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14話:お嬢さまは演技派

 私は座り直して腕の位置を確かめつつマルコを見つめる。

 今私は魔法道具と思われる縄で腕を体の側面に縛りつけられていた。

 縄の先にある石に魔力を通されると、強制的に私の魔力が放出されて、貧血のような虚脱感に襲われる。


 まずはこの縄から逃げ出さないと。

 そのために、目の前のマルコとニックという海賊の注意を私から逸らさなきゃいけない。

 ちょっと、いや実はすごく心臓早いけど、ここは冷静なふりを心がけなきゃ。


「それでは最初の警告です。己の罪を認めて、わたくしたちを解放なさい」

「聞けるわけねぇだろ。俺たちに死ねってか」


 思わぬ返しにちょっと言葉が続かない。

 …………そう言えばこの世界、身分差が司法にも適用される世界だ。

 貴族に対して罪を犯す平民は、ほぼ死刑になる。しかもギロチンとかの即死ではない。

 百叩きにして水を浴びせかけて野犬のいるような野に追放すると言う前時代的な刑罰が未だに生きている世界だ。


「海賊は窃盗の罪で刑を受けるのかしら?」

「殺人、騒乱、放火、罪はいくらでもあるが、基本海賊として捕まったならさらし者の上に縛り首だな」

「自首するくらいなら逃げるっす」


 思わず漏れた私の疑問に、マルコとニックが答えてくれた。本当に妙なところでノリがいい。


「海賊は何処の国の法で裁かれるのかしら?」

「そりゃ、捕まえた国だろう」

「故国に送り返されるということは?」

「聞いたことねぇっす」


 犯罪者の強制送還なんて決まりはないらしい。つまり、この海賊は捕まるとこのニグリオン連邦の法律で裁かれて死刑になるようだ。

 私は片腕を動かしながらニックを盗み見る。


「では二度目の警告です。私たちを解放して自首するなら、刑が軽くなるよう私が口添えをしましょう」

「公爵家の跡取りになるような奴らに手を出した海賊を庇えると思ってるのか?」


 マルコが私を小馬鹿にして答えれば、隣でニックが出っ歯を突き出すように驚いた。


「え、あっちの子供は公爵家なんすか? 俺、公爵家の人間なんて初めて見たっす」

「お前ちょっと黙ってろ、ニック」


 どうやら全体を知るのは船長のマルコだけのようだ。

 怒られたニックは自分の口を自分の手で塞いで、ヤンキー座りをする。

 ばつの悪そうなマルコに、私は作り笑いを浮かべて聞いた。


「つまりあなたがあの場にいたのは、二人が攫われるのを見届けるため? …………いえ、船に乗せる客が厄介ごとを背負い込んで戻ってこないためかしら?」

「さてね」

「否定しないだけでそれが答えでしょう。客と呼ばれる誘拐犯が、誰を狙っていたのかを知っていたのね。衝動的に私を攫った割りに、用心深いのね、船長さん?」

「はぁ…………、お零れにあずかろうと欲をかいたなぁ」


 マルコは舌打ちするように口を歪めてぼやいた。


「なるほど、三人の中で一番身分の低いわたくしがお零れですか」

「わかってるなら大人しくしておけ。あっちは客から預かった荷だが、あんたは俺が拾ったんだ。何処で捨てようと俺の気分次第だぜ」

「あら、怖い。わたくしこれでも父と兄にとても愛されていますの。無意味に攫って捨てて殺しただなんて知った時、あの方たちはどんな手を使うかしら?」

「それが三度目の警告か? はん、結局は他人頼みか」


 私を侮るように言いながら、マルコは縄の端を離しはしない。

 十歳の子供相手なんだから、もっと不用心でいいのに。


「あらあら、一人では動かせない船を部下を使って動かす船長ともあろう人が、自らに唾を吐くようなことを言うだなんて」

「…………やっぱり可愛くねぇ」


 知る限りの一番の不細工に売ってやろうかと、不穏なことをマルコは呟く。

 これは俄然逃げ出さなければ。

 私は縛られた腕を動かして、指を開閉しながら告げた。


「それでは最後の警告です。痛い目を見ない内に投降なさい」

「はん! 海賊相手にずいぶんなお言葉だな」

「では、決裂でよろしいわね?」


 私とマルコがお互いに挑発的な笑みを浮かべる中、間延びした声が割って入る。


「なぁ、船長」

「あんだよ、ニック?」

「喋っていいっすか?」


 マルコに黙ってろと言われたニックは、律儀に許可を求める。

 毒気の抜かれたマルコは、大きく溜め息を吐いて許可するように顎をしゃくった。


「さっきからこのお姫さま、指輪した手を変に動かしてるっすよ?」

「馬鹿野郎! そりゃ魔法道具持ってんだよ!」

「やばいっすね!」


 気づいたマルコが怒鳴ると、犬のような速さでニックが私に飛びついた。

 予想外の動きに、私は驚いて拳を握って抵抗する。ニックは無理矢理私の指を開くと、指輪はあっさりと奪われた。


「魔法文字を書いてたわけじゃねぇみたいだな。ったく、油断できないお姫さまだ。ルール侯爵家ってのは本当にどんな教育してるんだよ」

「なんか、あんまりお姫さまがつけるにはしゃれたもんじゃないっすよ、この指輪」

「あーん? どれ?」


 ニックから指輪を受け取ったマルコは、指輪に彫り込まれた魔法文字を見て目を瞠った。

