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214話:救命措置

 血の流れだす腹部を見るため、私はミレーレの服を破いた。

 意図を察したエリオットが手伝い、患部が露わになる。


 火傷や水ぶくれで酷い状態だ。

 まるで内側から破裂したような無残な傷に、目を逸らそうとする自分を叱咤した。


「エリオット、気道を確保するから動かすのを手伝って。まず止血? いえ、傷の状態を魔法で調べるほうが…………」

「きゃー!?」


 書架のほうから叫び声が響いた。

 見るとオーエンが誰かを引き摺って来る。


「ジャンヌさま!?」


 オーエンに引き摺られているのは公爵令嬢のジャンヌであり、ガクガクと震えて立てないようだ。

 身を護るように縮こまって、悲鳴のような声を漏らしながらオーエンに引き摺られている。


「エリオット、ジャンヌさまを私の手の届く範囲へ」

「はい」


 乱暴だけれど確実な運び方をするオーエンとは対照的に、エリオットは肩を貸してジャンヌを連れて来た。


 片手でミレーレの傷を確認する魔法を発動し、もう片方の手をジャンヌへ向ける。


「ジャンヌさま、しっかりしてください」


 ゲームの状態異常で恐怖というものがある。

 一定時間攻撃行動を取れないというもので、全ての行動がとれなくなる麻痺とはちょっと違う。

 そのアイコンがジャンヌの頭に浮かんでいるのが見えた。


 状態異常回復の魔法をかけると、恐慌状態だったジャンヌの目の焦点が合う。

 そして私を見たけれど、まだ怯えが強い。


「シャ、シャノンさま。わ、私、あぁ、ミレーレさんが…………」

「落ち着いて。今はミレーレを助けることを優先しますから、どうかお静かに」


 ジャンヌは何度も頷く。


 こっちは怪我もなく大丈夫そうだけれど、問題はミレーレだ。


「…………電撃で内臓を焼かれているわ」

「電撃ですか?」


 エリオットは電属性のオーエンを見る。


 私もつられて見ると、オーエンは表情を消していた。

 その冷淡な表情は顔見知りくらい簡単に手にかけそうな非情さが透けて見える。

 そして私と目が合うとふざけるように肩を竦めた。


「僕がやったとでも?」

「そんなこと言わないわ。この状態でミレーレが生きているのなら襲われたのはあなたが私たちといる時だもの」


 そう、オーエンには不可能なのだ。


(っていうかどういうこと!? これあのイベントじゃないの!?)

(ゲームストーリーでオーエンが殺したはずのミレーレが別人に襲われている?)

(バタフライエフェクトで犯人変わるとかあり!?)

(いえ、もしかしたら最初からオーエンが犯人ではないのかもしれないわ)

(ゲームでは図書館行ったら窓から逃げるオーエンと死んだミレーレがいたはずだよ)

(それよ。まだミレーレは生きている。つまり私たちはミレーレの死亡イベントより早く来たんだわ)

(それがオーエンと同じタイミングって、つまり…………オーエンははめられた?)


 この状況でゲーム主人公たちが来たら、オーエンはどうするだろう?


「確かに、これだけ特徴的な傷の残る方法でやるなど浅はかにもほどがありますね」


 疑ったことなどなかったのようにエリオットもオーエンがやっていないと納得する。


「犯人も問題だけれど今一番大事なのは、目の前のミレーレを助けることよ。表面の傷より内臓の損傷が重大だわ。だからと言って失血をこのままにもしておけないし、熱も出て来ている」

