207話:預言の綻び
翌日、隠れ宿のある山にマリア一行が現われた。
「どう考えてもグルですね」
「それにしてはマリアのやり方が腑に落ちないのよ」
山の番兵の詰め所で、私はエリオットと小さな声で話していた。
外では番兵とマリア一行の押し問答が続いている。
「いくら尊貴なお血筋であっても通行許可を持たぬ方をお通しするわけには参りません」
「前は通れたのに何故今だけそこまで邪魔をするんだ!」
噛みつくのはアレクセイで、以前は通行許可を持つアンリと一緒だったからだ。
そして今日は私が隠れて様子を見ていることを知っているから、番兵も厳しくなっている。
「もう、まさかモスがいないなんて」
「普段引き篭もっているのに何をしているのでしょうね」
何故かでかけたと言うモスが不在のため、私たちもマリアたちもこの場から動けなくなっている。
ちなみに今は放課後で、モスが登校していないのは確認済みだ。
本当に何をしているのかしら?
「おやぁ? 何をしているんだい、君たち?」
「グリエルモス! 良かった。君を尋ねて来たんだ」
アンリの声で、ようやく待ち人が戻ったことがわかる。
ゲームではこんなやり取りなんてない。
思えば特に止められなかったけれど、山の中の捜索として二手に分かれての行動をした。
今は私の指示で対処しているけれど、それがなければ番兵も調査や見回りで出払っている可能性がある。
「参りましょう、お嬢さま」
モスがマリアたちを山へ招き入れたことで、私たちも木々に隠れながら後を追う。
そうして窺っていると、ゲームとの違いが浮き彫りになって来た。
「モス、次の演目関係で劇団のほうに行っていたのかい?」
「違うよ、マオ。あぁ、けれど。確かに赤毛のカツラを作らなければいけなかったねぇ」
アンリとはゲームの時でも関わりが合った可能性があるけれど、マオはきっと今だから親しい。
「君が自分から宿を離れるのなら、それなりの理由があるんじゃないかい?」
「もちろんだとも、アンリ。これの試作を味見させに行っていたんだよ」
「うわ。まだ作っているのか、その気味の悪い菓子」
モスが出す青いお菓子にアレクセイが正直な感想を言う。
「それはお菓子なの? 味見っていったい誰に?」
「おやおやぁ? 気になるかい? 食べてみるかい?」
「マリア、いけない。それはとてもまずいと制作者本人が断言した物だ」
興味を示すマリアに、ウィリアムが制止の言葉をかける。
「ひひ、食べられる程度にはなったから試作したんだけどねぇ」
「それは本当に食べて大丈夫なのか? というか、あなたはここで何をしているんだ?」
ルーカスの今さらな疑問に、モスは青いお菓子を直して答えた。
「食べて腹を下した者はいても死んだ者はいないよぉ。従妹は僕を実験趣味だと言うねぇ」
「実験、趣味? えっと、いつもここにいるのよね? モス、さん?」
「モスでいいよぉ。僕も君をマリアと呼ばせてもらおう」
「実はここで良からぬことが起きているとマリアが預言した。何か心当たりはないだろうか?」
ウィリアムが警戒ぎみなのは以前のメアリ関係のせいかしら?
アレクセイは完全に喧嘩腰で、アンリはメアリのことがないと普通の対応だ。
ゲームではウィリアムが今までに見たことのない妙な相手と言っていたけれど。
「あぁ、あるねぇ。きっと良いことを考えてのことじゃない。なら、それは悪事と呼んでいいのかもしれないねぇ」
「何があったのかな? それであんたは困ってるかい?」
マシューはモスの髪を珍しそうに見ながら聞いた。
「困ってはいないけど困るだろうねぇ。何せ温泉の危機だ」
「え、まだ源泉に大型の魔物は現れていないの?」
「へぇ、預言ってのはそんなこともわかるのかい? けど大型の魔物は関係ないよぉ。それは源泉を守る結界が解けた時に出てくる番人だ」
「え?」
モスの答えにマリアが困惑した様子で言葉を詰まらせた。
もちろんゲームでモスはこんなこと言わないし、たぶん知らない。
私が話しすぎたのと、きっと叔母さまに聞いたからだろう。
口止めするのを忘れてた。
けれど叔母さまの魔石ではなく源泉と言ったのは、秘密裏に動く私への気遣いかしら?
