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23話:イベントアイテム

 久しぶりのお茶会は、私たちの誘拐事件で持ち切りだった。


「誘拐されて犯人を自ら捕まえるなんて、さすがルール侯爵家のご令嬢ね」

「魔法の大家と呼ばれる才覚がすでに備わっているのね」


 我が家は魔法学校のある島の領主を代々続けていることもあり、魔法に詳しい。

 魔法関係の物品を独占するほどには、詳しいと言うか得意とする家であり、生まれる一族も魔法に対する高い才能を発揮する。

 その上で島からほぼ出ない一族の中で、当主一族だけが王都に住んでいた。

 そんな慣習から、私は今、客寄せパンダ状態で親戚以外のお客から囲まれている。


「テルリンガー家の者にだけ現れるという、その紫の瞳がまた神秘的ね」

「血筋で魔法の属性が固定されていないと聞いたけれど、本当なのかしら?」


 私は全力でもてはやされ、どのテーブルに移動しても誘拐事件からの私の魔法の才能についての話ばかり。

 …………それ以外は、うん。


「五つ年上なのだけれど、うちの甥があなたの瞳をぜひ見てみたいと」

「うちの孫の一人が、誘拐犯を撃退した武勇伝を直接聞きたがっていてね」

「弟嫁の孫の従兄弟が、同い年でね」


 いや、遠いよ。親戚とくっつけようとするのはわかるけど、それ本当に親戚?

 どうやら貴族の大半は、公爵たちと同じ考えのようだ。身分も才能もある私が注目されたことで、自分の身内に引き入れようと躍起になってる。


「婚姻に関するお話でしたら、兄がまだですので私などもっと先のことでしょう」


 学生は結婚しない。貴族の間でもそういう慣例がある。

 ついでに社交界に出るのも順当にいけば卒業後。社交界は成人式みたいな位置づけなので、学生で社交界にも出ていない人は成人と見なされずに結婚はまだ早いと言われる。


「結婚はまだ先でも、婚約なら早くはないでしょう?」

「なんならお兄さんでも…………うちには未婚の妹の嫁ぎ先の兄の娘の孫が」


 だから遠いって。それ結婚させたとして、あなたにどんな恩恵のある関係性なの?

 つ、疲れる…………っていうか、おばさん強い。こんなところは異世界も日本も変わらないのかぁ。


(…………あれをやるしかないわね。ここは必殺)

(ごめんエリオット)


 私は笑みを取り繕って、後ろに手を向けた。


「実は、私の従者は誘拐事件の陰の功労者なのです」

「あら、それはどういうことかしら?」

「はい。誘拐犯に攫われた中、助けを求めることもままならない私たちを一人で助けに現れてくれましたの」

「まぁ、素敵。いったいどうやって誘拐犯の下へ?」

「私の従者は魔法の腕も確かですから」

「ふむふむ、それでそちらの従者の出自は? 侯爵家にお仕えできるならさぞ身元のしっかりした方よね?」


 会話中、エリオットは喋らない。主人たちの話に入らないのは使用人として当たり前の姿だ。たとえそれが自分のことを話しているとしても、振られない限りは黙ってる。

 エリオットはきっと、私の背後で作り笑いを浮かべてるはず。けど、何故か非難の視線を感じる気がするなぁ。


 いや、うん、わからなくもない。

 だって、おばさまたちの目が、獲物を狙う獣の目になってるから…………。


「我が家の使用人は私の誇りですから。いつでも頼りにしておりますの」


 エリオットのことはできる限り持ち上げておこう。実際優秀だし、血筋のために公にはできないけど、下に見られることがないようにはしたい。

 そんなことを考えながら、エリオットを褒めていると、背後から足音が近づいて来た。


「今回はエリオットに助けられたけど、次があったら俺がシャノンを守ってやるよ」

「ジョー、ごきげんよう」

「次なんかなくていいけど、本当に次があったら今度は僕が守る側になるよ、シャノン」

「アンディ、もう顔の傷は大丈夫かしら?」


 あまり誘拐事件を触られたくない様子だった二人が、どんな風の吹き回しか話しに入って来る。

 おばさまたちはチャンスを逃さず、狙いを珍しい獲物に切り替えたようだ。

 そんなジョーとアンディは、一息吐くエリオットに目だけを向けた。

 どうやらエリオットを助けてくれたらしい。

 その後は、仲良く四人でおばさまの質問攻めに遭う。

 独りで晒されるよりずいぶんと気は楽だった。


「シャノン! エリオット!」

「お父さま?」


 お茶会の後日、私とエリオットは上機嫌なお父さまにまた抱き締められることとなる。


「お父さま、どうなさったの?」


 このところのお茶会は誘拐事件絡みだった。王宮関係者が多かったから、何も教えられていない子供でもさすがにわかる。

 エリオットやアンディの推測では、誘拐事件にかこつけた詐欺事件の根回しらしい。


 お父さまは抱き締めていた腕を解くと、懐から書状を取り出した。


「王家から、二人に感謝状だ」

「え…………!?」

「わざわざですか?」

「ふふん、それだけのことを成したんだ」


 上機嫌に告げるお父さまの様子から、本当に詐欺師が捕まらなかったら王家はまずかったようだ。


(そう言えばゲームイベントに噂を遡る形でストーリーを追う、ちょっとした推理ものがあったわね)

(あれ、噂に一つずつ余計な推測がかぶさって大きくなって、処刑されそうだった犯人は冤罪だというのが真相だったね)

(もしかしたら、同じようなことが起こる可能性があったのではないかしら)

(名前騙られただけで、王家関係ないもんね。そう言えばあのイベントって『不思議の国のアリス』のタルト裁判を元にしていたような)


 理不尽なハートの女王はもちろん『不死蝶』だ。

 何故あんなイベント起こしたのか、今の私じゃわからない。エリオットはイエスマンだから止めなかったのかな?


