208話:疑惑の確信
「それで結局どうしたんだ、そのマリアは?」
ジョーが学校の時計塔で、温泉街源泉での経緯を聞いて来た。
答えるのは当たり前のように給仕するエリオットだ。
「アーフの姫の一行を見た番人は、何故か戦闘態勢に入り襲いかかりました」
「それは大丈夫なのかい? 彼らが言うように暴走したとか?」
「アンディ、そっちのほうがましだったかもしれないわ」
「どういうこと、シャノン?」
シリルの確認に私が言葉を選ぼうとすると、エリオットが代わりに答えた。
「アーフの姫一行の中に、前夜番人を襲った者が紛れていたようです」
「うわ、やりやがったな。それ、誰かわからないのか?」
聞いたのはジョーだけれど、アンディとシリルは渋い顔で同じことを聞きたいようだ。
エリオットにはそう説明したけれど、実際はたぶん番人が反応したのはアルティスだ。
マリアの死角からアルティスが魔法を放つのを私は見た。
(ゲームだとターゲットを一人に絞って攻撃させる援護魔法だったんだけどね)
(まさか現実では敵を興奮状態にする魔法だなんて思わなかったわね)
ゲームで使った魔法はほとんどを覚えた。
けれど現実だからこそ被害を受けるような魔法を私は避けていたのだ。
自分がダメージを受ける形のものもよほど見返りが多くなければ手を出していない。
アルティスが使ったのは他人を標的に指名する魔法。
その魔法の標的にされたのは、マリアだった。
「私には、アーフの姫が番人の標的だったように思えました」
「マリアが? 自分で襲って事件を起こすなんて卑怯な手を使う人間には見えなかったのに」
同じクラスで一番マリアに関わってるアンディが信じられない様子で呟く。
シリルは私を見て気分を変えるように水を向けた。
「話し途中だったね。それで、襲われたマリアたちはどうしたの?」
「戦ったわ。さすがに目の前でまだ何もしていない状態で襲って来たからモスも協力して」
「あちらは番人の暴走で納得したようでした」
アレクセイが言ったことその時は、預言という結果を肯定するためだけの推測でしかなかった。
それが番人の異変で事実としてマリアたちは認識したようだ。
「ふーん、それであいつら番人に勝ったのか?」
「いいえ、ジョー。源泉近くはとても足場が悪くて八人が戦うには自由には動けないのよ」
「木々はあるのですが、あまり高くはなく足元の障害物となります。源泉から漏れた湯が辺りを濡らしており、武骨な形をした石も大小さまざまに転がっているのです」
実際行ったエリオットは疲れたように説明する。
夜中なら隠れやすかったけれど昼間は隠れるのに難儀したのだ。
そして連携が上手く行かずマリアたちは一度撤退した。
「それでモスはどうしたの? そのまま一緒に番人を倒すのを手伝った?」
「いいえ、傷の手当はしたけれどことをテルリンガー家へ報告すべきだと言ったわ」
「こう言ってはなんだけれど、君の従兄が珍しくまともな対応をし続けているのが不思議に思えてしまうな」
「アンドリューさま、グリエルモスさまはこと温泉に関しては保守的であり、領主に従順なのです」
エリオットの言い方に棘を感じるけれど、確かにそのとおりだ。
目新しい客寄せの温泉施設は嫌いで、かけ流し一つあれば十分と言っているのを聞いたことがある。
「それでマリアの仲間でも意見が割れてしまったの。預言より早く動いているのなら、いっそテルリンガー家に働きかけて自ら問題を解決させるべきだと」
「それを言ったのは誰かしら?」
シリルがわかっているような笑みで効いて来た。
「アンリとマオとマシューよ。ルーカスはウィリアム殿下の決定に従うから、あまり発言はしていなかったわ」
「ルークが何か言うならシャノン呼べば早いとか言っちまいそうだよな。一応シャノンとの関わり伏せとけって言ってるんだけど、一度話し合ったらどうだって言ってるぜ」
ジョー曰く、ルーカスなりの気遣いらしい。
それも手ではあるけれど、そこに持ち込むには私に悪感情を持ってる人たちを和らげる切っ掛けが必要だった。
アンディが難しい顔をして確認を口にする。
「反対したのは殿下に北の王子とマリアか」
「アーフの姫は反対と言いますか、もはや何が正しいのかわからない様子で押しの強い側に流されたように見えましたね」
エリオットの言うとおり、マリアは終始困った様子だった。
「そして二手に別れて番人を挟撃することにしたようよ。モスは加わらず傍観をしていたわ」
結果は番人討伐には失敗。
やはり番人を育てすぎていて強すぎたようだ。
ゲームでは中盤の敵であり、まだレベルさえ上げればごり押しできるはずだったのに。
実際戦闘となると、お母さま仕込みの回復魔法が場に伏せてあり、体力を削っても一定時間が経つと回復する。
さらにメアリ叔母さまが仕込んだ援護魔法でバフがかかる仕様も加えられていた。
ゲームよりもレベルが上がっているだろう強さに加えて援護まであると大変な粘り強さで手負いにもかかわらず奮闘したのだ。
「結局一度出直して、翌日の放課後に侵入し直して倒していたわ」
「侵入できたのか? 門前払いだったんだろ?」
