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19話:誘拐事件の後で

 四人で屋敷からの脱出を正直に打ち明けて怒られ、その前の盗み聞きも合わせてジョーとアンディはさらに怒られた。

 そして私はエリオットと家へと帰る。


「シャノン…………! あぁ…………」


 怪我はないもののドレスは汚れ放題、髪もほつれ放題の私に、お母さまは言葉が出ない。


「お嬢さま! すぐに着替えましょう!」

「その前にお湯です! 香油です!」

「すぐ用意します!」


 エイミー、ブレンダ、ケリーの侍女三人は、絶句した後にやる気を爆発させる。

 三人がかりで洗われた後、医師の診察を受け、魔力を測定して枯渇していないことに驚いた家庭教師の質問攻めをお母さまが防いだ末に、ベッドに追いやられた。


「お母さま、エリオットは?」

「休むよう言いました。もちろん、お湯も使って、医師の診察も」

「良かった。あ、そう言えば私が着ていた服はどうしましたか?」

「もう汚れて使えませんから、捨てるように言いつけましたよ」


 クリーニング屋なんてないこの世界だと、あんな豪華なドレスも汚れたら捨てるらしい。

 正直勿体ない…………あれ? そう言えば服と一緒に身につけていたものは?


「お、お母さま! 薔薇の刺繍だけは捨てないでください!」

「あのリボンのこと? あれも汚れていたから捨てるように言ったけれど」

「そんなぁ…………!?」


 絶望的な私の反応に、お母さまはおろおろし始めた。


「ま、まだ廃棄前かもしれないわよ、シャノン」


 そう言って、お母さまは呼び鈴を振る。

 そうしてやって来たのは、着替えも終えて普段どおりのエリオットだった。


「まぁ、休んでなさいと言ったのに」

「いえ、お気遣いなく。僕は自ら向かいましたので」

「そう? では頼まれて欲しいのだけれど」


 お母さまは知らず、エリオットに破棄したかもしれない薔薇の刺繍がされたリボンを探すように言う。

 私は申し訳なくてエリオットを見ることができない。もらったその日に捨てたかもなんて、あんまりな話しだ。


「…………お嬢さま、お気になさらず」


 そう私に声をかけたエリオットが、お母さまに薔薇の刺繍に魔法をかけていたことを説明した。


「エリオットが贈った物だったの!? 大変!」


 話を聞いて、お母さまのほうが慌てて室外へと駆け出してしまった。無駄のないお母さまの身のこなしに、エリオットも止める暇がない。

 部屋の外からは汚れたドレスを何処へやったのかを聞く声が聞こえていた。


「お嬢さま」


 苦笑しながら、エリオットはベッドに寄って来る。


「ごめんなさい。せっかくくれたのに」

「いえ、汚れていたのは確かですし」

「それでもエリオットが一生懸命作ってくれたものじゃない」

「もう役目は果たしましたから」


 本当に気にしている素振りのないエリオットを見ると笑顔を浮かべていた。


「ウィートボード公爵子息の仰るとおり、あの刺繍程度では魔法の効果範囲は限られていました」


 私たちが部屋にいないと知ったエリオットは、屋敷を出たことにはすぐに気づいたそうだ。

 けれどすでに私は海賊に捕まっており、移動をしていた。


 エリオットも外へ出て、範囲外になろうとする私の反応を追って通りへ。

 けれど馬車に乗ったと思われる速度で離れ始め、追跡が不可能になったらしい。


「方向だけを確認して屋敷に戻り、旦那さまに報せた時には大騒ぎになりました」


 それはそうだろう。

 まだその時には誘拐とは思われてなかったそうだけど、高貴な子供たちが屋敷の外に出て行方をくらましたのだ。そうでもなくても親なら子供だけでの独断専行を心配する。


 そこに誘拐現場を見た者がいて報せ、さらにウィートボード公爵家は大騒ぎに陥った。

 エリオットも誘拐と知って屋敷を飛び出したのだとか。


「あんなに歩いたのは初めてでしたね。思ったより僕は体力がないようです」

「基本的に屋敷の中しか移動しないものね」


 持久力を鍛えるなんて考え、この世界にあるとは思えない。


「よく第三港湾だとわかったわね」

「それが、方向だけ定めて歩いて行きついたのがあそこであっただけで。港だったので報せを送る場所あり、遅ればせながらそこから公爵家へ報せをやりました」


 電話のないこの世界では、基本的に情報のやり取りは人を動かす。

 港という公共施設には、メッセンジャーが常駐しているそうだ。

 そして、じっとしていられなかったエリオットは、不審な霧の中、単身私の救出に走った。


「無茶するわ」

「お嬢さまほどでは」


