204話:デートの後の秘密
ジョーとデートをした日の夜、私は寮を抜け出し隠し港に来ていた。
「お前さん、よく来るな」
私を出迎えたマルコが嫌そうに言う。
エリオットは外で見張りをしているからこその悪態だ。
私はマルコと一緒に待っていたムールシュアとフィアのほうを向く。
「ムールシュアとフィアに会いに来たのよ。マルコはいなくてもいいのに」
「なんでそいつら…………おいおい、気づいてねぇのか?」
ちょっと面白がる様子のマルコに首を傾げると、ムールシュアが頷く。
「見たこともない魔物だが、あれは地上では大きいほうだろう。あんな魔物を制御しえたのなら我々に気づく余裕などなかろう」
「大きな魔物…………? え、それって」
「僕たち、いた。魔女シャノンが仲間と戦う姿見てた」
フィアの言葉で、この三人が温室での朝顔イベントを見ていたことがわかる。
どうやらマルコはその件で私がやって来たと思っていたようだ。
「人魚なのに山のほうまで来るなんて体調は大丈夫? それにどうやって学内に入ったの?」
各国の要人の子息が集まるのだから魔法学校の警備は厳しい。
とは言え、そこから頻繁に抜け出す私の場合は特殊だ。
校舎に使われているのは先祖が造った城であり、詳しい図面は未だに我が家が持っている。
城は年月を経て建て替えられている部分もあるけれど、王族しか知らない地下の抜け道は学校側も知らず残っていたりした。
「お前さんがなんかやるとオーエンが言ってたから覗かせてもらった」
「つまり、オーエンの手引きで入れたのね?」
そんな報告は受けてない。
オーエンは何をしているのかしら。
下手したら人魚が人目に晒される危険もあれば、マルコをアンリとアレクセイが見つける危険もあるのに。
「フィア、大丈夫だった? 城は山の上だし辛かったのではない?」
「平気。霧で乾燥しなかったしこれ使った」
そう言ってフィアが出すのは敵モブのフード。
確かにこれなら誰でも同じ見た目になるけれど、それはそれでマリアたちに見つかったらあらぬ疑いをかけられる。
「その様子ではあの間諜からは何も聞いていないようだな、魔女シャノン」
「えぇ、ムールシュア。どうしてオーエンはあなたたちの手引きをしたのかしら?」
何か目的が?
オーエンの個人的な目的に関係があるのかしら?
「僕たちの昔話聞きたがった」
「昔話?」
「そうだ。ルール島についての伝承を教えるならばとの条件だった」
そう言えばスイーツ巡り以外でオーエンの趣味は史跡巡りだ。
あれは本気だったの?
「確かにオーエンは玉座の石に興味を持っていたけれど」
「あぁ、それだな。お前さんからその伝説が事実だと言われたが本当かとな」
マルコも同席して昔話とやらを聞いたようだ。
一緒に魔法学校へ行ったのは乾燥防止のため?
いえ、そう言えばマルコは魔法学校の中退者。
案内役だったのかもしれない。
「昔話として聞いただけだから、本当かと言われると私だって断言できないわ」
「我々もそうだ。だが、そのような魔具があるとは聞いたことがある」
「ルール島の王と魔女は玉座の石で血筋を確かめるって」
「確かにそういう儀式が…………も、もしかしてオーエンにも魔女のこと言ったの?」
「いや、以前注意されたからそこは祭祀を行う者と濁した」
どうやらムールシュアが誤魔化してくれたらしい。
「お前さんの様子からするに、あの四角い石、ほんとうに魔具か」
見たことがあるマルコが信じられないように眉を上げた。
するとフィアが不安げに確認してくる。
「魔女シャノン、言ってはいけないことだった?」
「いいえ、たぶん、大丈夫なはずよ」
いや、ちょっとまずいかもしれない。
血筋を確かめるという魔具の使い方を言ってしまったようだ。
遺伝子なんて知られていないこの世界で、血筋を調べられる魔法なんてあると大問題でしかない。
だから玉座に使われた石という誤解を解かないままでいたのに。
「ただ、オーエンには吹聴しないように釘を刺しておくわ」
「そのオーエンだがよ」
マルコが声を低くする。
「どうも動きがおかしかったぜ。薬草の教師呼び出して、その後もずっと引き止めてやがった」
「え?」
マルコの魔法は索敵が可能だ。
範囲はわからないけれど、朝顔の相手をしていた時には、私よりオーエンの動きを観測できる余裕があったのだろう。
ムールシュアを見ても嘘を言っている様子はない。
「あの時レッケル老師が戻らなかったのは、オーエンのせい?」
「あいつはなんで動いてたんだ?」
オーエンに別から指令が来ていたことをマルコは知らない?