 指輪を確かめるため、縄の端を持った手も緩んでいる。


「てめぇ、騙しやがったな!」

「騙されてくれて、ありがとう?」


 私は冷や汗を浮かべながら、狙いどおりの結果に強がって笑った。

 ニックが奪ったのは、私が魔法を使えないようにするための指輪だ。


 私はその時点で、パズル画面を浮かべ、縛られたまま素早く指を動かして眠り薬を生成していた。

 手元は見えないけど成功。続いて風の魔法で小屋の中に散布する。


「あれ、また何かしてぇ…………へぇ…………?」


 指輪に意識を向けていたニックは、すぐに眠り薬を吸い込んで体勢を崩した。

 対して、マルコは首から下げていた飾りが光ると、慌てて袖で口を覆う。飾りの光りがまるでマルコから眠り薬を遠ざけるようだった。


「なんだその速さ!?」


 驚きながらマルコは縄の端についた石を握り直そうとした。

 私は息を止めたまま、また指先だけを動かして火球を生み出す。私とマルコの間に現れたバスケットボール大の火の玉は、瞬く間に縄を焼き切った。


 これでもう石のついた縄は気にしなくていい。

 私は改めて風の魔法を使い、自分が眠り薬を吸わないように調整すると、マルコが落とした指輪を拾った。


「…………あなた、本当にただの海賊かしら? この指輪のように常時魔法の効果を発する道具は高価で、そう簡単には手に入らないはずなのに。その首飾りはどうしたの?」


 指輪からマルコに視線を移すと、海賊の船長は盛大に顔を顰めている。

 ここで襲われても、私はたぶんマルコに力でねじ伏せられるだろう。もっと相手を警戒させようと、影の中のアーチェに足踏みで合図をして、悪役エフェクトを発動した。


「な、なんだぁ…………!?」

「あら、私を誰だと思っているの?」

「くそ、その光は何かの魔法か? それに複数属性? ルールのお姫さまはとんだばけもんだな!」


 そんな捨て台詞を吐いたマルコは、ニックを引き摺って小屋の外へと飛び出した。

 迷いのない動きに運動が苦手な私は反応が遅れる。


「野郎ども! ずらかるぞ!」


 マルコの声に倉庫街が突然騒がしくなった。

 逃亡一択を即座に選ぶマルコの思い切りの良さにちょっと感心してしまう。

 服についた藁を払い落としながら外へ出ると、辺りには不自然な霧が発生していた。

 三メートル先が見えるかどうかだ。


「アーチェ、魔法の気配を感じるけれど、これは何?」

「魔法で霧を発生させたんだよ~」

「そのままじゃない。霧なら水属性かしら? 何か害はある?」

「ないんじゃないかな~」

「もう、頼りないわね」


 これなら自分の考えを纏めるために一人二役で自問自答しているほうがましだわ。


 霧が不自然に留まっていることを考えると、防御適性の魔法使いが得意とする結界かもしれない。

 そうなると狭い範囲から抜け出せなくなっている可能性がある。


「あ! 船長の拾いものが逃げてるぞ!」

「あら、ちょうど良かった。霧の切れ目まで案内してくださらない?」


 私は霧の向こうから現れた船員に魔法で作った石の塊を投げつける。

 霧を発生させただろう海賊の仲間なら、抜け出せると思ったんだけど。


「馬鹿野郎! そいつはやばいって言ってただろ! いいから逃げるんだよ!」

「おげぇぇえええ…………」

「おい、予想以上にやべーぞ! みんな逃げろ!」


 石をお腹に受けて吐く船員を、海賊の仲間が引き摺って霧の中に消えていく。

 当たり所が悪くて吐いたせいで、確保のために近づくのをためらってしまった。


「そこにどなたかいらっしゃる?」


 聞きながら、霧に向かって適当に拳大の石を十個ほど生成して投げてみる。


「いってぇ! 誰だ石投げたの!?」

「やめろ、今は逃げるんだよ!」

「あの姫さんヤバいだろ! いきなり石投げて来たぞ!」

「当たり所悪けりゃ死ぬ大きさの石だぜ!?」


 当たった音もするけれど、叫びながら逃げていく足音もする。

 拳大の石って、当たると死ぬの? そう言えば、私靴のかかと当たって気絶したんだったわ。


「素人は加減を知らないから一番相手にしたら面倒なんだよね~」

「アーチェ、なんの素人の話なの、それは?」

「うーん、喧嘩?」

「私に聞かないでよ」


 石を投げるのが危ないのはわかった。そして海賊が向かう先の足音は皆同じ方向だ。

 追いかけようと足を踏み出した途端、髪に飾った薔薇の刺繍が魔力を発した。


「エリオット? エリオット!」

「お嬢さま!」


 呼んでみると、海賊が逃げた方向とは逆からエリオットが霧の中を駆け寄ってくる。


「お嬢さま! ご無事ですか!?」

「えぇ、少し汚れてしまったけれど」


 私の手を取って目立った怪我がないことを確かめたエリオットは、おもむろに抱きついて大きく息を吐き出す。


「突然いなくならないでください…………」


 その声は驚くくらいに震えていた。

 思わず抱き締め返して亜麻色の髪を撫でる。すると、私はさらに強く抱きしめられることとなった。


三日毎更新

次回:アーチェの後出し

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