200話:朝顔イベント
ゲームには初夏のイベントで朝顔に関わるものがある。
「魔力を吸収するために人を襲う植物モンスターで、吸い取った魔力の分だけ大きくなってしまうの」
目の前の鉢に水やりをしながら私は説明をした。
横で園芸用品を乗せたカートを押すエリオットは、私から鈍色のジョウロを受け取る。
「大きさに制限はないのか? まぁ、本当にあるなら大変だな。学生が狙われ放題だ」
「植物園の地下の隠し通路はあったんだ。シャノンの予知が外れるほうがいっそおかしいだろう」
ジョーとアンディは体を慣らすように動かしながら言った。
今私が水を上げていたのは、地下の隠し通路にあった種。
植物園温室の地下には排水のための大きな水道の中に、研究室へ続く隠し通路があるのだ。
「オーエンと隠し通路を見つけて実験とその結果を持ち帰るなんて、シャノンのちょっとした冒険ね」
シリルは入念に温室の広さと入り口からの距離を確認しながら笑う。
ゲームでは、すでに朝顔モンスターが暴れるところからだったから少し心配だった。
朝顔の種を発芽させた経緯は語られていたけれど、見たわけではなかったから。
だから私はイベントを起こすにあたって、オーエンと地下通路を探すところから始めた。
そしてイベントは大きく育った朝顔が咲いてからなので、こうして準備をしている。
「水はもうよいでしょう」
植物園を管理する教師のレッケル老師が植木鉢の中を覗き込んで言った。
レッケル老師は髭を蓄えた老人で、ゲームにも出てくる魔法使いらしい恰好のモブだ。
そして我が家の間諜でもある。
「さて、ルール侯爵令嬢の話が本当であれば、これだけの魔法使いが側にいる状態で反応が、おぉ!?」
レッケル老師が言喋っている間に、鉢からは不自然なほど早く双葉が出る。
本葉が出るまでいくらもかからず、明らかに普通の植物ではないことがわかった。
「お嬢さま、おさがりください」
「いいえ。これを制御するためには私の魔力を吸わせ続けなければいけないわ」
心配するエリオットに笑いかけて、私は鉢の縁に両手をかざす。
ジョーは親指を立てて私に合図した。
「いざとなったら俺と一緒に燃やそうぜ」
「やめてくだされ! 確か除草剤の準備をすると言っておったはず!」
レッケル老師が他の植物を心配して声を上げると、シリルが誰も来る様子のない入り口を顧みて呟く。
「相手がモスだからねぇ」
「ちゃんと今日この時に発芽させると言っておいたのに姿も見せないなんて」
アンディも現れないモスに溜め息を吐いた。
今日のためモスには除草剤を作ってくれるよう依頼をしていたのだけれど。
『いいよ』なんて気軽に言っていたのに、まさか現れないとは思わなかった。
「いない人を頼ってもしょうがないわ。いざとなったらエリオットとジョーに頼んで」
「殺生な!」
レッケル老師が本気で嫌がる。
「二人は操作が上手いから延焼の心配は少ないわ」
「延焼した時は僕が水を降らせるよ」
私とアンディは渋るレッケル老師に被害を最小限にすることを約束する。
その間にシリルはエリオットを手伝い伸び始めた蔓に支柱を立てていた。
「貴重な植物は避難させたのでしょう? それに少し荒れても大丈夫な場所と私は言ったはずよ?」
「まさか燃やすとは思いません! 温室は温度の調節が命! 根と切り離すことを検討してくだされ!」
「おー、すごい勢いで蔓伸びるな。葉も多いしでかい。切るための刃物、何かあるのか?」
ジョーは朝顔観察をしながら、現実的にレッケル老師の願いが無理なことを突きつけた。
「ジョー。その蔓が人間を縛り上げて、葉が魔力を吸うから触らないで。エリオットとシリルももう下がっていいわ。レッケル老師、では切り離す方向で検討しますが、その後の処理は焼却でも?」
「おぉ、切り離せるのですかな? 温室の外ででしたら良いでしょう」
なんとかレッケル老師と折り合いをつける間も、私が魔力を与え続けていたので朝顔はぐんぐん育つ。
私が鉢の側で朝顔に巻きつかれてないのは、今使っている魔法のお蔭だ。
かつてクラーケンを操った魔法を応用して作った。私発のオリジナル魔法。
イベントで植物モンスターが出るのはわかっていたので、密かにモンスターを操る魔法を改良してあった。
今回はそのテストという名目で温室を借りている。
「む、どうした?」
レッケル老師はイヤリングを押さえてそんなことを呟く。
教師はそれぞれ魔法で連絡が取れる魔具を持っているので、たぶんそれだ。
連絡が来たならそれは学校関係者からということになる。
「な、なんじゃと!? すぐに向かう! すまぬ! 急いで戻るが、一度中座させてもらいますぞ!」
「え!? 今からでは中断できないわ!」
「すぐに戻る故!」
慌ててレッケル老師は温室から出て行った。
学校に許可をもらっての実験であり、そのために監督の教員としてレッケル老師がつけられたのに。
「まぁ、周囲は人払いをしているし、少しくらい失敗しても大丈夫じゃないか?」
止める間もなかったレッケル老師を見送ってアンディが私を見る。
けれどジョーは怪しむようにレッケル老師が去った方向を見ていた。
「なーんかタイミング悪いな。何があったんだ?」
「あ、見て。蕾がついたわ。シャノンは大丈夫?」
私の死角でついた蕾をシリルが教えてくれる。
エリオットはボードと紙を用意して、朝顔の成長の記録をつけていた。
秒ごとに育って行くのでペンが忙しく走っている。
「えぇ、蔓は私に絡まってこないし、たぶん魔法は効いているはずよ。みんなのほうにも伸びていないわよね? 他に蕾はあるかしら」
「お嬢さま、蕾の数が五つを越えました」
思ったより早い。
というか、ゲームでは一つずつ花が咲いていたのに。
「早いわね。花が咲いたらその分弱るはずなのだけれど」
これ一斉に咲いたらどうなるの?