「旦那さま、例の物が届いております」

「すぐに持ってきてくれ」


 執事の報せにお父さまは満面の笑みで答える。

 そうして持ってくるのは平たい箱。ただし箱と言う外見だけで、ずいぶんと豪華だ。


「まず感謝状のほうから見るかい?」

「本当にお父さまにではなく、私たちになのですか?」

「そうだ。まぁ、ちょっと大人の事情があってね」

「旦那さま、可能であればその事情についてお教えいただきたく」


 エリオットの申し出にお父さまは頷いて、感謝状を横に置いた。


「少々厄介なご老人がいると言っただろう? あの方が騒いでね。詐欺師が捕まり王妃の関与が否定されたせいで、別方向に話しを誘導し始めたんだ」


 お父さまは子供でも捕まえられたとご老人の愚をそれとなく責めたそうだ。

 するとご老人は、詐欺師の悪事を誇大に宣伝して対抗して来た。


「自分が弱いから負けたのではなく、敵が強すぎたんだという論法でね」

「まぁ、見苦しい。自らの失態がそれでなくなるわけもないでしょうに」

「ですが、こうして感謝状をいただけたなら、大きな派閥でそれが罷り通ったと?」

「そうだ。だからそれほどのことを成した二人に感謝状と褒賞が与えられる運びとなった」

「私たち二人に褒賞ですか?」

「あちらはエリオットを知っているからね」


 表面上はただの使用人でも、その実、王家の誰より尊貴な血筋を持っているエリオットを無視できないんだろうなぁ。


「それにシャノンがエリオットの功を強く押し出してくれたから、これを褒賞に望むことができた」


 お父さまは優しく笑うと、平たい箱を開いて、私たちに中を見せた。

 柔らかい布に包まれて収められていたのは、ピンク色の宝石を中心にした首飾り。

 二重のラインを描く構造で、花をちりばめたようなデザインをしている。

 中心は薔薇を思わせる装飾で、宝石の価値よりもデザイン性を重視した首飾りのようだ。


「可愛らしいけど、これは」

「…………どうして」

「エリオット?」


 見れば、エリオットは震えている。その目は首飾りに釘づけだ。

 私は、首飾りにデジャヴを覚えていた。けれど、エリオットほど大きな衝撃はない。


(この世界の宝飾品は、ドレスに負けないようギラギラした物が多いのだけれど。これは大人しめで可愛い印象よね)

(うーん、どこかで見たことある。何処かで…………このデザイン…………)

(そちらの私が反応するということは、日本で見たの? 女子高生が宝石を?)

(うーん、こういう実物見た感じじゃなくて…………あ、あぁ! これイベントアイテムだ!)


 驚いて見直すと、記憶がはっきりとする。確かにこの形と色合いは、イラストとして見たことのあるイベントアイテムの首飾りだ。


「…………これは、父がデザインした、母のための…………」

「え? もしかしてこれが、『幻の皇太子妃』?」


 答えないエリオットは、涙ぐんで唇を噛んでいる。答えられる状態じゃないみたい。

 代わりにお父さまが私に頷く。


「これを王家より今回の件の褒賞として下賜された。実質エリオットへの返還だ」

「そんな…………僕は、これを持つ資格なんて…………」

「資格云々ではなく、立場上、所有者はシャノンにしておくが、これは君の物だ、エリオット」

「いえ、それならお嬢さまに」

「何を言っているの、これはエリオットのものよ。資格を問うならあなた以外の誰が持つべきだというの?」

「ですが…………」


 エリオットは首飾りから目が離せなくなっているのに、何故か尻込みしている。

 私は笑顔で説得を試みた。


「素直に喜びましょう。こうして手元に巡って来たことに。すぎた褒賞だと思うなら、褒賞に見合う人間になればいいのよ」

「…………はい」


 照れたように頬を染め、エリオットは目元を拭う。

 お父さまは優しくエリオットを見つめ、私は心中でガッツポーズをしていた。


(フラグが、完全に、折れ、たぁー!)

(いぇーい!)


 心の中でのガッツポーズでは飽き足らず、私はそう叫んだ。だって、実はゲームの強制力かもしれないって、内心諦めかけてたんだもん!

 そこに来てこの『幻の皇太子妃』は、本来ここにはないはずのイベントアイテムだ!


 『不死蝶』が魔法学校で展示されるこの首飾りを盗むイベントがゲームには存在した。つまり、今の時点で私の手元にあるなら、盗む必要なんてない。ひいてはイベントが起こる心配も、ない!

 そしてそして、捕まって断罪されることもないというわけだ。


(死亡フラグ折ったどー!)

(ふぅー!)


 はしゃぎ騒ぐ私の内心を知らず、エリオットはおずおずと首飾りに触れている。


(…………私、初めて『不死蝶』の気持ちわかったかもしれないわ)

(同じ首飾りだとしたら、今回の件で海外に流出してたんだろうね。きっと、『不死蝶』は取り戻したかったんだ)


 ゲームでの『不死蝶』のやり方はまずい。でも理由がわかれば気持ちはわかる。

 どうやら『不死蝶』は確かに私、シャノンらしかった。


三日毎更新

次回:不本意な大人の見栄

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