やはり個人的に上から連絡がくる位置にオーエンはいるようだ。
果たしてこのことを言うべきかどうか。
「変に隠さないほうがいいぜ。俺の魔法には他にも妙な動きをする奴がいたからな」
「そうなの?」
情報を交換するためにも言うべきかしらと考えていると、フィアがマルコの持つ情報を簡単に教えてくれた。
「白い髪に色がいっぱいの男、ずっと入り口で中を窺ってた」
「あ、こら!」
ばらされたマルコを気にせず、私は特徴的な外見の相手を確認した。
「それって、モスのこと? 私の叔母の配偶者の甥よ。万が一のために除草剤を作るようお願いしていたの」
「巫女だと言う少女が仲間を連れて入って行った後に現れた」
ムールシュアも捕捉すると、マルコは不服そうに背もたれに身を預けて知っていることを話し出す。
「この弟のほうが音を拾う魔法使えたから中の様子もわかってたがな、まだお前さんたちが言い争いしてる間に来てたぜ」
フィアは波属性で、そう言えば音って音波とも言う。
そんな使い方があったのか。
「すぐに入ってきてくれていれば、私のほうにも暴走に際しての準備があると言えたはずね」
モスには実験内容と除草剤のお願いだけをしていて、ことが密輸組織関係だとかは言っていない。
私がわざとイベントを起こそうとしているとも言っていないので、身を隠す必要はないように思える。
「…………ねぇ、モスは温室から何か薬草の類を盗んではいなかった?」
「「「盗んでた」」」
「やっぱり」
モスがイベント戦が起こることを望む理由があるとすれば、それは温室の薬草を盗むため。
騒ぎに目が行っている間に珍しい薬草を実験用に手に入れられる。
「ちょっと変わっていて、毒物を精製したり妙な発明品を作るのが趣味なのよ」
「お前さん、そんな姻戚に頼みごとして大丈夫かよ」
「逆ね。私なら自分で対処ができるからと、たまに変な薬や発明の被検体をお願いされるわ」
「それは、つき合いを考え直すべきではないのか?」
ムールシュアまで不審そうに忠告してくれる。
「基本的に自分で実験した後に回してくるから、死ぬようなことはないのだけれど」
「…………地上の魔法使い、命知らず」
フィアが変なことを覚えてしまった。
「前々から思っていたが、ちょいと危機感なさすぎやしないか?」
「魔女シャノンの博愛を責めるつもりはないが、疑わしき者を近づけるべきではない」
マルコとムールシュアの意見が珍しく一致する。
「俺はオーエンの奴がまだ何か隠して動いてると考えている。あいつは信用するな。下手に近づくだけ怪我するぞ」
「けれど近づかなければすべて隠し通してしまいそうではない?」
私の指摘にマルコは難しい顔をするけれど否定はしない。
危険を冒して得られる情報を持っていそうなのがオーエンなのだ。
「魔女シャノン、君は一度周囲の者を調べ直してもいいのではないか? 死に関わる予知に関連した者たちは遠ざけることも考えては?」
「遠ざける…………」
ムールシュアの助言や心配はわかる。
けどそうするとエリオット以外全員が対象になってしまうのだ。
身内でさえ暫定的に死亡フラグに関わらないのはお兄さま一人になる。
ゲームに出てこない人たちは、この場合どうなるのかしら?
私は思わず目の前の三人を見つめてしまう。
「魔女シャノン、予知は敵味方を教えてはくれない? 僕は、敵、だった?」
不安そうに聞くフィアに、私は笑顔で首を横に振る。
「今は信用しているわ。あなたと敵対する未来はもう来ないとわかっているもの」
「ったく、本当にどれだけ命狙われる未来抱えてんだか」
「もしや、オーエンという者は死を招くことはないとわかっているから?」
明言を避けて笑いかけると、マルコとムールシュアには呆れたような顔をされた。
「あぁ、そうか。あいつのほうが死んだふりする予定なんだっけか? まぁ、敵対さえしなけりゃ無闇に殺しには来ない奴だな」
「魔女シャノン、紫真珠を持っているか? 肌身離さず持ち、危険があれば必ず報せてくれ」
特に私の心配をなどしないマルコと、私を案じて前のめりになるムールシュア。
二人の対照的な様子に私は思わず笑みを零す。
「私も素直に死を選ぶつもりはないわ」
そうそのためのバタフライエフェクト。
そのための今だ。
未来がないかもしれない私の未来を思ってくれる友人たちもいる。
こんなところでまだ、死ぬわけにはいかなかった。
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