201話:暴走フラグ
オーエンの誘いに乗ってイベントを起こしてみたら、マリアたちは力尽くで襲って来た。
「おい、ルーク。何やってんだよ」
「すまん、ジョー。危険らしい?」
ルーカスはジョーを押さえに走り、よくわかっていないような様子だ。
その間にウィリアムがルーカスの後ろから抜けて私に迫ろうと動いた。
そこにシリルが笑いを含んだ警告を向ける。
「そこ、足元にご注意」
「く…………!? 魔法を仕かけていたか!」
シリルの罠が発動し、ウィリアムに初級魔法がかかる。
シリルは占属性の魔法で踏む確率の高いところを見つけ、魔具を使って色んな属性の罠を仕かけていた。
ウィリアムは催眠効果にはまり、睡魔と戦っていて動けなくなる。
「ウィル、どうしたの!? 大変!」
「前に出ちゃ危ないよ」
一番後ろのマリアをマシューが止める。
その位置からは回復魔法は届かないので、この二人は前に出ない限り放っておいて問題ないだろう。
「僕が行くよ、マリア」
アンリがウィリアムの下へ援護に向かう。
と言っても私たちのほうからは何もしない。
「今すぐその邪悪なモンスターを止めろ!」
アレクセイが氷属性攻撃を矢のように放つ。
するとアンディが水魔法で応戦して止めながら眉を顰めた。
「君は本当に考えなしだね。温室でそんな魔法を使うなんて」
「そう言えば植物には音楽が良いと聞いたことがあるね」
などと言ったマオは、突然魔法で騒音を響かせた。
これは敵へのデバフになる援護魔法だ。
「…………あら? 私にもかかったわ? エリオット、記録をしてちょうだい」
「はい、お嬢さま」
私とはレベル差でデバフは相当かかりにくいはずなのに。
ステータス表示を見ても、他の仲間はかかっていない。
そしてかかっているのは私と朝顔だけ。
もしかしてこれは朝顔からの影響?
「面白い発見だわ。それに植物モンスターが音をきちんと捉えていることの証明にもなる」
「お嬢さま、考察をお聞かせ願えますか」
エリオットは記録係を続行して真面目に聞いてくる。
「私の魔力を吸うことで成長しているこの朝顔は、私の能力を一時的に低下させているようよ。その上で、朝顔が状態異常になると私にも同じ影響があるみたいね」
エリオットが目で先を促す。
「一歩離れてみるわ。弱った状態から私を拘束するかどうかの確認を…………しないわね」
「はい。他の方々が魔法を放ってもそちらへ蔓を伸ばす様子は見られません」
「検証は必要でしょうけれど、私の魔力にのみ反応する操作は成功の兆しね。私には植物への影響が及んでいると仮定して、命令が可能かを検証しましょう」
実験を進めようとした時、私に雷撃が打ち降ろされる。
咄嗟に反応しようとした私より早く、朝顔の大きな葉が頭上で盾になった。
「まぁ、実験する必要もなかったようね」
ウィリアムの攻撃を私の考えだけで朝顔が防いだのだ。
どうやら魔物を操る魔法と同じく植物も操れるようになったらしい。
問題は、レベル一とも言える朝顔に引っ張られて私も弱ること。
「大変! 取り込まれてしまったわ! 朝顔が勝手に動きだすのも時間の問題よ! 花を咲かせては駄目!」
マリアの切迫した声にウィリアムはさらに攻撃を仕掛けた。
アンリも私を捕らえようと壁を作る。
けれど全て朝顔の蔓や葉で防がれ、崩された。
余波が行かないように意識すれば、朝顔でエリオットも守れる。
「ご心配なく。このとおり私の制御下です」
「蕾が開きそうだ! ルーク!」
ウィリアムが聞いてない。
王子の命令でルーカスも植物へと攻撃を試み、炎を放つ。
けれどそのタイミングは読まれていて、一緒に訓練をしたことのあるアンディに難なく阻止された。
「話を聞いてくださらないのなら、こちらも相応の対処をさせていただきますが?」
「言うことを聞かないくせに偉そうに!」
自分が上だと自覚のある王子さま、もといアレクセイが怒る。
「偉ければなんでも押し通せると思っているのならお国に帰られたほうがよろしいのでは?」
シリルが笑顔で嫌みを言うと、踏み出すアレクセイの足元で罠が発動した。
けれど罠ごと床を凍らせて発動は阻止される。
その間に私は仲間にバフをかける。
植物を操る魔法を維持できるなら、他の魔法も使えるようだ。
実験も兼ねて攻撃、防御、魔力回復、攻撃速度、命中力、回避力など色々と上げる。
やはりレベルの低下が影響して普段よりも上昇率が低い。
それでも多い魔力量を使えばバフの重ねがけと朝顔の操作の両立はできた。
「これはまずいね。うーん、けれど僕の魔法は一回ずつだ」
マオも援護適性だけれど、音という属性のせいかかけられるバフは味方全体に一つだけ。
私のほうはシリルがバフを重ねがけしてさらに強化を施す。
焦るマリアが前に出るのを、マシューは止められず仕方なく回復に回るようだ。
「やめて! どうして争うの!?」
「それは私の台詞だと思うけれど」
マリアって空気が読めないのかしら?
