194話:シリルの暗躍
「というわけで、思ったより私が知る未来と変わってしまっているの」
城を改築した魔法学校は王侯貴族が通う学舎だ。
そこには日本にはない設備がある。その名もサロン室。
私は個室で優雅にお茶をしながらシリルに相談していた。
エリオットは不在だけれど、ここにいることは伝えているのでその内来る予定だ。
「一つ一つ確かめて行こう。まず、シャノンが見た未来の重要人物はマリアでいいのね?」
「えぇ、マリアの行動を私が邪魔をするの。そしてそんなマリアを助ける方々と敵対することになるのよ」
「それが一番シャノンにとっては危険のない未来なのね。で、その敵対相手が変わってしまっている?」
「…………このことは秘密にしてほしいのだけれど」
神妙に頼むとシリルは真剣に頷いてくれる。
「ウィリアム殿下とルーカスを味方につけた後、マリアはアンディと親しくなるはずだったのよ」
「あー…………それ、本人にも言わないほうがいいと思うわ」
今度は私が真剣に頷いた。
「出会う順番も違うの。アンリとアレクセイが先に会って、マオが会いそうもないから手を回したわ。これは、未来を変えることになるのかしら?」
「うーん、シャノンの身に危険が起こる未来を阻止しつつ、敵対はするけれど危険のない方向にもっていくつもりなのよね? そのためにも人物が変わっていると安全が保てないかもしれない」
そのとおり。
だからこそストーリーイベントは起こってほしい。
けれどそこには別の問題がある。
私が未来を語ったせいでお母さまと叔母さまが頑張ってボスモンスターを強化しすぎてしまっている。
その上アンディが抜けて火力不足になっているのでストーリーが進まない。
「シャノンとしては番人という魔物が倒されて魔石を持っていかれるのは想定の内なのね?」
「えぇ、そのために手を施してあえて屋外に安置してもらってるわ。上手くマリアが集めてくれるなら、それはそれで魔石の回収が容易になるよう仕組んであるの」
アルティスの目的が他の魔石に力を分散することだという前提での作戦だ。
ただ魔石と精霊がアルティスの影響で負の面に引っ張られるという問題もあるけれど。
アルティスの行動を読める分手を打とうと親族で話し合った結果こうなった。
「つまりシャノンに魔石を集める邪魔をするつもりはない。未来と違って」
「あ、そうよね。私が邪魔することまでが予知なのよね。つまり」
「うん、たぶん対決を避けていると変わるばっかりだと思う。シャノンには辛いだろうけど」
確かに辛い。
だって私が出張るとなると余計にマリアは進めない。
だって私、番人より強いもの。
「うぅ、自分を鍛えすぎたわ…………」
「そうね、もう少し令嬢らしくいてくれれば私たちの出番もあったのに」
「出番?」
「ふふ、シャノンを助けて恰好をつける見せ場よ」
まるで劇団で台本を作る時のようなノリでシリルは笑う。
「でもシャノンはもうその実力が噂になってるから、下手に弱いふりしても警戒されるだけだと思うわ」
「そう、かしら? 例えば私一人に対してあちらの六人全員で…………」
「アンディに聞く限り、マリアってシャノンほど魔法の知識深くないと思うの。そうなると、援護も回復も防御も攻撃も担えるシャノンと違ってできることは一つの場面で一つの属性と適性じゃないかしら」
言われてみれば、国外で思うままに適した属性と適性の教師に教えを乞うことは難しい。
私はそれができたけれどマリアはゲーム主人公のように成長途中と言うところだろう。
ゲームでも攻略キャラとは別に主人公にはレベルが設定されていた。
レベルアップすると行動に必要な体力増、攻略キャラの枠増、扱えるアイテム増などできることが増える形式だ。
「アンリが防御、ルーカスが前衛、ウィリアム殿下が中衛でアレクセイが後衛となると」
「マオは援護適性だから中衛か後衛かな? そうなるとマリアは後衛のさらに後ろに下げられる。この時点で前衛もこなしちゃうシャノンとは配置にさえ差があるわ」
シリルが私とマリアの能力差を説明してくれた。
(学校の卒業試験はトーナメント制で、参加すれば卒業はできるんだよね?)
(えぇ、そうよ参加するためには実技評価が一定以上、戦闘に関する座学の履修が必要よ)
(そして一緒に参加を承諾してくれる仲間が最低三人必要なんだよね? この三人って、プレーヤーと攻略キャラ一人、サポートキャラ一人のゲームでも最低人数の構成じゃない?)