「そうね、モスも二度目はさすがに協力できないと断ったのよ、ジョー」
「山に入るだけなら魔物との戦闘を想定していればできなくはないのです。ただ、見張りに見つからない少数で道なき道を登る苦行に耐える必要はありますが」
「それは、反対していた者たちも一緒だったのかい?」
「もしかして、強硬な二人とマリア、それと王子の護衛の四人が行ってしまったから、心配して後を追った、とか?」
アンディの疑問にシリルがいきさつを当てる。
「そうなの。マリアたち四人が二手に分かれて侵入して、アンリたち三人が後を追ったわ。巡回も気づいたけれど少数が別々に侵入したことで情報が錯綜して対応が遅れたようよ。そして源泉で合流し、以前のダメージも残っていた番人を撃破したの」
「なんかそれをひたすら隠れて見てるシャノンとエリオットって他から見たら笑える状況だよな」
「状況としては全く笑えないだろう、ジョー。王家の者たちが平気で不法行為を繰り返しているんだ」
領地は国王から任せられた土地だけれど、中には私有財産として土地の所有を許されている貴族もいる。
ルール侯爵家はルール島の大半を私有していて、ニグリオン連邦の王子がいても勝手を許される場所ではない。
「なんだかなぁ。いっそウィルにお前犯罪者になってるぞって警告してやめさせたほうがいいのかな?」
「これだけ有責事項を押さえられていると、血縁のあるジョーは他人事じゃないだろうな」
「でもマリアの預言を強く信じているのは、この国の王子と北の帝国の王子二人でしょう? 言って聞くとは思えないわ」
「…………お嬢さま、まだ泳がせる必要があるでしょうか? 今までの行いは全てルール侯爵の名において証拠が押さえられています」
禁止区域への侵入や窃盗、ルール侯爵家の私有財産となっている番人への攻撃。
確かにこれらはマリアたちの行動の後に人を派遣して現場を記録してある。
然るべき所へ出せば七人の狼藉を罪に問うことはできる。
私は答えを迷ってシリルを見た。
「エリオット、あの七人は餌なんだから。まだ本命は食いついてないでしょ」
「密輸組織なぁ。あっちは俺たち出入り禁じられちまったし」
「僕たちとしてもマリアたちの動向を見張るしかないわけだ」
ジョーとアンディが退くと、エリオットもそれ以上何も言わない。
私がマリアたちを泳がせるのは死亡フラグ回避のため。
結果的には密輸組織の上を釣るためで、そのことを知っているのはこの中でシリルだけだ。
「あら…………?」
「どうしましたか、お嬢さま?」
「いえ、何か気にかかった気がするのだけれど思い出せないわ」
考え込む私を邪魔しないよう、他の人はエリオットに密輸組織に関わりがありそうな番人を襲撃した何者かについて聞き始める。
(何か、ゲームに関して違和感があったような?)
(なんだろう? マリアの顔が浮かんだよね。マリアが何かしたっけ? 番人倒した後はゲームどおり魔石手に入れてたけど)
(そう、それよ。その時何か違和感を覚えた気がするのよ)
(魔石の置いてある祠開いて、魔石手に取って、光ったら新しい能力解放でっていうのがゲームの流れだけど)
(あ! そうよ。それがおかしいの! どうして能力解放が起こるの? 私はアーチェと仮契約の時点でできることとできないことは明確だったわ)
後からできることが増えるなんてことはない。
それに私もアーチェ以外の魔石を触ったけれどもちろん能力解放なんてなかった。
あれはマリアだけに起こったことだ。
(つまり…………どういうこと?)
(フィアも言っていたじゃない。マリアは魔女として何かおかしいって。きっとマリアは私とは違う能力なのよ)
(そう言えば、今の私ってゲーム主人公ができないことできるし、ゲームの『不死蝶』も味方モンスターの強化なんてことしてたね)
もちろん強化なんてゲーム主人公やマリアはできない。
メアリ叔母さまに聞いたところ、巫女なら任意の相手に力をわけることはできるらしい。
ただし同じ属性の者にだけだという。
誰にでもできるのは全属性の私だからこそ。
けれど私ができるのに同じ全属性支配適性のマリアにできないのはおかしい。
(学校での様子からして、マリアが適性変えられるのは確定だよね? ってことは全属性支配適性は同じはずなのに?)
(そう。なのにマリアは巫女としてできるはずのことができていない。アルティスが力の使い方を教えないなんてこと、あるのかしら?)
(ゲームのチュートリアルはアルティスの指示に従う形だし、それはないんじゃない?)
(となると、大変なことね)
(うん? どういうこと? マリアが巫女としてできることが少なくて、魔石ごとに増えるのが変ってだけでしょ?)
(魔石ごとに増えることなんて、巫女なら本来ないのよ)
(うん、つまり?)
(それはつまり…………マリアは巫女ではないかもしれないわ)
想定を根底から覆す考えだけれど、そう考えれば納得できる部分が多い気がした。
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