 お互い顔を身わせて笑うけれど、エリオットはふと沈痛な顔で下を見る。ベッドの縁に置いたエリオットの手は震えていた。


「エリオット? どうしたの?」

「…………いなくならないでください」

「その、置いて行ったのは、悪かったと思うけれど。今回はエリオットが一緒じゃなかったお蔭でこうして」

「違います。違うんです、そうじゃなくて…………人は簡単に死ぬんです」


 俯いてしまったエリオットは、きっと突然の暴挙で死んでしまった両親のことを言っている。

 そして今回、私もその可能性があった。


「ごめんなさい、もうこんな無謀なことはしないわ」

「謝るくらいなら、何処までも一緒にいさせてください。せめてあなたを守れる場所に」

「…………できる限りね」

「言いましたね」


 鋭い目で言質を取るエリオットの変わり身の早さに、一瞬空耳かと思った。


「では、今度は刺繍よりも強固で範囲の広い高精度の探索魔法を付与できる物を作りますので。できた暁には肌身離さず着用ください」

「な、何をする気なの?」

「もちろんお嬢さまのお気に召すものを作ります」

「それは、ありがとう?」


 綺麗な笑顔で言い切られ、私は思わずお礼を言う。

 いや、これどうしていいかわからない。

 断るべき? 善意100%みたいな顔してるのに?

 断ったらまたお通夜みたいな雰囲気出さない? え、どうしよう?


 ただわかるのは、これからエリオットの過保護が加速するだろうこと。

 それでもやる気に満ちて拳を握るエリオットの、手の震えが止まったのなら、いいかと思えた。


「お嬢さま、魔法道具に頼らずとも、いつでも呼んでください」

「そうね」

「絶対ですよ。今回は良くても」

「もうないように願うわ」

「僕もお嬢さまの顔が険しいのはないことを願います」

「え? 私?」

「はい。やはりお気づきではなかったんですね。ずっと、険しい表情で。声や言葉には出ていませんでしたし、薄暗い倉庫でしたからあの二人は気づいていないでしょうが」

「…………そう、エリオットは誤魔化せないのね。実は暴力的な雰囲気で怖かったの」

「はい」


 エリオットは安心させるように微笑んで話を聞いてくれた。

 話している内に、お父さまの帰宅を知らされる。私たちから捕まえた誘拐犯の話を聞いて、公爵家に出向いていた。


「シャノンー! 愛しの我が娘よー!」

「お、お父さま? どうなさったのですか? 行きとはずいぶん…………」


 真剣な表情で出ていった時とは打って変わって、帰って来たお父さまは上機嫌だった。

 私はお父さまに抱き締められたまま、エリオットと顔を見合わせる。


「エリオットもよくやってくれた!」

「は、はい」


 私を抱いた腕とは反対の腕で抱き締められ、エリオットも戸惑う。


「公爵子息たちから聞いたぞ! 二人が誘拐犯を捕まえてくれたお蔭だ!」


 どうやらことのスピード解決にお父さまはお喜びらしい。


「この件については公爵たちも感謝をしていた。特にエリオットは冷静に私たちに報せながら果敢に救出に向かったその有能さに驚いていたよ!」

「い、いいえ、そんな…………」

「二人も聞いたとおり、今回の件、あそこはお家騒動だったからな」


 どうやら、ジョーが攫われた理由の裏付けが取れたらしい。


「その、やはりあちらの後妻の方が?」

「そこまで聞いているのか?」

「はっきりとは…………」


 子供の私たちに話すべきか、お父さまは神妙な表情で考え始める。

 ようやく抱き締めから解放されて、私とエリオットはちょっとほっとした。


「はっきり言えば、後妻の実家の暴走だ。どうやら懐妊したらしい」

「まぁ…………こんなことをせずに、素直に喜ぶだけでよろしいのに」

「そうだな。生まれてもいない、性別もわからない子の存在に浮かれて、馬鹿なことをするものだ」


 どうやら後妻の実家が公爵家の跡取りに孫を据えようとこんな先走ったことをしたらしい。そして私のゲーム知識だと、確かジョーには妹がいた。


「後妻は関わっていないと言っているが、他の親族の目もある。岳父を隠居、息子に家督を譲らせることで手を打つそうだが、まだ詳しいことは決まっていない」

「ジョーは大丈夫かしら?」

「あれで打たれ強いですから」


 私とエリオットがそう言葉を交わすと、お父さまはエリオットに優しい目を向けた。


「明かさずとも、仲良くなれそうで良かった」


 エリオットは恥ずかしそうに視線を逸らす。

 そう言えば、ジョーはエリオットの従兄弟にあたるんだった。



三日毎更新

次回:王妃と詐欺師と首飾り

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