186話:美人司書と助手
私は購買から図書館へ移動する。
この学校にはもう一つ図書室があり、そちらは普通の書籍を揃えていた。
では図書館として独立した建物が別に作られているのは何故かと言うと、魔導書を納めるためだ。
ゲームにも出て来たガチャ係、司書のミレーレは図書館のほうに勤めている。
ゲームでは生徒を斡旋するという形でガチャをする場所だったけれど、現実では授業で杖のように魔導書も使うので生徒は必ず使用する場所だ。
「まぁ…………、噂に聞くとおりの蔵書数ね」
図書館は吹き抜けで装飾的な内装の中、正面に大階段が出迎える。
壁も柱も全て書架になっており、読書スペースは別室にあった。
魔法使いなら魔導書から発する魔力を感じる空間だ。
「あらあら、ルール侯爵令嬢。お世話になっております」
入り口を見ることのできるカウンターの中から、司書のミレーレが立ち上がって私のほうに挨拶へやって来た。
そんな特別扱いに、書架にいた生徒たちが一斉に私を見る。
「…………先日寄付したミカエリスコレクションは拝見できるかしら?」
「申し訳ございません。何分量が量ですのでまだ検分が済んでおらず書架に並べておりませんの」
ゲームでは強気なお姉さんだったのに、ずいぶん腰が低い。
その理由を知ってはいる。
お父さまは魔法学校へ定期的に魔導書を寄付しているのだ。
今年は私が入学することに際して魔導書の収集家として有名な人物の蔵書を相当量寄付していた。
このミレーレの生存を確認するためだけだったから、本当はうちにあった蔵書なんて見るつもりはない。
声をかけられて咄嗟に口に出てしまったのだ。
「いえ、私は家のほうで目を通したことがあるからあるのなら少し見ようと思っただけよ」
「音に聞く魔法の才能がおありなのに、勤勉でいらっしゃるのね」
持ち上げなくていいから。
ちゃんと間諜だと知っているから。
別に仕事ぶりを監視しに来たとかじゃないのよ。
ゲームでオーエンに殺されてしまうキャラクターのミレーレは、まだ死亡フラグが立っていないので元気そうだ。
「お嬢さま」
エリオットが背後から声をかけるので振り返ると、私ではない相手を見ていた。
ミレーレのいたカウンターに一人の女性が現われている。
金髪をサイドテールにした巻き髪が印象的だ。
ちょっときつめの顔つきがなんだか悪役令嬢っぽいと思ってしまう。
…………あ!
クラージュに行く途中の船で出会った王姪令嬢じゃない。
「イヴリーヌ公爵令嬢…………?」
「あらあら、お知り合いでしたか? ジャンヌさん」
私の言葉でこちらを見ている王姪令嬢に気づいてミレーレが呼ぶ。
名前呼びということは、クラージュ王国の公爵令嬢はミレーレの下についているということかしら?
そして見るからに仕事中だ。
そんな相手を呼ばないで。
用事があるなら私が行くから。
といっても、もう目の前に来てしまった。
「お久しぶりにございます」
「…………えぇ、ご立派になられて」
そんな居心地悪そうにしないでほしい、いや、心境はわかるけれど。
何より王姪令嬢のほうが見ていたから用事があるのかと思ったのに。
「院生になられたと聞いておりましたので、学内でお会いすることもあるかと思っておりました」
「そう、ですか。今は、院も卒業し、こちらで魔導書研究を…………」
歯切れが悪い。
そして視線を集めているせいで私が悪者っぽい。
と思ったら王姪令嬢は意を決したように私を正面から見た。
「ずっとあなたには謝らねばならないと思っていました。わたくしの旧悪のせいで、あなたの名に傷をつけてしまったこと、本当に申し訳ございません」
胸の前で手を交差させて女性の最敬礼を示す。
他国とは言え王姪がそんなことをしたせいで、もはや周囲の生徒は全力でこちらを見ていた。
「名に、傷…………ですか? 船上でのことでしたら、イヴリーヌ公爵令嬢が正しいところを喧伝なさってくださってではありませんか」
私はフォローしたつもりだったのに、すごく傷ついたような顔をされた。
え、何?
