16話:友の身代わり
痛い目を見せてやるという無言の脅しが聞こえるようだ。
ジョーとアンディは怯えを押し殺すように、迫る誘拐犯を睨み上げた。
「おい、どっちがローテセイ公爵家のガキだ? 嘘なんか吐こうと思うなよ?」
無言を通す二人に、誘拐犯はすでに殴られているアンディではなく、ジョーに手を伸ばした。
それを見て、アンディが猿轡をされた状態で声を上げる。
「あーん? なんだって?」
誘拐犯の一人が猿轡に手をかけた時、アンディとは別の所から声が上がった。
「…………俺だ」
短いけれどはっきりした返答に誘拐犯たちの表情が険しくなる。
答えたのは、口が自由になるジョーのほうだった。
「だから言ったではないですか。あなたたちが間違えて」
「うるせぇな! おい、本当にてめぇか!? 金髪のくせにウィートボード公爵家の奴じゃないってのか!?」
間違いを認めたくなくて、ジョーの襟首をつかみ上げる誘拐犯。
うん、あなたは間違ってないよ。あ、誘拐なんて犯罪行為は間違いだけどね。
驚いて固まっていたアンディは、猿轡をされた状態で何か言い始めたけれど誰も聞いていない。
「どうしてローテセイ公爵家に金髪がいないと思っているんだ? 母方の叔母も祖父も金髪だし、父方も大叔父は金茶の髪だ」
それらしいジョーの返答に、誘拐犯は苛立った様子でジョーを床に落とす。
「それでは少し確かめさせてもらおうかしら?」
ランプを近づけようとする異国の紳士に、ジョーは顔を背けた。
「さっきからそれで見えないから言い争っていたんだろう? しかもランプが熱いんだ。やめろ。確かめるなら言葉で判断するくらいの知性はないのか?」
ジョーの挑発に異国の紳士は蹴りを入れた。
「継承争いの人形が欲しいだけなんですよ。自らが上位だなどと思い上がらないことですね」
「こんな皇帝の玄孫を引っ張り出そうとするくらいだ。そうとうフューロイス帝国の血は病に侵されてるようだな。何を驚いている? それくらいの情報耳に入る。跡目争いを懸念して男系を国外に追いやったっていうのに、残った男系男子も病弱で先細りだってな」
ウィートボード公爵家のジョーがここまで詳しいのは、きっとアンディが喋ったからだ。
「それとも、お前が父上に追い返された使者だったか? 確か、アップルパイを食べようと林檎に言う上に、竈も小麦も用意していないなどそんな馬鹿な話があるか、と追い返されたんだろう?」
この世界でアップルパイは美味しい話を意味する慣用句だ。
つまり手ひどくローテセイ公爵に馬鹿にされて使者は追い返されたらしい。
そして、その使者は本当にこの異国の紳士のようだった。尖った靴の先で、異国の紳士はジョーにもう一度蹴りを入れる。
「おのれが林檎だとわかっているなら、大人しく刈り取られていればいいんですよ。国外に連れ出してしまえば、もうここに戻ることなどできないのですから。…………では、こちらを我らがいただきましょう」
「あ? おい、ちょっと待て! そうなると俺たちの報酬は…………」
ジョーを攫った誘拐犯は、異国の紳士の向こうにいる小男に声をかける。
小さくて気づかなかったけれど、誘拐を指示した雇い主のようだ。
「私は金髪のウィートボード公爵家の子息と言ったのだ。金髪のローテセイ公爵家の子息を連れてきて報酬を寄越せと?」
「おい、待て、それじゃ!」
ジョーの主張のせいで、また新たな争いの種ができてしまった。
ジョーを囲んで誘拐犯たちが言い合いをする。
そこに、猿轡をはめられていても足だけは自由なアンディが体当たりを食らわせた。
「邪魔するな! お前はお呼びじゃないんだよ!」
「やめろ! そいつに手を出すな!」
乱暴に掴まれて投げ飛ばされるアンディに、ジョーは駆け寄ろうとして上から押さえつけられてしまう。
そんな中、私はエリオットに袖を引かれた。
エリオットはランプの明かりの外に投げ捨てられたアンディを指す。
私はエリオットに頷いて木箱を降りた。
「逃げるには、足止めが必要ね」
「では、漁師の網と縄がありますし、これで」
短く行動を決めて、私たちは木箱の陰からアンディの背後へと近づいた。
「静かに…………。誘拐犯を捕まえるから、私たちが離れたところで敵の注意を引いてほしいの」
私たちに気づいて何かを訴えようとしたアンディは、怒りに満ちた目で頷く。
睨んでる先には誘拐犯…………じゃなくて、ジョー?
