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13話:誘拐三連単

 私はルール侯爵令嬢のシャノン。

 今、背後からナイフを突きつけられて歩いています。


「ずいぶん大人しいお姫さまっすね、船長」

「馬鹿野郎、ニック。陸の上で船長なんて呼ぶんじゃねぇよ」

「へい、マルコさん」


 どうやら私を誘拐した二人組の男たちは、船乗りのマルコとニックらしい。

 屋敷に報せに戻ろうとしたところで、この二人組にナイフを突きつけられて今に至る。

 貴族屋敷が並ぶ界隈を過ぎて、マルコは辻馬車を拾うために立ち止まった。ニックは腕にかけた上着で隠した手にナイフを持っており、私はすぐには逃げられない。


「誘拐三連単だ~。どうする? 僕と契約してくれるなら助けるよ~?」


 く、影の中からアーチェがあくどい取引を仕かけてくる。


(き…………緊急会議ー! どっどどっどぉどうしましょう!?)

(落ち着いて、今の私)

(落ち着いてられないわ! ジョーとアンディも誘拐されたのに! 私はどうしてそんなに落ち着いていられるの!?)

(テレビで子供が誘拐されて逃げられたっていうのやってて。それで逃げられたのは一度従順なふりして犯人の隙を突くって内容でさ)

(な、なるほど。今は相手の出方を窺うのね)

(それに誘拐したからには身代金とかの要求あると思うんだよね。だったらジョーもアンディもすぐには殺されないはずだよ)

(少し、頭が回るようになってきたわ。まず誘拐犯は三者とも違うと考えるべきよね。となると、私たちが誰だか知った上で攫ったと思っていいのかしら?)

(そう言えばそうだね。公爵家に侯爵家って、敵に回すには身分高すぎじゃない?)


 私は辻馬車に乗り込むマルコの服装を観察する。

 船長と言うからには船乗りのはずだけれど、姿は商人風。街にいても貴族屋敷周辺にいてもおかしくない身なりだ。

 それに比べて、ジョーを攫った馬車の誘拐犯は見るからに貴族に仕える人間が着る上等な物を着ていた。

 アンディを攫った馬の誘拐犯は、たぶん質の悪くない服装だけど、あまり見ないデザインの物だ。


「本当に静かすぎるくらいのお姫さまだな。ルール侯爵家ってのはどんな教育してるんだ?」


 動き出した辻馬車の中で、マルコが私の前に座って呟く。


「あら、貴族の馬鹿な子供が大人も連れずに遊んでいるのを見て、衝動的に攫ったのかしらと思っていたのに。我が家をご存じなのね」


 ここは相手から情報を引き出そう。そう考えて、私は話のできる存在だと印象付けるため大人ぶって話しかけた。

 するとマルコは嫌な顔をして、ニックは出っ歯をさらに前に出すような間抜けな顔になる。


「その紫の目からそうだろうと思ったが、やっぱりかよ」


 どうやら、私のほうがマルコのかまにかかったようだ。

 となると、私を狙ったわけじゃなく衝動的に攫ったのは当たり? 馬車と馬を用意してた誘拐犯と違って、段取りできてない風だったし。


「目的が身代金なら、大人しく家の者が迎えに来るのを待っていてあげる。けれど、もう少しましな座り心地の椅子が欲しいわね。何処へ向かっているのかしら?」

「船ちょ、じゃなかった、マルコさん。この子なんか怖いっすよ? 落ち着きすぎてて気持ち悪いっす」


 ちょっとニック、ひどすぎない?


