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20話:王妃と詐欺師と首飾り

「それより、ローテセイ公爵のほうが問題では? 他国が関わっています」


 照れ隠しで話題を変えるエリオットに、お父さまも難しい顔をした。


「そう、帝国の介入だが、一貴族の暴走で片づけられるだろう。ただ、ローテセイ公爵がとても怒っている。あのウィートボード公爵が目も合わせず距離を取るくらいにな」

「えぇ? それは相当ですね、お父さま」


 驚く私に、その怒りを目の当たりにしただろうお父さまは重々しく頷く。


「お父さま、もし誘拐が成功していたとしたら、アンディは帝位に就けるのですか?」

「絶対ではないがね、やりようはある」


 帝位の第一にして絶対条件が男系男子であることなんだそうだ。

 アンディは条件を満たしているため、女系の皇帝一家からすれば血が遠い男系に取られるという危惧の種。

 と同時に美味しい婿の条件らしい。


「すでに後継者争いは予想されている。まだ子供の内に攫って婿にして、女系から次の皇帝を出そうという野望が抑えきれずに今回の暴挙だろう」

「つまり、海を渡っていたら、アンディは強制お婿さん? そんな乱暴なこと」

「実は、帝国の法ではかどわかし婚が違法にならないんだ。裁判で攫われた子を取り戻す判例も出ているけれど、子供の時に攫われると子供のほうが洗脳されて、婚姻を受け入れてしまうこともあるそうだ」


 正直、ドン引きだ。かどわかし婚なんて言葉が存在するくらい、珍しくないことだとわかってしまうのも嫌だ。


 かどわかし婚とは、攫って既成事実を作って結婚し、後から結婚の許可を親から取るものなんだとか。

 傷物にされて返されるより、金で解決したほうがただのマイナスよりましという考え…………らしい。

 近代国家の記憶のある私には到底受け入れられない習慣だった。

 正直、行ったこともない帝国への印象は最悪まで落ちる。


「聞く話では、財産持ちの未婚女性が被害に遭いますが、男児でも良くあることなのですか?」

「男系男子に拘る帝国の弊害だろうな。とは言え、エリオットも気を付けるに越したことはない。身分を隠しているとは言え、独断専行は今後慎むように」


 継承権争いの火種になりえるエリオットに、お父さまは釘を刺した。

 その言葉は心配から来ているようで、あまり怒ってはいない。機嫌がいいせい、と考えるにはちょっと対応が甘い。


「お父さま、何かいいことがありましたか?」

「それはもちろん…………そうか、お前たちはわからないな」


 お父さまは自身が浮かれていたことを自覚したらしく、恥ずかしそうに顎を撫でた。


「心配させたし、解決のめどが立った。今回の件について最初から話そう」


 そうしてお父さまは、お茶会をカモフラージュに話し合いを重ねていた詐欺事件の起こりから話してくれる。


「最初の報せは宝石商からの請求だった。とある高貴なご老人が、宝石商から買い物をしたのだが、代金を払わないという。ご老人に請求すると、なんと王妃の代理となって買っただけでご老人もまだ代金を受け取っていないので払えないというのだ」


 貴族の買い物では後払いが基本だ。

 貴族はお金を持ち歩かないし、家に商人を呼び出すのもデフォ。家に呼んだなら金銭管理してる使用人に回すだけ。


「もちろん王妃はそんな代理購入などしていないという。はっきり言ってしまえば、このご老人は詐欺師に騙されていた」


 国が払うという詐欺師の言葉を真に受け、ご老人は名義貸しのつもりで宝石を買い付けた。そして宝石は詐欺師が王妃に渡して、ご老人は王妃に恩を売る…………という段取りだったそうだ。


 国から金が貰えないから商人に渡す金もないと突っぱねたご老人に、怒った商人は王宮へと直談判に赴いた。


「元から王家の注文も受ける所だったからな。それで詐欺が発覚した、だけなら良かったんだが」

「旦那さま、それは首飾りに関係がありますか?」

「知っていたのか、エリオット?」

「予測ですが。詐欺師は王妃が首飾りを欲しがっていると言ったなら、王妃が表立って求められない曰く付き。ただし王妃を飾るにふさわしい既存品。であるなら、一つ心当たりが」


 この世界は服も装飾品もオーダーメイドだ。注文があってから作られる。

 品はあるのに買い手がいない高価な首飾りとなれば、確かにそうある物ではないだろう。


「エリオットの言うとおりだ。詐欺師に奪われた宝石は、俗に『幻の皇太子妃』と呼ばれている」

「僕の父が母との結婚のために作らせたものです、お嬢さま。自らデザインしてデザイン画を母にも見せていたそうです」


 エリオットは幼い頃にその首飾りの存在を聞いていたそうだ。

 完成と同時に結婚が認められず駆け落ちしたため、エリオットの母を飾ることのなかった首飾り。


「高価で曰く付き。買い手がつかず、王妃が買うには体面が悪い。そんな宙に浮いた状態を狙われたのですね?」

「そうだ。だからご老人も仲介を必要とするという話に騙された。そしてご老人は己のミスを王妃に擦りつけようとした」


 詐欺師に騙されたのではなく、王妃に騙されたと。詐欺師は正真正銘王妃の遣いで、王妃が払い渋りをしているのだとご老人は訴えた。


 それなんて老害?