「できれば、誘拐犯からウィートボード子息を引き離してください」
エリオットも気づいてそうつけ加える。
アンディはまた一つ頷くだけだった。
体を縛る縄を解くと、アンディは自ら猿轡を乱暴に外す。
私とエリオットが素早くその場を離れると、アンディの怒鳴り声が聞こえた。
「この考えなしの自分勝手!」
「ぶわ!?」
木箱の向こうから激しい水音がする。直撃を受けて声を上げたのは、ジョーのように聞こえた。
「くそ、このガキ! なんで縄を?」
「暴れるなら殺してしまえばいいでしょう」
「何処の貴族かわからないんだぞ?」
「だからこそ喋られたら困るんじゃないか」
身勝手なことを言い合う誘拐犯に、今度はジョーが怒った。
「ふざけるなよ! この犯罪者ども!」
空気が焼ける臭いはするのに、木箱が燃える音はしない。
「どうやら倉庫の中には延焼防止の結界が張られているようですね。これはちょうどいい」
「それならエリオットは敵を纏めて。網は私が」
また木箱の上に登って見下ろすと、何故かジョーとアンディが魔法の撃ち合いをしていた。
アンディが腕より太い水流を放つと、避けたジョーの後ろにある木箱が殴られたような音を立てる。
ジョーが火の玉を振り回して飛ばすと、木箱に当たって四方八方に火の粉が飛んだ。
「なんだこの魔法の精度は!? 俺たちの魔法じゃ掻き消えちまう!」
「こうなったら腕力だ! お前ら大人しく、げは!?」
「うるさい、邪魔するな!」
「君が大人しくしろ!」
ジョーとアンディはお互いに魔法を放ちながら、取り押さえようとする誘拐犯たちに水と火を浴びせかける。
私が効率的な魔法の使い方を教えたため、誘拐犯よりも強力な魔法を扱えた。
そして私が教えた魔法は、どうやら世間一般の大人の魔法使いが使うよりも強い魔法だったようだ
「うわ! 足元に火が!? ランプの油が漏れたか!?」
「いきなりぶつかってこないで貰おうか! こちらにも火が走って、あれ?」
足元に走る火に、気づけば誘拐犯たちは囲まれている。
背中を寄せ合って集まった誘拐犯を囲んで炎の壁が発生した。
「うわ!? こりゃ、魔法だ!」
「くそ! あのガキか!?」
「違いますよ」
炎の壁を消して姿を現したエリオットに、誘拐犯たちは動きを止めた。
その隙を逃さず、私は木箱の上から網を落とす。
もちろん子供の腕じゃ網が広がらないから、風の魔法で綺麗に包むように落とした。
「あ!? あの女のガキは!」
「ガキとは何ですか、ガキとは」
一人が私に気づいて声を上げた。
そこにエリオットが笑顔で膝裏に蹴りを入れ、誘拐犯たちは網の中で雪崩を起こして倒れる。
「エリオット、天井に滑車があるわ。網にこの縄を繋いで」
「はい、お嬢さま」
「や、やめなさい! く、こら! あ、あー!?」
網の中で身動きの取れない誘拐犯たちは、三十センチほど浮かせただけで抵抗できなくなった。
と言うか、一番下の異国の紳士は網に顔が押しつけられてすごいことになってる。これなら魔法使いがいても指先なんて動かせないし、属性によってはみんな巻き込むだろう。
「何が『俺だ』だ! 勝手なことをするな!」
「勝手ってなんだよ!? あの時はあれしかなかっただろ!」
二人はなおも喧嘩を続けていた。
責めるアンディに、ジョーも言い返して自分の行動を正当化しようとする。
「君はいつもそうだ! すぐに忘れて都合のいいことばかり!」
「なんのことだよ!? 俺は物覚えいいほうだ!」
「シャノンの髪飾りのこと忘れてただろ! 待ってれば助けはきたんだ! 危険を冒す必要性なんて微塵もない!」
「そのシャノンが一人だけ別にされて、身ぐるみはがされてるかもしれない状況で何言ってんだよ! しかも来てるのエリオット一人だろうが!」
どうやら喧嘩しながらこちらのことは見ていたらしい。
喧嘩で頭に血が上っているのか、冷静なのかよくわからない。
ジョーの指摘にちょっと恥ずかしそうに咳払いしたエリオットは、三人組を縛り上げてから立ち上がる。
「きちんと助けは呼んであります。それまでは静かに待って…………」
「いさせてはくれないようね。外から人が来てる。いいわ。私とエリオットで対処しましょう。この暗さと入り組んだ倉庫の中なら怪我をしないで捕まえられるはずよ。文句があるならあの二人を静かにさせて」
「…………仰せのままに。網と縄を集めましょう」
倉庫に置いてある網は破れたりほつれたりしているものの、人間を捕まえるには十分だ。
漁具って便利。さすが捕獲するために作られた道具だ。
そんなことを考えながら、私はまた上から網を投げ込んだ。
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