15話:アーチェの後出し
再会したエリオットが、全然離してくれる気配がない。
心配かけたとは思うんだけど、ちょっと感動の再開は後にしてほしいかな。
「エリオット、ごめんなさい。でも、今はジョーとアンディを助けないと」
「…………お二人もご一緒ですか?」
体を離したエリオットは、声だけは平静だけれど表情は不満そうだ。
アンディなんか殴られて怪我してるんだから、もう少し心配してあげて。
「同じ海賊船に乗せられて国外に連れ出されるところだったみたいなの」
「それで、お嬢さまだけ別に?」
なんだかエリオットの表情が見たことないくらい険しくなってる。どうしたの?
「えーと、小屋がここだから確か…………向こうの倉庫に囚われているはずよ。海賊は逃げ出したけれど、船に乗せられたら大変なの。助け出さないと」
「お嬢さまがですか? この場所のことはすでに旦那さま方にお伝えしてあります。どうか危険な真似はおやめください」
「エリオット、そのお父さまたちは一緒じゃないの?」
「…………僕は、先行して、その…………偵察に…………」
エリオットはたっぷり黙ってから声を絞り出す。
歯切れの悪さからして、勝手に動いたようだ。
品行方正なエリオットにしては珍しい独断。私はこんな状況だけれど笑ってしまった。
「なら、ジョーとアンディも助けて、みんなで一緒に怒られましょう」
「はい…………」
私はなんとなくエリオットの手を引いて倉庫に案内する。
そう言えば、屋敷に来たばかりの頃はこうして庭を案内したものだ。エリオットは俯いたまま喋らず、ずっと私が連れ回していた。
いつからエリオットのほうからついてくるようになったかは、覚えていない。
「そう言えばお嬢さま、この不思議な光と蝶はなんですか」
「あ…………」
悪役エフェクトのこと忘れてた。
これ目立つから、まだ家庭教師にも教えてないのに。
「お嬢さま?」
私が言いよどむことで、エリオットは不審そうに私を呼ぶ。
「その、私にもよく、わからなくて」
「よくわからない?」
この悪役エフェクト、アーチェの与える特権を持つ魔法使いにだけ現れる神聖な光とか言っていた。
蝶が舞ってるのは、契約で私の魔力に影響された証なんだって。
「お嬢さまに害はないのですか?」
「ないと思うわ」
「なんとも頼りないお言葉ですね」
さっきアーチェに言った言葉をそのまま返されてしまった。
「エリオット、このことは内緒にしてほしいのだけれど?」
「何故ですか?」
「その、見た目が悪いでしょ。怖くない?」
「いいえ、繊細で儚いのに、確かな光で照らすこの不思議な明るさは、お嬢さまによくお似合いかと」
「あ、ありがとう…………」
うーん、これは私が『不死蝶』に先入観があるせいなのかな?
霧で先が見えにくいため、私は悪役エフェクトを出したまま進んだ。
「この倉庫よ。ここまで霧は来ているのね。やっぱりそれなりに実力のある魔法使いなんだわ」
「お嬢さま、正面には見張りがいます。霧と騒ぎで注意は散漫です」
「だったらこうしましょう」
私はまた眠り薬を作って投げつけた。
見張り二人が倒れたのを確認して、私たちは閉められていた倉庫の扉を開ける。
「物影が多いならまずは隠れて敵の数と配置を把握しましょう」
エリオットの提案で、私たちは身の軽さを活かし摘まれた木箱の上を移動する。
ちょっとドレスが邪魔だけど、いっそ開けた木箱の上のほうが動きやすいくらいだった。
「団体戦するなら~、契約特権使ってみない~? 役に立つかもしれないよ~」
アーチェが影の中から顔を出す。
確かに魔法の練習や魔法文字の暗記で契約特権を試す機会を逃し続けてた。
本当にゲームのように仲間を強化できるなら、エリオットにかけるべきかもしれない。
「エリオット、ちょっといいかしら?」
「なんでしょう、お嬢さま」
「今からあなたに強化魔法をかけるわ。手を貸して」
エリオットは一も二もなく手を差し出した。
うん、イエスマン。
「じゃ~、この子を強化するよ~」
アーチェが久しぶりに陰から全身を出して言った。
最近ただの生首になってたからそう言えば尻尾はこんなだったなぁと思う。
思っている間に、握ったエリオットの手に悪役エフェクトの蝶が一匹降り立った。
瞬間、弾けるように消えた蝶は、何故か光の文様となってエリオットの手の甲に輝いている。
「お嬢さま、これは…………?」
「えーと、あ、ちょっと待って」
見下ろすエリオットの手の甲の間に、またゲーム画面が浮かんでる。
これは、ゲームでチーム編成をする時の画面だ。
チームメンバーはエリオット一人。
タッチすると見慣れたパラメーターが現われた。
強化前と後のパラメーター値が色違いで表示されている。全体が1.5倍強化されてた。
(こんなバフ、ゲームにもなかったんだけど?)
