196話:クダギツネ
「お怪我はないようですね。…………どうやら私は余計な助太刀をしてしまったようですね」
「いいえ。お助けいただきありがとうございます、ミナミさま」
ミナミの助太刀によりマリアたちは逃げ去った。
ゲームだと逃げるのは『不死蝶』だったはずなのだけれど。
私はミナミと場所を変えて、温泉街の茶屋に腰を下ろす。
「出て行ってから気づいたのですが、従者どのも見守っていた様子。本当に良かったのですか?」
「まぁ、お気づきになられていましたか」
実はあの場に、エリオット以外にシリルもいた。
ミナミと話すため今は離れてもらっている。
だから姿は現していない。
ましてやエリオットは隠蔽の異能で隠れていたのだから、普通なら気づかない。
そう、普通なら。
「私が気づいたわけではないのですが」
そう言ってミナミは肩の辺りを触る。
そこには二頭身の狐キャラがミナミに頭を撫でられていた。
「シャノンどののことは学校でも噂になっています」
「え、どのような?」
狐に見入ってしまっていた私に、ミナミは心配そうな目を向ける。
「あなたには力がある。それを妬む者が悪く言うのはこちらの国でも同じこととは思いますが…………。実は、あなたがこの国の王子と対立していると聞いたことがあるのです」
「そこまでではないのですが…………」
マリアじゃなくてウィリアムのほうとは。
あまりいい噂じゃないし、貴族たちにばれるとお父さまが煩わされそうな話だ。
「あまりあなたに関わるべきではないと言う者もいます」
「身分がある以上、己の分を弁えて振る舞うことも一つの手ではあるでしょう」
「ですが、あなたはそのような不当な扱いを受けるべきではない」
「そう言っていただけて嬉しいですわ」
ミナミはどうやら私に同情的なようだ。
たぶん困ってるところを助けたからだろう。
こんなミナミもやっぱりゲームのイベントでは『不死蝶』と敵対する。
けれどこの様子なら大丈夫そうかしら?
「そなた、己の悪縁を理解していながら放置しているな?」
落ち着いた声が確信を持って私に問いかけた。
それはミナミの肩の狐から発されたものだ。
「クダギツネ、悪縁とは?」
「本来なら触らぬつもりであったが、我も救われた身。忠告はしようぞ」
クダギツネ。
それはこのミナミが連れてるマスコットキャラの呼び名だ。
実はミナミの国の精霊というか妖怪で、ミナミと組んでいる使い魔のようなもの。
つまり遠い国のアーチェのような存在である。
「ありがたいお申し出ですけれど、今はご自分を心配なさいませ。この島は精霊の力が強いのですから。また他の精霊の力に触ってしまいますよ」
「あのような不覚、二度とない」
気位が高いクダギツネは、私の忠告にそっぽを向いてしまった。
アーチェが他の精霊の縄張り嫌がるように、クダギツネも島に来てすぐは姿を現さず、一年経ってようやく姿を見せている。
けれど間違って魔石の気配を確かめようとミナミを動かし、そこで他の精霊の力にあてられ弱ることになってしまった。
「でしたら、今後もそのようにご自愛なさいませ」
「…………我の手助けなどいらぬと?」
「そうではありません。そうですね、忠告をいただけるならお聞かせください」
私は巫女からの連絡で確かめに行ったところミナミがいた。
そして状況がわかってクダギツネの回復を手伝ったのだ。
その時にミナミには巫女であること、精霊憑きであることはばれている。
というかクダギツネが姿を現した時に私をこっそり紹介していたそうで、クダギツネ経由で聞かされていたそうだ。
「そなたらに憑く者どもは良くないぞ」
「えぇ、存じ上げていますとも」
私の答えにクダギツネは肩透かしを食らったような、不満げな表情をした。
クダギツネが複数形で指すのは私とマリアのことであり、アーチェとアルティスのことだろう。
「けれど、マリアのほうに自覚はないでしょう」
「教えない理由があるのですか?」
忠告にミナミが驚かないのはクダギツネに聞いていたからか。
もしかしたら助けに入ったのは対立の噂だけではなく、悪い精霊に憑かれている私を心配してくれたのかもしれない。
「なんと説明しましょうか。マリアと共にいる精霊は私を怨んでいます。苦しい状況を知らずに私が突き放したので」
私は十歳の頃のアルティスとの出会いをかいつまんで説明した。
「あなたの対応は致し方ないと思いますが、精霊相手にそれは悪手でしたね」
「えぇ、今ならそうとわかるのですけれどね。その後このアーチェに会い、あちらの切迫した状況を知ったのです」
「切迫した?」
疑問を口にするミナミに対して、クダギツネは知っている様子だった。
「魔力を溜め込みすぎて歪んでしまっています」
「あれはいつ爆発してもおかしくない。故に関わるつもりはなかったのだがな」
「それが良いでしょう。私も爆発されたくはないので、発散方法を模索している状態なのです」
あら、クダギツネが笑った?
