21話:折れないフラグの因果律
疲れただろうからと、私は早々にエリオットを帰して部屋で一人。
寝間着姿で深呼吸をして、ダイブしたベッドの上を転がり回った。
(よーしよーし! これで二人の仲違いないよね!?)
(仲直りさせましたから!)
(フラグ折ったよね!?)
(まだ一つ! それでも大きな達成と言えるはずよ!)
私は独り、大興奮で今日のことを思い返す。
実は誘拐された時、ほとんど声も出せないくらい怖かった。
アンディが殴られた時点で、ほぼ頭が真っ白になっていたくらいだ。
日本でもこの世界でも、私は犯罪に巻き込まれたことなんてない。目の前で行われた暴力を伴う犯罪に、今さらながら別の対処をすべきだったと一人反省する。
(もっと早く逃げていれば良かったのかもしれないわね。屋敷に戻って大人に報せて)
(結果としてはみんな無事だったんだし、抵抗したら私も殴られていたかもしれないよ?)
(そうね。縛られただけで済んだのは運が良かったし、マルコが案外紳士で良かったわ。海賊だけれど)
(ぐへへ展開もあり得たもんね。マルコがロリコンじゃなくて良かったよ)
(ジョーに言われて気づいたのよね、その可能性に…………)
(やめて、想像したくない…………この話は横に置こう)
ベッドで暴れて息が上がる。私は枕を抱いて止まると、天蓋を見上げて深呼吸した。
(…………バタフライエフェクト、起こるよね?)
(現状、ゲームとの目に見える違いはここだけだもの。起こってもらわなきゃ)
(次はどうする? これで終わりは不安じゃない? 他の攻略対象にも入学前に会っておくとかどう?)
(あと国内にいる攻略対象は、王子周辺の人物、つまりヒロイン側になる相手よね。すでにヒロインの初期メンツであるアンディと仲良くなっているし、これ以上は)
(うーん、顔繋ぐくらいなら平気じゃない? まだ親戚に攻略対象いるしさ)
(…………色物だけどね。アンディのようにまだ人格が固まってなければ、あるいは)
(そう言えばもうストーリーの敵ってもう魔法学校にいるはずだよね?)
(最終的には『不死蝶』も裏切る相手よね…………殺っとく…………?)
(いやいやいや、そんな大きく話変えたらこの先どうなるかわからないって)
そんな風に今後のこと考えている内に、私は眠りに落ちていた。
それから三日後、ジョーとアンディが揃って我が家を訪れる。
おかしい。どうしてやって来て早々剣呑に睨み合ってるの? 治ってない怪我の痛みで気が立ってるとか? そうだよね、仲直りしたはずだし、うん。
私がジョーとアンディから目を逸らすと、公爵たちが目線を合わせるために膝を突いた。
「シャノンくん、今回のことは大変助かった。改めて礼を言わせてもらう。ありがとう」
「エリオット、君もよくやってくれた。その献身には感服する」
膝を突いた公爵は、息子がいるからエリオットを使用人扱いで語りかける。
けれどジョーとアンディに背を向けて口パクする言葉遣いは、目上に向ける口調でのお礼だった。
膝を突いたのもエリオットへの気遣いだろう。エリオットは何も言わず、使用人らしく頭を下げた。
「あの時はあれしかなかっただろ」
「いいや、君が先走っただけだ」
「二人とも、玄関で喧嘩はやめて。案内するからいらっしゃい」
声かけるとジョーとアンディは私を探るように見ながらついて来る。
応接室では母が給仕を担当し、公爵方をもてなした。
(この状況、何かおかしくないかしら?)
(なんで私たちもいるの? 父親たちだけで話すのかと思ったのに)
応接室で別れたら図書室にでもと思っていたのに。何故かそのまま留められた。
「ところで、今日は過日の件で礼をということだったが?」
どうやらお父さまも子供たちを同席させる理由を知らないらしい。
「息子の命の恩人のシャノンくんに」
「素晴らしい魔法使いのシャノン嬢を」
図らずも被った公爵たちが、大人げなく睨み合う。
「素晴らしい魔法使い? 利己的な打算が透けて見えるな」
「命の恩人だからなんだ? 恩に報いるのは当たり前だろう」
「やめないか二人とも、話が進まない。つまりシャノンに直接礼をするために来たんだな?」
公爵たちが喧嘩を始めそうになったところで、お父さまが慣れた様子で止めた。
なんだか世知辛い気分になる。
「うむ、何にするか不本意だかこれと相談をしたのだ」
「そしたらまた息子たちが盗み聞きしていてな」
どうやらジョーとアンディは結局仲良く行動を共にしていたようだ。
「シャノンへの礼なら他人ごとじゃない」
「僕たちが助けられたのだし、話に加えていただきました」
で、私へのお礼が決まったから来たらしいけど、お礼ってなんだろう?