(全強化なんて、主人公もしていなかったはずよね?)
(いや、できたらゲームブレーカーだって。…………あ、そう言えばストーリーで窮地に陥った主人公チームが主人公の声で復活みたいなのあった気も…………)
(ただの演出だと思っていたけれど、精霊と契約した特権だったということ?)
(うーん、こんな印出るなんて演出はなかったはずだよね)
(そう言えば主人公は、こんなエフェクトついていないわよね?)
(それは戦闘画面に主人公出ないからじゃない? 『不死蝶』なら蝶々のモチーフはついたけど、主人公はわからないね)
(ではこの強化は、ゲームでも『不死蝶』が持っていた力ということでいいのかしら)
私は律儀に待ってるエリオットの存在を思い出した。
「ごめんなさい、エリオット。体に違和感はない?」
「違和感どころか…………。肉体的にも魔力的にも強化されたことが立っているだけでも感じられます」
「そう? 私はあまりわからないのだけれど」
「その状態だと~、契約者は魔力で補えば好きな適性を操れるようになるよ~」
アーチェ、そういう重要情報を後出しにしないで!
後でアーチェにはしっかり聞き出さなきゃ。
ほぼ影の中にいるせいで、たまに存在忘れちゃうのよね。
「それじゃ、行きましょうか」
「あの、お嬢さま。そのお姿お似合いではあるのですが、少々、いえ、とても目立ちます」
潜むにあたって光ってるのは邪魔だからと悪役エフェクトを切ると、エリオットにかけた強化も消えることがわかった。
本当に先に言っておいてよ。
私はなんとか光を弱め、飛び回る蝶を背中に貼りつかせる。
そしてようやく、ジョーとアンディが捕まっていた倉庫の奥へと辿り着いた。
「だから、こっちが俺たちが攫って来たガキだって!」
「同じ場所にいたのでしょう? 確信となった証拠をここで示せと言っているのです」
分厚いレンガの壁のお蔭か、まだ外の海賊たちの騒ぎには気づいていないようだった。誘拐犯たちは何やら言い争いをしている。
「あんたもわからない人だな。俺たちは金髪のウィートボード公爵子息を攫ったんだ」
「で、そっちは青い目のローテセイ公爵子息を攫ったって言ってるだろ」
「この暗さでは瞳の色までわからないでしょう。本当に青い目なんですね? 間違っていましたなんて後から言い訳はできないのですよ」
木箱の上から覗くと、異国の紳士と言った風情の男が増えていた。
どうやらその異国の紳士が難癖をつけてるように見える。
薄暗い倉庫の中、ランプの色のついた灯りじゃジョーとアンディの瞳の色の違いはわかりにくい。
とくにジョーは光の加減で瞳の色が変わる。そこが異国の紳士の懸念のようだ。
「どうせ同じ船に乗せるんだ。どっちかは逃げ場のない船の上で確かめればいいだろう? もうさっさと報酬を寄越せ」
「なんとずさんな。これだからニグリオンの犬は」
「あぁん? お国言葉喋れば豚の呻きにしか聞こえない奴がなんだって?」
よく見ると、怒ったのはジョーを攫った身なりのいいほう。
異国の紳士の言葉に笑ったのは、この辺りでは見ないデザインの服を着た、アンディを攫ったほうの誘拐犯だった。
「こっちだってな、ウィートボード公爵の跡目争い関連なんだよ。間違えましたじゃすまないのはお互いさまだろうが」
「お互いさま? ニグリオン程度の国の公爵家が偉そうに。こちらは帝国の皇位が絡むんです。同じだなどと言わないでいただきましょう」
私は木箱の上でエリオットと顔を見合わせる。
エリオットはジョーの名前を書いて、その後に後妻と書く。
ジョーは前妻の子で、今はウィートボード公爵家に後妻が来ている。
ジョーの口から後妻の話が出ないことから、あまり良好な関係ではないのは想像がついた。
「俺たちは荷を船に乗せりゃそれで仕事は終わりだ。邪魔をするな」
「こちらはそれで済まないから、確認をしているのです。だいたい、我らが狙った獲物を横からかすめ取るような真似をしておいて。何日張ったと思ってるんですか」
「あーもー! これだからフューロイスの奴はねちっこくて嫌なんだよ!」
この世界にはフューロイス帝国という国がある。アンディのローテセイ公爵家は、そのフューロイス帝国の継承争いに負けた王子がこの国で建てた家だ。
「そうだ! 一番早い解決方法があるじゃねぇか!」
そう言って、ジョーを攫ったほうの誘拐犯が脅すように指の関節を鳴らす。見据える先にはジョーとアンディがいた。
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