(そうね。ゲームで言うならパーティは六人。けれど実際はプレーヤーも頭数で最高人数七人)
そして七人は島内での実習を行える最高人数だ。
引率がつくので移動は八人乗りの馬車を使う。
「シャノンの場合、王子の護衛に捕まらないよう逃げ回れば、その間に中衛も後衛も狙えるよね?」
「できないとは言わないけれど、その場合、ウィリアム殿下とアンリが前衛に出て私の動きを阻害すれば、マリアが後衛からの攻撃を担えるわ」
「マリアにそこまで臨機応変にできるかな?」
「うーん、そうなると私はあの方たちの邪魔をしないほうがいいのではない?」
シリルは私に向けて指を振る。
「シャノン、今考えるべきはどう予知を回避するかじゃなく、どう安全に予知を実行するかよ」
「え、うーん、そう、ね」
でも倒しちゃ駄目なのよね。
だからって変に手を抜くと気づかれる。
同時に必ずしも完全優位ではない。
肉体的な強さは武芸を収めた王子たちのほうが優れているのだから。
「そ、こ、で!」
シリルは笑顔で私に近づいた。
「ちょっと私に任せてみない?」
「え?」
「絶対にシャノンを傷つけることがないようにするわ。その上で、マリアたちを誘導するの」
「誘導?」
「要はほどほどにシャノンも苦戦する地形を選べばいいのよ。そして前衛が集中するような彼らに有利な状況を演出する。あ、もちろん駄目だと思ったらシャノンが退ける逃げ道も考えて」
「シリル、何をする気?」
そんな都合よくいくとは思えないけれど。
心配する私にシリルはウィンクを返した。
「まぁ、任せて」
気軽に請け負うシリルとそんな話をした後日。
「あそこは僕と相性が悪い! 絶対嫌だね」
「なんて我儘なんだい! まるでピッコロ奏者がセレナーデを奏でるようだ」
「マリア、マウリーリオが何を言っているかわかるか?」
「ごめんなさい、ルーク。わからないけれど、たぶんアレクを諌めてるんじゃないかしら?」
「相性が悪いからこそ対策を練るためにあえて立ち向かうべきこともあるだろう?」
「ウィルの言うとおりだよ、アレク。強くなるには逃げてちゃ駄目だと思う」
マリアたちは今日の放課後向かう場所について話している。
腕を磨くことが目的だけれど、アレクセイが反対をしているようだ。
一人責められるような状況にアレクセイがへそを曲げたのが見て取れた。
そこに明るく棘のない声が助け舟を出す。
「得意を伸ばすのは一つの手だと思うよ、おいら。今日はマリアを伸ばして、明日はアレクセイを伸ばすって順繰りにすればいいだろう、ねぇ?」
人懐っこい笑顔にマリアたちの空気が緩んだ。
ウィリアムはアレクセイの様子を見てマリアに声をかける。
「マリア、どう思う?」
「そうね、明日はアレクセイの得意なところへ行こう」
「…………マリアが言うなら」
アレクセイが折れ、みんなほっと息を吐いた。
そのきっかけを作ったのは、私のクラスメイトでもあるマシューだ。
「えー…………?」
私は一緒にその様子を覗き見るシリルを見る。
シリルは得意げにまたウィンクをした。
「何をどうしてマシューをマリアに近づけたの? それに、どうしてあの中に入れたの、マシューは…………大丈夫?」
「マシューは行動力があるから。それにあまり深く面倒なしがらみを知らないからこそ自然体で入り込めるのよ」
「すごい才能ね」
「それ本人に言ってあげて」
マシューは市井育ちで父親が貴族だけれど、認知されず母と二人で貧しい暮らしをしていた。
けれど髪の色と魔法の能力が父親の耳に届き、息子もマシューだけのため無理矢理引き取られたというのはゲームでも見た設定だ。
そして付け焼刃の貴族教育をされて入学したけれど、早々に付け焼刃の貴族のふりは放り出す。
もちろん攻略キャラだからマリアと仲良くなるフラグはあった。
「いいの? 回復適性で私の前に立つのよ?」
「ほら、だからこそシャノンに危害を加えることはないでしょう?」
「そういうことではないのよ。マシュー自身、魔法を習い始めてそんなに経っていないはずでしょ?」
「あ、マシューの心配をしてくれたのね。大丈夫よ」
「本当に?」
「マシューは回復魔法すごく頑張ったから。ちょっとやそっとの怪我ならマリアたちを回復させて戦闘継続させられるわ」
「そういうことでもないのよ、シリル!?」
「ともかく任せて!」
シリルは自信満々に笑う。
不穏なことを聞いた気がしたのだけれど、その自信の根拠を教えてほしかった。
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