「そ、その魔物を倒せば源泉の湯量が戻るんじゃないの?」
「湯量に今のところ変化はないよ? あぁ、でも昨夜源泉に悪さをしようとした誰かが侵入していたらしいから、何か仕かけられたかな?」
「グリエルモス、その侵入者を君が見つけたのかい?」
「いいや。夜中に僕がそんな面倒なことすると思うかい、アンリ? 見つけたのはルール侯爵家の見張りさ」
「え、あれ? ルール侯爵が、源泉に、見張り?」
「何かおかしなことを言ったかな? ここはルール侯爵家の土地だよ? 源泉を守る結界が解かれれば調査や見張りの人員が派遣されてもおかしくないだろう?」
戸惑うマリアにモスも首を傾げた。
考えてみればそのとおりだ。
だけどゲーム上は流れで密輸組織を操る悪のルール侯爵が、源泉で問題を起こしたとなっている。
源泉に問題が起きて怒ったモスが協力してくれるけれど、確かにモスの口からルール侯爵が犯人だとは聞いていない。
魔石周辺でルール侯爵が悪事を働くという主人公側の思い込みだと今ならわかる。
「問題はそこじゃない。ルール侯爵は魔物を使役しているのか?」
ウィリアムの指摘にアレクセイも反応した。
「なんて邪悪なことを! 邪悪な魔物を使役するのは神の教義に反する!」
「君、ヒポグリフ馬車に乗って来たんじゃないのかい?」
呆れるモスが聞くと、アレクセイは胸を張る。
「ヒポグリフは人造魔物とはいえ、人間がいてこそ生み出せた存在。つまりは家畜だ!」
「えっと、以前ここに来た時にも指摘されて、アレクはこういう解釈になったみたいなんだ」
「ひひ、君の親戚もなかなか面白いじゃないか、アンリ。じゃあ、野生の魔物を調教して馬車を引かせていたらどうするのかな、北の王子さま?」
「乗らないに決まっている!」
「いやいやいや。それは極端すぎるって」
「僕はきみのその思い切りの良さ嫌いじゃないよ! 銅鑼も決意をもって打ち鳴らせば観客の胸を震わすがごとく!」
突っ込むマシューと何故か応援姿勢のマオ。
困惑ぎみのマリアを見るモスは、珍しく積極的に話しかける。
「魔物を使役できる魔法使いが昔いたんだ。ルール侯爵家にはそういう魔法が伝えられている。だから人間が住めない山の中には魔物を配置しておくんだよぉ」
「確かこの山自体が侵入者避けで野生の魔物をそのままにしているんだったね、グリエルモス」
「そうそう。僕が実験のために魔物を狩り尽した時には怒られたものだよ。実際それで侵入者があったものだからねぇ」
「うわー、この人全然悪いって思ってないなぁ」
素直なマシューにモスはもちろん悪びれずにいる。
ルーカスはマリアに手を貸しながら、別の視点で魔物の使役について考えたようだ。
「ルール侯爵家は自在に魔物を操れるのか? それは使いようによってはすごいことになるだろうな」
「そう簡単なことではないそうだよぉ。開発した魔法使い以外に使える者がいなかったから、最近までは古い魔導書の限られた機能でしか魔物を操れなかったんだ」
「おや、その言い方だと最近では新たな技術の発展があったようだね?」
「そりゃ、どんな魔法でも使えるお嬢さまが生まれたからねぇ、マオ。君たちも見ただろう? 動物型の魔物に使える技術を植物型の魔物に応用できるかどうかの実験を」
「まさか! あの温室での巨大植物の!?」
ウィリアムが言ってから口を押える。
マリアはショックを受けて声を震わせた。
「あ…………やっぱり、私…………預言、間違って?」
「さーねー? 全く間違いではないんじゃないかい? 実際君は巨大植物を預言してそれはいた。今もここで問題が起こると預言してその兆候はある」
珍しくフォローを入れるモスに、マリアは首を横に振る。
「でもあなたは、困ってもいなければ、怒ってもいないのよね?」
「いないねぇ。君の預言では僕はそんなに怒っていたのかい? まぁ、源泉がどうにかなってしまえば僕の愛する温泉が枯渇するんだからそうだろうねぇ、ひひ」
「グリエルモス、僕たちをその源泉まで案内してはくれないかな?」
「それはいいけど、アンリ。番人に攻撃するようなことはやめておくれよぉ。源泉を守っていてくれているんだから」
モスの申し出にマリア一行は戸惑う。
完全に戦うつもりで来ていたのだから当たり前だ。
「これはどういうことだろうねぇ? 君はその大型の魔物との戦いに協力してくれるはずなんだけど」
「何を言っているんだい、マオ? それでは君たちが源泉荒らしになるじゃないか」
「そうだよなぁ。預言は外れてないのになんで当たらないんだろう?」
眉間に皺を寄せて悩むマシューに、ルーカスも考え込む。
「何か俺たちが見落としているのかもしれないな」
当たり、私というイレギュラーを見落としている。
まさかここまでゲームにない会話を繰り広げるとは思わなかった。
「殿下、どうしました? 疲れましたか?」
ルーカスが足の止まったウィリアムに向かって手を差し出す。
ウィリアムは苦笑してその手を断った。
「いや、逆に私たちが早く動きすぎてる可能性があるんじゃないかと思ってな。ことが起こる前に来ているからずれているのではないかと」
兆候がある状態まではあっているけれど、その後が続かない。
なるほど、マリアたちから見ればそういう納得の仕方になるだろう。
それ以前に私が手回しをしていると気づかない限りは。
「確かに。案外その番人にしてる魔物の制御を失敗していて、暴走の末に源泉を破壊するのかもね」
アレクセイが指を鳴らして頷いた。
預言成就の可能性に、マリアは決意の顔をする。
「ともかく、その番人の魔物を見たいわ。私の預言と合っているかどうかを確かめましょう」
途中ひやひやしたけれど、どうやら源泉に行くのはゲームどおりのようだった。
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