それともゲームのことを知っているせいで、私が問題を起こしたという思い込みにはまっている?
悪意はなさそうだけれど、ゲーム主人公位置のマリアが残念な子だというのは悲しい。
ちなみにエリオットは記録をやめて防御に入っていた。
私を守る構えを続けつつ、温室に残った植物も守っている。
「温度変化に影響する魔法使いが多すぎるわね。茶番はそろそろ終わりにしましょうか?」
「え…………きゃあ!?」
「「「「「マリア!?」」」」」
植物の大きな葉で扇ぐと、途端にマリアが転ぶ。
王子たちは揃って退き、マリアを庇う姿勢を見せた。
「よくもマリアを!」
アレクセイだけは攻撃を強めるけれど、マリアは転んだだけよ?
ちょっと過保護が過ぎるのではないかしら。
「僕は守ることしかできないのに。これ以上守れないのは嫌だ」
アンリも何かに火が付いた様子で攻性結界を展開した。
けれどおかしい。
マリアが普通に攻撃する以外にしないし、精霊の力を頼ろうともしない。
「その程度?」
私はマリアを見て、いえ、その後ろのアルティスを見ながら聞いた。
マスコットキャラにあるまじき苦々しい顔をしないでほしいわ。
なんだかアルティス本人が襲ってきそうね。
けれど私が期待しているのは、あくまでマリアの力なのだけれど。
「…………そう、何もしないのね」
時間を与えてもマリアは私ができるような強化をしないので、朝顔の葉に魔力を吸わせることにした。
「あ!? この葉、魔力を吸う、気を、つけ…………て」
「うわ!? う、硬いし燃えない!?」
まず防御適性のアンリが魔法を維持できなくなって座り込む。
向かってくる蔓に剣を振り下ろしたルーカスは、抵抗虚しく蔓に捕まって魔力を吸われた。
「放たれた魔法よりも接触による魔力の急襲のほうが迅速なようね」
そんな考察をしつつ、魔法で抵抗を続けていたウィリアムとアレクセイの魔力が底を突く。
マオとマシューは吸われてもまだ動ける余裕があり、マリアは後から参戦して強めの攻撃魔法を放って抵抗した。
でもそれだけで、すぐに魔力を吸われて立てなくなる。
「やはり魔法使いは魔力の枯渇が致命的になるわね。この朝顔、封印されていた理由はそれかしら。あまりにも強力な対魔法使い兵器に…………エリオット、今のは記録から削除して。考察はこれくらいにしておきましょう。さて、これで終わりかしら?」
面白いことにマリアの後ろのアルティスも朝顔に魔力を吸われていた。
ただ自爆するほど蓄えているから、油断はできない。
けれど何故かアルティスはマリアに加勢しようとはしなかった。
「うわ、この植物本当に恐ろしいな。触るだけでこれかよ」
「しかも蔓は燃えにくいようだし切るにしても太すぎるんだね」
ウィリアムたちが動けなくなったと見て、ジョーとアンディが朝顔に興味を移す。
シリルは蔓に手をかけて様子を窺った。
「私たちには攻撃してこないのね」
「私が操っているもの…………ところで、いつまで隠れているつもりなの、モス?」
「おやぁ、大変な所に来たと思って帰るところだったんだよぉ」
温室の入り口には、約束の時間を過ぎてモスが到着していた。
私に見つかったとわかると、転がしてきた小さな樽をその場に立てる。
「注文のあった除草剤なんだけど。実験に成功したならもういらないねぇ? でも作ったからには材料費くらい欲しいよぉ」
「場所を取るから除草剤で枯らせることに変わりはないわ。ただ制御できるとわかった以上、種を採集して次の実験に使うから、除草剤はエリオットに使い方を教えてちょうだい」
私の指示でエリオットが動こうとすると、モスは大袈裟に腕を振ってみせた。
「適量に薄めて来たからこの量なんだ。根元にかければ後は吸い上げて枯れる。それじゃ、僕はこんな恐ろしい所からは退散させてもらうよぉ」
モスは逃げるように温室の入り口から離れて行く。
残されたのは、立っている私たち。
そして座り込んだマリアたちだった。
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