「お嬢さま、どうやら左腕もひどく火傷しているようです」


 エリオットが気づいて左の袖を破く。

 そこにも火傷と水ぶくれがあった。


「たぶん咄嗟に左手で庇おうとしたんだろうね。このままにしておくと左腕は最悪切り落とすしかない」

「傷が多すぎるわ。ともかくエリオット、止血のために傷口のこの辺りを圧迫して。このままだと熱で傷口から壊死してしまうし…………そうだわ!」


 私は傍らに置いた魔導書のクーラー機能を思い出す。

 魔導書の魔法を発動してミレーレから熱を奪えるようにできれば。


「…………せめて水の属性がいてくれたら」


 私なら使えるけれど、それに魔力を持っていかれると回復に手が回らなくなる。

 何より傷口を的確に冷やすためには水かその派生属性によって操作をしてもらわなければ。


「残念だけれど、僕が知る限り今学内に残っている教員の中にも水属性系統の魔法使いはいないね」


 冷静なオーエンはミレーレを助けることなどどうでもいいのだろう。

 そのオーエンがゲームで一人、この状況ならどうしていたか。


 きっと傷口を確かめ、そして助からないことを悟る。

 さらに状況を考え、逃げるのだろう。


「オーエン、回復適性の教員は?」

「それなら養護教諭が残っていたね」

「回復を手伝ってくれる方がいるだけで助かるわ」

「だったら呼んで来よう。火傷の手当てって言えばいいのかな?」


 オーエンが動こうとすると、図書館の扉が開く音が聞こえた。

 その後、幾つもの足音が駆けて来る。


「何をしている!?」


 現れた者たちの中で、ウィリアムが声を上げた。

 血の臭い広がっている図書館の惨状に、他の者たちは驚いている。

 けれどマリアだけが私やエリオット、ジャンヌの姿に困惑していた。


「マリア! すぐに手伝って!」

「え、え!?」


 私の声に肩を跳ね上げて狼狽える。

 けれど今は気にしていられない。


「内臓を負傷しているの! このままでは死んでしまうわ!」

「え、生きているの…………!?」


 やっぱりマリアはイベントどおり死んでいると考えていたようだ。

 けれど私がいたため、今はなんとか延命している。

 それもこのままではもたないけれど。


「その倒れているのは司書だろう? いったい何があったんだ?」


 アレクセイが聞いて…………あ、氷属性は水の派生だ!


「あなたでもいいわ! 患部を冷やす手伝いをして! この魔導書を開くだけでいいから!」

「駄目!」


 私が差し出した魔導書を見てマリアが即座に止めた。

 しまった、これをイベントアイテムだと思ってしまったようだ。


「これは大丈夫よ。威力を抑えるように制限が施されているわ」

「埒があきません、お嬢さま。言い合うよりも養護教諭でも呼んできてもらいましょう」

「あ、そうだな! 俺が行ってくる!」


 攻撃適性のルーカスはこの場でやれることはない。

 本人もそれをわかっていて、私たちにわだかまりがないため即座に動いてくれた。

 けれど早すぎて容体も聞かずに行ってしまう。


 ルーカスの行動に驚きを払拭したマオは辺りを見回した。


「おやおや、ともかく助けるために行動はするべきだろうね。他にできることは…………犯人を追うとか?」


 開いた窓を見て言うマオに、アンリは首を振る。


「それなら被害者の司書を確実に生かしたほうがいいと思う。僕は防御適性だけれど、少し援護の魔法が使える。状態異常を治せるけど?」

「一時的に火傷を治しても、火傷以上に内臓を損傷しているの。確か電撃での負傷で一番怖いのは体の機能が誤作動を起こして自分の体を攻撃すること。下手に回復魔法をかけると自分の体を攻撃する肉体の機能も活性化させてしまうはずよ」


 お母さまが回復適性で良かった。

 そしてオーエン対策で電撃に対する処置を聞いておいて正解だ。

 知っていなければ回復をかけて悪化させていた恐れがある。


「電撃…………」


 マリアがオーエンを見ると、つられてウィリアムも疑いのまなざしを向けた。


「オーエンは私たちと一緒に来たから違うわ」

「え、でも…………」

「この世界にどれだけ電撃を放てる魔法使いがいると思っているの?」


 強く否定するとマリアは怯えたように小さくなる。

 するとアレクセイがまるで私が虐めたかのように睨んで来た。

 今はそれどころではないのに。


「ねぇねぇ、おいらにできることない? おいらこれでも、内臓に届く回復できるよ。あとマリアもできるよね? 助けられるって言うなら疑う前に助けようよ」


 突然立候補したマシューは、マリアの背を押すように声をかける。

 そうして私のほうへと恐れもせず近寄って来た。


 結果的に敵対してはいても同じクラスだ。

 何よりマシューがマリアの周辺にいるのはシリルの仕込み。

 こうした緊急時には手を貸すよう言われていたのかもしれない。


「それにさ、ここで何もしないのは見捨てるようなもんだろ?」


 マシューの言葉にマリアは息を呑む。

 見るからに顔色の悪いミレーレを見下ろすと、迷いを振り払うように頷いた。


「手伝います!」


 なんだかその姿が、ゲーム主人公に重なる。

 ゲーム主人公は迷ったり弱気になったりしながらも、最終的には困難を全て飲み込んで一歩踏み出す。

 マリアもそんな人なのかもしれなかった。


毎日更新

次回:救急搬送

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