのよ)

(貴族って面倒臭い)

(今は私も貴族でしょ)

(エリオットはそういう面倒ごと関わらないでいてほしいね)

(趣味の園芸や手芸に勤しんでほしいわね)

(最近は魔法のGPS作りに熱心だけどね)

(あれも趣味なのかしら? 置いて行かれたのが悔しいだけかしら?)


 私は正直、大人の話に飽きていた。

 だいたい、国王夫妻が呼び出した本命はエリオットだ。そして繋ぎはお父さま。私はおまけ。

 話しも聞き流しで問題ない。


「…………故に、その優秀な血統を王家の外に置いておくことは損害であると意見が出た」

「それは…………!」


 お父さまの反論を許さないように、国王は片手を上げて発言を止める。

 …………今、なんて言った? 国王は、エリオットの話をしていたはず。

 窺うと、エリオットも耳を疑ってるのか瞬きも忘れていた。

 王妃は心底善意を滲ませた声で、エリオットに優しく言葉をかける。


「今日まで良く耐えました。神はあなたを見捨てません」


 言ってることは敬虔そうなんだけど、けど待て、ちょっと待て。


「とはいえ、すぐにではない。その説明は後で法政官を遣わす」

「お、お待ちください、陛下」

「魔法学校への入学は決まっているそうだな。そこで優秀な成績を収めることを期待する」

「いえ、エリオットは、男爵家に籍を置いており」

「であるから、王籍を復活する」

「…………な!?」


 食い下がるお父さまの反論を断ち切るように、国王はこともなげに告げた。

 いっそ嫌そうなくらい手短に。

 お父さまもびっくりして言葉が継げなくなる。

 驚く私たちを眺めて、王妃は満足そうに笑顔で言った。


「これからも、我が子を支えてくださいね」


 そして下がるよう命じられる。命令されれば従うしかない。

 私たちは沈黙のまま、控えの間に戻って来た。


「…………お父さま」

「ちょっと待ってくれ。私も、これは…………予想外だ…………どうしてこうなった?」

「旦那さまにも知らされていなかったのなら、いったい誰が僕を王籍に?」

「いや、いや…………思い当たる節は、ある…………」


 お父さまは呟くように言いながら、ソファに浅く腰掛ける。


「王籍の復活と言うことは、エリオットは王族になれるの? 生まれた時にはもう、王籍は与えられないと決まっていたと聞きましたけれど」

「遡ってロザレッド伯が王籍に戻れば、法律的には可能なんだ、シャノン」

「旦那さま、思い当たる節とはなんでしょうか?」


 硬いエリオットの問いかけに、お父さまはちょっと深呼吸をして私たちを見た。


「ロザレッド伯の領地だ。あそこは今も、先代ロザレッド伯が出奔してから、代官が管理を行っている」


 つまり、伯爵不在のまま放っておかれている領地らしい。


「皇太子に与えられる伝統のある領地だ。本来は誰か王子が爵位を継ぐものだが」

「でも、今ロザレッド伯はいないですよね? 伯爵の不在が問題なのですか?」

「お嬢さま、きっと父の醜聞から誰もその名を継ぎたくないんでしょう」

「憚られるが、そのとおりだ。大衆にまでロザレッド伯の大恋愛逃避行は知られている」


 それは恋愛が悪と見なされる貴族社会では、最悪のレッテル。そんな印象が刻まれた名を継ぎたい貴族も王子もいない。

 けれど遊ばせておくには勿体ない領地であり、伝統を思えば王家に関わりのない者に任せることもできない。


「そこで、正当な後継者に継がせて、ロザレッド伯の名を上書きする」


 事故物件のロンダリングみたいね。まぁ、実際そんなものなのだろうけど。


「つまり、いらない領地を押しつけるために、エリオットを王家に引き戻すと?」

「そうなる。後は」

「僕への首輪ですね」


 エリオットの言葉と同時に、外から来訪を告げる声がした。説明のための役人が来たようだ。

 どうも、おかしな方向に話しが転がり始めたみたいだった。


三日毎更新

次回:従者の不在

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