「なるほど。語らず波風を立てて何をしているかと思えば。ミナミ、どうやら今回は我らが野暮をしたようだ」
「やはり、現状は何かしらの考えがあってのことですか? 邪魔をしたようでしたら申し訳ない」
「いいえ。ミナミさまのお気持ちは嬉しいことでしたから」
クダギツネは精霊で大体の事情は察しているようだ。
そのままミナミにも情報は筒抜けだと思ったほうがいい。
だったら下手に誤魔化さなくてもいいだろう。
よく考えたらこの二人、マリア以外にアルティスに干渉できる存在だ。
これは釘を刺すべきかしら?
「…………ミナミさま、どうかこのことはご内密にお願いしたいのですが」
「もちろん。あなたがこの島を思って行動し、家を助けようと誠心誠意尽していることを知っています。私も知らずに邪魔をしてしまっては心苦しい」
うん、ミナミのこの誠実さはゲームどおりでちょっと嬉しい。
「あちらの精霊の名はアルティス。百年ほど昔に我が家から何者かによってアルティスの魔石が盗まれたことが発端なのです」
巫女がいなかったことや力が溜まる一方であることを説明する。
「すでに性格が一定しないほど歪んでいます。下手に刺激すればこの島を吹き飛ばすような爆発を起こす可能性もあるのです」
「なんと。精霊にそのような力が?」
「ふむ、我らとは力の方向性が異なるのだろう。これは興味深い。同時に恐ろしいことよ。同じ精霊と思い込み干渉すれば大事に至るところであった」
「そちらではそのような災厄は起きえないと?」
精霊でも違いがあるのね。
「我らクダギツネは神の落とした一滴の力の発露。だが魔石という大地が時と共に育み生み出したこちらの精霊は、我らより力の蓄積が多いようだのう」
そういうものらしい。
だったら余計に関わらせないほうがいいだろう。
「学業など放り捨てて、島を離れることを我は進めるぞ」
クダギツネはミナミと私にそう言った。
私は微笑みで答えとする。
ミナミは私を見て何か言いかけてやめた。
「ふむ、覚悟はすでに決まっておるか。どうも我は野暮がすぎるようだ。許せ」
「いいえ。案じてくださったお心は確かに受け取りました」
「…………そなた、そのような負の精霊など放り捨てて、我が国に来ぬか? ほれ、このミナミ顔は悪くないぞ。国許での暮らしも上位。その力量であればそなた我が国においては下にも置かれぬ身分を約束」
「な、何を言っているんだ!」
滔々と喋っていたクダギツネの口をミナミが慌てて塞ぐ。
あら? 今もしかして求婚された?
ミナミを相手にクダギツネから?
「ふふ、そこまで買っていただけるなんて光栄ですね」
如才なく受け流すと、ミナミが頬を赤くして俯いてしまった。
気配を感じて足元を見れば、アーチェが私を見上げている。
「心配しなくても見捨てないわ。というか、あなたも私に捨てられるという危機感があったのね」
「別にぃ。ここまで来たら投げ出すのも面倒だと思って」
アーチェは私に向かって欠伸をすると、前足から影の中へ潜り込み始める。
「待って、投げ出すってどういう意味なの?」
「こっちの話だよ~」
そんなことを言ってアーチェは影に沈んだ。
同じ精霊であるクダギツネにはノーコメント。
私の足元のアーチェと、ミナミの肩にいるクダギツネは視線さえも合わせていない。
本当にマイペースすぎる精霊だった。
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