「そんな言いがかりに、王妃さまは言い返さないんですか?」

「ご老人は歳と共に派閥を広げた方でね。妄言でも大勢で騒がれては王家が困る」


 ご老人を力尽くで黙らせても、その周囲が今度は騒ぐだけ。

 根本的に詐欺師を捕まえなければ終息しない問題になってしまったらしい。


「口ばかりよく回るご老人は、詐欺師が王妃の愛人だとまで妄言を言い出してな。本当に他人の評価を落とすことにばかり長けた…………ごほん、今のは忘れてくれ」


 苛立ちが漏れてしまったお父さまは、ことが露見してからの流れを口早に説明した。

 最初は王家に近く、王妃と血縁の濃い公爵家が対処したらしい。けれど詐欺師捜索は進まず、王妃の母方の実家の本家であるお父さまにも協力要請が回って来た。


「公爵家に侯爵家までが手を尽して見つからないなんて…………」

「いや、我々は敵を大きく考えすぎていたんだ」


 初めて聞いた風に言ってみると、お父さまは自嘲して首を横に振った。


「相手は貴族でさえない出の男だった。商人の下働きから貴族屋敷に出入りするようになり、気に入られて愛人に。愛人として他の貴族と顔を繋ぎ、振る舞いを覚えたそうだ」

「…………そんな人が王妃の名を騙るとは、確かに思えませんね」


 私も思わぬ詐欺師の正体に驚く。

 身分制度があり、下剋上はないこの世界で、詐欺師の嘘は大胆だった。その上王家も憚るご老人に直接詐欺を働くほど、心臓に剛毛が生えていると来る。


「旦那さま方は生粋の貴族が絡んでいると考えられていたのですか?」

「そのとおりだ。しかもご老人に名乗ったのは実在する別人の名で、詐欺師は幾つもの名と嘘の出生を使い分けていた」

「つまり顔も知らないままで捜すには難しかったと。どうしてそこまでわかったのですか?」


 今日の盗み聞きではまだわからなかったはず。そう思って聞くと、お父さまは笑って私の頭を撫でる。


「実はあの詐欺師、我々に捜されていると知って国外逃亡を図った。そして、不法な手段で海賊船に乗って海を渡ろうとしていたのだ」

「…………まさか?」

「そのまさかさ。シャノン、エリオット。二人の大手柄だ。誘拐犯の仲間と思って捕まえた中に、件の詐欺師が紛れていたのさ!」


 上機嫌に笑うお父さまから顔を逸らして、私はエリオットと見つめ合う。

 そう言えば、捕まえた中に違うと言っていた人たちがいた。あの中に詐欺師が?


「二人が止めてくれなかったら今頃、ご老人が吹聴する妄言がまことしやかなに囁かれて王家に傷がついていたところだ!」


 私はまたお父さまに抱き締められる。エリオットは手の届かない所に逃げた。

 ちょっとずるいんじゃないかな、エリオット?


「あ! 詐欺師が騙し取った、エリオットのお父さまの宝石はどうなりましたか?」

「大丈夫、ちゃんと回収できた。ただ…………」


 お父さまの語尾が沈痛に揺れる。そんな姿にエリオットは心配そうだ。


「ただ首飾りは王家に収めることになっている。そこは、諦めてくれ」


 ご老人との話し合いで、詐欺師の仲間呼ばわりに怒った王家は、本当に首飾りがあるなら即座に買うと宣言したため、すでに売約済みなのだとか。


「愛する者のために作られた物ですから、誰かに愛される方の手にあってほしいです」

「エリオット、いいの?」

「お嬢さま、母のために作られた物ですから、僕が持っていても」


 言われてみれば、首飾りは女性用だ。

 使わないエリオットが持ったり、店にしまい込まれているよりはという考えらしい。


「二人のことは公爵たちも王家に報せると言っていた」

「私たちですか? どうして王家に?」

「今回の件を解決したのは、二人の手柄だからだよ」

「でも、あれだけお茶会を開いて悩んでいたお父さまたちは?」

「骨を折ったことは伝えるさ」


 そう答えたお父さまは、なんだか悪い顔をしていた。


「あのご老人が子供に捕まえられるような詐欺師に騙されたという事実と共にね」


 どうやらお父さまは相当鬱憤が溜まっていたようだ。

 ここは大人の事情と言うことで、子供の私は深く追及しないでおこう。

 うん、私にはまだ早い。


三日毎更新

次回:折れないフラグの因果律

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