「貴族のガキなんてこんなもんだよ。どうせ、俺たちの正体にも察しはついてるんだろ、ルールのお姫さま?」

「…………私、海賊は見たことがないの」

「はん! 当たりだよ」


 あんまり当たってほしくなかったわ。

 誘拐=悪事、悪事を働く船長=海賊っていう簡単な連想だったのに。


「ま、小銭稼ぎのついでにルールの奴に嫌がらせできればそれでいいさ。おう、ニック。余計なこと言うんじゃねぇぞ」

「へい。大人しくしとけばお友達に会わせてやるから静かにしろよ」

「はい?」


 私を脅すつもりらしいニックの言葉にマルコを見る。

 するとマルコは額を押さえて項垂れていた。


 様式美を感じながら、私は潮の香りのする倉庫街へと連れて来られることになる。


「私の友人が、この第三港湾にいるのかしら?」


 かまをかけてみるとニックはすごく驚いてくれた。どうやら当たりらしい。

 ウィートボード公爵家で港の位置と地形は確認していたのだから、潮の匂いというわかりやすい目印があれば想像がつく。

 王都には二本の大きな河が流れ込んでいて、それらを整備して王都を囲むように用水路が張り巡らされている。

 その中で、一つだけ海に直通する広大な運河が整備された港があり、そこには海から船が乗り入れられた。つまり、海の匂いを連れた船が停泊している。


「船長、客が荷物と戻ってます」

「おう。こっちも荷物追加だ。石つきの縄持ってこい」


 海賊の手下らしい船員が声をかけると、マルコは縄の端に石の飾りがついた縄を私に巻いた。

 確か日本でも、こういう腰縄と言うものが逃亡防止に使われている。


「ほら、こっちにこい。大人しくしてれば無駄な怪我はさせねぇ」


 そう言って、マルコは腰縄の石の部分握って私を一つの倉庫に案内した。

 分厚いレンガで作られた倉庫の中は暗く、小さく高い窓からの明かりなんて、うずたかく積まれた木箱に遮られて届かない。

 そんな倉庫の奥から誰かの話し声がしていた。


「俺たちをどうする気だ!? 公爵家を敵に回すだけでは済まないぞ!」


 果敢に脅し文句を叫ぶのはジョーの声だった。


「ジョー! アンディも無事!?」

「こら、走るな」


 木箱の向こうに姿が見えた。走る私はマルコに腰縄を引かれて近づけない。

 なんだか犬になってリードを引っ張られてる気分だ。


「シャノン!? くそ、なんであいつまで!」


 アンディは猿轡を噛まされたままで喋れないようだ。

 けれど私の姿に盛大に顔を顰めている。


「おい、どういうことだ? うちの荷物以外にもいるなんて聞いてないぞ」

「それはこちらの台詞だ。よりによって同じ場所で」


 二組の誘拐犯はやはり別口らしく、お互いに不満を述べる。


「どの荷を乗せようがこっちの裁量だ。文句があるなら乗るな。前金は貰ってるから問題起こさない限りは運んでやる」


 マルコはビジネス対応でドライに返した。そして冷えた目で、睨むジョーとアンディを見据える。


「ま、船出してから荷がほどけたんじゃこっちも信用問題だ。梱包くらいはしてやる」


 言うと、マルコは腰縄の端についた石の飾りに魔力を注いだ。

 魔法は魔法文字という文字の習得から始まる。つまり、一定の識字能力がなくては使えない。それをマルコが行ったことに私は驚いた。

 そして対応が遅れた。


「きゃぅ…………!?」


 体を電流が流れたような衝撃の後、襲ってくる虚脱感に私は座り込む。

 そんな姿にジョーが声を上げ、アンディも動こうとしたらしい音が聞こえた。


「お前たちが大人しく荷物してるならこのお姫さまは苦しむこともない…………と言うつもりだったんだが、まずいな。腐っても魔法の大家の直系か。ガキがなんて魔力量だ」

「魔力の十分の一くらいが強制的に放出されたよ~。けどそのくらいが道具の限界みたいで壊れたね~」


 マルコが動けない私を小脇に抱え上げると、影からアーチェがそんなことを言う。


「シャノンをどうするつもりだ!」

「言っただろ? 大人しくしてりゃ」

「もう、その縄は壊れたのではなくて?」

「こいつ…………!?」

「あら、家の者が迎えに来るまでは大人しくしておいてあげると言ったでしょう? 無駄な牽制は不要でしてよ」

「かーわいくねぇ。顔は絶品だってのに」


 抱えられたまま移動させられる私に、ジョーは追おうと暴れる。

 対照的にアンディは私をじっと見つめていた。


 どうやらアンディは気づいてくれたみたいだ。

 気づいたか怪しいジョーが抵抗して怪我しないといいけれど。


 倉庫から運び出された私は、船員の休憩所のような小屋に移動させられた。


「ったく、魔法道具の影響で歩けもしないくせに。随分な肝だぜ」


 マルコは私を藁の上に放り出して舌打ちをする。

 虚勢は見破られていたものの、私に対して侮れないと考えたようだ。

 …………魔法道具の縄がさらに三本出てくるなんて想定外です。大人しくしてるって言ってるのに!


「船長、ここまでする必要あります? このお姫さま大人しいっすよ?」

「馬鹿、どう考えても助かる算段があるからこの余裕なんだろうが。クソ、ちょっとした小遣い稼ぎに客のお零れ拾おうと思ったのが間違いだったか。だがあっちも魔法を修得してる。抑えは必要だろうし…………」

「身代金要求しないんすか? 勿体ないっすよ」

「身代金要求してルール侯爵に追い回されるより、魔法使いってことで売り払ったほうがいいだろうな」


 う、方針転換しようとしてる。

 私が大人しく縛られながら対策を考えていると、外から船員が声をかけた。


「船長、客がいつ出航か聞いてますけど?」

「客が足りてねぇよ。ロイがついてる客が戻って来てねぇ」

「あれ? さっき戻ってたはずですけど?」

「あ? 倉庫にはいなかったぜ。そいつの所在確認してこい」


 どうやらお客が足りていないようだ。

 そして、きっとお客が揃ったら、私は荷物として船に積まれて…………何処かに売り払われる?


(うーん、こうなると大人しくしてると状況悪くなるね)

(でも今の状態だと縄を無力化してもさっきの貧血になって逃げられないわ)

(案外ノリのいい人たちみたいだし、ちょっと引っ掛けたら外してくれないかな?)

(時間を稼ぐためにもやるしかないわね)


 私を縛り終えたマルコは、惜しそうに壊れた縄の飾りを見て溜め息を吐く。

 アーチェの言うとおり、私の魔力が想定以上で魔法道具が耐え切れなかったようだ。


「そんな程度の低い道具を惜しむくらいなら、このようなことおやめになるべきね」

「くっ、魔法道具の開発独占してるお家のお姫さまが、言ってくれるぜ」

「本当に我が家にお詳しいこと。その辺りのこと、もっと聞かせていただける?」

「だ、れ、が、言うかよ」

「あらそう。だったら名残惜しいけれど、わたくしも本気になることにいたしましょう」


 私の言葉にマルコは魔法を放つ姿勢を取る。ニックは虚勢だと思ってるらしく出っ歯を見せて笑った。


「けれどそうね、三度、三度だけあなた方に悔恨の機会を与えましょう」


 そう言って、私は微笑んで見せる。

 マルコは警戒故に、私が次に何を言うか待つようだった。


三日毎更新に変更

次回:お嬢さまは演技派

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