お金とか侯爵家に言うわけないし、私個人は、菓子折りもらえたら嬉しいくらいだ。
と思っていたら、何故かジョーとアンディが立ちあがる。そして座る私の前に来た。
すっごい真面目な顔してるのが、逆に不穏なんだけど?
「すでに他からも話が出ている。良い案だとは思ったんだが」
「如何せんどちらかしかその方法で礼はできないのでな」
公爵たちは睨み合いながら説明をするせいではっきりしない。
待ちきれないようにジョーとアンディが私と距離を詰めた。
「だからシャノンに選んでもらう」
「そう話がついたんだ」
突然私の前で跪くジョーとアンディ。どちらも真っ直ぐに私を見上げる。
瞬間、エリオットが息を飲んだ。振り返ろうとした私は両手を取られ驚く。
「俺と」
「僕と」
「「婚約してください」」
「は…………?」
今、なんて言った? 婚約? 婚約ってあの婚約?
え、私に? 嘘だぁ。空耳だと思…………えないくらい、しんとしてる。
(…………ど、どうしてこうなった!?)
(お礼で婚約ってどういうこと!? それって普通なの? ありなの!?)
(いや、今の私はお嬢さまでしょ! ありなし判定するのは今の私のほうじゃん!)
(わからないわよ! こんなこと初めてだもの!)
私が混乱に見舞われ硬直すると、応接室の中を突風が渦巻いた。
息を圧するほどの風はお父さまが無意識に放った魔法だ。
「これは…………どういうことだ…………?」
お父さまは瞳孔の開いた目で公爵たちに問い質した。
良かった。どうやら婚約についてお父さまは了承してないみたい。
「いつまでお嬢さまに触っているんですか」
エリオットが満面の笑みを張り付けて、ジョーとアンディの手を払う。
「何するんだよ、エリオット。まだ返事聞いてないだろ!」
「シャノン、こんな過保護な従僕連れてると行き遅れるよ」
「うちの子にはまだ早い!」
アンディの忠告に、私より先にお父さまが激昂した。
けれど体勢を立て直した公爵たちが攻勢に出る。
「いや、娘だぞ? 早めに嫁ぎ先見つけるのが親の務めだろ?」
「うちも娘はいるが、家に残すだけ離れがたいと思うぞ」
「うぐ…………」
大人げなく喧嘩する人たちに正論で諭され、お父さまが押される。
ここは私が対処しなければいけないようだ。まず根本を問い直そう。
「ジョー、アンディ、どうしてお礼が婚約の申し込みになるの?」
「どうせシャノンは金品なんていらないだろ? 欲しい物は自分で賄えるだろうし」
「だったらシャノンにお礼として提示できる最上のものは、将来の地位だろうから」
「うちのお嬢さまを舐めないでください。過ぎたものを望むわけがないでしょう。菓子折り持ってお礼いうだけで十分なんですよ」
うん、エリオットはよくわかってる。そしてジョーとアンディも考えた末に婚約だってこともわかった。
…………貴族の子弟って、庶民感覚からすると発想がぶっ飛んでる。
(ねぇ、私? 『不死蝶』に婚約者なんていた?)
(聞いたことないけど、『不死蝶』って攻略対象じゃないから掘り下げないし)
(いてもおかしくない、か。けど、たぶんこの二人ではないわよね?)
(そりゃ、ゲームではイベント以外関わりのない親戚だもの)
やっぱりここはお断り一択か。
「お礼で婚約なんてするものではないと思うの。それにまだ私たち子供よ」
「なんの不満があるんだい、シャノン? 僕なら君を大事にする」
「アンディ、そうじゃなくて」
「俺はエリオット付きでも気にしないぜ。嫁に来いよ」
「ジョー、気が早すぎるわ」
そうじゃない。そして睨み合わない。言い合いしない。喧嘩しない!
あーもう!
「お嬢さま、この不埒者二人を排除する許可をいただけますか?」
「駄目に決まってるでしょ。いい笑顔で何を言ってるの」
「エリオット、この際だから言うけど、お前はシャノンと近すぎる」
「ふ、嫉妬にしても程度が低すぎますね」
「使用人でありながら主人の未来を狭めるだけなんて程度が低いのはどっちかな?」
「おや、ご自身が先般お嬢さまのお手を煩わせたことさえお忘れに?」
「エリオットまで喧嘩しないで、ちょっと本当に待って!」
どうするの、これ?
お断りもできないのこれ?
いつの間に『不死蝶』とフラグ立ったの君たち?
せっかく仲直りさせたのに、変なところで張り合わないでよ。フラグ立つなら仲直りフラグを…………。
あ…………。
これ、バタフライエフェクト関係の話にあった気がする。
因果律。
そうだ、バタフライエフェクトは因果律で元に戻る!
そう書いてあったんだ!