22話:蝶の羽ばたきのち嵐
(緊急会議ー!)
(えらいこっちゃー!)
(もしかしたらフラグが折れないかもしれないってどういうこと!?)
(待って待って、よく思い出すから。あれは興味ないと思って読み飛ばした…………そう、因果律!)
考察サイトでバタフライエフェクトについて読んだ後に書かれていたのが、因果律という言葉。
(簡単に言えば、始まりと終わり。何か力が働いて初めて変化が起きるという帰結、だったわね)
(そうそう、で蝶が羽ばたいたから嵐が起きた。これが因果律を内包した結果と帰結で、蝶が羽ばたいた時点で嵐が起こることは確定してるとかいう話…………だった気がす)
(頼りないわ!)
(ちゃんと読んでないんだもん!)
(今はそれでもいいわ。つまりフラグが折れないのはどういうことなの?)
(ジョーとアンディには因果律があるかもしれない。例えば、出会ったら仲違いするって)
(けれど、本来親しくなかった私が関わっているのよ? 帰結は変わるかもしれないじゃない)
(だから経過だけがちょっと変わったんじゃない? 誘拐事件で仲違いが、私との婚約を巡って仲違いに)
(バタフライエフェクトで、少し変えるだけのつもりだったのに、結局は何も変わっていないということ?)
(たぶん変わる所が私の望む箇所じゃなかったんだよ。ほら、『不死蝶』に婚約者なんて話なかったし)
つまり、バタフライエフェクトでジョーとアンディの仲違いによって起こるイベントを変えようとしたら、イベント以前に私の婚約という将来が変わった?
…………ないとは言えない。そして将来が変わる可能性が目の前にある。
(このまま婚約したら、きっとイベントには変化が起きるわ。どちらかを選ぶ、というのはどうかしら?)
(いいけど、選べるの? ジョーとアンディだよ?)
(…………無理そうなのよね)
(だよね。だって私、同担拒否だもん。恋愛ゲームなんだからそれくらい夢見たっていいじゃない)
(あとヒロインいるならヒロインとくっついてほしい王道派)
(『不死蝶』はないよね)
(ないない)
この辺りの自分の考えは一定だ。となれば選ぶ道は決まってる。
(となると、この婚約話をどう回避するかよね)
(お礼なんでしょ? お礼を拒否ればいいじゃん)
(公爵方も公認のお礼を、どうやって拒否するというの?)
(そもそもお礼なんでしょ? だったら私以外を対象にさせればいいんじゃない?)
私は思わずエリオットを見る。そしてそのまま、指を鳴らして差してしまった。
突然のことに喧嘩をしていたエリオットたちがこっちを見る。あまりにお嬢さまらしくない仕草を誤魔化すため、私は意味もなく三人に手を振ってみた。
「ジョー、アンディ。お礼は誘拐犯から助けたからなのよね?」
「おう、あと巻き込んだ謝罪も含めな」
「大きな借りだから一生ものの礼をしなければいけないと考えたんだよ」
言質を取った私は、にっこり笑ってエリオットを指す。
「それほどのことなら、本来お礼を受け取るべき人を差し置けないわ」
私の言葉に、エリオットは自らを指して困惑する様子をみせた。
「だって私も捕まっていたのだもの。本当に助けに来てくれたのはエリオットだわ」
「いや、そのエリオットの主人はシャノンだろ」
「それに君を巻き込んだのは変わりない」
従者の手柄は主人のもの。それは貴族として基本的な考え方だ。
そして従者の働きに見合った労いは主人の裁量で行うものというのもまた基本的な考え方。
「巻き込まれたのは私にも非があることだもの。エリオットがいなければ助からなかったわ。褒められるべきは私ではないと思うの」
私は自分の非を訴えて、エリオットを持ち上げる。
「リボンのこともあるのだし、二人もエリオットに助けられたと思うでしょ?」
「それは、まぁ…………」
「確かにそうだけど…………」
「だったら私にだけ利するお礼じゃ意味がないのよ」
「別に嫁入りはエリオット付きでいいぜ、俺」
「僕だって、エリオットを無碍にするつもりはない」
「本当にそうかしら?」
私はいつの間にかこちらの話に耳を傾けていた公爵方を見る。
エリオットの身の上を知っている大人は見るからに困っていた。特にアンディの父であるローテセイ公爵は難しい立場になるため顔が渋い。
他国の継承権で今回の騒動が起こったところだ。さらに自国の継承権に波風立てる存在抱え込めないだろう。
だからこそ、エリオットは王家と直接姻戚のないうちに預けられたのだから。
「従者云々はこちらも困るな」
何とも言えない公爵方を横目に、お父さまがちょっと笑いながらそう答える。
そこにお湯を沸かしに行っていたお母さまが戻って来た。
「まぁ、どうなさったの? 皆さま難しいお顔で」
そして、話しを聞いて一番怒ったのがお母さまだった。
「婚約なんて急に決めるものではございません。公爵家ともあろう方々が何をおっしゃるのでしょう」
「そうだ」
「物事の順序を守ってください。うちには息子もいるんです。妹が先に公爵家と婚約なんて、誰も息子の元には寄らなくなりましてよ」
「そのとおり」
「何よりお礼で相手を困らせるなんて本末転倒ではありませんの。我が娘の能力を買っていただいたことには感謝いたしますが、幼い内から囲い込もうという大人の魂胆くらい理解する年頃の子に、あまりにも配慮がないと言わせていただきます」
「いかにも」
怒涛のお母さまの反論に、お父さまは頷くばかり。