「お嬢さま、我儘令嬢のことを仰っているのでは?」
「あぁ、あの創作物ですか? イヴリーヌ公爵令嬢もご存じでしたの」
「はい…………。どう間違って伝わったのか、わたくしの悪行があなたのこととして描かれていると聞きました。大陸のほうでそのようなことになっているとは知らず」
もしかしてエリオットが留学中に聞いた私の悪評関係かしら。
ルカール伯からイヴリーヌ公爵へ伝わった話を知ったのかもしれない。
「そこまでのことではありませんのよ。あくまで題材として面白がった劇作家の創作。あんなありえないほど脚色された話、良識のある方が信じるような内容でもございませんもの」
「いいえ。観劇なさったという方から聞いた話は、かつてのわたくしでした。それを何故あなたに被せてしまったのか。あなたはわたくしを諌め、命さえも助けてくださった恩人であるのに」
なるほど自分の黒歴史だと。
これは相当気にしているようだ。
そして今そのことを言ったのは、私と思わず再会したことと人の目が集まっているからだろう。
それはつまり、私の悪評払拭のため?
だったらこれ以上ここで話す必要もない。
「今はお仕事中なのでしょう? お時間のよろしい時にお話をいたしましょう。今はどうか、私があなたの謝罪を受け入れ、その上で決して罰するつもりがないことをご理解ください」
「あらあら、でしたらジャンヌさんは休憩に入ってくれていいわ」
ミレーレが気を効かせて司書の休憩室を貸してくれるという。
エリオットは当たり前に給仕を始め、どうやら王姪令嬢のトラウマはここで解決しなければいけない流れになってしまった。
「どうぞ私のことはシャノンとお呼びください」
「でしたら、わたくしのこともジャンヌと」
思えば名乗り合うのは初めてこと。
傍から見たら悪役令嬢同士だなぁ。
「ではジャンヌさま、我儘令嬢を創った劇団が今、島で公演していることはご存じ?」
「えぇ、実はその劇団であると聞いて一度観に行きましたの。あれは、魔導書に閉じ込められるという話でしたわ」
最初の演目を見に行ったと聞いて、私は思わず笑う。
「実はあの劇は、私が公演するよう依頼したものです。魔導書も実際我が家にあるのですよ」
「え!? あの魔導書は実在するのですか!」
あら、そっちに反応するの?
「え、えぇ。私は劇団ゲームとは和解をしております。その上で啓発劇をするよう依頼を出しました。ここだけの秘密ですが、今では台本作成に関わってもいるのです」
「まぁ、そう。そうでしたの。わたくしまたあの劇団が酷い悪評を広めているのだとばかり」
「ですがどうか、このことはご内密に。私が悪評から脅して心ならずも公演していると思われては啓発の意味がなくなってしまいます」
「向こうからお嬢さまを引き込んだのですから、それは言いがかりでしかありません」
エリオットがそう口を挟むのを目で黙らせると、ジャンヌが身を乗り出した。
「シャノンさま!」
「え、何、なんでしょうか?」
「その魔導書をお見せいただけないでしょうか!?」
今日一番テンションの高い声でジャンヌは聞いて来た。
目が爛々と輝いている。
これは…………。
「興味がおありですか?」
「はい! わたくし魔導書について研究しておりますのも、本という形を取った上で使用者が変わることでその効果を変える奥深き世界に感銘を受けたからなのです! ご存じですか? 魔導書はそのページを取って魔法の触媒にすることで全く別の魔法を励起させ、それと同時に元の本として編纂された際の紐づけられた魔法論理の下に効果を…………!」
長い長い長い!
これってあれだ! マニアだ!
「わ、わかりました。本家にありますから、すぐに取り寄せてお貸しいたします!」
あまりの勢いに私はそう答えた。
するとジャンヌに手を両手で握られる。
「本当に? 嬉しい! ありがとうございます!」
「で、ですが、劇のような事態が起こらないよう備えはしてありますので」
「もちろん! 魔法の大家と呼ばれるルール侯爵家の所蔵する魔導書にそのような手落ちがあるとは思っておりません。先日寄付いただいたミカエリスコレクションも素晴らしい処置の仕方でした! 元の魔導書の魔法論理を壊さず、それでいながら錠前をつけるかのように魔法の暴発を防ぐ処置が…………!」
また長い!
口が挟めない!
手を握られてるからお茶も濁せない!
あ!
今ミレーレが様子を見に来た!
なのにジャンヌの怒涛の魔導書トークが聞こえて通りすぎた!?
待って止めて!
せめて会話を可能にして!
「魔導書の深淵に興味は尽きません!」
「そ、そうですね」
どうやら大人になっても王姪令嬢は情熱が暴走しがちな性格は治らなかったようだった。
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