植物なので一番力を使うのは花を咲かせる時のはずだとレッケル老師は言っていた。
そして種を作れば植物としての役目を終えて枯れるだろうと。
つまり花が咲く前が一番凶暴であると同時に、一気に花を咲かせると力を使い果たすのではないだろうか。
「やぁ、やぁ。実験中にちょっとごめんよ…………って、えー? すごいね」
「オーエン? どうしてあなたが?」
温室に来る予定のなかったオーエンが姿を現し、異常な成長を見せる朝顔に感心した。
「実は、君たちのやってることを聞いて例のお姫さまがこっちに向かっているんだ」
「早いわ!? まだ花は咲いていないのよ?」
「僕に言われても。蕾は膨らみだしてるし、実験の名目は立つんじゃない?」
オーエンは首を傾げて適当なことを言う。
イベントとしてそれはおかしいのだけれど、オーエンは言うだけ言って温室を離れてしまった。
ほどなく、本当にマリアたちが現われる。
「今すぐその花を咲かせるのをやめて!」
切迫した様子で迫るマリアに、ジョーが頭の後ろで腕を組んで聞く。
「他人の学習の邪魔をする理由はなんだ?」
「が、学習? …………どうして他の人が?」
マリアが困惑していると、ウィリアムとルーカスが異常成長する朝顔から庇うように前に出た。
「それは危険な植物である可能性がある。すぐに成長をやめさせたほうがいい」
「というかなんだ、この植物? すごい勢いで育ってるな、ジョー?」
「そんなこと言われてもね。これ、先生に許可された実験なんだけど?」
シリルが肩を竦めるのに対して、マオが温室をぐるりと見回した。
「その割には立ち合いの教師がいないのは何故だい?」
「実験の続行を指示した上で中座いたしました」
エリオットが事実を答えると、アンリが首を横に振る。
「それならなおさら危険のある実験は一度中止すべきではないのかい?」
「それを決めるのは君たちではなく教師だ。そして僕たちは続行を許可されている」
アンディが冷淡に告げると、アレクセイが不服を隠しもせず言った。
「話しても無駄だ。どうせ痛い目に遭って助けを求めてくるんだろう? だったらさっさと止めるべきだ」
「ご心配なく。実験に関わりのない方が許可も得ず乱入してきた以外の予定外はございませんので」
私が言っても信じていない様子は窺えた。
いや、マシューだけは朝顔の動きを観察して頷く。
一番後ろだからマリアたち気づいてないけれど、花属性だからわかることもあるのだろうか?
「このままではその植物は暴走してしまうわ! 他の人たちも被害に遭ってしまうの!」
「まず周囲への被害を抑えるべく人払いをしていたはずなのに、こうして乗り込んで来たからにはあなた方への被害は数える必要を感じません」
「え? で、でも、花が咲いたら、蔓で生徒を、捕まえて…………魔力を…………」
マリアはイベントを知っている。
けれど現状、周囲には私たち以外おらず、予知との違いに言葉尻が怪しくなった。
そんなマリアの肩をウィリアムが勇気づけるように叩く。
「危険があるとわかっていて退くわけにはいかない。一度無理矢理にでも中止させて安全を確保しよう。それが間違いであったなら一緒に謝る」
「ウィル…………うん。ごめんなさい! これもあなたのためなの!」
迷いながらも、マリアは人助けであると信じて行動に移す。
悪あがきしてみたけれど、結局私はマリアと戦うことになるようだ。
いったい誰の思惑なのかしらね。
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