「だいたい、危ないことをしたとうちでは叱ることも視野に入れていたのに、いきなりお礼だなんて教育に悪すぎます。夢中になると周りが見えなくなる子なのです。あんな無茶を手放しに誉めるなんてしないでくださいませ」
あ、嫌なこと聞いちゃった。確かに褒められたことじゃないけど、そっかぁ、お叱り受ける予定だったんだぁ。
私が静かに消沈している間に、お母さまに説得された公爵たちも頷く。
どうやら悩まされた詐欺師捕獲に気を良くして、屋敷から脱走した件については咎めていなかったようだ。
父親の反応に、ジョーとアンディも意気消沈してしまう。
「俺は、いい案だと思ったんだけどな」
「ジョー、もっと深く考えなくちゃ。一度婚約してしまうと破棄なんて簡単にはできないのよ」
前世のラノベを思い出してみると、婚約破棄の後の断罪という大げさすぎるテンプレがあった。
けれど現実に考えてみると、断罪するほどの非がなければ、実は婚約破棄なんてできないのが実情だ。
何せこの世界、縁故命の貴族が中枢を動かしてるせいか、婚約公示という教会行事がある。月一、何処の家の誰が婚約したかが布告されるのだ。
そして決められた日数の内に異議のある者は教会に申し立てる。
異議がなければほぼ結婚確定。宗教権威は強く、王族でも簡単に覆せない。
「順序は悪かったけど悪い手ではないと僕は思ってる。お互いに利のある話だよ」
「アンディ、お礼なんかで自分の人生差し出さないで。それに婚約となれば私の人生も背負い込むことになるのよ? もっとよく考えましょう」
「俺はシャノンの人生欲しいぜ? シャノンとならこの先も楽しそうだ」
思わぬジョーの言葉に私は固まってしまった。そう言えばこういう誑しキャラだった。
すると、アンディが焦った様子で私の手を掴む。青い瞳は真剣だ。
「僕はシャノンが好きだ」
「ありがとう、私もジョーとアンディが好きよ」
うーん、これは友情を履き違えたかな?
さすがに十歳の子供の好きを本気にしない分別はある。中学高校だって環境が変わると、小学生の頃とか忘れて行くんだよね。
そんな私たちのやり取りに、何故か親たちが揃って溜め息を吐いていた。
何やら物悲しい溜め息を境に、話しは打ち切り。お礼は後日仕切り直すと決まり、ジョーとアンディは肩を落として帰って行った。
「お嬢さま、よろしいでしょうか」
「どうしたの、エリオット?」
私が図書室で魔法文字を覚えていると、エリオットがやって来る。
「今日のお話を、何故断ったのですか?」
「何故って、まだ早いと思ったし、お礼で婚約なんておかしいなと思ったから」
「あの二人が言うとおり、婚約は願ってもないいいお話でした」
「確かに公爵家の跡取りだものね。性格も好ましいし、顔も悪くないし、将来有望で」
何故か話に乗ると、エリオットは肩を落として俯いてしまう。
「でも、早すぎるわ」
「早すぎる、とは? 適齢期と言われる年齢は十三歳からですし、婚約なら早すぎることはないと思われます」
貴族的にはそうだろうけど、私からすると早すぎる。それに、ジョーもアンディも主人公に出会ってないんだもの。
「うーん、二人にはもっと相応しい人、好きになる人がいるんじゃないかしら? だって私親戚として会っただけよ。他に出会いはあるじゃない」
「お嬢さま以上の方なんて」
「可能性を否定するなんて面白くないわよ、エリオット。それに、魔法学校にいくのだから、私以上の人なんていくらでもいるわ」
「ありえません」
「そう? ありがとう」
早すぎる否定の言葉に、私は笑ってしまう。エリオットのお世辞は、恩からの言葉だろうか。正直、その感情は厄介だと思う。
私は恩を売りすぎた。
(私が親密度上げてどうするの? ヒロインから横取りとか、本当に悪役令嬢みたいなことする気?)
(そんなわけないでしょ。それに侯爵家より小国の姫のほうが上なんだから主人公に出会えば私がそんなにいい条件じゃないってわかるはずよ)
(そこは嫁取り考えると自国内が安心ではあるんじゃない? 確か主人公跡取りの姫でしょ。公爵家に入るかな?)
(そう言われると…………貴族って面倒よね)
(私も今貴族だよ。だがこれだけは言っておく、自由恋愛万歳)
(貴族間だと蛇蝎の如く嫌われるわよね、自由恋愛)
(この国は特にエリオットの父親のことがあるからね)
(民衆には恋物語として人気だそうよ。だからこそ、ハッピーエンドにしたいわ)
(うん、せめてエリオットはね)
私はエリオットを見ながらソファの隣を叩く。
ここには今誰もいないから、使用人のふりもいらない。
隣に座ったエリオットに体を向けて、私は思いやりを籠めて語りかけた。
「エリオットもよ。魔法学校でいい出会いがあるといいわね」
「いりません」
「返答が早すぎないかしら? そう言わないで、少しは考えて」
「お嬢さまさえいてくだされば僕はそれで満足です。何処へ行っても結局はこの面倒な出生が付きまとうので」
「もしかして…………もう結婚を諦めているの?」
エリオットは答えない。けれど、顔を見ればわかる。
そんな寂しい覚悟しないでほしい。
私はエリオットの幸せを願っているのに、ここで諦めさせるなんてさせたくない。
『不死蝶』のイエスマンがこんな理由で生まれるなんて、なんとしても阻止しなくちゃ。
私は使命感を抱いて、新たに未来を変える決意を固めた。
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